広島大学大学院医系科学研究科 教授 野村 渉
Tel:082-257-5308
E-mail:wnomura*hiroshima-u.ac.jp
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本研究成果のポイント
- 遺伝子治療で広く用いられるアデノ随伴ウイルス(AAV)1本で送達可能な、小型SauCas9を利用した新たな細胞周期依存的ゲノム編集システムを開発しました。
- 10種類の抗CRISPR(Acr)タンパク質を解析し、SauCas9を強力に制御できる候補を特定するとともに、細胞周期に応じて機能する融合タンパク質の構築に成功しました。
- 開発したシステムにより、AAV送達条件下でも不要な変異(インデル)の増加を抑えながら、正確な遺伝子修復(HDR)効率を最大4.7倍向上させることに成功しました。
- 本成果は、より安全で高精度な体内遺伝子治療の実現につながることが期待されます。
概要
広島大学大学院医系科学研究科博士課程の松木依里奈大学院生、野村渉教授らの研究グループは、インビボ(in vivo:体内)遺伝子治療への応用を見据え、単一のAAV(アデノ随伴ウイルス)ベクターに搭載可能な小型のSauCas9を用いた細胞周期依存的ゲノム編集システムを開発しました。
本研究では、ゲノム編集における正確な修復(HDR)はS/G2期に活発化することに着目し、10種類の抗CRISPR(Acr)タンパク質から選別した有力候補をCdt1の特定のデグロン領域と融合。これにより、エラーを起こしやすいG1期ではSauCas9の活性を抑制し、HDRが活発なS/G2期に限定して活性化させることが可能となりました。
本システムをAAV2を用いてヒト細胞(293A細胞およびHeLa細胞)に導入した結果、標的遺伝子(EMX1)において、不要な変異の増加を抑えつつ、正確な遺伝子修復(HDR)効率を最大4.7倍に向上させることに成功しました。
本研究成果は、搬送容量の制限を克服し、体内での高精度かつ安全な遺伝子治療の実現に大きく貢献するものです。本研究成果は、令和8年5月6日付で学術誌「Molecular Therapy Advances」にオンライン掲載されました。
発表論文
論文タイトル
SauCas9-based cell cycle-dependent genome editing via AAV delivery
著者
松木 依理奈1、岸 果苗1、岸 彩音1、長瀬 興平2、濁川 清美1,2、野村 渉1,2,*
1. 広島大学薬学部
2. 広島大学大学院医系科学研究科 ※責任著者
掲載雑誌
Molecular Therapy Advances (IF=4.7)
DOI番号
DOI:10.1016/j.omta.2026.201751
※この研究成果は、科研費(JP22H02201, JP20K21253)、JST SPRING(JPMJSP2132)、JSPS J-PEAKS(JPJS00420230011)、武田科学振興財団、内藤記念科学振興財団、上原記念生命科学財団、持田記念医学薬学振興財団、鈴木謙三記念医科学応用研究財団の支援を受けて行われたものです。
背景
CRISPR-Cas9システムを用いたゲノム編集は遺伝子治療の切り札として期待されていますが、疾患の原因遺伝子をピンポイントで修正する「HDR(相同組換え修復)」は、エラーを伴いやすい「NHEJ(非相同末端結合)」に比べて効率が著しく低いことが最大の課題でした。これに対し本研究グループはこれまで、HDRが細胞周期のS/G2期にのみ活発になる性質を利用し、G1期ではCas9を休止させる細胞周期制御技術を開発してきました。
しかし、医療応用(in vivoデリバリー)に広く用いられるAAV(アデノ随伴ウイルス)は、搭載できる遺伝子の容量が約4.7kbと極めて小さいという障壁があります。これまで主流だったS. pyogenes由来Cas9(SpyCas9)は遺伝子サイズが大きく、制御カセットやドナー配列を同時に1本のAAVに詰め込むことが困難で、効率の悪い複数ベクターの併用に頼らざるを得ませんでした。
このため、AAV1本に収まる小型のCas9 orthologを用いた、自律的な細胞周期制御ゲノム編集基盤の開発が強く望まれていました。
研究成果の内容
本研究では、遺伝子サイズが約3.2 kbと小さくAAVへの単一パッケージングに適したS. aureus由来のSauCas9に着目しました。
まず、SauCas9の活性を必要時に抑え込むための「ブレーキ」として、10種類の抗CRISPR(Acr)タンパク質の阻害活性をスクリーニングし、AcrIIA5、A13、A14、A15、C1が極めて強力な阻害能を持つことを突き止めました。
次に、これらAcr群を、細胞周期のS/G2期に選択的にユビキチン・プロテアソーム系で分解されるCdt1の最小デグロン領域(30-120残基)と融合させ、gRNAおよびHDRドナーテンプレートとともにAAVベクターに集約しました。
このAAVシステムをヒト細胞に導入したところ、興味深いことに、強すぎる阻害剤よりも、適度な阻害・解離バランスを持つAcrIIA11+Cdt1やAcrIIA16+Cdt1の融合体において劇的な効果が見られました。G1期での適切な阻害とS/G2期での的確なリリースが達成された結果、標的遺伝子(EMX1)において、不要な変異(インデル)の過度な上昇を招くことなく、正確な遺伝子ノックイン(HDR効率)を293A細胞で約2倍、HeLa細胞で最大4.7倍へと大幅に向上させることに成功しました。
また、ベクターの最適導入比率(MOI)が1:2から1:5の間にあることも実証しました。
今後の展開
今回確立された「小型SauCas9×細胞周期制御Acr-Cdt1×単一AAVデリバリー」の統合システムは、体内の特定の組織や細胞に対して、最小限のパッケージ数で、極めて高精度な遺伝子修復を届ける強力なツールとなります。今後は、静止期の細胞が多くを占める成体組織での効果や個々の細胞の周期が非同期的な環境における効果の検証や、効率のさらなる最適化、ならびに大型の治療用トランスジーン(治療遺伝子)のインテグレーション検証を進めることで、難治性遺伝疾患に対する画期的な低侵襲・高精度のin vivo遺伝子治療製剤の開発へと繋げていきます。
【参考資料】
図1. AAVベクターを利用した自律制御型ゲノム編集機構の概要
図2. 細胞周期を利用したゲノム編集で相同組み換え型ゲノム編集効率が向上

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