広島大学WPI 持続可能性に寄与するキラルノット超物質拠点(WPI-SKCM2)
特任助教 岡芳美、教授 井上克也
Tel:082-424-8079
E-mail:yoshimo*hiroshima-u.ac.jp、kxi*hiroshima-u.ac.jp
(*は半角@に置き換えてください)
本研究成果のポイント
- これまでほぼ着目されてこなかった生体内で起こりうるDNAの光磁気感知(1)のメカニズムを提唱しました。
- 生物の光磁気感知の理解につながると期待されます。
- 渡り鳥が南北方向を知るメカニズムの解明にもつながります。
概要
広島大学WPI 持続可能性に寄与するキラルノット超物質拠点(WPI-SKCM2)の岡芳美特任助教および井上克也教授によるグループとドイツのアルベルト・ルートヴィヒ大学フライブルク、埼玉大学および分子科学研究所の共同研究チームは、DNAと生体内に存在するフラビン色素(2)の間でブルーライトを当てた時に起こる反応が、市販の磁気治療器より弱い弱磁場の影響を受けることを示しました。今回の発見は、これまでほとんど着目されてこなかった生体内で起こりうるDNAの光磁気感知のメカニズムを明らかにしたことで、生物がもつ感覚の理解、生活環境下における光や磁場が健康や老化などに与える影響への理解につながると期待されます。本研究成果は、2025年7月9日にオープンアクセス国際学術誌「Communications Chemistry」にオンライン版が掲載されました。
論文の詳細情報
- タイトル:“Direct observation of long-lived radical pair between flavin and guanine in single- and double-stranded DNA-oligomers”
- 著者名: Yoshimi Oka*, Florian Quintes, Yuri Yoshikawa, Motoyasu Fujiwara, Kiminori Maeda, Stefan Weber and Katsuya Inoue
*責任著者 - 掲載雑誌: Communications Chemistry
- DOI: 10.1038/s42004-025-01596-x
背景
自然界には、クリプトクロム(3)とよばれる光受容タンパク質が存在し、渡り鳥などの生体磁気コンパスとして働き、地磁気の方向を感知しているという仮説が有力視されています。そのメカニズムは、クリプトクロム中でブルーライトを吸収する色素フラビンアデニンジヌクレオチド(FAD)が光により励起されたとき、近くに存在するアミノ酸のトリプトファン(Trp)との間で電子移動反応が起こり、その結果生じる(反応中間体の)ラジカル対(4)のために、磁場による反応効率の差として検出できると推定されています。
一方で、DNAの酸化損傷(5)が、元来は紫外線吸収でのみ起こるはずが、フラビン色素を介して可視光領域(ブルーライト)でも起こることが報告されていました。その推定上の初期中間体として、DNA塩基中で最も酸化され易いグアニン(G)のGラジカルカチオン(6)が考えられています。DNAのG塩基とフラビン色素の組み合わせで起こる反応に対して、弱い磁場の影響はこれまでほとんど着目されていませんでした。
研究成果の内容
タンパク質のクリプトクロムが微弱磁場(地磁気:〜50 mT)を感受するメカニズムは、ブルーライト励起による電子移動反応によって同時に形成されるフラビンアデニンジヌクレオチド(FAD)ラジカルとトリプトファン(Trp)ラジカルからなるスピン相関(7)ラジカル対によって媒介されることが示唆されています。本研究では、フラビンを連結した1本鎖DNAおよび2重鎖DNAオリゴマー(8)を用い、ブルーライト励起による電子移動反応によってフラビン(Fl)ラジカルとグアニン(G)ラジカルからなる長寿命のスピン相関ラジカル対が形成されることを時間分解電子スピン共鳴分光法(9)によって直接観測できました。過渡吸収分光法とその磁場効果(無磁場下に対する磁場存在下での生成物の収量変化の割合)の反応機構評価によって、クリプトクロムにおいては1重状態の前駆体を介したラジカル対生成が報告されているのとは対照的に、本研究のフラビン連結DNAオリゴマーにおいては3重状態の前駆体を介したラジカル対生成が同定されました。マイクロ秒の寿命(中間体として磁気感受に必要な時間を満たしている)を持ち、室温でも大きな磁場効果(無磁場下に対して28 mTの磁場下での生成物の収量は65%増加)をもつフラビン連結DNAオリゴマーのラジカル対の発見は、生物の磁気感受の理解につながると期待されます。
今後の展開
生物がもつ感覚の理解、生活環境下における光や磁場が健康や老化などに与える影響への理解につながると期待されます。特に、今回着目したDNAのGラジカルカチオンはDNAの酸化損傷の初期中間体であり、ヒトの健康や疾病への深い関連性があると言われているので、ヘルスケアやエイジングケアなどの応用に繋がる可能性が考えられます。また、DNA損傷を修復する(フラビン色素を含む)タンパク質であるフォトリアーゼ(10)との協奏反応などにも興味が持たれます。
謝辞
本研究は、(公財)渡邉財団、(公財)住友財団、科学研究費補助金16K13980、22K05053、22H02053の研究助成を受けて実施しました。本研究の一部は文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業<分子・物質合成>および「マテリアル先端リサーチインフラ」事業の支援により自然科学研究機構 分子科学研究所で実施しました。
参考資料
図1.フラビン連結DNAにブルーライトを照射した時に、電子移動反応によりフラビン(Fl)ラジカルとグアニン(G)ラジカルからなるラジカル対が形成される様子。
図2.時間分解電子スピン共鳴スペクトル。(a)図1の2重鎖DNAオリゴマーに対する分極シグナル(青色レーザー照射1.5 ms後の様子。マイクロ波のE(発光)方向とA(吸収)方向に対称のシグナルが観測されることから、スピン相関ラジカルペアが形成していると考えられる)。(b)ネガティブコントロール(フラビンから最も近いGを酸化されにくいユニットに置換した場合)。
用語解説
(1)光磁気感知(こうじきかんち)
生物が光(主に青色光)と磁場の両方に反応する能力のこと。たとえば渡り鳥が地磁気を頼りに飛ぶ仕組みの一端と考えられています。
(2)フラビン(Flavin)色素
光に反応する天然の分子で、ビタミンB2の一種。体内では酵素の補助因子などとして働き、光を吸収して生体内化学反応を引き起こす性質があります。
(3)クリプトクロム
光受容タンパク質の一種で、特に青色光に反応。生体内で磁場を感知するセンサーとして働く可能性があるタンパク質。鳥類や昆虫などで注目されています。
(4)ラジカル対
不安定な電子(不対電子、ラジカル)を1個ずつ持つ分子が2つ対になった状態。光や磁場に反応しやすく、生命活動の中でも重要な中間状態です。
(5)酸化損傷
DNAや細胞が活性酸素などによって傷つくこと。老化やがん、生活習慣病などと深く関係しています。
(6)グアニン(G)ラジカルカチオン
DNAを構成する塩基のひとつ「グアニン」が光や酸化によって電子を失った状態。DNA損傷の初期段階で現れる重要な分子中間体と考えられています。
(7)スピン相関
電子が持つ量子力学的な角運動量「スピン」がお互いに影響し合っている状態。この性質があると磁場の影響を受けやすくなり、光磁気感知の基盤になります。
(8)DNAオリゴマー(オリゴデオキシヌクレオチド)
数個から十数個のDNA塩基がつながった短いDNA断片。実験などで使われる合成DNAです。
(9)時間分解電子スピン共鳴分光法(TREPR)
極めて短時間で起こる電子の動きやラジカルの変化を観察するための専門的な分析技術。本研究ではこれでラジカル対の形成を確認しました。
(10)フォトリアーゼ
DNAの損傷を修復する酵素で、フラビンを含み光の力を利用します。紫外線によるDNA損傷を直す天然のメカニズムとして知られています。
研究のポイント
- DNAと光・磁場の関係に新発見
これまでほとんど注目されていなかった「DNAが光と磁場を感知する仕組み」を提唱しました。 - 生物の“第六感”に迫る可能性
この発見は、鳥が地磁気を頼りに方向を感知する仕組みなど、生物の光磁気感知の理解につながると期待されます。 - 人の健康や老化への応用も視野に
DNAの酸化損傷や修復メカニズムとも関係があり、将来的に健康・エイジングケア分野への応用が期待されます。
研究の背景
- なぜ鳥は道に迷わないのか?
渡り鳥が長距離を移動できるのは、地球の磁場を感じ取っているからだと考えられています。これは「クリプトクロム」というタンパク質が光を受けて、磁場に反応する仕組みによるとされています。 - DNAも磁場を感じる?
実は、DNAもブルーライト(青い光)とフラビン色素の存在下で酸化損傷することが学術レベルではわかっていました。今回の研究は、こうしたDNAの変化にも磁場が影響を及ぼす可能性を初めて明らかにしました。
研究の内容と発見
- 実験の概要
フラビンという光に反応する色素をDNAにつなぎ、青色光を照射したところ、DNAのグアニン塩基との間で「ラジカル対(不対電子を持つ不安定な電子状態のペア)」が発生しました。 - 磁場の影響が判明
このラジカル対は、市販の磁気治療器より弱い磁場でもその生成量が変化することが確認され、通常よりも65%も反応が増加しました。 - 直接観測にも成功
時間分解電子スピン共鳴(TREPR)という手法で、フラビンとグアニンが作る長寿命ラジカル対を直接観測することに成功しました。
なぜ重要なのか?
- 生物の感覚の解明へ前進
「DNAが磁場を感じる」という新しい視点を提供し、磁場に反応する生物の仕組み(例:渡り鳥のナビゲーション)への理解が深まります。 - 健康や医療分野への応用
DNAの損傷と修復はがんや老化にも関係します。今回発見されたメカニズムは、健康維持や老化予防など、医療・ライフサイエンス分野への応用可能性があります。
今後の展望
- 生活環境と健康の関係性の研究へ
普段私たちが浴びている光や磁場が体にどう影響しているのかを理解するための新しいヒントになります。 - 応用の可能性
DNA修復に関わるタンパク質(例:フォトリアーゼ)との関係や、光磁気を利用した新しい診断・治療法の開発にも期待が寄せられています。