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【研究成果】ダイヤモンド・プリンセス号隔離期間における乗船者の精神症状を分析〜多くは災害派遣精神医療チームの支援で改善〜

概要

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大が始まった2020年2月、横浜港停泊中のクルーズ船 ダイヤモンド・プリンセス号に対して、全国の災害派遣精神医療チーム(DPAT)が、隔離された乗客・乗員のメンタルヘルス問題への支援活動を行いました。しかしながら、感染症対策において、隔離された人々の精神状態をどのようにサポートするのが最善であるかは、明らかではありません。そこで本研究では、DPATが支援した乗客・乗員の精神症状と有効なケアについて、チームの日報システム(J-SPEED)データを用いて分析しました。
 隔離期間中、乗客・乗員3711人のうち、206人に身体面の支援が、127人に精神的な面での支援が行われました。身体面の支援でも、災害ストレスに関連した症状は発熱の次に多くみられました。精神的支援を行った人に最も多かった精神症状は不安であり、検疫隔離状況に対する急性のストレス反応でした。また、女性と乗組員が最も頻繁にメンタルヘルスのサポートを必要とした一方、傾聴と助言からなる単回のカウンセリングによって、多くが改善しました。
 本研究により、感染症のような災害が船のような特殊な環境で生じた場合、乗客・乗員の生命を守るためには、身体的な健康支援に加え、メンタルヘルスの支援が不可欠であることが明らかになりました。このような知見は、今後の検疫や船舶事故、精神的危機への対応に役立つと思われます。

【研究代表者】 
筑波大学医学医療系
 太刀川 弘和 教授
広島大学大学院医系科学研究科
 久保 達彦 教授
厚生労働省委託事業DPAT事務局
 五明 佐也香 次長
 野木 渡 局長 

発表内容

【研究の背景】

 コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックは、世界中に大きな影響を及ぼし、ウイルスの感染症状のみならず、人々に恐怖、不安、うつ、心的外傷後ストレス症状など、さまざまなメンタルヘルス上の問題を引き起こしています。これらの症状は、感染そのものが原因で現れることもあれば、感染予防対策に関連して現れるものもあります。特に、感染者を隔離する検疫は、対象者に孤独感や心理的な後遺症をもたらすことが知られています。しかし、隔離された人々の精神症状の詳しい実態や、有効なサポート方法についての証拠は限られていました。
 2020年2月5日から23日まで、クルーズ船 ダイヤモンド・プリンセス号(図1)は日本の横浜港で検疫を受け、56か国3,711人の乗客・乗員が船内に14日間隔離されました。その間、災害派遣精神医療チーム(Disaster Psychiatric Assistance Team: DPAT)注1)が乗船し、彼らのメンタルヘルスの支援活動を行いました。
 これまで、検疫に関連するメンタルヘルス問題については、十分に検証された事例がなく、サポートの在り方も確立されていませんでした。そこで、本研究では、DPATの支援データを活用し、船内でメンタルヘルスのニーズを持つ人々の臨床的特徴やケア内容を評価しました。

【研究内容と成果】

 本研究の対象者は、ダイヤモンド・プリンセス号の乗客・乗員のうち、2020年2月9日から21日にかけて、DPATを含む災害医療チームに精神的・身体的ケアを受けた人です。データは、チームが支援内容を記録する電子診療日報データベースJ-SPEED(Japan Surveillance in Post Extreme Emergencies and Disasters)注2)を使用しました。J-SPEEDには身体版と精神保健版の2種類があり、前者は、身体科医療支援を、後者は、メンタルヘルス支援を評価できるように開発されたものです。今回の分析には、性別、年齢、身体症状、精神症状、船内での役割、ストレス要因、診断分類、支援内容、転帰(治療経過)のデータを用いました。
 分析の結果、333例のデータ(J-SPEED身体版206例、精神保健版127例)が抽出されました(表1)。精神保健版は、身体版に比べて有意に女性が多く、平均年齢が低くなりました。また、相談者の約1割が乗員でした。症状は、発熱が最も多く、次いで災害ストレス関連症状、急性呼吸器感染症の順でした。発熱は男性で有意に頻度が高く、災害ストレス関連症状は、女性で頻度が高くなりました。精神保健版で得た精神症状の内訳は、「不安」の頻度が最も多く、次いで「不眠」、「その他の症状」、「抑うつ」、「怒り」、「自殺念慮」(ただし、実際の自殺行動には至らない)の順となっていました(表1)。女性は男性よりも多様な精神症状を抱えており、年齢による精神症状の違いはありませんでした。乗員は不眠、抑うつなどの症状が、乗客よりも多く認められました。ストレス内容では、COVID-19よりも「検疫」のストレスが強く、女性と乗員で顕著にみられました。最も多い診断名は、「重度ストレス反応および適応障害」でした。支援内容で最も多かったのは相談・助言からなるカウンセリングであり、およそ7割の人は、単回のカウンセリング後、直ちに精神症状が改善し、支援終了となりました。

【今後の展開】

 本研究では、災害医療チームが記録した、クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号での、隔離期間中の乗客・乗員の健康問題に関するデータを調査し、船内では身体症状と並行してメンタルヘルスの問題が頻発していたこと、そのうち最も多かったのは、検疫状況に対する急性心理反応としての「不安」であったこと、女性や乗組員はメンタルヘルス面でのサポートを必要とするストレス耐性が低いグループであったこと、災害時など危機的状況における公衆衛生を維持するためには、メンタルヘルスサービスが不可欠であることを明らかにしました。このような知見は、今後の同様な事象に対する心理的反応と対策を準備するために重要と考えられます。

図1 ダイヤモンド・プリンセス号(2020年2月12日撮影)

表1 J-SPEED精神保健版に記録された支援ケースの精神症状出現頻度(*:有意差があった:検定は各症状ごとのグループ内比率の残差検定の結果で、残差>1.96でプラスになっているものを有意差があったとした)

用語解説

注1)災害派遣精神医療チーム(DPAT)
 災害発生時、被災地での心のケアを中心とした、精神医療および精神保健活動を行うための専門的な医療チーム。
注2)災害診療記録(J-SPEED)
 災害支援チームが支援内容を記録する電子診療日報アプリケーション。身体版と精神保健版の2種類があり、前者は、身体科医療支援を評価し、後者は、メンタルヘルス支援を評価できるように開発された。

論文情報

  • 掲載誌: International Journal of Disaster Risk Reduction
  • 論文タイトル: Mental health needs associated with COVID-19 on the diamond princess cruise ship: A case series recorded by the disaster psychiatric assistance team(ダイヤモンド・プリンセス号におけるCOVID-19に関連した精神保健ニーズ:災害派遣精神医療チームに記録された事例集)
  • 著者名: Tachikawa H, Kubo T, Gomei S, Takahashi S, Kawashima Y, Manaka K, Mori A, Kondo H, Koido Y, Ishikawa H, Otsuru T, Nogi W.
  • DOI: 10.1016/j.ijdrr.2022.103250
  • 掲載日:2022年10月15日(2022年8月20日オンライン先行公開)
【お問い合わせ先】

<研究に関すること>
筑波大学医学医療系 臨床医学域災害・地域精神医学/茨城県災害・地域精神医学研究センター 教授
太刀川 弘和(たちかわ ひろかず)
Tel: 029-853-3343
Email: tachikawa*md.tsukuba.ac.jp
URL: https://plaza.umin.ac.jp/~dp2012/index.html

<取材・報道に関すること>
筑波大学広報局
Tel: 029-853-2040
E-mail: kohositu*un.tsukuba.ac.jp

広島大学広報室
Tel: 082-424-3701
E-mail: koho*office.hiroshima-u.ac.jp

厚生労働省委託事業 DPAT事務局
Tel: 03-6453-7513
E-mail: dpat-office*nisseikyo.or.j

(注: *は半角@に置き換えてください)


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