~Dの3年間は無限大の可能性へ~
取材実施日:2013年6月3日
第7回先生訪問は、広島大学大学院工学研究科 物質化学工学部門 化学工学講座 分離工学研究室の都留 稔了(つる としのり)教授にお話を伺いました。
Profile
1983年 東京大学 工学部 化学工学科卒業
1985年 東京大学大学院 工学系研究科 修士課程修了
1987年10月~1995年3月 東京大学助手。助手の職に就きながら1991年に博士号を修得
1995年3月 広島大学大学院工学研究科助教授に着任 2006年4月から現職
現在の研究内容-シンプルさから始めた「膜分離」の研究
高校時代は「核融合」に興味を持っていましたが、大学の専攻を選択する時には化学工学を選び、Mに進学してから「膜」について研究し始めました。化学工学分野は実際に役に立つことを重視していますが、「膜」も水を濾過するなど実際に役立つものです。なぜそれを研究対象に選んだのか、と問われれば、膜は現象が分かりやすいからです。性能の良い膜なら海水から水だけを綺麗に濾過できるだろうし、性能の悪い膜ならその逆だというシンプルさがあります。だから、「膜」を研究対象に選びました。
学生時代から一貫して分子を分離できる膜の研究をしています。特にシリカなどの無機材料や有機無機のハイブリッド材料などを使って、細孔を均一に、多く、薄く作る手法と、小さな細孔内を分子がどのように透過するのかに着目しています。先程、膜分離の研究は結果が分かりやすいと言いましたが、簡単だからこそ、世界で誰の膜が一番良いのかすぐに比較できるため、競争が激しく、厳しい研究分野とも言えます。競争が激しい研究分野でありますが、競争ばかり気にしていると良い研究ができなくなってしまうので、研究の意義をしっかりと考えることを重要視しています。
(注1) 分離工学研究室(都留研)のHP
http://home.hiroshima-u.ac.jp/membrane/
CREST採択-多様な水源に対応できる膜への挑戦
日本は世界トップレベルの膜製造技術とシェアを誇っていますが、膜汚染や膜洗浄の困難さなど多くの課題も残されます。それらの問題を解明するためにも現在取り組んでいるプロジェクトは科学技術振興機構(JST)が推進する戦略的創造研究推進事業「CREST」の水関連の研究です。
このプロジェクトでは東北大学、京都大学、東京大学などが採択され、深刻化する水問題を緩和し持続可能な水利用を実現する革新的技術の創出に挑んでいます。私が代表を務めるプロジェクトは「多様な水源に対応できるロバストRO/NF膜の開発」です。膜分離技術は健全で持続可能な水利用を達成する上で必要不可欠な技術ですが、中でも特にRO(Reverse Osmosis/逆浸透)/NF(Nano Filtration/ナノろ過)膜は高度処理が可能な膜分離です。
しかし、この膜で汚濁の進んだ水源に直接RO/NF膜を適応するには、膜ファウリングという問題があります。そこで、取り組んでいるJST CRESTのプロジェクトでは、多様な水源に対応できる膜を開発しています。
本研究で行われている膜ファウリング対策として、従来では困難である膜の直接洗浄や塩素の連続注入、高温水などの過酷な条件にも耐え得る「ロバストRO/NF膜」の創製を目指すとともに、FO/NF膜による高度処理を中心とした「革新的膜利用水処理システム」の構築を目指しています。本研究によって二次処理水、河川・湖沼水、工業排水から飲用水、工業用水、地下水注入など多様な水源から安定した水質の水をより効率的に得られることが期待できます。(注2、注3)
(注2)都留先生が取り組んだJST CRESTのプロジェクトに関する記事「革新的水利用の創出へ」
http://home.hiroshima-u.ac.jp/membrane/newspaper20121203.pdf
(注3)都留先生が取り組んでいるJST CRESTのプロジェクトに関する記事「持続可能な水利用を実現する革新的な技術とシステム」
http://home.hiroshima-u.ac.jp/membrane/newspaper20130103.pdf
学生の指導方針―学生の努力を評価すること
学生には「膜分離はシンプル」といつも言っています。同じ膜を作っても上手くできる学生と上手くできない学生がいます。シンプルですが、逆に残酷です。なので、A君が作った膜の性能は良いけど、B君が作った膜の性能は良くなかった場合、その学生の実験結果を評価するだけでなく、その学生の考えや実験の仕方、努力を見て評価しています。
やはり、実験にはうまくいく時とうまくいかない時がありますし、ビギナーズラックのようなこともあります。このように、考え方を評価するのは私の教育の仕方です。
また、学生には常に自分で考えさせるようにしています。実験を始める前からは何をどうすれば良いか、また実験の結果が出た時は様々な解釈の仕方がありますが、最適な結論を出すためにまず学生に考えさせています。
もちろん私達教員も常にサポートし、指導しています。先生がすべてを教えたら学生は言われたことだけしか実行しなくなる可能性があるので、そういう意味でも、自分で考えさせることで、知識や技術をしっかりと身に付けてほしいと思っています。
研究室の様子—学生が中心
この研究室では教授、准教授、助教と特任助教の教員4名と博士研究員3名、博士学生7名と修士学生11名と学部生7名が所属しています。研究室は教員の他に、先輩も後輩を指導する役目を持っています。
学生と一対一の相談時間の他に、3~4週間に1回に学生全体の発表会も行います。その発表会では、まず学生が発表してから、学生による質疑応答やディスカッションの時間を設けています。ここでは学生が主役で、学生同士が考えや意見交換をすることで,お互いが啓発する良い機会となっています。
大学院に進学する時に、学部でのテーマを継続する学生もかなりいます。しかし、実験してみて全く予想とは違う結果になることもあり、その結果に基づいて違う方向に研究を進めていく学生も少なくないです。また、ほとんどの学生の研究は教員がアウトラインを決めますが、実際に研究や実験をする時は必ず学生に考えさせて、相談しながら進めて行きます。
化学工学においては技術とトレーニングが重要です。例えば、膜分離の実験でも、成分の入れ方などの細かい技術が大事であり、トレーニングを積んで新な技術が生まれます。同時に結果が思い通りにならない覚悟も常に持たなければなりません。
研究継続における上で大切なこと-自分の研究の価値・レベルを把握する
大学院の時から実験と理論を両方ともやっていましたが、M1の時の研究は苦しかったです。自分の研究価値やレベルが分からず、M2になった時も就職活動をしながら研究を行う日々で苦労しました。しかし、M2の秋に、当時の先生がその研究で世界トップの先生を呼んでくれ、ディスカッションする機会がありました。
その先生が自分の研究を評価して下さり、レベルがかなり高いことを確信できました。その時やっと自分の研究価値を認識し、自己達成感や研究に対する喜びを感じることができました。
楽しく研究するには、やはりその研究の価値を認識することが大事です。自分の研究レベルや研究価値がなかなか分からないかもしれませんが、指導教員に聞いてみれば良いと思います。また、客観的に自分の研究レベルを認識するためやレベルを上げるためには、様々なトレーニングをして努力するのが当然大事です。例えば、様々な学会に行って発表したり、文献を広い視野で見たり、自分で投稿論文を書いたりすることも大事なトレーニングです。
私の好きな言葉の中に、“悪いことも良いことも長続きしない”という言葉がありますが、研究においてもその言葉が適用できるかもしれません。研究や実験には失敗がつきものですが、失敗にとらわれず、前に良いことが待っていると考えればすぐ前に進めることができ、常に向上心が保てるのではないかと思います。
企業でなく、大学で研究を続けようと思ったきっかけ-膜分離研究が忘れられない
Mを修了してから、約2年半会社に勤務しましたが、助手として大学に戻り、助手の仕事をしながら博士号を取りました。30年前の話ですが、当時と現在はそれほど変わらないと思います。ほとんどの会社での研究の目的は、大学のように学問を究めるものではなく、会社の利益を高めるためなので、学会で発表したり、論文を書いたりすることは極めて稀なケースでした。
その約2年半で、会社ではどういうことをするか、修士を出た人がどのような仕事をし、会社でどのような教育プログラムが行われ、今後どうなるかが大体想像がつきました。また、私が会社に勤めた理由は、グループで研究がしたかったからですが、会社に入ってみたら必ずしもそうではなく、大学の時とあまり変わりませんでした。それで、Mの時に感じた膜分離の研究の楽しさのこともあり、大学に戻って助手の仕事に就き、膜分離の研究を現在まで続けています。
Dに進学する学生へのメッセージ―Dの3年間は無限大の可能性につながる
良いところに就職するためにはMで就職した方が良いと考えているようで、Dに行かない学生が多いです。私もそうでした。繰り返しになりますが、会社に入ってグループで研究したら楽しいんだろうなと思って会社に入りましたが、現実はそうではなかったのです。会社でも研究は個人ですることが多く、大学の時とあまり変わりませんでした。
一方、Dの3年間で身に付けられる濃密なスキルや研究立案能力は、会社では10年以上かかるのではないかと思います。だったらDに進学して、学会に行ったり、論文を書いたり様々なトレーニングをした方が良いと思います。経験したからこそ、そう確信できると思っています。
Dでは研究に対する方法論や技術、考え方などを磨くことができ、研究だけでなく、人間としてのステップアップ、会社に行く以上の経験が得られます。また、Dに進学するという選択により、国際学会参加・発表や論文執筆などによって色んな人に会えて、社会にも貢献できるうえ、世界が無限に広がり、無限のチャンスも手に入ることができます。
ただ、Dを出て会社に就職する場合、Dでの成果は必ずしもすぐに反映されるとは限りません。しかし、例えば、10年後に上の立場の人間になった時に、Dで得られた専門や総合的な知識、経験と考え方が、Dを経験していない人とでは必ず差が出てくると思っています。Dの経験はとても役に立つに違いありません。
このようにDではMでできない教育がたくさんあり、Dまで行かないと身につかないスキルもたくさんあるので、ぜひDまで進学してほしいと思っています。
取材者:Nuria Haristiani (教育学研究科 文化教育開発専攻 博士課程後期3年)