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【研究成果】脳の複雑さを支える分子多様性の進化的起源を解明 ─ RNAを制御するタンパク質のタイプの豊富さが神経細胞数と強く相関 ─

【本研究成果のポイント】

●線虫からヒトまで6種の動物を比較し、RNA結合タンパク質(RBP)のファミリー多様性が神経細胞数と強く相関することを発見(相関係数ρ = 0.886)。
●この相関はRBPに特異的であり、転写因子・キナーゼ・Gタンパク質共役受容体では見られない。
●脊椎動物で新たに獲得されたRBPドメインは免疫・RNA修飾・エピトランスクリプトミクスなど多機能にわたり、神経の複雑化を支える分子基盤の一部である可能性がある。

【概要】

 広島大学大学院統合生命科学研究科の安田恭大助教は、RNA結合タンパク質(RBP)のファミリー多様性、すなわちRBPのタイプの豊富さと神経系の複雑さの関係を、線虫からヒトまでの6種の動物で体系的に解析しました。その結果、RBPのファミリー数が神経細胞数と強く相関する(スピアマン相関係数ρ = 0.886、p = 0.019)ことを明らかにしました。この相関はRBPに特異的であり、転写因子・キナーゼ・Gタンパク質共役受容体(GPCR)では同様の相関は見られませんでした。さらに、脊椎動物で新たに獲得されたRBPの構造的特徴(天然変性領域の長さ)も神経系の複雑さと相関することが示されました(ρ = 0.943)。
 本研究成果は、国際学術誌「iScience」(Cell Press)に掲載されました。

【論文情報】

掲載雑誌名:iScience
論文タイトル:RNA-Binding Protein Family Diversification Correlates with Neural Complexity Across Metazoan Evolution
著者:安田 恭大
DOI:https://doi.org/10.1016/j.isci.2026.115766
 

【背景】

 動物の脳の複雑さは種によって大きく異なります。線虫(C. elegans)の神経細胞は302個にすぎませんが、ヒトの脳には約860億個の神経細胞があります。この圧倒的な差を生み出す分子基盤は何かという問いは、進化生物学・神経科学における根本的な問題です。
 遺伝子発現の制御には、DNAの転写を制御する「転写因子」が広く知られていますが、転写後の段階でmRNAの安定性・翻訳・局在などを調節する「RNA結合タンパク質(RBP)」も重要な役割を担っています。特に神経細胞は、シナプスでの局所的なタンパク質合成など、RNA制御に大きく依存した機能を持っています。
 しかし、RBPの多様性と神経系の複雑さの関係は、これまで体系的に調べられていませんでした。

【研究成果の内容】

■ RBPファミリー多様性と神経系の複雑さの強い相関
 線虫・ショウジョウバエ・ゼブラフィッシュ・アフリカツメガエル・マウス・ヒトの6種について、EuRBPDBデータベースを基にRBPをPfamドメイン(タンパク質の機能的構造単位)で分類したところ、RBPファミリー数は線虫の397種類からヒトの469種類へと段階的に増加し、神経細胞数との相関係数はρ = 0.886(p = 0.019)を示しました(図1)。

図1:6種の動物(線虫・ショウジョウバエ・ゼブラフィッシュ・アフリカツメガエル・マウス・ヒト)におけるRBPファミリー数と神経細胞数(対数スケール)の相関。各点が1種を表す。

■ この相関はRBPに特異的
 同じ手法で転写因子・キナーゼ・GPCRを解析したところ、転写因子は脊椎動物以降でファミリー数が頭打ちになり(72ファミリーで飽和)、キナーゼ・GPCRでは神経細胞数との有意な相関は見られませんでした。RBPだけが脊椎動物でも継続的なファミリー拡張を示しており、RBP多様化が神経の複雑化と特異的に関連していることが示されました。

■ 脊椎動物で新たに獲得されたRBPドメイン
 脊椎動物で3倍以上に拡張したRBPドメインを同定したところ、神経のRNA制御に直接関わるドメインではなく、ADP-リボシル化(PARP)・m6A RNA修飾読み取り(YTH)・自然免疫(OAS)・RNA分解制御(RNaseA)などの機能を持つドメインが上位に挙がりました。これは「神経の複雑化はニューロン特異的なRNA制御因子の拡張ではなく、より広汎な転写後制御能の獲得によって支えられている」という予想外の知見です。

■ 天然変性領域(IDR)の拡張
 RBPが持つ「天然変性領域(IDR):規則的な立体構造をとらず、柔軟に機能するタンパク質領域」の長さも、神経系の複雑さと強い相関を示しました(ρ = 0.943)。
 線虫での平均46アミノ酸からヒトでの78アミノ酸へと増加しており、IDRの拡張が多様なタンパク質・RNA相互作用を可能にし、神経の高度な機能を支えていると考えられます。また、IDRはALS(筋萎縮性側索硬化症)やFTLD(前頭側頭葉変性症)などの神経変性疾患とも関連しており、本知見は疾患脆弱性の進化的背景を示唆するものでもあります。

【今後の展開】

 本研究で特定した脊椎動物特異的に拡張したRBPドメインが、実際に神経機能にどのような影響を与えるか、モデル生物を用いた実験的検証を進めていく予定です。また、これらのRBPドメインに集中する疾患関連変異を解析することで、神経疾患の分子基盤の解明にもつながることが期待されます。

【参考資料】

■ 用語解説
・RNA結合タンパク質(RBP): 細胞内でmRNAに結合し、スプライシング・翻訳・安定性・局在などを制御するタンパク質群。ヒトには約3,000種が存在する。
・Pfamドメイン: タンパク質の機能的・構造的単位を分類したデータベース(Pfam)に基づくドメイン。本研究ではRBPファミリーの分類基準として使用。
・天然変性領域(IDR): 安定した三次元構造を持たず、柔軟に動くタンパク質領域。多くのRBPに存在し、タンパク質間・RNA間の相互作用を媒介する。ALSやFTLDなどの神経疾患との関連が知られている。
・液-液相分離(LLPS): 細胞内でタンパク質やRNAが液滴状の構造体(膜のない細胞小器官)を形成する現象。ストレス顆粒など神経機能に重要な構造体の形成に関与する。

【お問い合わせ先】

大学院統合生命科学研究科 数理生命科学プログラム
助教 安田恭大
Tel:082-424-4327 
E-mail:kyotay12*hiroshima-u.ac.jp

(*は半角@に置き換えてください)


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