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【研究成果】データから疾患進行の個人差を読み解く 〜進行の「速さ」と「進み方」の違いを捉える新手法を開発〜

【本研究のポイント】

・疾患進行の個人差を、「どのように進むか」という進行経路と、「どのくらいの速さで進むか」という進行速度に分けて捉える新しい機械学習手法DiSPAHを開発
・四肢発症型ALS患者の縦断データを解析した結果、進行経路が異なる複数のサブグループが存在し、さらに各サブグループの中でも進行速度にばらつきがあることを発見
・進行速度に関連する遺伝的特徴や疾患の背景にある分子レベルの仕組みの一端を解明
・DiSPAHから得られる情報はALS関連機能低下リスクの評価に役立ち、初期の臨床情報や遺伝情報から将来の進行を見通す手がかりとなる可能性を示唆

【研究概要】

 名古屋大学大学院医学系研究科データ駆動生物学の矢田 祐一郎 准教授、本田 直樹 教授(兼任:広島大学大学院統合生命科学研究科特任教授)の研究グループは、疾患進行の個人差を「どのように進むか」という進行経路と、「どのくらいの速さで進むか」という進行速度に分けて捉える新しい機械学習手法DiSPAHを開発しました。神経変性疾患をはじめとする慢性疾患の多くは、患者ごとに症状の現れ方や進行の速さが大きく異なるため、予後予測や治療計画、臨床試験の設計が難しいことが課題となってきました。しかし、既存の解析手法では、「どのような症状から優先的に現れるのか」という「進行経路」と、「症状の変化がどのくらいの速さで進むのか」という「進行速度」を明確に区別して捉えることが難しく、それぞれの個人差の要因を十分に明らかにできませんでした。
 本研究では、進行に個人差が大きいことが知られている筋萎縮性側索硬化症(ALS)を対象とし、四肢発症型ALS患者264人におけるALS機能評価尺度の縦断データをDiSPAHで解析しました。その結果、ALSの進行は一様ではなく、複数の特徴的な進行経路を示すサブグループが存在すること、加えて同じサブグループの中でも進行速度にばらつきがあることが明らかになりました。さらに、より大規模なALS患者を対象とした研究から得られた2,565人のデータを用いた解析でも、同様の進行パターンが再現されました。
 また、進行速度に関連する遺伝的特徴や分子基盤の一端が示されるとともに、DiSPAHから得られる情報がALS関連機能の低下リスクの評価に役立つ可能性も示されました。今後、検証を重ねることで、DiSPAHが疾患進行の理解を深め、将来的には患者ごとの予後予測や個別化医療への応用につながることが期待されます。
 本研究成果は、2026年5月12日付で、国際学術雑誌『npj Digital Medicine』にオンライン掲載されました。
 

1. 背景

 神経変性疾患をはじめとする慢性疾患では、同じ病気であっても、ある患者では急速に進行する一方、別の患者では比較的ゆっくり進行するなど、経過に大きな個人差があります。加えて、どのような症状から現れ、どのような順序で進行していくのかも患者によって異なります。こうした個人差の大きさは、予後予測や治療計画の立案、さらには臨床試験の設計を難しくする要因となってきました。
 近年では、同じ患者を長期間追跡して得られた臨床縦断データを機械学習モデルで解析し、観測される症状や検査結果の変化の背後にある、直接は観測できない疾患進行状態を仮定し、その状態の推移を推定する技術の開発が進められています。しかし、既存の手法では、「どのような症状から優先的に現れるのか」という「進行経路」と、「症状の変化がどのくらいの速さで進むのか」という「進行速度」とを明確に区別して捉えることが難しく、それぞれの個人差の要因を十分に明らかにできませんでした。

図1:疾患進行の「進行速度」と「進行経路」の個人差を切り分ける機械学習モデル

2. 研究成果

 本研究グループは、患者ごとの「進行経路」と「進行速度」を切り分けて同時に推定するため、連続時間隠れマルコフモデル*1)に基づく機械学習手法DiSPAHを開発しました。DiSPAHは、臨床縦断データを解析することで、症状変化の背後にある目に見えない疾患進行状態を同定し、あわせて患者ごとに、状態遷移のパターンとして表される進行経路と、遷移の進みやすさを表す進行速度を明らかにします(図1)。
 研究グループは、「進行経路」だけでなく「進行速度」にも大きな個人差があることが知られている筋萎縮性側索硬化症(ALS)を対象に、ALS機能評価尺度であるALSFRS-R*2)の臨床縦断データに本手法を適用しました。まず、米国のAnswer ALSコホートのうち条件を満たした264人の四肢発症型ALS患者の縦断データを解析し、DiSPAHによって患者ごとの進行速度と進行経路を推定しました。その結果、ALSの進行は一様ではなく、6つの特徴的な進行経路を示すサブグループが存在し、加えて各サブグループの中でも進行速度に一定のばらつきがあることが明らかになりました(図2)。さらに、Answer ALSコホートで同定された疾患進行状態をもとに、より大規模なPRO-ACTコホートの2,565人のデータを同じ手法で解析したところ、Answer ALSコホートで認められた進行パターンと似た傾向が再現されました。

図2:DiSPAHにより同定された進行経路のサブグループと進行速度

 推定された進行速度と遺伝的な特徴の関連を調べると、C9orf72の遺伝子変異をもつ患者では進行速度が速い傾向が示されました。加えて、患者のiPS細胞に由来する運動ニューロン*3)の網羅的な遺伝子発現データ・タンパク質発現データとの関連を解析すると、タンパク質翻訳恒常性の破綻や酸化ストレスが進行速度に関わっている可能性が示唆されました。
 臨床的な意義としては、臨床縦断データの追跡期間全体からDiSPAHが推定した進行速度や進行経路は、生存やALS関連機能の低下リスクと関連していました。さらに、進行速度や進行経路は追跡開始時点の臨床情報と遺伝情報からある程度予測可能であり、ALS関連機能低下リスク定量の性能を評価した結果、従来の指標だけでは捉えにくい情報をDiSPAHが補える可能性が示されました。

3. 今後の展開

 本研究で開発したDiSPAHは、疾患進行の個人差を「進行経路」と「進行速度」に分けて捉えることで、従来の手法では捉えにくかった疾患進行の違いをより細やかに理解することを可能にする新しい枠組みです。今後、より多様なALSの病型や、他の神経変性疾患を含むさまざまな慢性疾患への応用、より多くの医療機関や患者集団を用いた検証を進めることで、手法としての信頼性や汎用性の向上が期待されます。将来的には、初診時に近い段階で得られる情報からその後の疾患進行を見通せるようになれば、患者一人ひとりに応じた説明や治療計画の立案、さらには治験参加者の選定などへの応用も期待されます。また、進行の仕方に関連する遺伝的背景や分子基盤の理解が深まることで、新たな病態理解や治療標的の探索につながる可能性もあります。
 ムーンショット目標2「2050年までに、超早期に疾患の予測・予防をすることができる社会を実現」では、疾患の発症や進行を早期に捉え、予測・予防につなげるための研究開発が進められています。DiSPAHは、臨床データから疾患進行の個人差を捉え、将来的な疾患進行リスクの評価にもつなげることができる手法です。データに基づく疾患予測技術の発展に貢献し、将来的な超早期予測・予防の実現に向けた基盤として、ムーンショット目標2の達成に寄与することが期待されます。
 

 

4. 支援・謝辞

本研究は、以下の研究プロジェクトの支援のもとで行われたものです。
・JST ムーンショット型研究開発事業 目標2「2050年までに、超早期に疾患の予測・予防をすることができる社会を実現」 JPMJMS2024
・JSPS 科学研究費助成事業 JP23K16994
・AMED 脳神経科学統合プログラム(個別重点研究課題)JP24wm0625416 and JP25wm0625322
・JST 戦略的創造研究推進事業 CREST「複雑生体現象の予測と制御に向けた離散・連続の統合幾何解析の構築と応用」 JPMJCR25Q2
また、本研究では米国AnswerALSコホートおよびPRO-ACTコホートのデータを使用しました。

【用語説明】

*1)連続時間隠れマルコフモデル:時間の経過に伴う確率的な状態の変化を表す数理モデルの1つ。「隠れ」とは、状態が直接は観察できないことを意味し、本研究では疾患の進行状態に相当する。「連続時間」は、観察の間隔が一定でないデータも扱えることを意味し、受診時期が不規則な臨床データの解析に適している。
*2)ALSFRS-R:ALS Functional Rating Scale-Revised の略で、ALSの機能障害の程度を評価するために広く用いられている指標。会話・嚥下、手の動き、歩行、呼吸などに関する12項目から構成され、患者の日常生活機能を総合的に評価する。
*3)運動ニューロン:脳や脊髄から筋肉へ信号を送り、体を動かす働きを担う神経細胞。ALSでは、この細胞が障害されることで筋力低下が生じる。
 

【論文情報】

雑誌名:npj Digital Medicine
論文タイトル:Decomposing heterogeneity in disease progression speeds and pathways
著者:Yuichiro Yada1,2 and Honda Naoki1,3,4
1. Nagoya University Graduate School of Medicine
2. Institute for Advanced Research, Nagoya University
3. Graduate School of Integrated Sciences for Life, Hiroshima University
4. Center for One Medicine Innovative Translational Research (COMIT), Nagoya University

DOI: 10.1038/s41746-026-02665-8

【お問い合わせ先】

【研究者連絡先】
名古屋大学大学院医学系研究科 データ駆動生物学
准教授 矢田 祐一郎(やだ ゆういちろう)
TEL:052-744-1980
E-mail:yada.yuichiro.k4*f.mail.nagoya-u.ac.jp

【報道連絡先】
名古屋大学医学部・医学系研究科 総務課総務係
TEL:052-744-2228   FAX:052-744-2785
E-mail:iga-sous*t.mail.nagoya-u.ac.jp

広島大学 広報グループ
TEL:082-424-4383   FAX:082-424-6040
E-mail:koho*office.hiroshima-u.ac.jp

科学技術振興機構 広報課
TEL:03-5214-8404   FAX:03-5214-8432
E-mail:jstkoho*jst.go.jp

【JST事業連絡先】
科学技術振興機構 ムーンショット型研究開発事業部
松尾 浩司(まつお こうじ)
TEL:03-5214-8419   FAX:03-5214-8427
E-mail:moonshot-info*jst.go.jp

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