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【研究成果】3ボールだとストライクゾーンが広がる? ~米大リーグ審判の判定の偏りを、脳の「予測」のしくみで説明~

本研究成果のポイント

  • 野球の球審のストライクゾーンは、ボールカウントによって広がったり狭まったりすることが知られています。しかし、なぜこのような判定の違いが生じるのかは、よく分かっていませんでした。
     
  • 米大リーグ(MLB)の約45万球の判定を分析した結果、審判は、実際に見た球の位置だけでなく、「カウントに応じて、ストライクゾーンの中央付近やボールゾーン付近に球が来やすい」という経験に基づく予測(ベイズ感覚統合※1)も組み合わせて判定していることが示されました。特に、ストライクかボールかを判断する際の不確かさが大きいほど、こうした予測の影響を受けやすい傾向が確認されました。
     
  • 実験室で確かめられてきた脳の理論が、実際の試合という現実の場面でも成り立つことを示しました。判定の偏りを「誤り」ではなく、合理的な脳の働きとして捉え直す成果です。
    今後は、どのような状況で判定のずれが生じやすいのか、また、機械による判定確認が人間の審判の判断にどのような変化をもたらすのかを検証し、不確かな情報のもとで人が瞬時に判断するしくみの解明を目指します。さらに、人間の判断がずれやすい状況を捉えることで、人間と機械・AIがそれぞれの長所を生かして協働するための手がかりを得ることが期待されます。

論文情報

・掲載誌:Communications Psychology
・論文タイトル:Bayesian sensory integration explains ball-count bias in Major League Baseball umpires
・著者:Mitsuto Tomomura, Masahiro Shinya*(*責任著者)
友村光翔(広島大学大学院人間社会科学研究科 博士課程前期〔研究当時〕)、進矢正宏(広島大学大学院人間社会科学研究科)
・掲載日:2026年10月5日
・DOI:10.1038/s44271-026-00534-4
・URL:https://www.nature.com/articles/s44271-026-00534-4

概要

 広島大学大学院人間社会科学研究科の友村光翔さん(研究当時:博士課程前期。現在は修了)と進矢正宏(准教授)は、MLBの球審のストライク・ボール判定の基準がボールカウントによって変わる現象(カウントバイアス)を、脳の情報処理の理論である「ベイズ感覚統合」によって説明できることを示しました。
 2015〜2024年の10シーズン、45万1,172球の判定データを解析したところ、3ボール0ストライクのような打者有利のカウントではストライクゾーンが広がり、0ボール2ストライクのような投手有利のカウントでは狭まっていました。この偏りは、審判が「このカウントではこのあたりに球が来やすい」という経験に基づく予測を、見え方と組み合わせて判定していると考えると、数理モデルで再現できました。本研究は、友村さんが修士論文として取り組んだ研究の成果をまとめたものです。
 本研究成果は、Nature Portfolio の学術誌「Communications Psychology」に2026年10月5日付で掲載されました。

背景

 MLBでは2026年シーズンから、球審のストライク・ボール判定に異議があるとき、機械(ABS※2)で判定を確かめられる「チャレンジ制度」が始まり、人間の審判の判定にあらためて注目が集まっています。
 球審は、時速150km前後で投げ込まれる球が、本塁上のストライクゾーン(幅約43cm)を通過したかどうかを一瞬で判定しなければなりません。熟練した審判でも判定には偏りがあり、なかでもよく知られているのがカウントによる偏りです。具体的には、打者有利のカウントではストライクと判定されやすく、投手有利のカウントではボールと判定されやすいことが、これまでの研究で報告されてきました。その原因は、三振や四球を決める判定を避けたがる心理など、審判の心理的な傾向として説明されてきました。
 一方、心理学や神経科学では、脳はあいまいな感覚情報をそのまま使うのではなく、経験から学んだ「予測」と組み合わせて知覚を作る、という考え方があります。予測と感覚入力の重みづけは、相対的な信頼度によって決まり、見え方があいまいなときほど、脳は予測に頼ります。これを数式で表した「ベイズ感覚統合」の原理は、実験室では繰り返し確かめられてきましたが、プロスポーツの試合のような現実の場面でも働いているかどうかは、十分に検証されていませんでした。

研究成果の内容

 本研究では、MLBが公開している投球データ(Baseball Savant)から、2015〜2024年の公式戦で右投手が右打者に投げた直球(フォーシーム)のうち、打者が見送り、球審が判定した45万1,172球を解析しました。球種や投打の組み合わせによる違いが結果に混ざらないよう、条件をそろえています。
1.カウントによってストライクゾーンが変わる
 12通りのカウントごとに、ストライクとボールの判定がちょうど半々になる位置(主観的等価点※3)を求め、審判にとっての「実質的なストライクゾーンの境界」としました。その結果、打者有利のカウントではゾーンが広がり、投手有利のカウントでは狭まる偏りが、内角・外角・高め・低めのすべてで見られました(図1)。

図1 カウントによって変わる実質的なストライクゾーン
審判の実質的なストライクゾーン(ストライクとボールの判定が半々になる位置)を、打者有利の3ボール0ストライク(橙)と投手有利の0ボール2ストライク(青)で比べた。上下左右の4方向で求めた位置を長方形で結んだ模式図で、破線はルール上のストライクゾーンを示す。

2.カウントによって「見送られる球」の分布が変わる
 カウントによって、打者が見送り、球審の判定の対象になる球のコースは大きく異なります。打者有利のカウントでは、投手はストライクを取りにいき、打者もゾーン内の球を見送ることが多いため、見送られる球はゾーンの中央付近に集まります。一方、投手有利のカウントでは、投手はゾーンの外やぎりぎりを狙い、打者も際どい球はスイングするので、見送られる球はゾーンの外側に集まります(図2)。

図2 カウントによって変わる、審判が判定する球の位置の分布
2015〜2024年に打者が見送り、球審が判定した球の位置の分布。0ボール2ストライク(左)では見送られる球がゾーンの外側(とくに高めと外角)に、3ボール0ストライク(右)ではゾーンの中央付近に集まる。審判は無意識的に、この分布を「予測」として判定に取り込んでいると考えられる。

3.脳の「予測」を組み込んだモデルで偏りを再現
 審判がこの分布を「予測」として持ち、あいまいな見え方と組み合わせて球の位置を判断していると仮定する、ベイズ感覚統合理論に基づいた数理モデルを作りました。モデルに含まれる審判の特性は「判断の基準」と「見え方のあいまいさ」の2つだけで、どちらもカウントによらず一定としています。このモデルは、カウントによるゾーンの広がり・狭まりを再現し、とくに高めと外角でよく一致しました(決定係数※4はそれぞれ0.80、0.67)。カウントの情報を使わないモデルと比べても、4方向のうち3方向で明確に優れていました。

4.見え方があいまいな審判ほど予測に頼る
 ベイズ感覚統合の理論では、見え方があいまいな人ほど予測に頼るはずです。審判89人を個別に分析したところ、判定のばらつきが大きい(同じ位置の球でもストライクとボールの判定が分かれやすい)審判ほど、カウントによる偏りが大きいという有意な相関が見られました(図3)。
 これらの結果は、カウントによる判定の偏りが、経験から学んだ予測で不確かな見え方を補う、脳の合理的な情報処理として説明できることを示しています。

図3 判定のばらつきとカウントによる偏りの大きさの関係
1つの点が審判1人を表す(89人)。判定のばらつきが大きい(見え方があいまいな)審判ほど、打者有利と投手有利のカウントの間で、外角の境界の差が大きかった。論文の図6Bをもとに作成。

今後の展開

 本研究で示した脳の情報処理の原理を用いると、どのカウントで判定がルール上のゾーンからずれやすいかを数理的に予測できます。たとえば、投手有利のカウントでは守備側が「ボール」判定に対して行うチャレンジが、打者有利のカウントでは打者が「ストライク」判定に対して行うチャレンジが、成功しやすいと考えられます。チャレンジ制度による機械の確認が進むことにより、審判の判定のしかたがどう変わっていくのかという点も、今後の検証課題です。
 一方、本研究は右投手対右打者の直球に限って解析しており、他の球種や投打の組み合わせにも当てはまるかは、まだ分かっていません。点差や審判の疲労といった試合の状況の影響も含めて、検証を進めます。
 さらに、本研究の最終的な目標は、不確かな情報のもとで人が瞬時に判断を下すしくみを、実際の現場のデータから明らかにすることです。経験に基づく予測で不確かな情報を補う脳の働きは、野球の審判だけでなく、医療画像の読影や空港の手荷物検査など、限られた時間と情報の中で判断するさまざまな場面に関わると考えられます。今後、人間の判断がずれやすい状況を明らかにすることで、人間が判断する場面と機械やAIによる確認が有効な場面を見極め、双方の長所を生かした協働のあり方を考えることにつなげたいと考えています。

研究者のコメント

 「審判の判定がカウントで変わることは、野球ファンの間では昔から知られていました。今回の研究では、その偏りを、限られた情報から最善の判断をしようとする脳の働きとして数学的に説明できることを、45万球という大量のデータで示しました。実験室で調べられてきた脳の理論が、MLBの審判というプロ中のプロの実際の行動データにおいて確かめられたことは、心理学や運動制御学にとって、とても興味深い成果だと思います。」(進矢正宏)

用語解説

※1 ベイズ感覚統合:
 感覚から得た情報と、経験に基づく予測とを、それぞれの確かさに応じた重みで組み合わせる情報処理。霧で視界が悪いほど「このあたりに道があるはず」という経験に頼って進むように、見え方があいまいなほど予測の重みが大きくなる。
※2 ABS(Automated Ball-Strike System):
 投球の位置を計測機器で測り、ストライク・ボールを自動で判定するしくみ。MLBでは2026年シーズンから、選手が異議を唱えた投球に限ってABSで確認するチャレンジ制度を導入している。
※3 主観的等価点:
 ストライクと判定される確率とボールと判定される確率が、ちょうど半々になる投球の位置。審判にとっての実質的なストライクゾーンの境界を表す。
※4 決定係数:
 モデルの予測が実際の結果をどれだけよく説明できるかを表す指標。1に近いほど予測と実際がよく一致する。

研究費

 本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業 基盤研究(B)(課題番号 24K02840、研究代表者:瀧山健)および基盤研究(C)(課題番号 24K14530、研究代表者:進矢正宏)の支援を受けて行いました。

データと解析コード

 解析に用いたデータは、MLBが公開しているデータ(Baseball Savant、MLB Stats API)です。解析コードは Zenodo(https://doi.org/10.5281/zenodo.21287210)で公開しています。
 

【お問い合わせ先】

<研究に関すること>
広島大学 大学院人間社会科学研究科 准教授 進矢 正宏
Tel:082-424-4544
E-mail:mshinya*hiroshima-u.ac.jp

<報道に関すること>
広島大学 広報グループ
Tel:082-424-4383 FAX:082-424-6040
E-mail:koho*office.hiroshima-u.ac.jp
 

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