• ホームHome
  • 【研究成果】活性酸素は、代謝酵素の働き次第で「悪玉」にも「善玉」にもなる! ―健康寿命延伸や新たながん治療への応用に期待 ―

【研究成果】活性酸素は、代謝酵素の働き次第で「悪玉」にも「善玉」にもなる! ―健康寿命延伸や新たながん治療への応用に期待 ―

本研究成果のポイント

  • 活性酸素種(Reactive Oxygen Species:ROS)(※1)が、細胞にダメージを与える「悪玉」となるか、細胞の寿命を延ばす「善玉」となるかは特定の代謝酵素(SAH加水分解酵素)の活性度合いによって決まることを突き止めるとともに、その過程で、不要物を細胞外へ出す「排水ポンプ」として知られてきた「Ybt1」(※2)に、細胞の老化を加速させる物質を安全な場所(液胞)へ隔離する新たな機能も発見しました。
     
  • Ybt1が働いて細胞質から老化促進物質を排除することで、長寿効果がある「メチオニン制限状態」(※3)が擬似的に作り出され、老化抑制シグナル(TORC1抑制(※4)やAMPK活性化(※5))がONになるメカニズムを分子レベルで証明しました。将来的には健康寿命の延伸や、がんの新しい治療戦略への応用が期待されます。

概要

 広島大学大学院統合生命科学研究科の水沼正樹 教授、益村晃司 特任助教の研究グループは、慶応義塾大学ヒト生物学-微生物叢-量子計算研究センターの曽我朋義 特任教授、愛媛大学大学院農学研究科の関藤孝之 教授、河田美幸 准教授、米山香織 准教授(現 埼玉大学)の研究グループ、酒類総合研究所の金井宗良 主任研究員との共同研究により、出芽酵母(※6)のホルミシス(適応応答)を誘導する新たな代謝物の機能を明らかにしました。
 本研究では、メチオニン代謝物であるS-アデノシル-L-ホモシステイン(SAH)(※7)によって一過性に発生する活性酸素種(ROS)が、細胞に有益な「ホルミシス効果」を引き起こし、出芽酵母の寿命を延長することを明らかにしました。さらに、この寿命延長プロセスの鍵となる因子として、ABCトランスポーター「Ybt1」を特定しました。通常、トランスポーターは単なる排出ポンプとして働くと考えられていますが、Ybt1が液胞膜に局在し、細胞質から液胞へS-アデノシル-L-メチオニン(SAM)(※8)を隔離(輸送)するという、これまで知られていなかった役割を担っていることが分かりました。さらに、Ybt1を過剰発現させると、主要な栄養シグナルであるTORC1(ラパマイシン標的タンパク質複合体1)の抑制、自食作用(オートファジー)(※9)の誘導、AMPK(AMP活性化プロテインキナーゼ)の活性化が引き起こされ、SAHによる場合と同様の寿命延長効果が再現されることを示しました。これにより、Ybt1が細胞の長寿化に重要な役割を果たすことを明らかにしました。

 本研究成果は、10月13日以降に国際学術雑誌「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(PNAS)」に掲載されました。

論文情報

●論文タイトル:S-adenosyl-L-homocysteine triggers an adaptive response that extends lifespan through the YBT1 ABC transporter
●著者:益村晃司1, 川嵜紗矢佳1, 堤麻結1, 山下陽彩1, 金井宗良2, 中城遥登3, 八木新葉3,  勝野井渉真3, 米山香織4, 河田美幸3,5,6, 関藤孝之3,5, 小川貴史1, 曽我朋義7,8, 水沼正樹1,9.*
1. 広島大学大学院統合生命科学研究科
2. 酒類総合研究所
3. 愛媛大学大学院農学研究科
4. 埼玉大学研究機構
5. 愛媛大学プロテオサイエンスセンター(PROS)
6. 愛媛大学学術支援センター(ADRES)
7. 慶応義塾大学先端生命科学研究所
8. 慶應義塾大学ヒト生物学-微生物叢-量子計算研究センター(WPI-Bio2Q)
9. 広島大学健康長寿研究拠点(HiHA)
*. 責任著者
●掲載誌:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(PNAS)
●DOI:https://doi.org/10.1073/pnas.2621286123

背景

 私たちは呼吸によって酸素を取り入れますが、その過程で発生する「ROS」は、細胞やDNAに傷をつけ、老化や病気の原因となる「悪玉」として長く捉えられてきました。しかし近年の研究で、軽微なストレス(少量のROS)は、むしろ細胞の防御力を高めて寿命を延ばす「善玉(ホルミシス効果)」として機能することが分かってきました。しかし、「どの程度のストレスなら善玉になり、どこを超えると悪玉(毒)になるのか」という運命の境界線(閾値)を決める具体的な分子メカニズムは、世界の老化研究において長年の大きな謎でした。
 また、研究グループはこれまでに、アミノ酸の一つであるメチオニンの代謝物SAHを出芽酵母や線虫に投与すると、細胞内メチオニン量が低下し、細胞の成長や代謝を制御するTORC1(target of rapamycin complex 1)が抑制され、寿命を延長することを見出していました(PNAS 2016, Aging Cell 2022)。しかし、SAHによる寿命延長機構の仕組みの全貌は不明でした。

研究成果の内容

1.SAHによるホルミシス効果が寿命延長を誘導
 研究グループはまず、出芽酵母にSAHを添加すると、TORC1の抑制を介したミトコンドリア(※10)呼吸活性の亢進と細胞内のROS量が一過的に増加することを見出しました。そこで、このROSの増加がSAHによる寿命延長に必要であるのか調べるため、抗酸化物質N-アセチルシステイン(NAC)を用いてROS量を制限しました。その結果、ROSの増加を抑えることで、SAHによる寿命延長効果が消失しました。この結果から、SAHによって生じるROSは単なる有害な副産物ではなく、寿命延長につながるシグナルとして機能することが示されました(図1)。

2.「善玉ROS」の境界線握る酵素の発見
 次に、SAHの量を調節する「SAH加水分解酵素」(※11)という酵素に着目しました。この酵素の活性を「完全に止めるのではなく、適度に(部分的に)抑える」ことで、細胞内で一過性のマイルドなROS(善玉)が発生し、これが引き金となって出芽酵母の寿命が延長することを証明しました。逆に、阻害が強すぎると持続的な悪玉ROSが溜まり、寿命が短縮するという「二面性」の境界線を、世界で初めて定量的に明らかにしました(図2)。

3.細胞内の「若返りトランスポーター(Ybt1)」の正体を立証
 さらに研究グループは、この長寿効果の下流で働く鍵因子として、液胞膜に存在するABCトランスポーター「Ybt1」を特定しました。Ybt1は、細胞質に過剰に蓄積すると老化を促進する代謝物質(SAM)を細胞質から回収し、細胞内のゴミ箱兼貯蔵庫である「液胞」へと送り込む(隔離する)役割を持っていました。
 実際、SAHを添加した出芽酵母ではYbt1の遺伝子発現が増加することを確認しました。さらに、Ybt1の量を人為的に増加させると、SAMが液胞に高蓄積し、TORC1の活性が抑制されました。また、SAHを添加した場合と同様に、ミトコンドリア活性の亢進とROSの一過的な増加も誘導され、寿命が延長しました。

4.メチオニン制限(長寿シグナル)のスイッチがONに
 Ybt1の働きによって細胞質からSAMが枯渇すると、細胞は「SAMが足りない」と勘違いし、SAMの原料である必須アミノ酸「メチオニン」を強力に消費し始めます。その結果、細胞内は長寿効果があることで有名な「メチオニン制限状態」となり、若返りシグナルであるAMPKの活性化や、TORC1の抑制、さらには細胞内の掃除屋である「オートファジー(自食作用)」が活性化し、寿命が延長することが分かりました。
 哺乳類にはSAMの量を直接測る「SAMTOR」というセンサーがありますが、酵母にはそれがありません。今回の発見は、「トランスポーターによる物質の『空間的な隔離(コンパートメント化)』そのものが、哺乳類のセンサーの代わりとなって長寿シグナルを遠隔制御している」という、極めて新しい生命のシステムを証明したものです。

今後の展開

 本研究で明らかになった代謝経路(SAH-Ybt1-SAM軸)や酵素・トランスポーターは、酵母から線虫、そしてヒトに至るまで高度に進化上保存されています。実際に、スペインの百寿者(100歳以上の長寿者)の血中ではSAHレベルが有意に高いというヒトのコホートデータもあり、今回の発見がヒトの老化制御にも深く関わっている可能性を強く示唆しています。また、がんはアミノ酸の「メチオニン」に強く依存して増殖する(ワールブルグ効果に似た代謝の脆弱性を持つ)ことが知られています。今回の「SAHやYbt1を過剰に働かせて細胞質のSAMを枯渇させる」というアプローチは、食事制限をすることなくがん細胞だけを『エネルギー飢餓状態』に陥れて増殖を阻止する、革新的な抗がん治療薬の開発にも繋がるポテンシャルを秘めています。超高齢社会を迎えた日本において、「健康寿命の延伸」や、がん代謝を標的とした新たな創薬への大きな一歩となる成果です。

用語解説

※1 活性酸素種(Reactive Oxygen Species:ROS)
酸素分子から生じる反応性の高い分子の総称。過剰になるとDNA、タンパク質、脂質など生体内などの様々な生体物質を損傷させる。近年、適度な量であれば細胞内の情報伝達に利用され、ストレス応答や防御機能を活性化するシグナルとして働くことが分かってきた。
※2 Ybt1
出芽酵母の液胞膜に存在するABC(ATP-Binding Cassette)トランスポーター。ABCトランスポーターは、ATP(細胞が活動するためのエネルギー源)を利用して様々な物質を輸送するタンパク質である。一般的には細胞外へ不要なものを出す「排出ポンプ」として知られているが、本研究により、液胞膜に局在するYbt1がS-アデノシル-L-メチオニン(SAM)を液胞内に閉じ込める(隔離)というこれまでにない役割を持つことを見出した。
※3 メチオニン制限
必須アミノ酸の一種である「メチオニン」の摂取量を減らす食事制限のこと。酵母から線虫、
ハエ、マウスにいたるまで、多くの生物で寿命を著しく延ばすことが広く知られている。メチオニンが減ると、細胞内の重要な代謝物であるSAMの量も減少する。本研究で発見した「Ybt1がS-アデノシル-L-メチオニン(SAM)を液胞に閉じ込める」という現象は、細胞質におけるSAMを枯渇させるため、食事制限をしなくても体内で『メチオニン制限』に似た状態(擬似的な食事制限)を作り出していると言える。
※4 TORC1(target of rapamycin complex 1)
細胞の栄養やエネルギー状態を感知し、細胞の成長や増殖をコントロールする中心的なシグナル分子(タンパク質複合体)。栄養が豊富なときに活性化し、逆にこれが「抑制」されると、細胞の若返りシステムが働き、多くの生物で寿命が延びることが知られている。
※5 AMPK
細胞のエネルギー残量を監視する「エネルギーセンサー」となる酵素。細胞のエネルギー(ATP)が不足してくると活性化し、代謝を生き残りモードに切り替えることで、ミトコンドリアの働き(呼吸)を最適化し、長寿に貢献する。
※6 出芽酵母
パンやビールなどの発酵に利用される、約5~10μmの単細胞生物。酵母にも老化や寿命があり、その基本的な仕組みの多くはヒトを含む高等生物にも保存されているため、老化や寿命研究のモデル生物として世界中で広く用いられている。
※7 S-アデノシル-L-ホモシステイン(SAH)
S-アデノシル-L-メチオニン(SAM)がメチル基を放出した後に作られる代謝副産物。SAMの働きを邪魔する「競合的阻害剤」としての側面を持ち、通常は速やかに分解される。これまで単なる不要なゴミ(副産物)と見なされていたが、本研究により、長寿を誘導するための重要な「シグナル分子」としてROS量を調節して適応応答や寿命延長に関わることを明らかにした。
※8 S-アデノシル-L-メチオニン(SAM)
メチオニンとATPから合成される代謝物で、細胞内に存在する、最も代表的な「メチル基供与体(メチル基を他の分子に渡す役割を持つ分子)」。DNAやタンパク質、脂質などの修飾(メチル化)に必須であり、細胞の生存や遺伝子の働きをコントロールする極めて重要な生命の基礎代謝物。SAMはメチル基を供与した後、SAHに変換される。
※9 オートファジー
細胞内にある古くなったタンパク質や不要な小器官を、細胞自身が分解してリサイクルする仕組み。細胞のゴミ掃除や栄養不足時のエネルギー確保に必須であり、TORC1が抑制されることで活性化する。
※10 ミトコンドリア
 細胞内で呼吸を行い、栄養素と酸素からATPを作り出す小器官。呼吸の過程でROSも発生するため、細胞内のROSの主要な発生源の一つである。
※11 SAH加水分解酵素
細胞内でSAHを分解して、ホモシステインとアデノシンという物質に換える酵素。SAHはたまるとSAMの働きを邪魔してしまうため、この酵素が適切に働くことで細胞内の代謝バランス(SAMとSAHの比率)が保たれている。本研究では、この酵素の働きを「あえて、一時的に少しだけ抑える(部分的に阻害する)」ような状態を作ると、一過性のROSが発生し、細胞の防御システム(ホルミシス)が発動して寿命が延びることが明らかになった。長寿をコントロールする運命の「スイッチ」を握る重要な酵素である。

参考資料

図1:SAHによるROSの調節と寿命の制御モデル
 出芽酵母の増殖期(初期)にSAHが増加すると、TORC1の抑制を介してミトコンドリア機能が亢進する。その結果、一過的にROSが増加することでホルミシスを誘導し、寿命延長につながる。一方、SAH加水分酵素活性が低すぎると、定常期以降にもROSが過剰に蓄積し、寿命が短縮する。

図2:SAH加水分解酵素活性とROSと寿命との関係
 SAH加水分解酵素活性が適度に低下すると、ROSが適度に増加してホルミシスが誘導され寿命が延長する。一方、強く低下するとROSが過剰に蓄積して短命となる。

【お問い合わせ先】

広島大学大学院 統合生命科学研究科 生物工学プログラム
健康長寿学研究室 教授 水沼 正樹
Tel:082-424-7765
E-mail:mmizu49120*hiroshima-u.ac.jp


 (*は半角@に置き換えてください)


up