第一線で活躍している研究者 先進理工系科学研究科 清家 美帆 特定准教授

清家 美帆 特定准教授 インタビュー

2021年度 創発的研究支援事業(JST) 採択者

トンネル実験により避難者の行動・心理を見える化し、
避難誘導の最適化を目指す

宇宙ステーションや未来都市で火災が起きたら、どう避難する?

「お金さえあれば、誰でも宇宙ステーションまで旅行できる」。そんな時代がすぐそこまで来ています。さらに、災害や環境変化から逃れるため、空中や深海に都市を建設して住む構想もすでに持ち上がっています。宇宙や空、海につくられた未来都市は、壁や天井で囲まれた「巨大閉鎖空間」です。もしもこのような巨大閉鎖空間で火災が発生したら、どのように逃げればいいのでしょうか。これを解明するのが、私の研究テーマです。安全工学や土木工学・機械工学などが融合した分野ですね。

避難方法を検討するには、「その空間で火災が起きたときに避難者がどう行動するか」をあらかじめ知っておく必要があります。そこで、まず日本に存在する最も多い大空間であるトンネル空間を用いて、煙で充満させた中を実際に避難してもらい、その避難挙動や心理状態を計測する実験に取り組んでいるところです。これまでは模型を使って実験していたのですが、創発的研究支援事業(JST)に採択されたことで本物のトンネルを使った実験ができるようになり、より興味深い結果が出るようになりました。

トンネル実験で、避難者の行動と心理を結びつける

私が行っているトンネル実験について、詳しく紹介しましょう。最初に、道路トンネルの内部を煙で満たします。トンネル内には、ところどころに障害物を置いておきます。その後、被験者にトンネル内を「避難」してもらいます。

実験中、被験者の避難経路を調べたり、避難速度や心理状態などを計測します。実は、この「心理状態」を計測するのが1つのポイントです。煙中を怯えずに避難する人と、恐る恐る進む人とでは、心拍数やストレス状態が当然違うはずですよね。また、火災に遭遇するとあまりのショックにフリーズして動けなくなる人もいるでしょう。こういった心理状態と避難行動との関連が分かれば、より現実に即した避難方法を提案できるはずだと考えています。

今後さらに実験を重ねて大量のデータを集め、「こういう心理状態の人は〇割がこういう避難行動をする」といったことを統計的に示したいと思っています。また、今は被験者に1人ずつ避難してもらっているのですが、友達が近くにいる場合や全く知らない人に囲まれている場合など、より複雑な条件でも実験をしたいですね。

実大トンネルを用いた煙中の避難実験の様子

実験データがあってこそ信頼できる結果が得られる

私が取り組むような避難の分野では、実験ではなくシミュレーションを使った研究の方が一般的です。しかし、私はあくまでも現場での実験にこだわっています。それは、「実験データがないと、信頼できるシミュレーション結果は得られない」という強い思いがあるからです。

私も最初から実験にこだわっていたわけではありませんでした。私は流体工学の出身で、当初はトンネル内の煙の挙動をシミュレーションしていました。しかし、煙に続いて人の避難挙動をシミュレーションしようとしたとき、ある問題に気付いたのです。

避難のシミュレーションを行うには、避難者の移動経路や移動速度といったデータが不可欠です。しかし、私が研究を始めた当初はこういった実データはなく、通勤時や散歩時のデータを使ってシミュレーションすることが一般的でした。でも、これっておかしいですよね。散歩時と災害時に、本当に同じ速度で移動をするのか。つまり、今のままシミュレーション研究を続けても、信頼性の高い結果は得られにくいのです。そこで、実データがないなら計測しようということで、災害現場を模した実験で避難者の挙動を明らかにすることにしました。これが、私が実験にフォーカスしたきっかけです。今後も、実験に大きくフォーカスして研究を進めていきたいと考えています。

避難の概念を変えて、悲しい出来事をなくしたい

避難の概念を変えたい。私が研究者人生をかけて実現したいのは、この一言に尽きます。避難してくださいと言われたら、ほとんどの人は「緑色の非常口マークの指示の通りに逃げる」「階段で1階まで下りる」程度しか思いつかないのではないでしょうか。こういった避難の概念って、実は長い間変わっていないんです。社会が高齢化したり、技術が発展したりしているにもかかわらず、避難方法は全然最適化されていません。

私の研究で避難者の心理や行動が明らかになれば、各人の状況に応じた避難誘導につながるのでは、と期待しています。機械学習によってその人の次の行動を予測したり、IoTを使って近くの誘導装置を作動させたりすることもできるかもしれません。

さまざまな分野と協力しながら、次世代の避難の枠組みをつくりたい。これにより、悲しい出来事を少しでもなくしたい。この思いを胸に、今後も誠実に研究に取り組んでいきます。

実験用のトンネルの前に立つ清家先生

清家 美帆 特定准教授の略歴および研究業績の詳細は研究者総覧をご覧ください。


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