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【研究成果】脳の神経細胞の成長を導く新たな仕組みを発見 ― 神経再生医療への応用可能性に期待 ―

概要

 広島大学大学院医系科学研究科の田中 茂 准教授を中心とする研究チームは、脳の神経細胞が分化をはじめるとき、ごく初期の段階で「GPR3」という受容体が働き、それが他の遺伝子の活動を引き起こしていることが分かりました。
 神経分化の最初期で働く遺伝子に、細胞膜に存在する受容体がかかわる例はこれまでほとんど報告されていません。本研究は、受容体が分化初期の遺伝子発現制御に直接関与するという新しい概念を提示するものであり、神経発達研究の枠組みに新たな視点を加える成果です。

 本研究成果は、2026年2月19日に国際学術誌「iScience」(Cell Press)に掲載されました。

発表論文

論文タイトル:
GPR3 Is an Immediate Early Gene–Like GPCR Regulating CREB Dependent Neuronal Differentiation

著者:
田中 茂*、猪川文朗、白榊紘子、原田佳奈、秀 和泉、酒井規雄
(*責任著者)

所属:
広島大学 大学院医系科学研究科 神経薬理学

掲載誌:iScience(Cell Press)
掲載日:2026年2月19日
DOI:10.1016/j.isci.2026.114944

背景

 私たちの脳は「神経細胞」から成り立ちます。はじめは未熟な細胞としてうまれ、そこから神経細胞としての形を少しずつつくり、さらに他の神経細胞とつながることで、脳の機能を果たせる神経細胞へと成長していきます。この過程を「分化」といいます。具体的には、脳の中で神経細胞が別の神経細胞とシナプスという接点でつながり、巨大なネットワークをつくることで、記憶、学習、思考などの働きが生まれます。このネットワークを「神経回路」といいます。
 しかし、この神経回路がどのようにして作られるのか、つまり、神経細胞がどのタイミングで分化を始めるのか、どの遺伝子が働くのか、どの神経細胞同士がつながっているのか、などについては、まだ完全にはわかっていません。脳の働きを理解するために、神経細胞がどのようにして成熟し、脳の回路を形成するのかを把握することは、脳科学の重要な課題です。

研究成果

 神経細胞は、外部からの刺激を受けると、遺伝子発現を段階的に切り替えながら分化・成熟していきます。本研究では、神経細胞に発現する受容体GPR3が、神経分化のごく初期段階で遺伝子発現制御に関与し、その後の神経回路形成を方向づける役割を担うことを明らかにしました。

 これまで、神経分化の初期に働く遺伝子の多くは、転写因子など細胞内で機能する分子として知られてきました。刺激を受けた直後に一過性に誘導され、次の遺伝子発現を制御するこれらの遺伝子は「最初期遺伝子(Immediate Early Gene; IEG)」と呼ばれています。一方で、細胞膜に存在する受容体が、このような初期遺伝子制御に関わる例はほとんど報告されていませんでした。

 本研究では、神経分化刺激によりGPR3遺伝子が刺激後1~2時間の早期に一過性に上昇した後、いったん低下し、その後再び持続的に発現が上昇する早期一過性上昇と後期持続的上昇からなる二相性の発現パターンを示すことを見出しました。さらにGPR3は、転写因子CREBによる制御を受けながら、細胞内のシグナル伝達を増幅し、転写因子NR4Aファミリーの発現誘導に関与することが示されました。

 NR4A1は転写因子としてシナプス前タンパク質Synapsin1の発現を制御しており、GPR3を欠損したマウス由来神経細胞では、Synapsin1の発現低下とシナプス前終末の形成低下が認められました。

 これらの結果から、GPR3は最初期遺伝子様の発現パターンを示し、遺伝子発現ネットワークを介してシナプス形成に関与する新たな分子機構の一端が明らかになりました。

今後の展開

 GPR3を起点とする「分化初期の受容体による遺伝子制御」という新しい仕組みは、神経発達や学習・記憶の分子基盤の理解を深める成果です。今後は、生体脳内での機能解析や脳梗塞などの病態モデルを用いた研究を進めることで、神経再生医療への応用可能性について検討を進めていく予定です。

参考資料

GPR3による分化初期遺伝子制御機構の模式図
神経分化刺激によりCREBが活性化され、GPR3遺伝子の発現が刺激後早期に一過性に上昇する。誘導されたGPR3は細胞内シグナル伝達を増幅し、転写因子NR4Aファミリーの発現を促進する。NR4A1はSynapsin1遺伝子の転写を活性化し、シナプス前終末形成を制御する。

図1: 本研究の要点

<用語解説>
■ 神経分化
未成熟な神経細胞が成長し、形態や機能を変化させて成熟した神経細胞になる過程。

■ シナプス
神経細胞同士が情報をやり取りする接点。学習や記憶の基盤となる構造。

■ Gタンパク共役型受容体(GPCR)
細胞膜に存在する受容体の一種。外部からの刺激を受け取ると、細胞内にシグナルを伝える分子群。

■ 最初期遺伝子(Immediate Early Gene; IEG)
細胞が刺激を受けた後、比較的短時間(数十分〜数時間程度)で一過性に発現が増加する遺伝子群。次に働く遺伝子の発現を方向づける役割をもつ。

■ CREB
細胞内シグナルに応答して活性化され、特定のDNA配列に結合して遺伝子の転写を促進する転写因子。

■ NR4Aファミリー
刺激に応答して発現が増加する転写因子群。本研究ではGPR3の働きによって誘導されることが示された。

■ Synapsin1
シナプス前終末に存在するタンパク質で、神経伝達物質の放出やシナプス形成に重要な役割をもつ。

【お問い合わせ先】

広島大学 大学院医系科学研究科 神経薬理学
准教授 田中 茂(たなか しげる)
E-mail:tanakamd@hiroshima-u.ac.jp


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