第一線で活躍している研究者 統合生命科学研究科 奥村 美紗子 准教授

奥村 美紗子 准教授 インタビュー

2021年度 創発的研究支援事業(JST) 採択者

まだ知られていない「第4の光受容体」を同定して、
光生物学のフロンティアを開拓する

「光」を軸に、生物の発生や光認識メカニズムを研究

私の専門は分子生物学です。現在は、線虫の一種であるPristionchus pacificus(P. pacificus)を使って、「発生」と「神経科学」という2つの研究に取り組んでいます。

1つ目のテーマである「発生」とは、受精卵が細胞分裂を繰り返して大人になる過程のことです。通常、ある2つの受精卵が違う遺伝情報を持つ場合、発生によりできる成体の形や性質も当然異なります。しかし、生物によっては「一卵性の双子のように遺伝情報が同じでも、発生時の環境に応じて形や性質が変化する」ケースがあるのです。例えば、私が研究している線虫P. pacificusは、環境に応じて「幅広型」と「狭小型」いずれかの口の形に成長することが知られています。

P. pacificusの口の形が変化するメカニズムは完全には分かっていませんが、最近私たちは、「光」がその一因であることを見いだしました。光を当てて飼育すると幅広型が増加し、暗闇で飼育すると狭小型が増加したのです。現在、その発生メカニズムを解明しようと研究を続けています。

2つ目の「神経科学」も光に関連した内容です。この研究では、P. pacificusが光を感じる仕組みを明らかにしようとしています。今回は、こちらのテーマが創発的研究支援事業(JST)に採択されました。

線虫P. pacificus

線虫が持つ「第4の光受容体」を見つけて、そのメカニズムを解明したい

今回採択された研究について、くわしく説明しましょう。光に応答することは、生物が生き残る上で非常に重要です。例えば、線虫にとって光は有害なので、P. pacificusは光を当てると逃げるような行動をとります。線虫をはじめとする生物が光を認識するには、光を神経信号に変換する「光受容体」タンパク質が必要です。動物ではこれまでに、大きく分けて「オプシン」「クリプトクロム」「LITE-1」という3種類の光受容体が報告されてきました。光を認識して逃げるP. pacificusも、当然これらいずれかの受容体を持つと考えるのが普通です。しかし私が調査した結果、P. pacificusには既知の光受容体が存在しないことが分かりました。つまりP. pacificusは、まだ知られていない「第4の光受容体」を持つと予想されるのです。私は、この未知の光受容体を同定して、P. pacificusが光を感じる仕組みを明らかにしたいと考えています。

第4の光受容体の遺伝子は、P. pacificusのゲノム上に必ず存在するはずです。もしその遺伝子に傷が付けば、その個体は光に反応しなくなるでしょう。そこで現在、大量のP. pacificusを用意してそれらのゲノム上にランダムに傷を付け、得られた個体の中から光に反応しない個体を選別して、光受容体遺伝子の場所を特定しようとしています。現時点で光に反応しない個体がいくつか得られているので、今後はそのゲノム解析を進める予定です。創発的研究支援事業は原則7年の事業期間があるので、前半で光受容体の同定を完了し、後半では光受容体による情報伝達メカニズムを解明したいと考えています。

顕微鏡で線虫の光忌避行動を観察しています

光生物学のフロンティア開拓を目指す

今回の研究で未知の光受容体を同定できれば、新たな光の認識メカニズムを発見できるかもしれません。そこには、新たな生理機能の発見や薬剤開発、細胞制御手法の開発などにつながる、光生物学のフロンティアが広がっています。私の最終目標は、このような光生物学の新領域を開拓することです。

光と生物との相互作用には、まだ分からないことがたくさんあります。この分野の研究が進めば、これまでの常識が大きく変わる可能性もあるでしょう。例えば、現在不妊治療で顕微授精を行う際には、光の照射下で卵子と精子を取り扱います。しかしこのとき、卵子や精子は光によって何らかの影響を受けているかもしれません。その影響がくわしく分かれば、より安全な不妊治療法が開発される可能性もあります。光生物学には大きな未来があるのです。

研究を進めていると、当初の予想とは全く異なる結果が得られることも多くあります。このようなとき、「真実は生物が教えてくれる」と実感します。私は、これが研究の面白さだと思います。自分が考えている範囲というのは実は大したことがなくて、自然は常に想像の斜め上をいくものです。自分の知識を過信せず、生物と対話しながら丁寧に研究を進めるのが重要だと感じています。今後も光と生物をテーマとして、実直に研究を続けていきたいと思います。

奥村 美紗子 准教授の略歴および研究業績の詳細は研究者総覧をご覧ください。


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