第3回 国際協力研究科 教授 藤原 章正先生

写真:藤原先生

取材実施日:2013年1月22日
第3回先生訪問は国際協力研究科 開発科学専攻 開発技術講座の藤原先生です。国際的で留学生が沢山いるIDECならではの先生の研究や指導観等いろいろお伺いしてきました。

現在の研究内容

一言でいうと交通を中心とした持続可能なまちづくりを研究しており、その一部として通信や移動の問題を取り扱っています。
研究対象は国内と途上国があるのですが、国内では現在「オールド・ニュータウン」の再生について交通に焦点を当てて研究しています。
今や日本中の都市に立地している郊外ニュータウン注(1ですが、世帯主の多くはいわゆる団塊の世代以降の方々で、同じくらいの年齢層が集まっています。そういった方々が一挙に退職し通勤しなくなったら、それまで投資してきた高速鉄道や地下鉄、モノレールや高速バスというものが不要になってしまうわけです。
これはニュータウンというまち自体が高齢化しているということで「オールド・ニュータウン」と形容されています。このようなオールド・ニュータウンを交通環境の改善の面から再生できないかというのが今の私の研究です。
少子化についてはなかなか即効性のある問題解決の手立てが見つからないのですが、高齢化の問題は比較的明快で予測可能な現象なので今から手を打とうということです。
特にパーソナルモビリティ(例えば、運転免許のいらない四輪電動カート等)などを使うことによって高齢者が誰に気兼ねなく外出することができ、オールド・ニュータウンの再生になるのではということに着目しています。
途上国における研究は日本とは逆で、人口が集積して経済発展することを前提に考えなくてはいけません。日本はかつて経済成長にともなう大気汚染が社会問題になりましたが、最近では大幅に改善してきています。大気質を時間軸上にプロットすると大気質が一度大幅に悪化し、その後改善するといった逆U字のカーブを描いています。これが日本の経験です。
今日の途上国の経済発展段階は日本よりは10年から30年遅れ、それにより大気汚染もまだ悪化の途中ですが、日本のかつての経験を踏襲する必要はなく、逆U字を描くことなく今の日本が実現している環境を目指せばいいわけです。そのような途上国が直面する課題に対し、交通や土地利用の計画という側面からアプローチしています。

注(1 ニュータウン:多摩ニュータウンや千里ニュータウン、広島で言えば高陽ニュータウ ンや東広島ニュータウンなど、日本におけるニュータウンというのは経済成長に伴う都市部への人口過密による混雑や犯罪等を避けるために教育環境や自然環境 のいい郊外に家を建て、そこに小さなコミュニティ、コンパクトシティを作るというもの。

学生の指導方針

15年ほど前から口癖のように言ってるのが、国境を越えろということです。物理的に国境を越えて若いうちから広く世界を見てほしいという意味もありますし、工学分野で研究するために教育学、心理学や哲学といった他分野の知識を学ぶことも国境を超えるということになります。要は自分の内と外との境界線を安易に引き内側ばかりを見るなということです。
最近よく若者の内向き志向といったことが言われますが、これからのグローバル社会は内向きでいられる時代では決してないと思います。
例えば、留学経験で就学期間が1年や2年延びたとしても、人生80年の期間でみれば誤差みたいなものです。日本という国は居心地も良くあえて外に出る必要を感じないかも知れませんが、ちょっとした勇気をもって若いうちに国境を越えて欲しいと思います。
人は迷ったら保守的になるので、多少の楽観性を持ってなんとかなるさという気持ちでひとたび国境を超えるとグローバル社会の意味が分かると思い、私はその背中を押すことを心掛けています。

写真:藤原先生

研究継続における上で大切なこと

研究継続に大切なことと言えるのかは分からないですが、私がいつも心がけていることはちょっとした時間でもとにかく“考える”ということです。移動中も入浴中も考えて、考えてを重ねてゆくうちにアイデアが浮かんできます。そして思い浮かんだアイデアやキーワードはなんでもいいのですぐメモに残すようにしています。その意味でスマートホンは大変重宝しています。後にそういったメモが後々重要になってきたりします。きれいな言い方をすると、常に知的好奇心を持ち続けることが重要だと思っています。

企業でなく大学で研究を続けようと思ったきっかけ

私は研究テーマが交通まちづくりといった公共性の高い分野なので、企業の利益という発想があまりありません。もともと公共政策や公共事業にやりがいを感じていたので、所属する組織の利益のために働くというより公共のために働きたいという気持ちはずっと持っていました。

研究を続ける直接のきっかけは大学院の学生の時に助手に誘われたことです。始め修士1年の時に誘われたときは、公務員になるか、あるいは博士課程後期に進んで研究をしたいという思いが強く断わりました。
その頃は、自分は何でもやれる、どんな分野に行ってもやっていけるという少々自信過剰でした。一方で、研究をやりたいけれど本当に研究職が自分に合っているのかあまり自信がなかったともいえます。そんな状態の中、修士2年の時また助手のポストが空き、声をかけられ助手になりました。
ですから企業人か研究者かという選択を改まってしたというよりは、自然の流れの中で千載一遇のチャンスを与えて頂き研究を続けてきましたといったところです。結果としてあまり迷うことなく教育・研究の道へ打ち込んで来ることができました。

写真:藤原先生

D進学を考える学生へのメッセージ「適度な楽観性をもって国境を越えろ」

繰り返しになりますが、適度な楽観性をもって国境を越えろと言いたいですね。
人生80年の時代の中で、MとDは合わせても5年程度のものです。これらは連続してなくても、例えばMを終えてから一度社会に出て大学院に戻ってきてもい いわけです。学生は学校と社会の間に確固とした境界線みたいなもの、それこそ国境があると感じていて、それを超えるということが物凄い大変なことだと感じ ていると思うのですが、人生80年という長い目で見れば1年2年ずれたり、順番が変わってもそれは小さなことです。
例えば、国連で活躍する職員たちは、自らのライフサイクルのなかで転職も復学も重要なステージと認識していて、これらを繰り返しながらキャリアアップされているようです。
Dへ進学すると社会から乗り遅れるとか、Dにいると頭でっかちになって社会で使い物にな らなくなるとか、時に風評を耳にしますが、そんなことはありません。広島大学大学院リーディングプログラム機構のもとに、昨年度より新しくできた「グロー バル環境リーダー育成プログラム」の学生たちには時々話すことですが、Dに進学する学生はこう考えたらいいと思っています。

「企業等に就職することは働いてお金をもらう就職だとすると、Dへ進学することはお 金を 払って大学院博士後期課程に就職にするということなんだ」、「Dという研究の世界にいったん就職し、自己に投資をする中で社会勉強をしているんだ」と。そ して、修了後には研究の分野でキャリアアップするのも良いし、民間企業や国際公務員として就職するのでも良いのです。
何も恐れることはなく、社会と学校はつながっているし連続しているのだから、いつ 社会に出 ても学校に戻ってもいいのです。最近は奨学金や奨励金など経済的支援の仕組みも充実してきていて、奨学生とはお金を借りて大学院に1回目の就職をすること と考えることができるでしょう。そういう視点から若手人材養成センターの取り組みは、博士課程後期への進学を考えている学生諸君にとって恰好の就職先の一 つだと思います。
D進学を考えている学生には適度な楽観性を持って国境を越えて行ってほしいと思っています。

写真:藤原先生

取材者:須藤 絢(国際協力研究科 教育・文化専攻 教育開発コース 博士課程前期2年)


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