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【研究成果】中性子干渉での二つの経路で中性子は分割する!

本研究成果のポイント

  • 中性子干渉(*1)での経路における中性子の分割比を測定することによって、中性子という一つの粒子が二つの経路に分割されていることを実験で初めて実証しました。
  • 本研究の実験は、ホフマン教授が提案したフィードバック補償法(*2)と呼ばれる理論的研究成果の初めての応用例となりました。このフィードバック補償法は他の量子系でも適用が可能です。
  • 本研究成果は波と粒子の二重性の問題解決につながる、つまり量子力学の一般的な解釈問題に貢献することが期待されます。また小澤の不確定性関係(*3)への応用にも貢献するものと期待しています。
     

研究の概要

 量子情報技術の基礎となる量子力学の確立以来、波と粒子の二重性が未解決の問題となっています。二重スリットの実験(*4)で一つの粒子が通過する経路について、基本的には何が言えるのでしょうか?最近、広島大学大学院先進理工系科学研究科のホフマン ホルガ教授が提唱したフィードバック補償法を中性子干渉に応用することによって、二つの経路を通過した中性子の分割比の定量的な測定に成功しました。さらにこの結果が単一粒子の分割であり、集団の統計的な確率ではないことも示しました。我々は、この結果が弱値の解釈、広く一般的には量子力学の解釈に貢献し、小澤の不確定性関係への応用にも貢献するものと期待しています。

 本研究成果は、ロンドン時間の2022年4月27日に、米国学術誌「Physical Review Research」のオンライン版に掲載されました。
 

発表内容

【研究の背景】

 現在の半導体技術や光科学などのナノテクノロジーを背景とする科学技術は、ミクロ世界の物理学である量子力学に従っていることを疑う人はほとんどいません。近年、特に注目されている量子情報科学も量子力学の超精密な応用技術例の一つです。ところが量子力学が確立されて以来、波と粒子の二重性は未解決のまま残されています。物理学では波と粒子は完全に別のものと考えられています。干渉現象は、波が分かれることによって起こりますが、粒子はそれ以上分割できない最小単位ですから、干渉は起こりえません。ところが二重スリットの実験を始めとするさまざまな実験事実から、ミクロ世界の粒子は測定法によって波と粒子の性質を示す二重性を持つとの考えが広まりました。その一方、ミクロの世界の粒子が干渉での二つの経路をどのように移動するのか、誰も分かっていません。量子力学の計算手法の整備や発展は著しいですが、量子力学の根本問題は未解決のまま今に至っています。
 

【研究の成果】

 有名な二重スリット実験は、不確定性原理(*5)によって、異なる物理量の測定が両立しないことが分かる例の一つです。粒子の集団を二重スリットに照射すると、干渉縞が観測されますが、その一方で粒子がどちらの経路を通過したのかを実験的に調べようとすると、中性子検出装置と中性子との相互作用によって波特有の現象である干渉縞は消えてしまいます。測定方法に依存して、粒子は干渉を起こす波のようにも、一方の経路のみに存在する粒子のようにも振る舞います。しかしながら量子的な干渉を注意深く調整すると、その中間、つまり経路の情報と干渉との組み合わせが観測できるような状況を作り出すことができます。特にこのとき”弱測定(*6)”と呼ばれる、経路の情報を小さくする測定が利用されます。なぜなら干渉の明瞭度(*7)は保たれる一方で、何回もこの測定を繰り返すことによって、経路の情報も十分に得ることができるからです。その測定結果は、本来、粒子が一個一個独立に二つの経路にまたがって分布していることを示します。しかし厳密には統計集団での統計的な測定結果であり、粒子一個一個を独立に測定した結果ではありません。
 ここで弱測定の統計的ゆらぎ(*8)を評価するために、フィードバック補償法を使って、そのギャップを埋めます。二つの経路を持つ中性子干渉計にこの方法を適用すると、二つの経路での中性子の観測された分割比の統計的ゆらぎは、無視できるぐらいの小さいことが分かりました。しかしこの分割比は、測定結果、言い換えると粒子が最終的に検出される状況に依存します。干渉が弱め合う場合は、一つの粒子が複数と負の粒子へ分割するような状況も起こりえます。
 

【今後の展開】

 今回測定した中性子の分割比は、これまで弱値として知られている値と同じものですが、弱値が物理的にどんな意味を持つのか、良く分かっていません。今回の成果を元に弱値の解明、さらに広く一般的には量子力学の重ね合わせの問題の解明につながると期待されます。また小澤の不確定性関係への応用にも期待されています。

【参考資料】図:セットアップ
 x方向に向けたスピン(*9)を、経路1を通過した中性子のみz軸周りにα回転
 干渉後の中性子のスピンを逆方向にβ回転
 スピンがx方向に戻った時の角度βが求める分割比となる

用語解説

*1 中性子干渉:波の性質を持つ中性子が引き起こす、量子力学的な干渉現象のこと。

*2 フィードバック補償法:2021年にホフマン教授が提唱した物理量の値を測定する量子測定法のこと。従来、量子測定とは一般的には確率を得るための測定と思われていた。

*3 小澤の不確定性関係: ドイツの理論物理学者ハイゼンベルグが提唱した異なる物理量の測定誤差の関係を、日本の数学者小澤正直が別の種類の測定誤差の関係へ拡張したもの。

*4 二重スリット実験:適度に離れた二つの切れ込み(スリット)のある板に電子や中性子などの粒子を照射し、スリット後方に置かれたスクリーンで一つ一つの粒子の位置を測定する実験のこと。スクリーン上での多くの粒子の位置を測定すると、干渉縞が現われる。

*5 不確定性原理:量子力学での基本的な原理の一つで、一方の物理量が正確ならば、もう一方の物理量が不確定になる性質を原理として示したもの。

*6 弱測定:1998年にアハロノフらが提唱した弱値を測定するための量子測定のこと。ただし弱値は数学的に定義されているため、弱値がどんな物理的意味を示すのか、分かっていない。

*7 干渉の明瞭度:干渉の濃淡(コントラスト)を表す量で、干渉で強め合ったときと弱め合ったときの強度の差を強度の和で割った比で定義される。

*8 統計的ゆらぎ:ランダム現象を表す確率過程で、統計的試行によって現れるゆらぎのこと。分割比が確率を表すのであれば、統計結果に必ずゆらぎが現われる。

*9 スピン: ミクロ世界では棒磁石の最小単位を持つ粒子が存在し、それは粒子の回転で発生すると考えられている。その回転の自由度のことをスピンと呼び、回転軸の向きがスピンの向きとされる。中性子でも棒磁石が発生し、その向きがスピンの向きと等しくなる。
 

論文情報

  • 掲載誌:Physical Review Research
  • 論文タイトル:Quantifying the presence of a neutron in the paths of an interferometer
  • 著者:Hartmut Lemmel1,2, Niels Geerits1, Armin Danner1, Holger F. Hofmann3*, and Stephan Sponar1
  • 所属:
    1 ウィーン工科大学、ウィーン、オーストリア
    2 ラウエランジュバン研究所、グルノーブル、フランス
    3 広島大学大学院先進理工系科学研究科
    *責任著者
  • DOI:https://doi.org/10.1103/PhysRevResearch.4.023075
【お問い合わせ先】

<研究に関すること>

■広島大学 大学院先進理工系科学研究科 
 教授 ホフマン ホルガ 
 TEL:082-424-7652
 E-mail:hofmann*hiroshima-u.ac.jp

(注: *は半角@に置き換えてください)


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