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【研究成果】レアアース化合物に価数の異なるイオンを仲介する電子を発見〜基礎物理学における重要な成果!価数転移現象の仕組みを解明〜

大阪府立大学大学院工学研究科 安齋 太陽准教授、広島大学 放射光科学研究センター 佐藤 仁准教授、愛媛大学 大学院理工学研究科 平岡 耕一教授らの研究グループは、レアアース化合物のイッテルビウム(以下Yb)イオンの価数が急激に変化する価数転移現象(※1)の仕組みを明らかにするために、高輝度シンクロトロン放射光(注2)を用いた高分解能角度分解光電子分光実験(※3)を行いました。

その結果、伝導電子とYb 4f 電子(※4)が量子力学的に混ざり合う様子を観測することに成功しました(図1)。伝導電子が価数の異なるYbイオンの間で電子を受け渡している証拠として、価数転移現象を説明する有力なメカニズムになります。これらの研究結果は、基礎物理学における重要な成果であり、レーザーや蛍光体などに活用される新しい光学材料の開発への指針になると期待されます。

なお、本研究の成果は、米国物理学会が刊行する学術雑誌「Physical Review Research」にオンライン掲載されました。

研究概要

レアアース化合物では、イオンの価数が急に変化する価数転移と呼ばれる現象の仕組みが未解明でした。特に、レアアース化合物のYbInCu4(※5)では、Ybイオンの価数転移にともない磁性や電気伝導性が変わることが1986年頃に報告されていましたが、価数転移の核心となる構成元素の電子状態はわかっていませんでした。そこで、本研究グループは、高均質かつ高純度のYbInCu4単結晶を合成し、高輝度シンクロトロン放射光と高分解能な角度分解光電子分光装置を組み合わせてYbInCu4の電子状態を分析しました。

その結果、価数が転移するマイナス231℃(絶対零度42K)より低い温度において、伝導電子とYb 4f 電子が強く混成(※6)する様子を観測することに成功しました。これは、伝導電子の一部がYb 4f イオンへ移動することを意味しており、価数の異なるYbイオンの間で電子を受け渡しているのは伝導電子であると考えられます。このような伝導電子の仲介プロセスは、長年議論されてきた価数転移現象の仕組みの候補になり、基礎物理学における重要な成果といえます。これらの研究結果は、レアアースイオンの価数の変動を活用した新しい光学材料の開発への指針になると期待されます。

図1
 

(a)YbInCu4の固体中を運動する電子のエネルギーと運動量分布をエネルギー方向に二階微分した結果。
(b)理論計算で予想される c-f 混成したバンド分散。

SDGs達成への貢献

大阪府立大学は研究・教育活動を通じてSDGs17の目標への貢献および地球全体の持続可能な発展に貢献しています。
本研究はSDGs17の目標のうち、「7: エネルギーをみんなにそしてクリーンに」と「9: 産業と技術革新の基盤をつくろう」に貢献しています。

研究助成資金等

本研究は、広島大学放射光科学研究センターの共同研究委員会により採択された研究課題のもと実験が行われました。また本研究は、大阪府立大学科研費特定支援事業の支援を受けて行われました。

研究内容

イオンの価数は物質の特性を表す指標の一つで、その値は物質を構成する元素の電子状態により変化します。高校化学において、価数は整数値で扱います。例えば、銀(Ag)は水溶液や固体の中では電子を一つ放出して安定な1価(Ag+)として存在します。一方、レアアースのYbは、電子を二つ放出する2価(Yb2+)と三つ放出する3価(Yb3+)のイオンが固体中に共存し、価数を平均すると非整数になります。また、Ybは2価イオンと3価イオンのエネルギー差が小さく、温度や圧力などの外的な要因で価数が変動する特徴を持ちます。

今回注目したYbInCu4のYbイオンは、室温ではほぼ3価ですが、マイナス231℃まで冷やすと、3価の一部が突然2価に置き換わり、平均すると2.8価になります。このように価数が急に変化する現象は価数転移現象と呼ばれています。YbInCu4では、価数転移にともない磁性や電気伝導性が変わることが1986年頃に報告されました。その仕組みを解き明かそうと数多くの研究が行われてきましたが、価数転移の核心といえる構成元素の電子状態はわかっていませんでした。

通常、レアアース化合物の電子状態は、あちこち動き回る遍歴的な伝導電子と、原子核の近くにくっついて動きにくい局在的な4f 電子が、量子力学的に混ざり合ったc-f 混成という状態にあります。その様子はバンド分散(※7)の形やエネルギーに表れます。理論計算によると、伝導電子と4f 電子が混成した場合、両者のバンド分散の交点にエネルギー・ギャップが作られ、強く混成するとギャップが大きくなると予想されました。YbInCu4ではバンド分散が観測されておらず、ギャップがあるのかないのか確認できない状況でした。

この状況を打破するために、本研究グループはまず、非常に均質で高純度のYbInCu4の単結晶を合成しました。それを広島大学放射光科学研究センターに持ち込んで、高輝度シンクロトロン放射光を用いた高分解能な角度分解光電子分光実験を行ったところ、伝導電子とYb 4f 電子のバンド分散を観測することに成功しました(図2)。バンド分散の形に注目すると、バンドが接近・交差するところがくぼんでおり、その形が理論的に予想されるエネルギー・ギャップの形に一致したことから、YbInCu4でc-f 混成が生じている決定的な証拠が得られました。

さらに本研究グループは、測定する温度を調節してエネルギー・ギャップの大きさを調べました。価数が転移するマイナス231℃より低い温度では、伝導電子のエネルギーが増えてギャップは大きくなり、伝導電子とYb 4f 電子が強く混成していることが判明しました。この結果は、伝導電子の一部がYb 4f イオンへ移動することを示しており、伝導電子は価数の異なるYbイオンの間で電子を受け渡す役割を担っていると考えられます。まるでリレーのバトンを手渡すような伝導電子の仲介プロセスは、YbInCu4の磁性や電気伝導性が価数転移とともに大きく変化する仕組みの有力な候補になります。

社会的意義と今後の展望

本研究で得られた証拠は、伝導電子が仲介する価数転移機構の核心部分を捉えています。この発見は、1986年頃から議論されてきた価数転移の仕組みについて研究の方向性を明確にするものであり、基礎物理学における重要な成果といえます。

また、レアアースのYbは、レーザーや蛍光体などの光学材料に活用されており、Ybの価数が光学材料の機能や性能に関わっています。価数の変化量や転移点を制御することができれば、光学特性に優れた新しい材料を作ることができると考えられます。本研究の成果は、新しい光学材料の開発や物質探索の狙いをつけるうえで指針になると期待されます。

用語解説

(※1) 価数転移現象
レアアースは、周期表の中で原子番号21のスカンジウム(Sc)、39のイットリウム(Y)に加えて、57のランタン(La)から71のルテチウム(Lu)までの17種類の元素の総称です。その中でもセリウム(Ce)やユウロピウム(Eu)、Ybを含む化合物では、価数の異なるレアアースイオンが物質中に共存することがあります。このような化合物は、温度や圧力、磁場などの外部要因によりイオンの平均価数が変化する特徴を持ちます。通常は、外場の変化に合わせて価数は緩やかに変わります。まれに、ある特定の温度や圧力で価数が不連続に変わることがあります。このような現象を価数転移現象と呼びます。

(※2) シンクロトロン放射光
電子を光の速度まで加速し、磁石の力でその進行方向を曲げると、進行方向に沿って電磁波が放出されます。この電磁波のことをシンクロトロン放射光と呼びます。シンクロトロン放射光は、非常に明るい光(高輝度)であり、赤外線からX線にいたる幅広い波長が得られる特徴を持ちます。材料分析や構造解析、電子状態解析などの実験でシンクロトロン放射光が活用されています。

(※3) 角度分解光電子分光
物質に光を照射すると、光電効果により物質内部の電子が表面をのりこえて外部に放出されます。角度分解光電子分光では、光電子のエネルギーと放出角度を測定し、エネルギー保存則と運動量保存則を用いて物質内部の電子のエネルギーと運動量を決定します。電子のエネルギーと運動量の関係はバンド分散と呼ばれており、角度分解光電子分光実験で直接的に観測することができます。バンド分散の形やエネルギーは物質の性質を反映しているため、バンド分散を精度よく(高分解能に)観測することが重要になります。このような背景から、世界中で高分解能な角度分解光電子分光装置の開発が進められてきました。

(※4) 伝導電子と4f 電子
電子の空間的な広がり(波動関数)には、s 軌道、p 軌道、d 軌道、f 軌道という種類があります。s 軌道やp 軌道の電子は、固体の内部をあちこち動き回って電気を伝える特徴を持ちます。一方、レアアースのCe以降の元素は、最外殻の軌道よりも内側に電子で満たされていない不完全な4f 軌道を有しています。この4f 軌道は原子核の近くに分布する特徴を持ちます。レアアース化合物では、原子核の近くにくっついて動きにくい局在的な4f 電子と固体内を動き回る遍歴的な伝導電子が互いに影響し合い、価数転移や超伝導などの珍しい現象を示すことが知られています。

(※5) YbInCu4
YbInCu4は、1986年にイスラエルの研究グループが合成した化合物です。この物質の特徴は、マイナス231℃(絶対零度42K)付近でYbイオンの平均価数が急に変化する価数転移現象を示すことです。価数の急変にともない磁性や電気伝導性、格子定数も大きく変わります。YbInCu4の発見以降、価数転移の仕組みを解き明かそうと数多くの研究が行われてきました。

(※6) 混成
電子の状態は、軌道という空間的な広がり(波動関数)で特徴づけられます。原子間で電子を共有する化学結合は、電子軌道が重なり合うことで維持されており、電子軌道が混ざり合った状態のことを軌道混成、または単に混成とも呼びます。レアアース化合物においては、伝導電子(conduction electron)と 4f 電子(4f electron)の軌道混成の略称としてc-f 混成と表記することがあります。

(※7) バンド分散
単独の原子に閉じ込められた電子は、離散的なエネルギー状態にあります。一方、物質中の電子は、規則的に並んだ原子が作る周期ポテンシャルの影響を受けており、電子のエネルギーは運動量を変えるとある範囲で連続的に変わります。このとき、電子のエネルギー状態は帯状(バンド状)に広がることから、電子のエネルギーと運動量の関係はバンド分散と呼ばれています。電子状態は、バンド分散の形や個数、エネルギー位置で決まるため、物質の性質を理解するうえでバンド分散を調べることは重要になります。

論文情報

  • 掲載誌: Physical Review Research
  • 論文タイトル: Abrupt change in hybridization gap at the valence transition of YbInCu4
  • 著者名: 安齋 太陽、石原涼奈、三村功次郎(大阪府立大学)、佐藤仁、有田将司(広島大学)、
         Tao Zhuang、平岡耕一(愛媛大学)
  • DOI: 10.1103/PhysRevResearch.2.033408
【お問い合わせ先】

<研究に関すること>
大阪府立大学 大学院工学研究科
准教授 安齋 太陽
TEL: 072-254-9489
E-mail: anzai*pe.osakafu-u.ac.jp (注:*は半角@に置き換えてください)

広島大学 放射光科学研究センター
准教授 佐藤 仁
TEL: 082-424-6293
E-mail: jinjin*hiroshima-u.ac.jp (注:*は半角@に置き換えてください)

愛媛大学 大学院理工学研究科
教授 平岡 耕一
TEL: 089-927-9885
E-mail: hiraoka.koichi.mk*ehime-u.ac.jp (注:*は半角@に置き換えてください)


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