国立大学法人広島大学放射光科学研究センターの松葉俊哉助教、名古屋大学シンクロトロン光研究センターの保坂将人特任准教授、自然科学研究機構分子科学研究所の加藤政博教授らの共同研究チームは、分子科学研究所の放射光源加速器UVSOR-III注1)を用いて、ベクトルビームと呼ばれる特殊な光を発生することに成功しました。
ベクトルビームというのは、光ビーム内の偏光注2)の方向が一定の規則に従って空間的に変化する特殊な光です注3)。このような空間的な構造を持つ光は、可視光より長い波長の光ではレーザーと特殊な光学素子注4)を使うことにより、発生技術が確立され、顕微鏡、ナノテクノロジー、情報通信技術などへの応用を目指して活発に研究されてきました。なかでも、超高解像度の顕微鏡への応用が2014年のノーベル化学賞の受賞対象となったことはよく知られています。
本共同研究チームは、放射光源を用いて、可視光よりも波長が短い紫外線やX線で空間的な構造を持つ光を作り出す研究に取り組んできました。本研究では、アンジュレータ注5)と呼ばれる強力な放射光注6)を発生する装置を2台用いて2つの放射光ビームを合成するという新しい着想により、波長を自由に変えられる強力なベクトル放射光ビームを生成することに世界で初めて成功しました(図1)。
今回の成果を応用することで強力なベクトルビームを紫外線やX線の波長領域で初めて生成できるようになり、物質科学や生命科学研究における新たな研究手法の開発に結び付くことが期待されます。
本研究の成果は、2018年7月13日付け米国物理学協会の学術雑誌「Applied Physics Letters」に掲載されました。
【用語説明】
注1) 放射光源加速器 UVSOR-III: 分子科学研究所にある放射光発生装置の通称。真空紫外線では世界最高水準の光を発生できる。
注2) 偏光: 光は電磁波とも呼ばれ、電場や磁場が振動しながら空間を波として伝搬している。電場や磁場は光の進行方向に垂直な方向に振動する。このような波は横波と呼ばれる。電場がある特定の方向に振動する場合を直線偏光と呼び、また電場が時間とともに円を描くように変化する場合を円偏光と呼ぶ。自然界の光は、通常、様々な偏光の光が混ざっているが、道路や雪面で反射した光には直線偏光成分が多く含まれている。偏光フィルターと呼ばれる光学素子を用いると特定の偏光成分のみ遮断したり透過させたりすることができる。スキーやドライブ用のサングラスなどにも用いられる。
注3) ベクトルビーム: 通常光ではビーム断面上で偏光の向きが場所に寄らず一様であるのに対し、ベクトルビームではビームの中心軸のまわりで円周に沿って偏光の向きが次第に回転し一周後に元に戻る。なお、図の白い矢印は電場の振動方向を示す。強度分布がドーナツ状となるのも特徴の一つ。
注4) 光学素子: ミラーやレンズ、偏光フィルターといった、光の状態を操作する部品の総称。
注5) アンジュレータ: 放射光源加速器に装着し、強力な放射光を発生させるための装置。永久磁石により生成した交番磁界中で電子ビームを蛇行させると単色で強力な光が放射される。磁石構造により直線偏光や円偏光など様々な偏光状態の光を放射させることも可能である。
注6) 放射光: シンクロトロン光とも呼ばれ、ほぼ光の速さで走る電子が強い磁場の中でローレンツ力を受けて進行方向が変わる際に放射する光。宇宙では磁場を帯びた天体の周辺などで観測されることがあるが、地上で自然の状態で観測されることはない。レーザー光線のように指向性が高く、かつ、電波からX線まで電磁波のあらゆる波長域で強度が強いことから、その物質科学への有用性が着目され、高エネルギーの電子加速器を用いて人工的に放射光を発生する装置、放射光源(シンクロトロン光源)が建設されるようになった。
本研究は日本学術振興会科学研究費助成事業基盤研究(A)(課題番号:JP17H01075)、分子科学研究所協力研究及び自然科学研究機構の分野融合型共同研究事業の助成を受けたものです。本研究に用いた実験装置は、文部科学省量子ビーム基盤技術開発プログラムの助成により建設されたものです。