第一線で活躍している研究者 統合生命科学研究科 加藤 節 准教授

加藤 節 准教授 インタビュー

2021年度 創発的研究支援事業(JST) 採択者

細胞の死とは何かを解明して、
効率的な物質生産などの産業応用につなげる

細菌の性質を1細胞レベルで理解したい

私の専門は微生物学で、主に「細菌」を研究対象としています。細菌の多くは、例えばモデル細菌である大腸菌も、1つの細胞で個体が構成される単細胞生物であり、非常に単純な生物です。しかし実は、このシンプルな細菌ですらまだ分からないことがたくさんあります。私はその不思議さに魅力を感じ、細菌の秘密を明らかにしたいと研究を続けています。

細菌研究には2つの方法があります。「集団」に注目する方法と「個体」に注目する方法です。前者は細菌を培養して集団としての性質を調べる方法で、集団を形成する全個体の性質を平均化した結果が得られます。後者は、集団の中の1個体(つまり1細胞)だけに注目して顕微鏡でその動きや性質を調べる方法で、個体ごとのデータが得られる点が特徴です。

私の場合、博士課程までは前者の「集団」に注目する方法で研究を進めていました。しかしその後、微小な細胞を顕微鏡で観察する技術が発展し始めたことを知って、「個体」研究にシフト。これまでに、細胞が増殖する様子や特定の物質に向かって移動する様子(走化性)など、1細胞レベルで見るからこそ分かる現象に着目して研究を続けてきました。

細胞が死ぬ過程を観察して、死とは何かを明文化する

研究を進める中で、私は「細胞にとっての生死とは何か?」に興味を持つようになりました。細菌を栄養豊富な培地に移すと、しばらくしてから急激に増殖し始め、その後次第に細胞数が一定になり(定常期)、さらに時間がたつと細胞数が減少していきます(死滅期)。この定常期から死滅期に移る様子を1細胞単位で観察すると、全ての細胞が一斉に死ぬわけではないことに気付きます。一部の細胞が死んでも一部の細胞はまだ生きていて、緩やかに死滅期が訪れるのです。私はこの様子を顕微鏡で見たとき、「細胞の生死はどのように決まるのだろう」と疑問を抱きました。

実は、細胞の生死を判定する指標は過去にいくつか提唱されています。しかし、これらは「細胞内の代謝」や「細胞膜の破壊状態」などのうち、ある1つの視点にのみ着目する方法です。そのため、各判定指標で生死の判定結果が異なる場合が多くありました。そこで私は、細胞が死ぬ様子を複数の視点から観察することで、死という現象をより具体的に理解することを目指した研究をはじめました。今回、この研究が創発的研究支援事業(JST)に採択されました。

本研究では、細菌の一種である大腸菌に薬品や飢餓などのストレスを与えて弱らせていき、その変化を複数の観察項目に基づいて数値化します。DNAの複製機能はあるか、pHを維持する機構はあるか、細胞の形状は保たれているか、といった複数の項目を一定時間ごとに観察・記録するのです。「死に方をカタログのようにまとめる」イメージです。このカタログ化を通して、各ストレス条件下における死に方の共通性が分かれば、多様で無秩序な死という現象を理解できると期待しています。

観察・記録するために蛍光染色した大腸菌の顕微鏡写真(FM4-64で染色した細胞膜をシアンで表示)

細胞の弱点を克服して、バイオ燃料などの製造に活用する

創発的研究支援事業は原則7年の事業期間があるので、最初の3年間でカタログ化を完了し、後半の4年間は産業応用に力を入れる予定です。

産業応用の一例として、バイオ燃料への応用が考えられます。近年、環境負荷低減などの目的で、細胞の機能を高度に制御して有用物質を生産する「スマートセルインダストリー」に注目が集まっており、バイオ燃料も活用が期待される分野の一つです。バイオ燃料の製造の問題として、細胞が生産したバイオ燃料は毒性を持つため、生産を続けるうちに細胞自身が死んでしまい、バイオ燃料の収率が低く抑えられてしまうことが挙げられます。細胞死のカタログ化ができれば、各ストレス条件下における細胞の弱点を特定することが可能になります。遺伝子工学の手法で、特定した弱点を克服する変異を入れることで、同じストレス条件下でも細胞が死ににくくなるはずです。バイオ燃料を生産する細胞にも弱点を克服する変異を入れることで、今より高収率でバイオ燃料を製造できるのではないかと期待しています。

自分の興味と研究成果の社会還元を両立するのが目標

私が研究者になったのは「知らないことを知りたい」という純粋な好奇心からでした。しかし先ほど述べたように、研究成果を社会に還元することも重要だと感じています。創発では、これらを両立できるとうれしいですね。

また、今は大腸菌を使って研究していますが、将来的には他の微生物や微生物以外の死についても調べたいと思っています。そうすれば、より複雑な生物にも応用できる知見を集められるはずです。今後も自分の興味を大事にしつつ、応用を見据えながら研究を続けていきます。

加藤 節 准教授の略歴および研究業績の詳細は研究者総覧をご覧ください。


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