広島大学放射光科学研究センターの井野明洋特任准教授と、大阪府立大学大学院工学研究科の安齋太陽助教、東京大学大学院理学系研究科の内田慎一名誉教授らを中心とする研究グループは、広島大学放射光科学研究センターの高輝度シンクロトロン放射光(※1)と世界最高水準の高分解能・角度分解光電子分光(※2)装置を用いることで、高温超伝導発現の鍵を握る「立役者」の決定的証拠を、とらえることに成功しました。
超伝導現象を演じているのは電子の集団です。しかし、高温超伝導体に関しては、電子の背後で暗躍している「立役者」の正体をめぐって、激しい論争が続いていました。今回、銅酸化物高温超伝導体(※3)への正孔添加量を極度に増やすことで、電子と「立役者」のやりとりの痕跡をくまなく観測することに成功しました。その痕跡が、格子振動の分布と完全に一致したため、電子の背後にいる「立役者」が格子振動と特定され、高温超伝導の謎の核心部分が解明されました。この知見は、さらなる高温超伝導体の探索を導く有力な手がかりを与えるものと期待されます。
この成果は、英国Nature Publishing Group のオンライン科学雑誌『Scientific Reports』の7巻に掲載される予定です。本研究は、放射光科学研究センターの共同研究委員会により採択された研究課題のもと実験が行われました。また、本研究は、日本科学協会の笹川科学研究助成による助成を受けて実施されました。
平成29年7月10日、本件について、キャンパス・イノベーションセンター(東京都)において記者説明会を行いました。
研究成果の解説はこちら(広島大学放射光科学研究センターHPに移動します)
【用語説明】
(※1)「シンクロトロン放射光」とは
光の速度(地球を一秒間に7週半する速さ)までに電子を加速し、磁石の力でその進行方向を曲げると、進行方向に沿って強力な光が放出される。これがシンクロトロン放射光である。自然界では星雲の中に放射光を見つける事ができるが、地上では専用の加速器が必要となる。シンクロトロン放射光は、人類が手に入れた最も強力な光で「夢の光」とも呼ばれている。
(※2)「角度分解光電子分光」とは
物質に光を照射すると、光電効果により、物質内部の電子が表面をのりこえて外部に放出される。この光電子のエネルギーと放出角を測定し、エネルギー保存則と運動量保存則を利用して、物質内部の電子のエネルギーと運動量を決定する実験手法を、角度分解光電子分光と呼ぶ。電子のエネルギーを、運動量で微分すると、電子の速度が得られる。角度分解光電子分光の高分解能化が進展し、電子が他の振動とエネルギーや運動量をやりとりする様子が、電子速度のわずかな段差として観測されるようになった。
(※3)「銅酸化物高温超伝導体」とは
1986年に、銅と酸素を主成分とする銅酸化物超伝導体が発見された。超伝導転移温度が液体窒素温度 -195.8 ℃ を上回る物質として、ビスマス系、イットリウム系、水銀系などの銅酸化物が発見されており、「銅酸化物高温超伝導体」と呼ばれている。現在、無損失送電線や超強力電磁石の材料として、実用化の研究が進められている。 銅酸化物系は、正孔添加量によって、超伝導転移温度が大幅に変化するが、今回は、極度に正孔添加を行った試料にまで研究対象を広げることで、決定的な証拠をとらえることに成功した。
(左) 電子のエネルギーと運動量の観測。傾きが電子の速度を表す。 (中) 電子の速度の変化。微細構造が 78、42、10 meV に検出された。 (右) 電子と結合している格子振動の種類。黒丸が銅原子で、白丸が酸素原子。
高温超伝導の「立役者」の特定は積年の課題でしたが、広島大学の放射光により、ついに決定的な証拠をとらえることができました。とても感慨深く思います。今回の成果は、高温超伝導の研究を次の段階に導く突破口として、期待しています。