研究井戸端トーク#5 開催記録

研究井戸端トーク#5『こころのやすらぎを求めて ~孤立・トラウマ・お金~』を開催しました

<日時>  2021年12月13日(月) 16:30~18:00
<場所>  広島大学ミライクリエ1F多目的スペース&オンライン(Zoom)ハイブリッド開催
<参加者> 延べ37名(大学教職員、大学院生、企業、自治体など)
<プログラム>
話題提供者からの短い話題提供後、自由な対話
 司会:
  岡本 百合 教授(臨床精神医学/心身医学)
 話題提供者:
  角谷 快彦 教授(医療経済学/社会保障論/金融リテラシー)
  中村 江里 准教授(科学技術史/日本近現代史)
  中島 健一郎 准教授(社会心理学/教育心理学)
<主催>広島大学 学術・社会連携室 URA部門(人間社会科学研究科担当)

第5回は、初めて会場に参加者を招いてオンラインとのハイブリッドでの開催となりました。会場参加者は限られた人数でしたが、対面式のやり取りのすばらしさを実感しました。

登壇者の先生方は会場にお集まりいただきました。

会場とオンラインのハイブリッド開催です。

<話題提供>

◆角谷 快彦 教授
1. コロナ禍とこころのやすらぎ
 角谷先生からは、まず「コロナ禍とこころのやすらぎ」というテーマで2つの研究成果についてご紹介いただきました。一つ目はCOVID-19のパンデミック前と後における人々の孤独・孤立感の変化についての調査です。全国規模で行われた調査によると、パンデミックの負のインパクトは、より高齢者に顕著だったとのこと。健康に自信がないことや収入の低さが孤独を引き起こす要因であったと考えられるそうです。また、若者では特に女性がパンデミック後に孤独を感じているそうです。二つ目は、人の感情がどれほど労働生産性に影響しているのかを測定した研究結果です。ラオスのアンパンマン人形色付け工程での測定や、日本のタクシードライバーの測定で分かったのは、幸福感が労働生産性をあげるということ。特に、怒りと悲しみの感情がスピード超過リスクをあげ、収入が多いとスピード減の要因となるというお話は、日常生活でも納得できる気がします。
2. 金融リテラシーとメンタルヘルス
 「人生100年時代」と言われる今、老後を心穏やかに過ごすためにお金の知識、すなわち「金融リテラシー」が重要であるというお話を、いくつかの研究の例を紹介しながら説明していただきました。角谷先生の研究によると、65歳以降の老後の不安はお金に直結しているとのこと。そして、日本でも海外でも金融リテラシーが高いと資産蓄積を通じて老後の不安を軽減できるという報告があるとのこと。なぜかというと、金融リテラシーが高い人は合理的な行動を取ると考えられ、そのことがギャンブル依存リスクを低減したり、たばこを吸わなかったり、運動をしたり、特殊詐欺の被害に遭いにくくかったりと、総じてメンタルヘルスに好影響をもたらすことになるようです。

◆中村 江里 准教授
 中村先生は、「こころのやすらぎ」が破壊される時、特に「戦争」によって人々が抱えてしまったトラウマに関する研究をされていらっしゃるとのことです。「トラウマ」とは、心が耐えることのできない衝撃を受け、そのことにずっと影響を受けている状態と定義されています。衝撃をもたらすものは昔から戦争、自然災害、虐待などあったものの、近代以降、科学技術の発展によって人間の心身にもたらすリスクが大きくなったそうです。PTSDという概念が日本で広まったのは阪神淡路大震災以降ということです。中村先生は特に、戦後の日本において個人のトラウマ記憶が忘れられてきたことに注目して研究をすすめられており、「国のために勇敢に戦って死ぬ」ことが求められた時代、トラウマを抱えること、すなわち精神神経疾患を患うことが「恥」であるとスティグマ化された事実を指摘されています。当時の陸軍病院のカルテや病床日誌など貴重な資料のアーカイブ化や学際的・国際的な研究交流も積極的に行われているそうです。
(参考)『戦争とトラウマ』中村江里 著、吉川弘文館、2018年

◆中島 健一郎 准教授
 中島先生は、参画されている新しいプロジェクト「新生活に伴う孤独リスクの可視化と一次予防」(社会技術研究開発センター(RISTEX)SDGsの達成に向けた共創的研究開発プログラム(社会的孤立・孤独の予防と多様な社会的ネットワークの構築)2021年度採択)について紹介してくださいました。孤独は「こころのやすらぎ」を損なうものと位置づけ、本プロジェクトでは、①社会や集団において孤独リスクを抱えている人の早期検出が難しいこと、②集団レベル(大学、企業、地域)に着目した孤独リスクの検証があまり行われていないこと、を問題と捉えているそうです。そこでプロジェクトでは、個人レベルでの孤独リスクだけではなく、集団レベルでの孤独リスクの高さを可視化する検出器を開発したいとのことです。孤独を生みやすい環境の特徴を明確化し、最終的には孤独予防のベストプラクティス集の作成を目指すべく、社会心理学、認知神経科学、生体情報工学、基礎看護学など、さまざまな分野の研究者と共同でプロジェクトが進められているとのことです。

<トークのハイライト>
ストレスや悩みの認知について

  • 精神的な問題を抱えていることに対する受け止め方が、日本や海外で異なること、また時代や文化的背景によっても異なることが議論されました。また、話題提供者の先生方に共通する認識は、精神的な問題は個人の問題のように思えて、実は周りとも深く関係しているということ。
  • 中村先生は、歴史家としてさまざまに絡み合っている文脈を明らかにすることが仕事だと考えられているとのこと。トラウマは周囲の理解が不足していると語りにくい。歴史から学んで、現在のトラウマへの向き合い方に生かしたいとおっしゃっていました。
  • 角谷先生は、同じ職場で働く人たちが生体センサーで感情レベルを測定し、お互いにそれを共有するプロジェクトを紹介され、テレワークが進んで毎日同僚に会う機会が少なくなってきた昨今、そのような研究の重要性を強調されました。
  • 中島先生は、組織の中で孤独になる人が出てくる可能性がある場合、組織改善や運営、支援の在り方を考えることで構成員が孤独を感じなくてすむようになれば、という思いで紹介したプロジェクトを進めているとのこと。理想は、組織そのもののあり方を変えることで、構成員が意識することなく孤独に陥ることが避けられるようになること。

孤立・孤独は悪いこと?

  • 孤独な経験が自分を見つめ直す機会となり、長期的にみたらポジティブな結果をもたらすこともあるのでは?人から解放されて幸福感を感じる人もいるのでは? という鋭い質問がフロアからなされ、まず「孤立」「孤独」の定義によって受け止めが大きく異なることが確認されました。
  • 「一人の時間」という定義だとポジティブな面がある一方、「人との付き合いがない」「取り残されている」などとネガティブな面がある。かといって、一人でいるから孤独というわけでもなく、実際、配偶者がいても孤独を感じている人がいるという指摘も。
  • 岡本先生は、苦しむからこそ得られること、苦しいことの後はより幸福感を感じることもあるのでは? とご指摘されました。それに対して、中島先生は教育心理学の立場から確かに過去の苦しさがあるから今がある、というのも人間らしいことだと同意。苦しさを経験しないまま子供や学生が育つことと、多少の苦しさを経験して育つことと、本人にとってどちらがいいのか正直難しい問題だと感想を述べられました。
  • 一方、角谷先生は経済学者の視点では、もうそんな時代ではないとご指摘されました。企業の求人において「苦労を買ってでもしろ」なんて言ってたら人は来ませんよ、とのこと。離職率の高い職場で、どういうタスクでストレスが溜まって、どういう状況で離職率が高くなるのか、そういうことが知りたい。教育学の専門家と経済学者との見方の違いは興味深く、どちらも大事な視点だと認識しました。

<司会の岡本先生から>
 今回は「こころのやすらぎ」をテーマに、様々な研究分野の先生方に話題提供をしていただき、ディスカッションを行いました。角谷快彦先生からは「こころのやすらぎと経済活動」について、幸福感が生産性をあげるという研究結果や金融リテラシーとメンタルヘルス(不安や依存、そして認知症まで!)が関連していることなど、新しい視点からのお話、中村江里先生からは「こころのやすらぎが壊れる」戦争体験のトラウマについて、日本では国府台陸軍病院のアーカイブス研究から、兵士のトラウマと精神疾患といったとても奥深いお話、中島健一郎先生からは「こころのやすらぎを損なう」孤独リスクの可視化、そして一次予防に向けたプロジェクト、といった新型コロナウイルス感染拡大の現在にマッチした興味深いお話をしていただきました。目からウロコといった話に刺激され、参加者からも多くの質問があり、活発な議論ができ、まだまだ時間が足りない、もっと続きを!といった状況でした。話題提供の先生方、参加していただいた皆様、そしてイベントの企画をしていただいたスタッフの方々、本当にありがとうございました。

ミライクリエはおしゃれな会場です。

お疲れ様でした!

【お問い合わせ先】
学術・社会連携室 URA部門
研究井戸端トーク担当
ura■office.hiroshima-u.ac.jp (■を@に変更してください)


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