発表のポイント
- C型小惑星リュウグウでは、塩素(Cl)はナトリウム(Na)と結びついた“塩”(NaCl)としてではなく、その殆どが粘土鉱物への吸着態として存在する。
- こうした吸着反応を考慮した化学平衡計算から、リュウグウ母天体中の水環境は強塩基性・強還元的であると推定され、これはアミノ酸や核酸塩基などの生体物質合成に有利な条件である。
- 塩が少ないことは、水の消失過程が液体の水の蒸発ではなく、氷の昇華であることを示唆し、その結果、水はC型小惑星に多く保持され、それが地球などに供給されたと考えられる。
リュウグウ試料研磨片の反射電子像と透過電子像
(Po: ピロータイト; Do: ドロマイト; Mag: マグネタイト; Phys: 層状ケイ酸塩)
概要
東京大学大学院理学系研究科の河合敬宏大学院生(研究当時)、高橋嘉夫教授、金沢大学の福士圭介教授らによる研究グループは、放射光X線(注1)を利用したX線吸収端近傍構造(XANES)(注2)を用いてC型小惑星(注3)リュウグウ中の元素の化学種を分析しました。その結果、リュウグウ母天体中に存在した液体の水の中で、NaやClの殆どはNaClのような塩ではなく、粘土鉱物(注4)への吸着態として存在することを発見しました。さらにこれを考慮した化学平衡計算から、リュウグウ母天体中の水質変成は、強塩基性・強還元的条件で進行したことを示しました。こうした水環境は、アミノ酸や核酸塩基などの生体有機物の非生物的合成に有利な環境です。またリュウグウの水環境は水素ガスに富むと示唆され、リュウグウが母天体表面の氷の下で変成を受け、リュウグウからの水の消失は主に氷の昇華によることを示唆しています(図1)。この成果は、C型小惑星の進化や、初期地球への水の供給過程の解明に貢献することが期待されます。
本研究で示された水の組成から、リュウグウの水は強塩基性かつ強還元的であり、このような環境は深部で生成した水素が母天体表層の氷にキャップされた場所でリュウグウが変質したことを示している。
発表内容
C型小惑星のひとつであるリュウグウは、母天体が崩壊した後、その一部が集まって形成されたと考えられています。C型小惑星起源とされる炭素質コンドライト(注5)と呼ばれる隕石や、小惑星探査機「はやぶさ2」が持ち帰ってきたリュウグウ試料の分析から、これら小惑星の母天体において水質変成と呼ばれる水-岩石反応が起こっていたことや、アミノ酸や核酸塩基が含まれていることなどが分かっています。先行研究では、水質変成時のリュウグウ母天体の水はNaやClを多く含む塩水であったと考えられていましたが、これら試料からはNaClのような塩を含む塊はほとんど見つかっていません。ナノメートルスケールの分析が可能な透過型電子顕微鏡(TEM)を用いたリュウグウの分析でも、200nm以下の非常に小さなNaClの結晶が炭酸ナトリウム(Na2CO3)の内部に少量見つかった例があるだけで、残りの大部分のNaやClがどこにあるのかは分かっていませんでした。
本研究では、XANES法と電界放出型電子線マイクロアナライザ(FE-EPMA)を用いた元素分析により、リュウグウ試料中の主要元素の化学種の比を明らかにし、吸着・溶解平衡計算によりリュウグウの水の組成を推定しました。その結果、リュウグウのNaとClはそれぞれサポナイト、リザーダイトという層状ケイ酸塩に大部分が吸着していること(図2)、カリウム(K)やカルシウム(Ca)の一部もサポナイトに吸着していることが分かりました。特に、リザーダイト中の塩素には水に溶けにくい成分があることが知られており、リュウグウのClは多くがリザーダイト中に固定され、水中には多く存在しなかった可能性があります。その場合、リュウグウの水は海水よりも塩化物イオン濃度が100倍薄く、予想よりはるかに還元的(Eh: -0.5~-0.8V)かつ塩基性(pH: 10.3~11.5)であったと推定されました。これは水素ガスが高濃度に存在しうる非常に還元的な環境であり、そうした環境は母天体表層の氷の下の、内部で発生したガスがトラップされる場所で形成されると考えられます(図1)。母天体の中でもこうした環境で変成した部分が集まってできたのが、リュウグウである可能性があります。また塩基性の水では、アミノ酸や糖、核酸塩基などの非生物合成が起きやすいことも知られています。
本研究で推定されたC型小惑星母天体での水質変成過程は、C型小惑星がどのように進化したのかや、生体有機物の非生物合成、初期地球にもたらされた水の起源や量などについて、新たな示唆を与えることが期待されます。
本研究では大型放射光施設SPring-8(BL17XU, BL27SU)および3GeV高輝度放射光施設NanoTerasu (BL08W-XAFS)、高エネルギー加速器研究機構(KEK)Photon Factory(BL-9A, BL-19A/B)のビームラインを利用しました。
図2:リュウグウのナトリウム(Na)と塩素(Cl)のXANESスペクトル
リュウグウ(A0477)のNaとClのXANESスペクトル。 (a)リュウグウのNaのXANESスペクトル(丸)を、標準試料のスペクトルでフィッティングした結果、ほとんどがサポナイトに吸着していることが示された。 (b)リュウグウのClのXANESスペクトル(丸)を、標準試料のスペクトルでフィッティングした結果、大部分がリザーダイト中に存在することが示された。
発表者・研究者等情報
東京大学 大学院理学系研究科
河合 敬宏 博士課程学生(研究当時) 現:高輝度光科学研究センター 研究員
高橋 嘉夫 教授
大野 智洋 修士課程学生
竹本 亜優 修士課程学生(研究当時) 現:同博士課程学生
山口 瑛子 客員共同研究員 兼:日本原子力研究開発機構 研究副主幹
板井 啓明 准教授
伊地知 雄太 特任研究員(研究当時) 現:海洋研究開発機構 准研究員
吉田 英人 特任専門職員(研究当時) 現:理学系研究科附属天文学教育研究センター 木曽観測所
橘 省吾 教授 兼:JAXA宇宙科学研究所 特任教授
金沢大学 環日本海域環境研究センター
福士 圭介 教授
東北大学 理学研究科
中村 智樹 教授
松本 恵 助教
海洋研究開発機構
高知コア研究所
中田 亮一 主任研究員 兼:広島大学大学院 先進理工系科学研究科 客員准教授
生命地球科学研究部門
渋谷 岳造 上席研究員
高輝度光科学研究センター
菅 大暉 研究員
上椙 真之 主幹研究員
高エネルギー加速器研究機構
物質構造科学研究所
山下 翔平 助教
丹羽 尉博 助教
広島大学 大学院先進理工系科学研究科
小池 みずほ 准教授
理化学研究所 放射光科学研究センター
大浦 正樹 チームリーダー
宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所
臼井 寛裕 教授
東京科学大学 理学院 地球惑星科学系
癸生川 陽子 准教授
未来社会創成研究院 地球生命研究所/国際医工共創研究院 GENTEN研究センター
関根 康人 教授
論文情報
雑誌名:Nature Communications
題 名:Reconstructing the aqueous environment of the Ryugu parent body through the speciation of multiple elements
著者名:Takahiro Kawai, Keisuke Fukushi, Tomohiro Ohno, Hiroki Suga, Masayuki Uesugi, Ayu Takemoto, Akiko Yamaguchi, Takaaki Itai, Yuta Ijichi, Shohei Yamashita, Yasuhiro Niwa, Ryoichi Nakada, Mizuho Koike, Hideto Yoshida, Masaki Oura, Megumi Matsumoto, Tomohiro Usui, Yoko Kebukawa, Takazo Shibuya, Shogo Tachibana, Yasuhito Sekine, Tomoki Nakamura, and Yoshio Takahashi
DOI:10.1038/s41467-026-78348-5
URL:https://www.nature.com/articles/s41467-026-78348-5
注意事項(解禁情報)
日本時間10月16日18時(英国夏時間: 16日午前10時)以前の公表は禁じられています。
研究助成
本研究は、科研費「分子地球化学で切り拓くC型小惑星のアストロバイオロジー
(課題番号:26K21720)」、「元素生命学:生命による元素利用の変遷と柔軟性
(課題番号:26A302)」、「粘土鉱物中のFeの酸化状態が元素の挙動に及ぼす影響の理解
(課題番号:25K00227)」、「小惑星サンプルの流体包有物分析から探る太陽系の水の起源と水-固体物質進化(課題番号:25K00022)」、「太陽系最初の水の水質復元:C型小惑星に含まれる生命材料物質の網羅的予測(課題番号:24H00268)」、「バイオミネラリゼーションにおける有機・無機相互作用の分子レベルでの理解(課題番号:24K21564)」、「先端X線分析によるリュウグウ母天体の形成環境や水質変成に関する分子地球化学的研究(課題番号:23H03986)」、「レアアースのイオン吸着型鉱床の分子地球化学:その形成機構・探査・抽出法・モデル化(課題番号:22H00166)」、「走査型透過X線顕微鏡と合成実験による隕石中の有機物の生成過程解明(課題番号:22KJ1077)」、およびJSPS地域中核・特色ある研究大学強化促進事業(J-PEAKS)JPJS00420230006の支援により実施されました。
放射光実験は、高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所放射光共同利用実験課題(課題番号:2023S2-001, 2026S2-002)、SPring-8利用研究課題 (課題番号:2023A1159, 2023B1212, 2023B1492, 2024A1198, 2024A1486)、NanoTerasu利用研究課題 (2025B9074, 2026A9105, 2026A9337)により実施されました。
用語解説
(注1) 放射光X線
放射光X線とは、実験室で使うような通常のX線源とは異なり、光速に近い速度まで加速させた電子が、磁石によって進行方向を曲げられる際に放出される、非常に明るいX線のことである。回折格子や単結晶を用いた分光と組み合わせることで、様々なエネルギーにおいて、そのエネルギーだけを取り出したX線(単色X線)を利用することができる。
(注2) X線吸収端近傍構造(XANES)
X線吸収端近傍構造(XANES)とは、試料に当てるX線のエネルギーを変化させた際の、X線の吸収率を表したスペクトルのことである。XANESの形状は各元素の周りの電子状態を反映するため、目的試料と標準試料のスペクトルを比較することで、その元素がどのような化学種(例えば価数)で存在しているかを明らかにすることができる。
(注3) C型小惑星
「C型小惑星」とは、地球から見える反射スペクトルに基づく小惑星の分類のひとつである。他の小惑星よりも、炭素などの有機物に富むという性質を持ち、生命の起源に関わるとして重視されている。
(注4) 粘土鉱物
粘土鉱物とは、ケイ素の酸化物を主成分とする層構造を持つ鉱物で、一般に層状ケイ酸塩とも呼ばれる。リュウグウの主成分は、サポナイトとリザーダイトと呼ばれる、マグネシウムも多く含む粘土鉱物である。
(注5) 炭素質コンドライト
地球に飛来した隕石のうち、コンドリュールと呼ばれる金属などからなる粒を含む隕石をコンドライトと呼ぶ。この中で、特に炭素に富むものを炭素質コンドライトと呼ぶ。炭素質コンドライトの母天体は主にC型小惑星であると考えられている。
【お問い合わせ先】
<研究内容について>
東京大学大学院理学系研究科
教授 高橋 嘉夫 (たかはし よしお)
Tel:03-5841-4517 E-mail:ytakaha*g.ecc.u-tokyo.ac.jp
金沢大学環日本海域環境研究センター
教授 福士 圭介 (ふくし けいすけ)
Tel:076-264-6520 E-mail:fukushi*staff.kanazawa-u.ac.jp
海洋研究開発機構
物質地球科学研究部門 高知コア研究所
主任研究員 中田 亮一 (なかだ りょういち)
E-mail:nakadar*jamstec.go.jp
生命地球科学研究部門 上席研究員
上席研究員 渋谷 岳造 (しぶや たかぞう)
E-mail:takazos*jamstec.go.jp
公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)
分光・イメージング推進室 軟X線分光イメージングチーム
研究員 河合 敬宏 (かわい たかひろ)
Tel:050-3495-0840 E-mail:takahiro.kawai*jasri.jp
<機関窓口>
東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室
Tel:03-5841-7585 E-mail:media.s*gs.mail.u-tokyo.ac.jp
金沢大学理工系事務部総務課総務係 松田
Tel:076-234-6951 E-mail:s-somu*adm.kanazawa-u.ac.jp
東北大学大学院理学研究科・理学部 広報・アウトリーチ支援室
Tel:022-795-6708 E-mail:sci-pr*mail.sci.tohoku.ac.jp
海洋研究開発機構 事業推進部 報道室
Tel:045-778-5690 E-mail:press*jamstec.go.jp
公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI) 利用推進部 普及情報課
Tel:0791-58-2785 E-mail:kouhou*spring8.or.jp
高エネルギー加速器研究機構 広報室
Tel:029-879-6047 E-mail:press*mail.kek.jp
広島大学 広報グループ
Tel:082-424-4518 E-mail:koho*office.hiroshima-u.ac.jp
(*は半角@に置き換えてください)