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【研究成果】パルス磁場中で瞬時に金属の電気抵抗を測る方法を開発~OFDM 法を超える高速信号復調技術を確立~

発表者

三田村裕幸(東京大学物性研究所 助教)
綿貫竜太 (横浜国立大学大学院工学研究院 特別研究教員)
エリック=カンパート  (ヘルムホルツ研究機構ドレスデン強磁場研究所 元博士研究員)
トビアス=フェアスター (ヘルムホルツ研究機構ドレスデン強磁場研究所 博士研究員)
松尾晶  (東京大学物性研究所 技術専門職員)
鬼丸孝博 (広島大学大学院先進理工系科学研究科 教授)
小野崎紀道(横浜国立大学大学院工学府 元大学院生)
天羽祐太 (横浜国立大学大学院工学府 元大学院生)
脇舎和平 (広島大学大学院先端物質科学研究科 元大学院生)
松本圭介 (広島大学大学院先端物質科学研究科 元大学院生)
山本勲  (横浜国立大学大学院工学研究院 教授)
鈴木和也 (横浜国立大学大学院工学研究院 元教授)
セルゲイ=ツェリツィン (ヘルムホルツ研究機構ドレスデン強磁場研究所 部門長)
ヨアヒム=ヴォズニッツァ(ヘルムホルツ研究機構ドレスデン強磁場研究所 所長・教授)
徳永将史 (東京大学物性研究所 准教授)
金道浩一 (東京大学物性研究所 教授)
榊原俊郎 (東京大学物性研究所 教授)

本研究成果のポイント

  • 数10~100マイクロ秒の高い時間分解能で純良金属の微小な磁気抵抗を数マイクロオームの高分解能で測定する技術を確立
  • 「長時間のデータの積算によりノイズを平滑・低減する」という考え方から「ノイズは制振により別途低減し、短時間で測定を完結させる」という考え方への発想の転換
  • 新しい信号処理技術により限られた周波数帯域でも従来のOFDM方式よりも多くのデータの送受信が可能

概要

東京大学物性研究所の三田村裕幸助教、横浜国立大学大学院工学研究院の綿貫竜太特別研究教員およびヘルムホルツ研究機構ドレスデン強磁場研究所のエリック=カンパート元博士研究員、広島大学大学院先進理工系科学研究科の鬼丸孝博教授らは、改良された数値位相検波法(※1)の導入により、従来の想定よりも100分の1ほどの短時間で純良金属の磁気抵抗(※2)を正確に測定することに成功しました。純良金属の磁気抵抗測定は一般的に信号が小さいためノイズを除去するには長時間のデータ積算が必要だとされてきましたが、本研究で示される新しい信号処理技術により短い積分時間内で特定の周波数ノイズを除去することが可能になりました。また、この新しい信号処理技術は、現在放送や通信で主に使用されているOFDM方式(※3)よりも短い時間幅の情報で、さまざまな周波数成分から構成される信号の復調を可能にします(図4)。これは科学計測のみならず、ポスト5Gを含めたさまざまな通信技術において強力な信号処理方法になると期待されます。さらに超音波診断装置、MRIの高速・高解像度化や、自動運転技術に必要なセンサ類の感度、時間応答および混線防止性能の向上に大きく貢献すると考えられます。

本研究成果は米科学専門誌「Review of Scientific Instruments」(オンライン版)に掲載されました。

発表内容

(1) 研究の背景・先行研究における問題点
一般的にある程度以上強い磁場を生成するには、瞬間的な大電流を電磁石に流す方法(パルス磁場(※4))がとられます。強い磁場中での純良金属の磁気抵抗測定は、信号が小さいためノイズを平滑化するには長時間のデータの積算が必要であり、パルス磁場下での測定は難しいと考えられてきました。そのため、パルス磁場中での磁気抵抗測定は、微細加工によって信号を大きくすることが可能な試料か、あるいは半導体や半金属など元々の電気抵抗の大きな物質に限られていました。

(2) 研究内容
本研究グループでは、パルス磁場中での有線測定における主なノイズ源が、不均一な磁場を持つ電磁石やプローブ等の機械的振動によって引き起こされた電磁誘導であることを突き止めました。これにより、機械的振動を抑制できれば、純良金属の磁気抵抗を測定する場合でもデータの積算時間は従来考えられていたものに比べれば短くても良いことが導かれます。むしろ磁場発生時間が短くなることで抵抗測定中に試料に電流を流す時間も短くなるため、出力信号を大きくするために電流値を大きくしても試料の発熱量が抑えられるという利点が生まれます。

一方、磁場発生時間を短くすることに伴い、これに見合う高速測定が必要となります。もし究極的にノイズやバックグラウンドが無視できるならば簡便な直流4端子法で問題ないのですが、現実には諸々の対策を施してもこれらは除去しきれずに残ってしまいます。直流法ではノイズやバックグラウンドの周波数帯域より早い時間応答はできないので高速測定には不向きです。そのため、実際のパルス磁場下での磁気抵抗測定には交流4端子法(※5)が採用され(図1)、交流信号の復調には数値位相検波法が用いられてきました。

一般的なアナログ的位相検波法では2倍波をローパスフィルタによって除去しますが、これには非常に長い時間(多くの振動回数)が必要となります。他方、数値位相検波法では、変調周期の整数倍の周期で積分することで2倍波を除去することができます。後者では、原理的に変調周期の1倍や2倍の非常に短い時間で復調を完了することが可能です。ただそれと引き換えに、変調周波数以外の周波数成分を除去する性能は劣化します。

本研究グループは、復調に用いる変調周期数の違いによって、変調周波数以外の周波数成分が通過する割合が異なることを初めて見出し、この性質をうまく使うことで、短い積分時間内で従来の数値位相検波では除去しきれなかった周波数のノイズを除去できることを理論(図2)と実験(図3)で実証しました。この方法は複数試料の同時測定に伴う干渉効果の除去にも強力な方法になります(図4)。

これらの工夫により、同じ時間分解能(数10~100マイクロ秒)であっても従来想定されていた数MHzよりもはるかに低い周波数(数十kHz)での測定が可能になりました。インピーダンス整合(※6)が不要な周波数帯1MHz以下での測定が可能になったことで、本研究グループが考案した、恣意性なしに信号の位相シフトを一意的に決定するための新しい方法が適用可能となりました(図5)。これにより、「交流4端子法では測定結果の絶対値に信頼がおけない」というこれまでの常識が覆され、非常に精度の高い測定が簡易に行えるようになりました。

(3) 社会的意義・今後の予定など
これまで難しいとされた純良金属の磁気抵抗の測定が本研究の成果により容易にできるようになったことから、材料研究や物性物理学の基礎研究に非常に大きな進歩をもたらすものと考えられます。また、本研究で示されている新しい信号処理技術は、パルス磁場中での輸送測定に限らず、他の研究分野のあらゆる交流測定技法において時間分解能の向上に役立つ可能性があります。

一般に、信号検出の時間分解能を上げるには変調に用いる周波数を上げるのが常道ですが、放送や電気通信のように法的に使用を許可された周波数帯域が限定されているなどの理由から安易に周波数を上げられない場合には、本研究の新信号処理方式はとりわけ効力を発揮します。例えば、この方式は放送・通信分野で現在使用されている直交周波数分割多重方式(orthogonal frequency-division multiplexing, OFDM)よりも短い時間幅の情報で、さまざまな周波数成分で構成される、いわゆるブロードバンド信号を復調できることが本研究で理論的に示されています。したがって、ポスト5Gを含む放送・通信分野において、信号密度向上による通信の高速化・耐障害性・耐干渉性の改善が期待できます。また、医療分野では超音波診断装置、MRIなどのイメージング装置において高速化・高解像度化が期待できます。センサ分野では電子コンパス、加速度センサ、ミリ波レーダー、超音波ソナーなどの自動運転技術に必要なデバイスにおける感度、時間応答および混線防止性能の向上に資すると考えられます。

用語解説

(※1) 数値位相検波法
交流信号の復調方法の一種である位相検波法を数値的に行うもの。アナログ的な手法による位相検波では、復調対象となる周波数成分と同じ周波数のサイン波あるいはコサイン波をダブルバランスドミキサやアナログ乗算器などの電気回路を用いて信号に掛け合わせたものをアナログフィルタで平滑するが、数値位相検波法では振動している信号をそのままAD変換器を通して数値化し、サイン波あるいはコサイン波の掛け合わせの処理は数値的に行う。平滑操作が信号の振動周期のちょうど整数倍の区間での積分で済むためアナログフィルタを用いた手法よりはるかに短い積算時間で復調ができる。

(※2) 磁気抵抗
金属や半導体、超伝導体などの電気抵抗の磁場に対する応答のことで物性物理学では最も基礎的な測定量の1つである。巨大磁気抵抗効果とは、この磁気抵抗の変化が非常に大きいものであり例えばハードディスクの磁気記録の読取センサとして広く一般に実用化されている。

(※3) 直交周波数分割多重方式(orthogonal frequency-division multiplexing, OFDM)
数値位相検波法の応用版で、いわゆるブロードバンド通信(複数の周波数で同時に信号を送受信する場合)において、各々の周波数成分を分離する手段の中で現在最も広く用いられている方式で、フーリエ級数展開の直交性を利用している。

(※4) パルス磁場
瞬間的に発生される磁場のこと。反対語は「定常磁場」で、この場合はずっと磁場が保持される。一般にある程度以上の強い磁場を出す方法は「パルス磁場」に限られる。また、これを発生させる専用の電磁石のことをパルス磁石と言う。

(※5) 交流4端子法
4端子法とは金属などの電気抵抗などを測る一般的な手法で、試料の両端に電流を出し入れする端子を2つ取り付け、それらの中間に電流が作る電位差を検出するための端子を2つ取り付けたもの。印加する電流が直流の場合を直流4端子法と呼び、交流の場合を交流4端子法と呼ぶ。一般に直流法に比べ交流法の方が、ノイズ除去手段が豊富なため高感度な測定ができるが、位相の回転が問題となり検出信号の絶対値は信用できないとされてきた。

(※6)インピーダンス整合
およそ1 MHzを超える周波数帯域では、信号が計測器などの入力部分で(終端)反射を起こし、波形の乱れや測定誤差の原因となる。これを防止するために配線の終端に適切なインピーダンス素子を取り付けることを言う。これが必要ない低い周波数帯域では、計測器の入力インピーダンスを大きくすることができて途中の配線の電圧降下が無視でき、位相情報も含めた絶対値の正確な測定ができる。

論文情報

  • 掲載誌: Review of Scientific Instruments
  • 論文タイトル: Improved accuracy in high-frequency AC transport measurements in pulsed high magnetic fields
  • 著者名: Hiroyuki Mitamura*, Ryuta Watanuki, Erik Kampert, Tobias Förster, Akira Matsuo, Takahiro Onimaru, Norimichi Onozaki, Yuta Amou, Kazuhei Wakiya, Keisuke T. Matsumoto, Isao Yamamoto, Kazuya Suzuki, Sergei Zherlitsyn, Joachim Wosnitza, Masashi Tokunaga, Koichi Kindo, and Toshiro Sakakibara
  • DOI: 10.1063/5.0014986

図1 測定回路の模式図とデータ解析のフロー。市販の装置(PPMS, 米国カンタムデザイン社製)でおよそ1時間かかる測定(右端グラフの黄緑線)を1/90秒程度(右端グラフの青線)で実行できる。試料は白金線。

図2 (左側)整数(1, 2,…, 5)周期で検波したときの通過利得。(右側)1周期と2周期で検波した時の通過利得に重みをつけて足し合わせたもの。重みを変えることで望みの周波数成分を消去できる(それぞれ上段が実部で下段が虚部)。

図3 横浜国立大学で作成されたLaB4の磁気抵抗の測定結果。純良単結晶でしか観測できない量子振動が観測されている。1周期(左図)で検波した結果と2周期(中図)で検波した結果を足して2で割ると、低周波ノイズに起因する細かな振動が除去され、本質的な量子振動だけが残る(右図)。この操作は、図2右側のa = 0.50のケースに相当する。

図4 2つの試料を異なる周波数(20 kHzと31.25 kHz)で同時に測定した場合の一方の試料(銀線、31.25 kHzで変調)の測定結果。左上図は1周期、左下図は2周期で検波した場合の解析結果示す。どちらも相手の試料から来る干渉信号(31.25 kHz - 20 kHz = 11.25 kHz)が重畳している。右下図は1周期と2周期の結果を適切な重み付けで足し合わせたもの。干渉効果による振動が首尾よく消えている。青線が試料本来の磁気抵抗を表す実部で赤線が配線の相互インダクタンスにより現れる虚部をそれぞれ示す。右上図は干渉効果の除去に必要な積算時間の幅を表している。従来のOFDM法(紫色の枠)に比べて本研究で新たに示された方法(橙色の枠)の方が格段に短い時間で干渉信号を分離できることがわかる。

図5 広島大学で作成されたPrIr2Zn20の純良単結晶の磁気抵抗の測定結果。実部(赤線)のみに試料由来の量子振動が観測され、虚部(青線)には振動がほとんど見られない。この測定では、アンプとフィルタによる位相の回転角と利得があらかじめ較正されており、この結果は任意性なしに実部と虚部の直交分離が一意的に決定されていることを示している。

【お問い合わせ先】

<研究に関すること>
東京大学 物性研究所
助教 三田村 裕幸
TEL: 04-7136-3338
E-mail: mitamura*issp.u-tokyo.ac.jp (注: *は半角@に置き換えてください)

横浜国立大学 大学院工学研究院 
特別研究教員 綿貫 竜太
TEL: 045-339-3965
E-mail: watanuki-ryuta-sm*ynu.ac.jp (注: *は半角@に置き換えてください)

広島大学 大学院先進理工系科学研究科 量子物質科学プログラム 
教授 鬼丸 孝博
TEL: 082-424-7027
E-mail: onimaru*hiroshima-u.ac.jp (注: *は半角@に置き換えてください)

<報道に関すること>
横浜国立大学 総務企画部学長室 広報・渉外係
TEL: 045-339-3027
E-mail: press*ynu.ac.jp (注: *は半角@に置き換えてください)

広島大学 財務・総務室 広報部広報グループ
TEL: 082-424-3749
E-mail: koho*office.hiroshima-u.ac.jp (注: *は半角@に置き換えてください)


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