第8回 医歯薬保健学研究院 教授 田原 栄俊先生

写真:田原先生

~プロフェッショナルを目指すには、研究者以外でもDが必要な時代に~

取材実施日:2013年6月17日

第8回先生訪問は、大学院医歯薬保健学研究院 基礎生命科学部門 田原 栄俊(たはら ひでとし)教授にお話を伺いました。     
Profile
医歯薬保健学研究院 基礎生命科学部門
細胞分子生物学研究室
1989年 東京薬科大学薬科学科卒業
1994年 広島大学大学院医学系研究科博士課程修了
広島大学助手、講師、助教授を経て、2006年より現職。

現在の研究内容 — 「罹患(りかん)してからの治療ではなく、予防の医学を」

老化とがんをテーマに研究を展開していますが、現在は特にテロメア(telomere)やマイクロRNA、エクソソームに焦点を当てています。テロメアとは、すべての真核生物染色体の末端に存在する構造を指します。これは二本の鎖から成っていますが、尾の部分は二本のうちのどちらか長い鎖が構成しています。その一本の尾を、G-tailと呼びます。テロメアの長さはもともと個人差があり、一定の速度で短縮していきます。この長さを測ることで、老化の度合を予測することができ、またG-tailはストレスやDNAへのダメージによって急激に短縮していくので染色体の不安定性の予測を行うことができます。この二つを合わせて測定していくことで、個人が老化に関連した病気に罹りやすいかを診断することが可能になり、「予防の医学」として高齢化社会に貢献していくことが出来ます。

(下図1:テロメアについて。図右下がG-tailと呼ばれる部分。)

写真:図1

また、がんと呼ばれる悪性腫瘍の肥大化を抑止する効果のあるマイクロRNAを発見しました。正常な細胞には寿命があり、ある時が来るとそれ以上分裂することのできない老化細胞になり、死滅していきます。しかし、悪性腫瘍は無限に分裂を繰り返し、肥大化する一方です。そこにMIR-22というマイクロRNAを導入すると、悪性腫瘍にも老化現象が見られ、細胞を死滅に導くことができるのです。現在のがん治療よりも、安全かつ身体への負担が少ない治療を行っていく一歩を踏み出すことに成功しました。
最近では、エクソソームという分泌性小顆粒の研究も成果を挙げています。エクソソームは体から発せられるすべての液、つまり唾液や母乳などに含まれています。赤ちゃんは粉ミルクよりも母乳で育てた方が体は丈夫になる、と言いますが、母乳で育てたとしても生後六か月を境に免疫力は低下していきます。それはなぜなのか。長い間、謎に包まれていましたが、そこにエクソソームが関与していることが分かりました。母乳におけるエクソソームの割合も、産後六か月を境に減少を始めるのです。すなわち、エクソソームは免疫力を高める効果があると言えます。また、がん細胞もエクソソームを分泌しています。乳がん患者のエクソソームは、肺に集中することが多いのですが、なぜか乳がんの転移先も肺が多いのです。この関係を研究していくと、エクソソームががん細胞のマーカーとして機能していることが判明しました。 どうしてエクソソームが産後六か月後から減少し始めるのか、赤ちゃんが飲んだエクソソームはどこに行くのか、なぜがん細胞のマーカーとして機能するかなどまだ未解明な部分が多いため、興味のそそられる物質です。
(注1:研究内容は、田原研究室のHPもご参照ください。)

(下図2:エクソソームについて)

写真:図2

会社設立 - 「直接患者に届ける研究を」

薬学の研究というのは、患者へ届くまでに様々な段階を踏んでいます。一つ目に基礎研究、次に臨床や診断テクノロジー、三つ目に製薬企業があり、そしてようやく患者の元へ届きます。大学は主に基礎研究の場となっていますが、私は直接患者に届く研究をしたい、と学生時代から思っていました。企業のようにゴール地点を見据えて行う基礎研究もありますが、自分の興味が向いたテーマをとことん突き詰めて研究できるのは大学ならではです。
その延長線上に、実現化に向けて動くことのできる機関を設けることができれば、と思い平成24年9月3日付で株式会社ミルテルを興しました。ミルテルでは、テロメア研究の成果に基づいて、血液検査によって個人の疾病が発症するリスク測定検査を行っています。(注2:詳しくはミルテル公式HPをご覧ください)
(注2) 広島大学発バイオベンチャー企業:株式会社ミルテルホームページ http://mirtel888.wix.com/mirtel

研究継続において大切なこと

研究費の確保は言うまでもありませんが、ひとつには、目標に向かって邁進する力です。
そして、その目標は平凡なものでなく、「お!面白いな」と言えるものであることです。他の人が成果を挙げたテーマに自分のオリジナルを加えて研究する方法もありますが、「これは田原先生しかやっていないよね」と言われるテーマこそが面白いテーマだと私は考えています。そういうテーマであればこそ、興味を強く持ったまま取り組んでいくことができます。テロメアやMIR-22の研究は、まさにそれです。
もうひとつ大事なことは、いろんな人とディスカッションをすることです。研究室でもディスカッションはしますが、飲みに行って研究に関わることやその他のことなどをざっくばらんに話します。思いがけない所で閃いたり、違う視点からの意見が得られたり、何より楽しく、息抜きになるので、研究を長年続けていく上で大切にしています。

写真:田原先生

指導方針・研究室運営について

基本は、「とことん考えさせる」です。ある課題があって、それを解明するために実験を行っていくわけですが、私はどういう実験をどのようにしていけばいいかすぐに見当がつきます。しかし、そこでそれを学生に教えると、教えた内容をそっくりそのままやってしまい、何も考えなくなってしまいます。だから、学生にはまず課題に対してどのようにアプローチしていけばいいか考えさせます。その後、意見を出してもらってから、ディスカッションをして、方針を決めていくようにしています。
また、研究室では「全員が世界第一線で戦える研究者になる」といった目標を始めとして、様々なルールを決めています。「学生意識を捨て、プロ意識を!」、「厳しさの中の自由を楽しむ」、「国内外の研究者とコミュニケーションを積極的にとる」などです。これらはどれも、世界標準の研究者になるためには不可欠の要素です。これらを基に動いているので、学生は研究をする、というよりも仕事をする感覚で日々の研究に取り組んでいます。

D進学を目指す学生へ

研究をしたい、自分が将来的に研究で生きて行こうと思うなら、ぜひDへ進学してください。もっと勉強がしたい、という想いならばあまり勧めません。ただ、最近では企業もグローバル化が進んでいるので、プロフェッショナルを目指すならDが無いとやっていけない場合もあります。日本はまだ海外と意識が違うかもしれませんが、海外ではDを持っているか持っていないかで対応が大きく異なります。例えば、自分の研究室を与えてもらえるのはDを持っている人だけです。
もしかしたら、早く稼ぎたいと思うかもしれません。しかし、企業に就職し、何年後かに部長クラスになろうと思ったらDが必要なことも多いです。そのときにキャリアアップできるかどうかは、Dへ進学したかどうかで決まります。長い目で見た時に、どちらが自分にとって有益か考えてみてください。今は、日本学術振興会特別研究員制度があるので、進学にあたって経済的な負担はほぼありません。ただ、この制度に合格できるかどうか、は本人次第。学生は学部の時にたくさん遊ぼうとしますが、その学部時代にどれだけ基礎を積めたのか、Mへ進学した時に成果が出せるような下準備を出来たのか、が肝心です。MやDの充実度は学部時代の自分が支えているので、着実に歩みを重ねた上で、研究に取り組んでいってください。
このようにDではMでできない教育がたくさんあり、Dまで行かないと身につかないスキルもたくさんあるので、ぜひDまで進学してほしいと思っています。

広島大学発ベンチャー企業一覧 http://www.hiroshima-u.ac.jp/top/syakai/venture/index.html

取材者:志田 乙絵 (文学研究科人文学専攻 日本・中国文学語学コース 博士課程前期1年)


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