第19回 工学研究科 教授 辻 敏夫先生

写真:辻先生

~ヒトと機械の共存をめざして~

取材実施日:2015年4月27日
第19回先生訪問は、工学研究科 システムサイバネティクス専攻 生体システム論研究室 辻 敏夫(つじ としお)教授にお話を伺いました。

Profile
1985年 広島大学大学院工学研究科博士課程前期修了 同年広島大学工学部助手
1994年 同助教授
2002年 同大学大学院工学研究科教授、現在に至る。工学博士
*1992-3年、文部省在外研究員として、イタリア共和国ジェノバ大学に滞在

研究内容―ヒトと機械が有機的に繋がる世界

人間の右手とロボットの左手が握手している、この絵が研究室全体のテーマを表しています(下図)。人間のパートナーとしてのロボット、一緒に仕事しやすい機械のあり方とは何なのか。機械を人間の身体に合わせて設計し、人間にとって使いやすいあらゆる工学的なものを研究・開発しています。
たとえばクルマを運転する場合を考えてみましょう。普通は人間が機械に合わせて操作しますよね。まずは運転の方法を学んで、それからクルマに合わせて運転の仕方を変えるというように。しかし、それでは病気の人や高齢者、障がいのある人には難しいと思うんです。ハンドルが重かったり、思ったようにブレーキを踏みこめなかったり・・・・・・だからクルマのほうがどんな人が乗ってきたかを判断し、その人に合わせた運転をしてくれる、そういうクルマを作ろうとしているわけです。おばあさんが運転するのであれば、ハンドルを軽く握っただけで動いてくれるとか、そんな具合です。
これはクルマに限った話ではなく、スマートフォンやパソコン、椅子、鉛筆というような人間が使う機械や器具のすべてにあてはまります。人間にとって使いやすい機械や器具は、人間をベースに考えたほうがいいと私は思うんです。
人間の思ったことがそのまま機械に伝わるしくみを作るためには、人間の身体から出ている様々な電気信号をコンピュータで解析していく必要があります。義手を作る場合、じゃんけんのチョキを出そうと思った時の電気信号の種類を記憶させることで、人間が思った動きを義手がしてくれるようにします。また脳の回路をコンピュータに取り入れることで、学習する機械というものを人工的に再現する試みも行っています。
人間と機械が有機的に繋がってひとつの生き物として生きる、そういう世界をつくりたい。最近はマツダと連携して自動車の設計に携わったり、医学的な問題を工学的な技術で解決しようとしたりと、研究の裾野を広げています。

図:研究室全体のテーマ

指導方針-「自分をマネージメントする力を身につけてほしい」

ひとつは、自分で考えて自分で行動できる学生になってほしいということです。私の研究室は、学部4年生からドクターまで30人以上の学生が所属しています。何が問題なのかを理解するところからスタートして、修士課程、博士課程に進むにつれて、問題解決能力、問題を発見する力を身につけてくれたらと思っています。問題を理解して、解決して、発見して、最後は自分の研究をマネージメントするという順番で能力をつけてほしい。そうやってひとり立ちしていってほしいんです。
もうひとつは、先輩が後輩の面倒を見るということです。人を教えるということは、自分がはっきり分かっていなければ、自信がなければできないですよね。分かっているような気持ちになっているだけでは、質問されたとき答えられません。後輩に質問されて分からないというのはとても恥ずかしいので、先生に怒られるより余程本人にはこたえると思います。そういう意味でも、私はできるだけ先輩に後輩の面倒を見させるようにしています。研究室の運営にも学生を参加させていて、月に二回ほど各グループのリーダーがミーティングを行い、研究費の調達方法、研究上の問題点、メンバーの様子などを報告しています。自分たちが研究室の運営に参加するという経験は、将来どこかの大学や企業に就職した時、独立した時に必ず役立ちます。

写真:辻先生

研究を継続するうえで大切なこと―「セレンディピティを身につけること」

研究で行き詰まることは頻繁にありますが、私の場合、そこでの「困ったな」という感覚を楽しんでいます。次はどういう工夫をしようかって考えられますから。私はあえて複数のテーマを研究することで、行き詰ったとき別の研究をするようにしています。そうやって別のことをやっているうちに、行き詰っていた問題を解くヒントを見つけられることがある。そういう、偶然に物事を発見する能力(セレンディピティ:Serendipity)を身につけていくことが、研究していくうえで大切なことではないかと思います。そういう訳で、学会発表の時などには「自分の研究とは違う分野の研究も聞きなさい」と学生達に言っています。
10個アイデアを考えて1つ当たれば充分なんです。アイデアを考えない限りヒットは生まれないので、自分には関係のない話でも、自分のことと繋げられないかと考えることが大事だと思っています。独創性、オリジナリティなんてよく言いますけど、ゼロから新しいことなんて考えつきません。いろいろなことを見て聞いて、そこから作ったネタを自分のなかに貯めておいて、それを上手くアレンジして使っていく。独創性というものを、いろいろな分野の別のことからセレンディピティのような形で新しい話に展開していく、そういう醍醐味、面白さみたいなものを大事にしたいと思っています。

大学で研究を続けようと思ったきっかけ―「好きなことを好きなだけ追求できる場所」

研究職というのは、好きなことを好きなだけすればいい自由な職業です。自由な分、会社と違って終わりの見えない仕事ですが、私は会社で働くよりも自分のやりたい研究を継続したかった。自分にとっての研究は趣味の延長線上なので、研究を続けていて辛いと思ったことはありません。研究というのは、自分の意志で自分のやりたいことをできる仕事ですから、これほど楽しい仕事はないと思いましたし、これ以上の職業はないと感じました。それに、研究を通じて学生が成長していく姿を見るのも嬉しいです。研究をやって、研究上の何か新しい発見や発明をして世の中に役立つことを1だとすると、ここを卒業した学生たちが、社会に出ていろいろな仕事をして役に立つことで100にも1000にもなる。研究職を続けていく中での楽しみでもあります。

博士課程進学を考える学生へのメッセージ- 「自分の研究を自慢できる人間になってください」

自分の研究は人に自慢できるようなものにしてほしい、情熱を持って取り組んでほしいと私は思います。情熱を持って研究していることが伝われば、この人は会社の仕事も情熱を持ってやってくれるだろうと企業側も思ってくれるはずです。
これは文系の学生にもいえますが、研究はできるだけ多くの人と関わりながら進めていってください。研究室のなかに閉じこもって風の入ってこない状態だと、自分がやっていることだけで終わってしまいますよね。外からの風を入れる――社会と接触し刺激をもらうことで、自分の研究のあり方について考えていったほうがいい。社会との接点の中で自分を高めていくこと、これが人間的な魅力を高めることにつながると思います。

写真:辻先生

辻先生の研究室のホームページ http://www.bsys.hiroshima-u.ac.jp/tsuji/
取材者:加川すみれ(文学研究科 人文学専攻 日本・中国文学語学分野 博士課程前期1年)


up