九州シンクロトロン光研究センターの金安達夫副主任研究員(分子科学研究所客員准教授)、富山大学の彦坂泰正教授、広島大学の加藤政博教授(分子科学研究所特任教授)らの共同研究グループは、極端紫外領域(注1)の放射光(注2)を用いて、ヘリウム原子の空間的な形状を操作することに成功しました。この操作は、数10アト秒(1アト秒は100京分の1秒)という極めて高い時間分解能で、異なる二つの電子軌道(注3)を重ね合わせる(注4)ことによって実現されました。
共同研究グループは、放射光を用いて物質の状態を操作するための技術開発に取り組んできました。アンジュレータという光源装置を二台用いて二つの放射光パルスを発生し、その時間差をアト秒の精度で制御することにより、原子内の電子を狙った軌道に選択的に遷移させることができることを最近示しました。今回、このアト秒精度の制御技術をさらに発展させ、ヘリウム原子の二つの軌道を重ね合わせて、電子雲の向きや形を精密に操作することに成功しました。この手法は短波長化が容易であり、今後、X線までもの短波長の光を用いた電子雲の操作という未開拓の研究分野を切り開くことができます。そのような放射光による電子状態の操作により、物質機能の探索およびデザイン、高速動作デバイスの開発といった多様な応用に繋がるものと期待されます。
本研究成果は、米国の科学雑誌Physical Review Letters(2019年12月6日号)の掲載に先立ち、オンライン版に掲載されました。
(注1)極端紫外領域
可視光とX線の中間の波長領域。光の波長は数10 nm。
(注2)放射光
ほぼ光速の高エネルギー電子が磁場で曲げられる際に放出する電磁波。放射光は赤外線から硬X線までの広い波長範囲をカバーするため、基礎研究から産業利用まで様々な分野で利用されている。
(注3)電子軌道
原子の中の一個の電子の運動状態を表す波動関数を電子軌道や原子軌道または単に軌道と呼ぶ。電子軌道は、マクロな世界における粒子の軌道運動に相当する量子力学的な運動状態を表現している。
(注4)重ね合わせ
二つの波を合成すると、波の大きさは元の波の大きさを足し合わせたものになる(重ね合わせの原理)。電子は粒子のような性質と波のような性質を併せ持つため、電子の状態も重ね合わせを使って表現出来る。
図1: 光ペアによる軌道の重ね合わせ操作の模式図(電子雲の形状は動径方向を簡略化して表示)