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【研究成果】マイクロ波衝突で宇宙暗黒エネルギーの正体に迫れるか?ー一般相対性理論を超える重力理論の地上検証へ向けてー

本研究成果のポイント

  • 現代物理学最大級の未解決問題の1つである、暗黒エネルギー源の解明に向け、その鍵となり得る新粒子を実験室で直接的に検証する手法を初めて提唱しました。
     
  • 修正重力理論と呼ばれる一般相対性理論を超える重力理論は、”カメレオン”が背景に合わせて保護色に変わるが如く、周囲の環境に応じて質量が変化する暗黒エネルギー源を予言します。この特徴を反映した新粒子を、実験室で背景環境を変えながら探索することで、暗黒エネルギーの起源となりうる修正重力理論を検証することが可能になります。
     
  • 実験室で全てが制御できるため、既存の宇宙観測とは完全に独立した実験的制限を与えることが可能になります。
     
  • 副産物として、暗黒物質となり得る軽量新粒子と光子との結合の強さに対して、既存の地上実験と比較して10桁以上更新できます。つまり、同一手法により暗黒エネルギーも暗黒物質も探索網にかけられる可能性があります。
     

概要

 華中師範大学天文物理研究所の桂川大志准教授、吉林大学理論物理学センター兼物理学院の松崎真也教授、広島大学大学院先進理工系科学研究科の本間謙輔准教授らの国際共同研究チームは、波長の異なる2つのマイクロ波の混合により、未知素粒子を直接的に生成・崩壊させる探索方法に基づき、崩壊信号量の急峻な圧力依存性から暗黒エネルギーの正体を探る手法を提案しました。特に、修正重力理論の代表であるF(R)重力理論は、周囲の環境に応じて性質を変える暗黒エネルギーを予言します。この”カメレオン”的側面に着目し、将来的に到達可能な実験精度において、理論の検証が可能であることを示しました。
 本研究の成果は、米国の科学雑誌「Physical Review D」に 2022年8月3日にオンライン出版されました。プリント版は8月15日に出版予定です。

背景

 ハッブル・ルメートルの法則として知られる宇宙の膨張に加えて、超新星の観測などから、現在の宇宙は加速的に膨張していることが知られています。この加速膨張は暗黒エネルギーの存在によって説明できると考えられています。これまでの観測結果から、暗黒エネルギーは質量スケールで10のマイナス33乗電子ボルト[1]という極めて小さなエネルギーながら、現在の宇宙のエネルギー密度収支の約70%を占めていると分かっています。一方で、その正体は依然明らかになっておらず、現代物理学の最大級の未解決問題の1つとなっています。暗黒エネルギーの候補としては、アインシュタインによって提唱された一般相対性理論から予言される宇宙定数と呼ばれるエネルギーが広く知られています。しかし、この宇宙定数では暗黒エネルギーの小ささや、現在の宇宙における占有率の説明が困難であるとも知られています[2]。この問題を動機として、一般相対性理論を超える重力理論により、暗黒エネルギーを説明する研究が続けられています。このような理論は修正重力理論と呼ばれます。宇宙定数が時間変化しない一定のエネルギーであるのに対し、修正重力理論が予言する暗黒エネルギーはそれ自身が動的な性質を持ちます。また、素粒子物理の観点からは、この暗黒エネルギーは新粒子として解釈され、新粒子探索実験によって修正重力理論の検証が可能となります。
 

研究の成果

 本研究では、修正重力理論を代表するF(R)重力理論[3]に着目しました。この理論では、暗黒エネルギーは”カメレオン”と呼ばれるスカラー粒子として記述され、光とも相互作用すると予言されています。この相互作用は重力結合程度と極めて弱く[4]、これまで地上実験による直接検証は困難と考えられてきましたが、マイクロ波誘導共鳴散乱の構想では、この相互作用を検証できる精度にまで到達可能であり[5]、したがってF(R)重力理論とその暗黒エネルギーを地上実験で直接探索することができます。

 図1のようにF(R)重力理論においては、物質の密度に応じて暗黒エネルギー源(カメレオンφ)の質量m_ϕが周囲の環境によって変化します。この質量の変化はカメレオン機構と呼ばれます[6]。マイクロ波を混合する容器内のガスの種類と圧力を操作し背景原子密度を変化させることで、この機構を人工的に誘発できると期待されます(図2)。本研究では、想定したガス圧によって、カメレオンの質量は、真空中の暗黒エネルギースケール10のマイナス33乗電子ボルトから、27桁上の10のマイナス6乗電子ボルト程度にまで増大し、観測される信号の急峻な圧力依存性からカメレオン機構が検証可能になると分かりました。また、カメレオン機構を持たない他の新粒子との区別も可能であることを示しました。

図1:カメレオン機構の概念図

図2:2色のマイクロ波(緑とピンク)を混合・集光すると、別波長の信号マイクロ波(青)が未知素粒子の交換を介して起こり得ます。その信号量の圧力依存性(黄色の粒で表した気体の原子密度依存性と等価)が、周囲の環境で質量を変えるカメレオンの生成かつ崩壊の証拠となります。

今後の展開

 修正重力理論に基づく暗黒エネルギーが、地上実験により直接探索可能になることで、既存の宇宙論的・天体物理的な手法によって得られる観測的制限とは完全に独立した実験的制限を与えることが可能になります。さらに、期待される実験精度が実現された場合、既存の地上実験から得られる光と非常に弱く相互作用する(カメレオンも含む)超軽量新粒子に対する制限を、10桁以上更新することも可能になります。
 

参考資料

[1] 1%は1/100=0.01で10のマイナス2乗のことです。10のマイナス33乗とは少数点の後ろに0が32個続くという意味です。このようにゼロに限りなく近いが、有限でなければならない点が最大級の謎と言われる理由の1つです。

[2] これらの問題は宇宙定数問題として知られています。修正重力理論においては、動的に変化する暗黒エネルギーが予言され、この力学によって、宇宙定数問題の一部が解消すると期待されています。

[3] 一般相対性理論は、アインシュタイン・ヒルベルト作用と呼ばれる時空の曲率の1次関数で記述される理論ですが、これを曲率の任意関数に拡張した理論がF(R)重力理論です。F(R)重力理論は、ワイル変換と呼ばれる数学的変換を通して、一般相対性理論とスカラー場の理論に書き直すことができるため、一般相対性理論を拡張した部分はスカラー場の理論に対応します。暗黒エネルギーを説明するためには、このスカラー場の質量は暗黒エネルギーのスケールになりますが、物質場との相互作用によって、元々の質量よりも大きくなります。

[4] 原子を構成する陽子、またはそれを構成する素粒子クォークを例にすると、2つの素粒子間で働く電磁力と比べて、重力の強さは10のマイナス36乗程度小さく、素粒子の視点でみた場合、重力結合が如何に小さいかが分かります。

[5] K. Homma and Y. Kirita, Stimulated radar collider for probing gravitationally weak coupling pseudo Nambu-Goldstone bosons, JHEP 09 (2020) 095; Kensuke Homma , Yuri Kirita and Fumiya Ishibashi, Perspective of Direct Search for Dark Components in the Universe with Multi-Wavelengths Stimulated Resonant Photon-Photon Colliders, Universe 2021, 7(12), 479

[6]カメレオン機構は、おおよそ物質場のエネルギーによって誘発されます。ここで物質場のエネルギーは時空の曲率と解釈されます。こうして、宇宙論スケールの時空の曲率に比べて地上実験における物質密度のスケールが大きいことでカメレオン機構は働き、カメレオンはその実験系において大きな質量を獲得します。
 

謝辞

 本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業基盤研究(A)「レーザー誘導共鳴散乱によるXENON1T超過事象のアクシオン的解釈の検証(課題番号: 21H04474、研究代表者:本間謙輔)」、および、京都大学化学研究所共同利用・共同研究課題提案型研究(課題番号:2022-101研究代表者:本間謙輔)などの支援を受けて行いました。また、暗黒エネルギーの理論研究の礎を築かれ、本共同研究を始める契機ともなった故藤井保憲東京大学名誉教授に、心より感謝申し上げます。
 

論文情報

  • 掲載誌:Physical Review D 106 (2022) no.4, 044011
  • 論文タイトル:Hunting dark energy with pressure-dependent photon-photon scattering (光散乱の圧力依存性から暗黒エネルギーを捉える)
  • 著者名:Taishi Katsuragawa1, Shinya Matsuzaki2, Kensuke Homma3
  • 所 属:
    1 Institute of Astrophysics, Central China Normal University, Wuhan 430079, China 
    2 Center for Theoretical Physics and College of Physics, Jilin University, Changchun 130012, China
    3 Graduate School of Advanced Science and Engineering, Hiroshima University, Kagamiyama, Higashi-Hiroshima, 739-8526, Japan
  • doi:10.1103/PhysRevD.106.044011
【お問い合わせ先】

<研究に関すること>
広島大学大学院先進理工系科学研究科物理学プログラム 准教授 本間 謙輔
TEL:082-424-7375(不在の場合、下4桁7370)

E-mail:khomma
hiroshima-u.ac.jp

<報道に関すること>
広島大学広報室
Tel:082-424-3749
E-mail:koho*office.hiroshima-u.ac.jp

(注: *は半角@に置き換えてください)


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