大学院医系科学研究科免疫学 保田 朋波流
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本研究成果のポイント
エプスタイン・バーウイルス(EBV)※1というウイルスに感染した免疫細胞が、がん細胞に対する免疫効果を高め、がん発症を抑制することを発見しました。
概要
広島大学を中心とする研究チームは、ほとんどの日本人が子どもの頃に感染するエプスタイン・バーウイルス(EBV)が、がんを防ぐ働きを持つ可能性を発見しました。
EBVは「B細胞」という免疫細胞に潜伏し、特定のタンパク質(LMP1、LMP2A)を作ります。研究チームは、それによって別の免疫細胞(CD8+ T細胞)※2が活性化し、がん細胞を強く攻撃する力が生まれることをマウス実験で確認しました。
特に注目すべきは、ウイルスとは関係のない白血病や大腸がんに対しても、がんの発症を抑える効果が見られた点です。これは「ウイルス誘導性交差防御」と呼ばれる現象で、ウイルス感染をきっかけに免疫が全体的に強まることを意味します。(図1)
また、がん細胞が免疫から逃れるために使う「MHCクラスI」という目印を消す戦略(腫瘍細胞におけるMHCクラスIの発現低下)※3、※4に対しても、EBウイルスで活性化されたT細胞は「NKG2D」という新しいセンサーを使ってがんを見つけ出していることが明らかとなりました。

図1
本研究は、ロンドン時間の2025年6月4日にオープンアクセス国際学術免疫専門誌「Frontiers in Immunology」に掲載されました。
<発表論文>
論文タイトル:T cell-mediated immune surveillance conferred by latent Epstein-Barr virus genes suppresses a broad spectrum of tumor formation through NKG2D-NKG2DL interactions.
著者:金宇琦1,†, 郭芸1, 河野洋平1, 笹谷めぐみ2, 大木駿1, 山根慶大1, 大田祐誠1, 田村結実1, 外丸祐介3, 馬場義裕4, 保田朋波流1,‡
1広島大学大学院医系科学研究科免疫学
2広島大学原爆放射線医科学研究所分子発がん制御
3広島大学自然科学研究支援開発センター
4九州大学生体防御医学研究所免疫ゲノム生物学
† 筆頭著者, ‡ 責任著者
掲載雑誌:Frontiers in Immunology, 16, 2025.
DOI番号:10.3389/fimmu.2025.1597731
背景
エプスタイン・バーウイルス(EBV)は、主にB細胞に潜伏感染するヒトヘルペスウイルスです。EBVは感染した細胞を不死化する特徴をもつウイルスであり、B細胞リンパ腫、胃がん、上咽頭がんなど、さまざまな腫瘍との関連が報告されています。
EBVはほとんどの日本人が子供のころに感染するのですが、免疫機能が正常な人ではEBV感染細胞ががんを惹起させることはなく、生涯にわたり安全に体内に潜伏することが知られています。それは、EBVに感染すると体の免疫監視機構が活性化され、EBVに感染した細胞の増殖を抑えるからです。特に、CD8⁺ T細胞やナチュラルキラー(NK)細胞を中心とする免疫系が、EBV感染B細胞の増殖を抑制し、悪性リンパ腫などのがんの発症を防いでいます。
これまでの研究から、EBV感染によって誘導される免疫応答は、EBV感染細胞に対する反応にとどまらず、EBVとは無関係の腫瘍に対しても免疫監視が機能する可能性が示唆されています。この現象は「ウイルス誘導性交差防御(virus-induced cross-protection)」と呼ばれ、EBVによって活性化された免疫系が、より広範な部位で腫瘍発生を防ぐ可能性が考えられました。
本研究では、この仮説を検証するため、EBVがコードする潜伏関連タンパク質であるLMP1およびLMP2Aに着目しました。これらのタンパク質は、B細胞の主要なシグナル伝達経路を模倣する能力を持ち、がんの原因になる一方で、T細胞を強力に活性化し、がんに対する免疫を発生することが知られています。私たちは、LMP1およびLMP2Aを一部のB細胞に発現させることで、ウイルス抗原を持たない一般的な腫瘍に対しても免疫監視が機能し、全身性に有効ながん免疫監視が誘導される可能性を検証しました。
研究成果の内容
ヒトでは、EBVは二次リンパ組織にみられる胚中心(GC)B細胞に感染し、これらの感染細胞がリンパ腫へと進展すると考えられています。EBVがGC B細胞に感染すると、LMP1およびLMP2Aという2つのタンパク質が発現し、感染細胞は免疫監視機構によって排除されます。
本研究では、生体内でのEBV潜伏感染状態をマウスで再現するため、GC B細胞で特異的にLMP1およびLMP2Aを発現するマウス(LMP1/2A発現マウス)を作製しました(図2A)。ヒトのEBV感染B細胞と同様に、これらの遺伝子が発現することでGC B細胞の数が著しく減少し、同時に免疫監視に関与するCD8⁺エフェクターメモリーT細胞(TEM)※5が有意に増加しました(図2B)。これらの結果は、免疫系がLMP1/2Aを発現するB細胞を感知して排除し、全身的な免疫監視を担う記憶T細胞免疫が誘導されている可能性を示唆しています。

図2
さらに、LMP1/2A発現マウスでは、EBV抗原とは無関係な放射線誘発性T細胞性急性リンパ性白血病(T-ALL)の発症率が低下し(図3A, B)、生存期間が延長、約半数のマウスが白血病の発症を免れました(図3C)。同様に、遺伝的に大腸がんを発症するApcMin/+マウスモデルにおいても、LMP1/2A発現マウスでは腫瘍数の減少と生存期間の有意な延長が確認されました(図3D, E)。これらの結果は、LMP1とLMP2Aの共発現によって誘導される免疫監視が、幅広い腫瘍に対する生体防御に寄与していることを示しています。

図3
また、LMP1/2A発現B細胞と共培養したT細胞では、NK細胞などの免疫細胞の表面に発現するNKG2Dや2B4共刺激分子の発現が有意に亢進することが明らかとなりました(図4A)。さらに、LMP1/2A発現マウス由来のCD8⁺ T細胞は、野生型マウス由来のT細胞と比較して、MHCクラスIの発現が低下したがん細胞に対して高い細胞傷害活性を示しました(図4B)。この細胞傷害活性は、NKG2D受容体の働きを阻害することで大きく減弱したことから、CD8⁺ T細胞は少なくともNKG2Dを介した経路を通じて、MHCクラスI発現が低い腫瘍細胞を認識・排除していることが示唆されました。
今後の展開
本研究は、LMP1/2AをB細胞に発現させることでEBVの潜伏感染状態を模倣し、幅広い腫瘍を抑制する持続的な免疫監視を誘導できる可能性を示しています。その作用メカニズムとして、T細胞上のNKG2D受容体ががん細胞に発現するNKG2Dリガンドを認識する経路が、腫瘍抑制効果を示す主な要因の一つであると考えられます。
このように、EBV抗原を発現するB細胞によって誘導される活性化CD8⁺ T細胞は、MHCクラスIの発現が低下したがん細胞であっても効率的に見つけて排除することが可能であることが今回はじめて明らかとなりました。
MHCクラスIの発現低下はがんの免疫逃避を引き起こし、予後不良の要因となっています。本研究成果は、ウイルス感染に対する免疫応答に着想を得た免疫監視機構から、新たながん予防および治療戦略の創出につながる研究成果で、特に、T細胞応答を回避するMHCクラスI低発現腫瘍を標的とした治療用ワクチンや抗腫瘍免疫賦活化法の開発において、有用な知見を提供することが期待されます。
ました。

図4
研究助成
本研究は以下の助成を受けて実施されました。JSPS科研費(課題番号:JP18H02669、JP19K22538、JP21H02751)、JSPS「卓越大学院プログラム(J-PEAKS)」、JST COI-NEXT(課題番号:JPMJPF2010)、国立長寿医療研究センター「長寿科学研究開発費」(課題番号:21-2)、放射線災害・医科学研究拠点共同利用・共同研究拠点プログラム、広島大学次世代研究者育成プログラム(HU SPRING)
また、本研究成果は広島大学から論文掲載料の助成を受けています。
語句説明
※1 EBウイルス: ヘルペスウイルスの仲間で世界中に分布します。ヘルペスウイルスは人類の誕生以前から地球上に存在したと考えられており、様々な動物種に特有のヘルペスウイルスが存在します。EBウイルスは人類と共生するウイルスの一種です。また、EBウイルスは、バーキットリンパ腫など一部の悪性リンパ腫や、上咽頭がんの発生と関連します。
※2 T細胞: 免疫を担当するリンパ球の一種で、胸腺(Thymus)でつくられるためT細胞とよばれています。細胞表面にCD4分子を発現するヘルパーT細胞とCD8分子を発現するキラーT細胞の2種類が獲得免疫において重要なT細胞です。CD4とCD8はそれぞれクラスIIとクラスIという異なるMHCを認識します。ヘルパーT細胞は免疫反応を舵取りする司令塔の役割、キラーT細胞は武装化してウイルスや細菌に感染した細胞を殺して排除する役割をそれぞれ担っています。
※3 腫瘍細胞におけるMHCクラスIの発現低下: CD8+ T細胞はMHCクラスⅠに提示されたがん抗原を認識してがん細胞を認識します。そのため腫瘍細胞でMHCクラスⅠの発現低下が生じる現象は、がんが免疫システムを回避する仕組みの一環と考えられています。MHCクラスⅠの発現と腫瘍の予後の間には強い相関関係があり、MHCクラスⅠの表出が少ない腫瘍は予後不良となります。
※4 MHC: 人のほとんどの細胞にはMHCとよばれる分子が発現し、細胞内や細胞外の蛋白質を分解した一部をMHC上に提示することで、T細胞にその細胞が自己か非自己かを識別させています。
※5 エフェクターメモリーT細胞: T細胞は活性化刺激を受けない限りは、他の細胞を攻撃することはありません。ウイルス感染などによって異物を感知しT細胞が活性化するとT細胞自身が増殖し、特有の機能をもったエフェクター細胞へと分化して機能を発揮するようになります。それらの一部はメモリーT細胞となって長期間生存することで、同一の病原体が再度侵入した際に速やかに免疫応答することを可能にしています。