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【研究成果】雌雄異株から雌雄同株への進化に伴う性染色体の運命とは―コケ植物の有性生殖システム転換における染色体再編成の解明―

概要

 京都大学生命科学研究科の安居佑季子 准教授、下川瑛太 博士課程学生、田中知葉 修士課程学生(研究当時)、梅谷結佳 修士課程学生、川村昇吾 博士課程学生(研究当時)、河内孝之 教授らの研究グループは、   チューリッヒ大学のPéter Szövényi 博士、広島大学大学院統合生命科学研究科の嶋村正樹 准教授、基礎生物学研究所トランスオミクス解析室の山口勝司 主任技術員、重信秀治 教授、近畿大学生物理工学部の大和勝幸 教授らの研究グループとの共同研究により、半数体※1世代で性を決定するコケ植物の性染色体※2が、雌雄異株※3から雌雄同株※4へと進化する過程においてどのような運命を辿るのかについて、共通する進化の道筋を明らかにしました。
 有性生殖は生物にとって普遍的な繁殖システムですが、その基盤となる性決定は非常に多様です。ヒトを含め、性染色体を持つ生物はメスとオスが別個体として存在する雌雄異体ですが、性染色体を持たず1つの個体中にメス機能とオス機能の両方を合わせ持つ雌雄同体の生物も存在しています。雌雄異株から雌雄同株への進化の過程で性染色体を含む染色体がどのような運命を辿るかは多くが未解明の状態でした。今回、コケ植物苔(タイ)類※5の雌雄同株アカゼニゴケのゲノムを解読し、比較ゲノム解析を行うことで、アカゼニゴケは祖先が持っていたオスの性染色体由来の染色体を保持する一方で、必須の遺伝子を他の染色体へ移した後にメスの性染色体を消失していることを明らかにしました。さらに既に報告があった別の雌雄同株のタイ類のゲノムとの比較から、これらの進化は偶然に起きたことではなく、タイ類の性染色体として運命付けられていたことが示唆されました。
 本成果は2025年4月2日に国際誌「Cell Reports」に掲載されました。

タイ類の雌雄異株から雌雄同株への進化の過程で起きた染色体再編成

1.背景

 性決定や性分化の仕組みは非常に多様です。ヒトのように性染色体を持つ生物は雌雄異体ですが、様々な系統において1つの個体中に雌雄両方の配偶子を作る雌雄同体の種が存在しています。植物においては、研究が進んでいる被子植物の多くは雌雄同株ですが、陸上植物進化の基部で被子植物を含む維管束植物※6と分岐したコケ植物には、雌雄異株と雌雄同株の植物がどちらも多く存在しています。コケ植物タイ類のモデルであるゼニゴケは雌雄異株であり、性染色体を持ちます。コケ植物は、半数体世代が優勢な生物であり、半数体世代で性を決定する性染色体はメスのものがU染色体、オスのものがV染色体と呼ばれます。本研究グループにおいて、これまでにタイ類のU染色体上の性決定遺伝子BPCUが発見されており、その起源は4億3000万年前と非常に古いことが示されていました。タイ類は雌雄異株が祖先型であり、タイ類の進化の過程で雌雄異株から雌雄同株への進化が複数回独立に起きたと推定されています。雌雄異株から雌雄同株への進化に伴い性染色体がどのように再編成されるかについては、タイ類も含めこれまでに共通理解は得られていませんでした。

図1 雌雄同株のアカゼニゴケ

Kitadake-1株が採取された北岳の写真(左)。生殖器托を形成しているアカゼニゴケの写真(右)。ゲノム解読には広島大学で継代培養されていたKitadake-1株を用いた。雌の生殖器托(オレンジ)と雄の生殖器托(青)が同一個体に形成されている。雌の生殖器托では卵が、雄の生殖器托では精子が作られる。
 

2.研究手法・成果

 本研究では、タイ類のモデルであるゼニゴケの近縁種である雌雄同株のアカゼニゴケのゲノムを、ロング  リードシーケンス技術※7を用いて解読しました。今回ゲノム解読を行ったアカゼニゴケは、北岳で採取され広島大学で継代培養されていたKitadake-1株です(図1)。ゼニゴケは8本の常染色体と雌雄それぞれ1本ずつ性染色体を持ちます。一方で、古くに観察された核型の解析からアカゼニゴケの染色体は9本であると報告されおり、今回のゲノム解読からもアカゼニゴケのゲノムは9本の染色体につながりました。このうち、1から8番の染色体は比較的サイズが大きく、ゼニゴケの8本の常染色体と基本的に対応することがわかりました。これに対し、9番目の染色体はサイズが小さく、また遺伝子密度が低い、リピート配列の割合が高いなど性染色体の特徴を有していました。ゼニゴケの性染色体に座乗する遺伝子と対応する遺伝子をアカゼニゴケのゲノム上で調べたところ、ゼニゴケのV染色体上の遺伝子と対応する遺伝子は、この9番目の染色体上に多く存在することがわかり、9番目の染色体はV染色体由来であると考えられました。
 一方で、U染色体上の遺伝子に対応する遺伝子はアカゼニゴケゲノムにおいてはとても少なく、それらはアカゼニゴケの1から8番の染色体上に散在していました。アカゼニゴケがU染色体とV染色体由来の配列を両方持っていたことから、雌雄同株誕生のきっかけとなったのは減数分裂時に正常な常染色体のセットに加え、雌雄の性染色体を両方持つ細胞が偶発的にできたことであったと考えられました。その後の進化の過程において、U染色体上の必須遺伝子が常染色体へと移行し、U染色体の消失が起きたと考えられます。
 また、タイ類における性決定遺伝子BPCUは、雌の生殖器托で発現が高い一方で、雄の生殖器托ではほとんど発現しないことがわかり、アカゼニゴケでは新たなBPCUの発現制御機構が獲得されており、それにより1つの個体に雌雄両方の配偶子を作り分けることができるようになったことが示されました。今回、明らかにしたアカゼニゴケのゲノムにおいて、V染色体由来の染色体が保持されU染色体が消失していたという状況は、これまで既に明らかにされていた別の雌雄同株のタイ類であるイチョウウキゴケのゲノムと同様でした。アカゼニゴケとイチョウウキゴケは進化の過程で独立に雌雄異株から雌雄同株へと進化したと考えられることから、同じ性染色体の進化のシナリオが2度独立に起きたことがわかりました。これらからタイ類における雌雄異株から雌雄同株へ転換時に起きたイベントは、偶然起きた1例ではなく予測可能な進化であったと考えられました。

3.波及効果、今後の予定

 本研究により、雌雄異株から雌雄同株への進化に伴う性染色体の進化がどのようなものであったかの一端が、半数体世代が優勢なコケ植物の解析から示されました。今後、他のコケ植物や別の系統においても、有性生殖システムの転換が比較できる種間でのゲノム解読を進めることで、有性生殖システムの転換に伴う性染色体の進化を明らかにできると考えられます。このように性染色体の進化を明らかにしていくことは、生物多様性が生み出される基本原理の解明にもつながると期待できます。

4.研究プロジェクトについて

 この研究は、日本学術振興会 (JSPS)学術変革領域(A)「挑戦的両性花原理」(23H04744、22H05172)、研究基盤C (21K06228)、研究基盤A (22H00417)、国際先導加速基金 (22K21352)、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業「陸上植物の単相世代における有性生殖システムの進化」(JPMJFR2256)、基礎生物学研究所 統合ゲノミクス共同利用研究 (23NIBB441, 24NIBB428)等により支援されました。

用語解説

※1 半数体
染色体の基本数1セットを持つ細胞や個体のことであり、精子や卵といった配偶子はこれに該当する。陸上植物においては、生活環の中で半数体世代と染色体を2セット持つ2倍体世代が、どちらも多細胞体制として交互に繰り返される。
※2 性染色体
遺伝により性を決定する雌雄異体の生物において、性決定に関与する染色体のこと。染色体の形態や数が異なる場合がある。
※3 雌雄異株
植物における雌雄異体を表す言葉であり、雄の生殖器官と雌の生殖器官を別個体が持つ場合をいう。
※4 雌雄同株
植物における雌雄同体を表す言葉であり、雄の生殖器官と雌の生殖器官を同一個体が持つ場合をいう。
※5 コケ植物苔(タイ)類
全ての陸上植物は1つの共通祖先から進化してきたと考えられており、コケ植物は陸上植物進化の基部で維管束を持つ植物と分岐した。コケ植物にはタイ類の他にセン類とツノゴケ類がある。
※6 維管束植物
維管束を持つ植物のグループであり、被子植物などはこのグループに属する。
※7 ロングリードシーケンス技術
長いDNA配列を一気に読むことができる技術であり、この技術によりゲノムの難解な領域についても解読できるようになった。

研究者のコメント

「コケ植物タイ類の性決定遺伝子が雌雄異株ゼニゴケで見つかり、またその起源が非常に古くまで遡れるということがわかった時に、雌雄同株のタイ類ではそのシステムはどうなっているのか?ということを疑問に思い研究を開始しました。雌雄同株のコケ植物も、雌雄異株のコケ植物が持つ性決定遺伝子を使って雌雄の配偶子を作り分けていることも驚きでしたし、性染色体の進化が単なる偶然ではなく運命付けられていることにとても興味を感じ研究を進めました。」(安居佑季子)

論文タイトルと著者

  • タイトル:Insights into convergent evolution of cosexuality in liverworts from the Marchantia quadrata genome (アカゼニゴケのゲノム解読から示したコケ植物における雌雄同株への収斂進化)
  • 著  者:Giacomo Potente1,2,10, 安居佑季子 3,10,*, 下川瑛太3, Jerry Jenkins4, Rachel N. Walstead4, Jane Grimwood4, Jeremy Schmutz4,6, Jim Leebens-Mack5, Tomas Bruna6, Navneet Kaur6, Raymond Lee6, Sumaira Zama6, 田中知葉3, 梅谷結佳3, 川村昇吾3, 大和勝幸7, 山口勝司8, 重信秀治8, 嶋村正樹9, 河内孝之3 and Péter Szövényi1,2*
    1チューリッヒ大学、スイス
    2 Zurich-Basel Plant Science Center、スイス
    3京都大学生命科学研究科
    4 HudsonAlpha Institute for Biotechnology、アメリカ
    5ジョージア大学、アメリカ
    6 Lawrence Berkeley National Laboratory、アメリカ
    7近畿大学生物理工学部
    8 基礎生物学研究所・トランスオミクス解析室
    9 広島大学大学院統合生命科学研究科
    10 共同第一著者
    *共同責任著者
  • 掲 載 誌:Cell Reports   DOI:10.1016/j.celrep.2025.115503
【お問い合わせ先】

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 安居佑季子(やすいゆきこ)
 京都大学生命科学研究科・准教授
 TEL:075-753-6391 FAX:075-753-6127
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 (*は半角@に置き換えてください)
 


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