大学院人間社会科学研究科 澤井 努 准教授
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広島大学大学院人間社会科学研究科、澤井努 准教授(京都大学 高等研究院ヒト生物学高等研究拠点 連携研究者)、 片岡雅知 研究員は、胎児組織から作製された脳オルガノイドをめぐる倫理・規制上の課題を整理し、隣接分野の規制との関係性のなかで、国際的に調和した規制を整備していく必要があると指摘しました。
本研究成果は、2024年3月4日に学術誌「EMBO reports」でオンライン公開されました。
近年、ヒト脳オルガノイド研究*1(ヒト多能性幹細胞*2から生体外で作られる立体的な脳組織)に関する研究成果が多数報告されています。脳オルガノイドは発生初期の脳を部分的に模倣していることから、発生初期の脳発達の理解促進、また発生初期に生じる脳関連疾患の原因解明、さらにそうした脳関連疾患に対する創薬に利用できると期待されています。しかし、生体外で脳オルガノイドを作製する場合、構造上、十分に発育させることができないという課題がありました。
2024年1月、胎児の脳組織を用いてヒト脳オルガノイドを作製したとする研究が報告されました。この「胎児脳オルガノイド」は中絶された胎児の脳から得られた組織を培養して作られます。胎児脳オルガノイドは、多能性幹細胞から作製されるヒト脳オルガノイドとは異なり、元になった脳部位のさまざまな特徴を保持しており、脳の重要なシグナル分子に反応することが分かっています。胎児脳オルガノイドは特定の発生段階の脳組織を再現するだけでなく、その性質を保ったまま増やすことができるという特徴を持ちます。そのため、発生初期段階の脳の理解に強みのあった従来の脳オルガノイドを補完する関係にあり、今後、脳の発達や病気の原因をさらに解明することに役立つと期待されています。
しかし、胎児組織の研究利用とヒト脳オルガノイド研究には、既にそれぞれ倫理・規制上の課題が指摘されています。胎児脳オルガノイド研究は両者の課題を含むため、そうした従来指摘されてきた課題が複雑化する可能性があります。
本論文では、胎児脳オルガノイド研究の倫理・規制上の課題をいち早く整理し、隣接する研究分野との関係性のなかで国際的に調和のとれた規制が必要であると主張しました。
ヒト脳オルガノイド研究には、細胞提供者から十分な説明のもとでいかに同意を取得するか、ヒト脳オルガノイドが将来的に意識を持つことはないか、動物に移植した際、その動物にどのような影響があるのか、などさまざまな倫理的課題が提起されています。これらの課題は胎児脳オルガノイド研究にも同様に当てはまり、一部の課題はより複雑化すると予想されます。特に同意取得に関して、細胞提供者は作製された脳オルガノイドに個人的なつながりを感じやすいという調査があり、胎児組織の提供者はこうした感情をより強く抱えることが予想されます。従来、胎児組織研究において同意取得の重要性が指摘されてきましたが、胎児脳オルガノイド研究においてはさらに丁寧な同意取得が求められます。
また胎児脳オルガノイド研究は、ヒト胚研究の規制を再考する契機となるかもしれません。今回問題になっている研究では、妊娠12–15週目の胎児の脳組織から脳オルガノイドが作製されました。他方、ヒト胚を培養する研究には、受精後14日以上体外で培養してはならないとする現行の国際ルール(14日ルール)があり、これを遵守するならば、受精後12–15週まで胚・胎児を体外で培養することはできません。現在、一部で14日ルールを再考するかどうかが争点になっていますが、脳組織が十分に発達していないという理由のみに注目し、胎児脳オルガノイドの作製が認められる場合、同様の理由がヒト胚の体外での培養にも適用され認められるかもしれません。
現在、胎児組織研究の規制のあり方については、国際的な合意が得られていません。本論文では、米国、英国、日本、オランダ、ドイツ、イスラエルの胎児組織研究の法規制に注目し、そうした研究の規制上の齟齬を指摘しました。胎児脳オルガノイド研究をさらに進めるうえでは、国際的な規制、またそれに向けた社会的議論が求められます。
胎児脳オルガノイド研究は、その有用性から、今後もさらに発展する可能性があります。倫理的な課題を抱えるこうした研究を責任ある形で進めていくためには、ヒト脳オルガノイド研究、ヒト胚研究、胎児組織研究に関して、国際的に調和の取れた規制を整備する必要があります。本研究グループは、胎児脳オルガノイド研究を含め、隣接する分野の倫理・規制上の課題にいち早く取り組むことで、研究を支える倫理・規制の枠組みを確立することを目指します。
本研究は、以下の支援により実施しました。
なお、本研究の実施に伴い、申告すべき利益相反はありません。
用語解説
*1:ヒト脳オルガノイド
ヒト多能性幹細胞*2から生体外で作製される立体的なヒト脳組織。
*2:多能性幹細胞
自己増殖能(無限に増殖する能力)と多分化能(体を構成する全ての細胞に分化できる能力)を持つ細胞。ES細胞(精子と卵子の受精後5〜7日が経過した胚盤胞から内部細胞塊を取り出して人工的に作られる)やiPS細胞(皮膚や血液の細胞に複数の遺伝子を導入して人工的に作られる)などがある。
大学院人間社会科学研究科 澤井 努 准教授
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掲載日 : 2024年04月08日
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