本研究成果のポイント
- ボノボ(大型類人猿)とテナガザル(小型類人猿)からiPS細胞(※1)を作製
- 類人猿のiPS細胞から四肢骨格の起源である細胞を作出することに成功
- 進化研究・生物多様性保全・動物園獣医学の3分野融合「動物園まるごとiPS細胞化プロジェクト」を大きく展開
概要
今村公紀 准教授(研究当時:京都大学ヒト行動進化研究センター 助教、現:金沢大学医薬保健研究域)、博士課程4年 濱嵜裕介(京都大学ヒト行動進化研究センター)、今村拓也 教授(広島大学大学院統合生命科学研究科)、博士課程1年 飽田寛人(広島大学大学院統合生命科学研究科)らの研究グループは、京都大学野生動物研究センター熊本サンクチュアリ(熊本県宇城市)、公益財団法人日本モンキーセンター(愛知県犬山市)、豊橋総合動植物公園(愛知県豊橋市)、東山動植物園(愛知県名古屋市)、大型類人猿情報ネットワーク(GAIN)、名古屋大学 一柳健司 教授、総合研究大学院大学 田辺秀之 准教授らと共同で、大型類人猿ボノボと小型類人猿テナガザルから、ゲノムに外来遺伝子が挿入されない人工多能性幹細胞(iPS細胞)の作製に成功しました。
今回作製したiPS細胞について、複数種の霊長類iPS細胞の遺伝子発現パターンを比較した結果、iPS細胞の遺伝子発現は霊長類進化の系統関係を反映していること、ならびに種特異的な特徴を同定しました。また、本研究では、作製した類人猿iPS細胞から四肢骨格の起源である細胞(肢芽中胚葉細胞)を誘導することにも成功しました。本成果は、霊長類の進化発生学(エボデボ)、生物多様性の保全、動物園獣医学の発展を統合的に推進するための重要な基盤になると考えられます(図1)。
- 雑誌名:BMC Genomics
タイトル:Generation and transcriptome profiling of bonobo induced pluripotent stem cells using stealth RNA vectors: a tripartite comparative study with humans and chimpanzees.
著者:Yusuke Hamazaki,、Hiroto Akuta、Hikaru Suzuki、Hideyuki Tanabe、Tsubasa Suzuki、Kouki Inoue、Kenji Ichiyanagi、Takuya Imamura*、Masanori Imamura*. BMC Genomics、in press
DOI:https://doi.org/10.1186/s12864-025-12400-4 (open access)
- 雑誌名:Frontiers in Cell and Developmental Biology
タイトル:Generation and characterization of induced pluripotent stem cells of small apes.
著者:Yusuke Hamazaki、Hiroto Akuta、Hikaru Suzuki、Hideyuki Tanabe、Kenji Ichiyanagi、Takuya Imamura、Masanori Imamura*.
Front Cell Dev Biol, 13: 1536947 (2025)
DOI:https://doi.org/10.3389/fcell.2025.1536947 (open access)
背景
ヒトとサルの境目はどこにあり、両者は何が違うのでしょうか。生物学的にヒトはヒト上科というグループに属し、ニホンザルのようなサル類と区分されます。ヒト上科にはヒトの他に大型類人猿(ボノボやチンパンジー、ゴリラ、オランウータン)と小型類人猿(テナガザル)が分類されます。なかでもボノボとチンパンジーはヒトに最も近縁な現生類人猿であり、ヒト、ボノボ、チンパンジーの3種の比較はヒト固有の特性を解明する糸口になります。一方、小型類人猿はヒトとの共通祖先から最も早く、最も古い時期に分岐しました。したがって、小型類人猿は系統進化上、ヒト・大型類人猿とサル類の中間に位置しており、サルからヒトへの進化の過程を解明する上で非常に重要な存在といえます。
研究成果の内容
■ 1|ボノボiPS細胞とテナガザルiPS細胞の作製に成功
本研究では、京都大学野生動物研究センター熊本サンクチュアリ(熊本県宇城市)で飼養されているボノボとチンパンジーについて、健康診断時に採血された余剰血液から末梢血単核球を分離・培養しました。また、日本モンキーセンター(愛知県犬山市)、豊橋総合動植物公園(愛知県豊橋市)、東山動植物園(愛知県名古屋市)、大型類人猿情報ネットワーク(GAIN)と連携し、動物園で自然死した小型類人猿3種5個体(シロテテナガザル、アボットハイイロテナガザル、フクロテナガザル)の皮膚片から線維芽細胞を培養しました。これらの細胞にゲノムに外来遺伝子が挿入されない方法で初期化因子を導入することでiPS細胞の作製を行った結果、ボノボ2個体、チンパンジー1個体、テナガザル3個体(シロテテナガザル1個体、フクロテナガザル2個体)のiPS細胞を作製することに成功しました(図1)。
■ 2|iPS細胞の霊長類種ごとの特徴を遺伝子発現パターンから解析
ヒト、大型類人猿(ボノボ、チンパンジー、ゴリラ、オランウータン)、小型類人猿(シロテテナガザル、フクロテナガザル)、サル類(アカゲザル、カニクイザル)のiPS細胞について、遺伝子発現プロファイルを比較解析したところ、iPS細胞の遺伝子発現は霊長類の系統関係を反映したパターンに分類されること(サル類、小型類人猿、大型類人猿、ヒトの順に分岐)がわかりました。さらに、ヒト、ボノボとチンパンジーの間で異なる遺伝子発現や、テナガザルだけで見られる遺伝子発現など、種に特異的な特徴も検出されました。
■ 3|類人猿iPS細胞から四肢骨格の起源(脚腕の元)である肢芽中胚葉細胞の誘導に成功
作製した類人猿(ボノボ、チンパンジー、テナガザル)のiPS細胞から四肢骨格の起源(腕脚の元)である肢芽中胚葉細胞を作出することに世界で初めて成功しました。腕と脚の長さはサル類ではほぼ同じであるのに対し、類人猿では脚に比べて腕が長く、ヒトでは反対に腕に比べて脚が長くなります。霊長類iPS細胞から肢芽中胚葉細胞を分化誘導する実験系は、脚腕の長さという類人猿やヒトの四肢の特徴がどのようなメカニズムによって進化してきたのかを解明することに役立つと考えられます。
今後の展開
本研究は「動物園まるごとiPS細胞化プロジェクト」の一環として、動物園と連携して実施しました。本プロジェクトは、動物園や飼養施設にいる動物たちの細胞バンク化とiPS細胞の作製を行うことで、以下の3つの活用に繋げることを目的としています。
■ 1|哺乳動物の進化発生学(エボデボ研究)の進展
哺乳動物のiPS細胞を作製することで、哺乳動物が進化させた多様性や新奇性のメカニズムの解明が期待されます。今後は、動物園にいるさまざまな動物のiPS細胞から四肢を形成する肢芽中胚葉細胞を分化誘導することで、脚腕の長さや形の発生進化研究を展開する予定です。
■ 2|生物多様性の保全
ボノボやテナガザルをはじめ、多くの希少動物は絶滅の危機に瀕しており、遺伝資源の保存は喫緊の課題です。本研究で進める細胞バンク化(動物由来の細胞を長期保存・再利用可能な形で蓄積すること)とiPS細胞の作製は、絶滅危惧種の「細胞レベルで生きた遺伝資源」を長期的に保存・活用できる基盤となります。
■ 3|動物園獣医学の発展
希少動物では疾患研究や治療法の検討が難しい場合があります。iPS細胞を活用することで、動物種ごとの疾患モデルの構築や、薬剤反応性・毒性の種差や個体差の評価が可能となり、動物医療・健康管理の高度化に貢献すると期待されます。
参考資料
図1. 本研究の概要
動物園・研究施設からご提供いただいた組織試料から細胞を培養し、テナガザルとボノボ、チンパンジーのiPS細胞の作製に成功した。動物園のiPS細胞は今後大きく分けて3つの活用法が考えられる。
図2. ヒト・類人猿・サル類のiPS細胞の遺伝子発現パターンは霊長類進化の系統関係を反映する
ヒト・類人猿・サル類のiPS細胞の遺伝子発現データに基づき、それぞれのiPS細胞株(点)間の類似性を樹形図として可視化すると、系統進化を反映したまとまりを示した(サル類、小型類人猿、大型類人猿、ヒトの順に分岐)。さらに、小型類人猿テナガザルのiPS細胞では他の霊長類に比べて”細胞死”に関連する遺伝子の発現が低い傾向が見られた。また、大型類人猿のうち、ボノボとチンパンジーのiPS細胞の間を比較すると、”代謝”機能に関連する遺伝子の一部で発現が異なっていた。
図3. 類人猿のiPS細胞から四肢骨格の起源である肢芽中胚葉細胞の分化誘導に成功
ボノボとテナガザルのiPS細胞(上段)から肢芽中胚葉細胞(下段)を分化誘導することに成功した。下図では、肢芽中胚葉を特徴づける遺伝子のPRRX1(赤)が発現していることを示している。
用語解説
(※1) iPS細胞
培養下(実験室)で半永久的に増え、身体を構成するさまざまな細胞種に分化することできる(=多能性)性質を持った細胞。
(※2) 分化誘導
iPS細胞の持つ、身体を構成するさまざまな細胞種に分化することできる(=多能性)性質を活かして、iPS細胞から目的の細胞を培養下で作出する方法のこと。
■研究に関するお問い合わせ先
金沢大学医薬保健研究域
准教授 今村 公紀
E-mail:imamura-masanori@staff.kanazawa-u.ac.jp
京都大学ヒト行動進化研究センター 博士課程4年
濱嵜 裕介
E-mail:hamazaki.yusuke.84n@st.kyoto-u.ac.jp
広島大学大学院統合生命科学研究科
教授 今村 拓也
TEL:082-424-7438
E-mail:timamura@hiroshima-u.ac.jp
■報道に関するお問い合わせ先
広島大学 広報室
TEL:082-424-6762
E-mail : koho*office.hiroshima-u.ac.jp
京都大学広報室 国際広報班
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E-mail:comms@mail2.adm.kyoto-u.ac.jp