第1回 理学研究科 教授 西森 拓先生

写真:西森先生

取材実施日:2012年12月14日
理学研究科 数理分子生命理学専攻 数理計算理学講座の西森拓教授に、先生の研究内容、指導方針、研究を続けていくうえで大切なことなどについてお話を伺いました。

現在の研究内容

私が「何か」に対して研究をはじめるか否かの判断は、研究対象となる「モノ」で判断するというより、対象に対してどのような手法や考え方を適用できるかという「コト」の面白さを基準にします。

具体的な対象をひとつあげるとすれば、昆虫における社会性の成立条件です。この場合でも、昆虫自身に興味があるというより、昆虫集団をシステムとして眺めることに関心があります。

例えばアリは単体では脳が小さくてさほど複雑な生物ではありませんが、集合体として非常に システマティックな行動を行い複雑なタスクを実行します。アリはハチから進化しましたが、生物の進化として一つ一つが単純化しても全体としての集団制度(分業制、タイムシェ アリングなど)は複雑化しています。
人間の社会で一所懸命考えられたかに思えるすごく合理的なシステムが、実はある単純な法則に従って自然にできあがるのではないか。そういったルールをうまく見つけ出せたら、都市や市場経済、など一見途方もなく複雑なシステムがうまく働くための基本機構がわかるのではと考えています。

心に残る恩師の言葉

博士研究がかなり大変だったために論文が通った時点でかなり力尽きていました。ですから博士終了後にポスドク(博士研究員)になった時は、勤める京都大学で面白いことを少しずつやっていこうと考えていました。
しかしある週末にボスの先生から電話で「研究を始めて一か月も経つのにまだ新しい論文の準備は出来ていないのか」と聞かれ、スイッチが入りました。Dを終えた後の時期こそが研究を目指す者にとっては大切なのだとその先生によって教えられたのです。

また、別の先生に“頭の良さよりも活力が大切。健康とバイタリティは研究を続ける上で大切”と言われたのも心に残っています。

企業ではなく大学で研究を選んだきっかけ

私の大学卒業時はバブル期にあたり、修士課程修了者には、希望の職種・企業に就職できるチャンスが大きく開かれていました。そのため、博士後期課程への進学を決めた時は周囲に驚かれましたが、進学への迷いは全くありませんでした。

ただ、Dを開始した時点で自らの中に期限を設け、2年以上余分に時間がかかりそうならどこか企業を探そうとも考え、実際ポスドク時代には二つの企業を回りました。

その後、小さな大学での助手の職と大きな民間企業での研究職という可能性を得た時は、私のことをよくわかってくださっているD時代の恩師に「どうせなら小さい所で変なことをしなさい」と背中を押していただきました。この先生とは今も交流があります。

写真:西森先生

指導方針「前から引っ張るのではなく後ろから押す」

(その場に居合わせたD3の学生さんの「放任主義」との答えをうけて)放任主義、おだてる、褒める、でしょうか。前から引っ張るのではなく後ろから押す。学生が何かに動き始めたら彼ら(彼女ら)が動こうとする方向にどんどん後ろから押します。こちらが助言を与えるにしても、まずは学生本人に考えさせます。そして本人がやりたいことを見つけた時には全面的にサポートし、自由に探索させます。

研究の意義の99.9%は独自性ですから。学生毎に歩きたい方向に走らせていると学生自身も道理がわかってきて、今度は学生の間でワイワイやりだします。ここのゼミでは、学生が異なる研究をする学生にどんどん突っ込んでいきます。それは、学生同士が互いにどういう方法で何をやっているかを共有できているからこそですが、そのために、自分の研究を他人に説明する際には初めて聞く人にもわかるように説明することを研究室のメンバーは心がけています。

若手研究人材養成センターと共に養成した学生の例

今年博士号を取得した河合良介君は、若手研究人材養成センターを通してインターンをしたことで人間的にも大きく成長した良例です。

彼の研究は確率共鳴現象の理論的拡張と人工内耳への応用 で、ヒントは私のアリの観察から得ました。アリの組織の中には勝手にほっつき歩く などの一見意味のない“揺らぎが存在します。物理学の“信号と応答の関係”の枠で考えると入力信号に対して雑音を加えると応答がよくなる、という不思議な 現象が確率共鳴です。

要するに邪魔なノイズを排除するのではなく、システムの揺らぎをうまく使ってむしろ信号自体にノイズを組み込んだ方がうまく活性化することを定式化 し、それを耳に応用したのです。

この研究を大学院進学前より耳の働きに興味を持っていた河合君が進めることになりました。その過程で、河合君は耳が聞こえない人の根本治療である人工内耳研究をしている、世界的大企業、メドエルジャパンでインターンシッププログラムをすることになり、そこでのさまざまな経験が、彼の博士論文をまとめるにあたっての大きな糧になりました。

写真:西森先生

研究を継続する上で大切なこと

研究の継続に必要なのは、バイタリティとあまり先読みをしすぎないことでしょう。先を読みすぎると面白味が少なくなりブレーキがかかります。理論を組み立てる際、前提となる仮定を立てるのは当然ですが、その検証までの道のりで予想とは全く違った方向に話がすすんでいくこともよくあります。何が成功で何が失敗かは簡単に判断できるものではありませんし、失敗しても立てた仮定の周りに沢山の新発見がある筈です。

自らの研究の過程から学び、失敗を失敗とせず自信を持って次の段階へ進むこと。そもそもDへ進学して研究を続けることは周囲の理解があってこその幸運です。その幸運を自覚していれば、一時的な失敗や行きづまりは、研究の楽しみへと昇華できるはずです。その幸運を最大限楽しむことも大切です。

博士課程へ進学を考える学生へメッセージ

博士課程後期は自分自身の価値を自分で探索・発見することができる貴重な期間です。人生の中ではなかなかそういう時間がありません。価値観を自分で創造したり確認したりする、そういうことができるのは進学における最高の意義ではないでしょうか。それは、一生分どころか百生分ぐらいの価値です。

こういうことに魅力を感じる人は、博士課程に進んでもいいと思います。あらゆる分野、例えば理論物理の分野では、かつては計算に対して特殊な能力が必須でしたが、それは場合によっては計算機に任せればよいのです。こうしたらこうなるというロジカルな面さえしっかり押さえておけば、大きくふみはずすことはありません。実験スキルが弱ければ人の三倍実験を繰り返すことで補えます。

何をやりたいか、自分の強みは何か、自分でしっかり理解し意気込みさえあれば博士に進学してもいいと私は思います。

写真:西森先生

取材者:栗村 法身(文学研究科 哲学・思想文化コース 博士課程後期2年)


up