第12回 中根 周歩 教授(大学院生物圏科学研究科)

新しい屋上緑化システムの提案

中根周歩教授

大学院生物圏科学研究科 環境循環系制御学専攻 環境循環系予測制御論講座
中 根 周 歩 (なかね かねゆき)教授

に聞きました。 (2009.4.9 社会連携・情報政策室 広報グループ)

プロフィール     

1978年大阪市立大学大学院理学研究科博士課程中退。広島大学総合科学部助手、講師、助教授を経て、92年教授。06年生物圏科学研究科教授。大学院生のころは森林の炭素循環の研究をしていた教授ですが、広島大学に着任してからは、松枯れや山火事など、森林保全へと研究分野を広げます。最近では、竹炭(ちくたん)を利用した屋上緑化による都市生態系の水循環の再生やヒートアイランド現象の抑制、CO2の固定などのテーマに取り組むなど、環境問題解決の可能性を探る研究に従事するかたわら、「CO2エコ・バイオ技術開発」プロジェクト研究センターセンター長としても多忙な日々を送ります。

 

ATM屋上緑化で電力削減

竹炭を利用した屋上緑化の推進を模索していた中根教授は、ATM(現金自動受払機)ボックスの屋上緑化に注目。ATMは、コンピュータの保守管理上、利用時間中エアコンを稼働して、室内温度を一定に維持する必要があります。屋上緑化でATMボックス内の温度の変化が抑えられると予測し、どの程度エアコンの消費電力が押さえられるのか実験を開始しました。
教授らは、屋上に粒状になった竹炭を敷き、セダムなど3種類の植物を植えました。水やりは、エアコンの排水をポンプで汲み上げ、自動的に散水するシステムを採用。2006年6月から2007年8月まで測定した屋上表面の温度は、緑化したATMでは、夏季に35度を超えることはありませんでしたが、緑化しなかったATMは80度まで上昇しました。冬季には、緑化しなかったATMがマイナス10度まで下がったのに比べ、緑化したボックスは0度以下になることはありませんでした。
「ATMの屋上緑化で、エアコンの消費電力を年間で25%削減(消費電力量300キロワット時、二酸化炭素では約2トン、電気料金では約8万円の削減)できることが分かった。屋上緑化は、地球温暖化だけでなく、コスト削減に繋がることが実証できたので、ATM用の設置費用約40万円は約5年間で償還できる。また、雨水を一時的にためるので、多くのビルが屋上緑化をすれば集中豪雨対策にもなる。今後の普及に力を入れたい」と力を込める教授です。

屋上緑化の仕組み

屋上緑化の仕組み

散水の仕組み(左下:貯水タンクで雨水を循環し、自動的に散水)

散水の仕組み(左下:貯水タンクで雨水を循環し、自動的に散水)

屋上緑化したATMと非緑化のATM

屋上緑化したATMと非緑化のATM

緑化ATM(夏季)の屋根裏温度の上限はせいぜい40℃(非緑化ATMでは70℃を超えている)

緑化ATM(夏季)の屋根裏温度の上限はせいぜい40℃
(非緑化ATMでは70℃を超えている)

緑化ATMの冬季の屋上表面温度(最低温度で5〜10℃上昇)

緑化ATMの冬季の屋上表面温度(最低温度で5〜10℃上昇)

電気料金の比較

電気料金の比較

電気料金の削減評価

電気料金の削減評価

ではなぜ、大都市のヒートアイランド現象が問題となる中、屋上緑化が進まないのでしょうか?

 

屋上緑化の問題点

大都市のヒートアイランド現象をやわらげるため、比較的空いている屋上を利用した緑化が注目されていますが、屋上は、夏の熱さや乾燥、冬の寒さが地表面と比べて一段と激しく、植物にとって大変に厳しい環境です。
また、屋上で植物を育てるためには、水を大量に含んだ土(貯水力・保水力)が必要です。屋上に乗せられる土の量、重さには制限(軽量化)がありますから、少ない土で育てるには、絶えず水やりをする必要(メンテナンス)もあるのです。
実際、これまでの屋上緑化は、雨水などを貯めるのではなく排水を前提としていたので、設備にお金がかかるだけでなく、設置後は絶えず大量の水やりが必要で、面倒な上に、多額の経費(水道料金や人件費など)が必要でした。

中根教授の著書『竹炭のふしぎな力』(後述)から抜粋

中根教授の著書『竹炭のふしぎな力』(後述)から抜粋

竹林の現状

竹細工、楽器、釣り竿や物干しなど、私たちの生活と密接に関わってきた竹材も、現在では、石油を原料とするプラスチックなどが竹材に変わる資材として登場し、竹材は大量に使う資材ではなくなっています。
春を代表する山菜であるタケノコも、最近では、安い外国産の輸入に押され、国産タケノコの収穫量が減っています。「タケノコは収穫しないとその年に大人のタケになるほど成長が早いんです」と、あっという間に森林を竹林に変えてしまう竹の脅威を心配する教授。竹の地下茎の太さは2〜3cm程度の細い根、しかも、深さ20〜30cmの浅い土壌のところに限られるため、土を捕まえる力や雨水を浸み込む力が弱く、従って、大雨で山崩れや洪水に弱い里山になってしまうといいます。
全国各地の里山では、竹やタケノコがほとんど利用されなくなったために放置された竹林が、周辺の森林や田畑を浸食し始め、造林地への侵入、里山景観の変化、生物多様性の減少、雑木林に生息する貴重な動植物の絶滅などを引き起こすなど、大きな社会問題となっているそうです。

近年の里山(東広島市)の風景。手入れされず、どんどん周辺の森林に拡大する竹林
近年の里山(東広島市)の風景。手入れされず、どんどん周辺の森林に拡大する竹林

近年の里山(東広島市)の風景。手入れされず、どんどん周辺の森林に拡大する竹林

ところが、この竹から造った竹炭は、貯水力、保水力に優れ、土の性質を変え、植物の生長を促進する効果が確認されています。教授は、竹炭製造で竹材を大量に使用する道が開けるとともに、私たちの身の回りの環境問題、温暖化などの地球環境問題の解決に、竹炭が大きな役目を果たしてくれると期待しています。 

 

竹炭のふしぎな力

竹炭は、竹材を窯の中で蒸し焼きにして作ります。窯の中では、酸素が不足しているので、高温でも炎を上げて燃えず(完全に燃えると灰になる)、燻っているうちに炭になります。
この竹炭を顕微鏡で見ると、薄い壁で囲まれた小さな孔が無数に並んで、ハチの巣のような構造をしているのが解ります。木炭と比較して、孔のサイズがより小さいものが多く、しかも孔と孔の間の壁が薄いことが、竹炭の貯水力を木炭の数倍とし、乾燥しても一旦貯水した水をなかなか手放さない性質と深く関係しているという教授。
また、1グラムの竹炭が数百〜1千平方メートルもの表面積を持つことは、たくさんの微生物に生活の場所を提供でき、大小いろいろなサイズの孔があることは、いろいろなサイズや種類の微生物が生活できることでもあるといいます。

電子走査顕微鏡で見た竹炭の表面。微細な孔があいている。
竹炭は炭の中でもずば抜けて、水を蓄える力が大きい。

竹炭は炭の中でもずば抜けて、水を蓄える力が大きい。

そして何より、竹炭は木炭よりも軽いのです。1立方センチメートルの重さは、竹炭が0.2〜0.3グラムであるのに対して、木炭(広葉樹、コナラやカシ)は、0.4〜9.45グラムです。屋上緑化用など、軽量であることが求められる資材として、竹炭が優れていることが証明されました。
炭の成分のおよそ90パーセントは炭素です。残りは酸素、水素、窒素、そしてカリウム、マグネシウム、カルシウムなどのミネラルです。カリウムやマグネシウムは竹炭の方が多く、カルシウムについては、竹炭の方が少ないのです。健康な土壌づくりを促進する力も備わっているのです。

表1:竹炭と木炭(ヒノキ)の性状比較

表1:竹炭と木炭(ヒノキ)の性状比較

表2:竹炭と木炭の成分の割合(%)の比較

表2:竹炭と木炭の成分の割合(%)の比較

さらに驚きの効果が…

「竹炭には、水を浄化する働きもあります」と教授。汚れの中に含まれている栄養素を、竹炭の中に住む微生物が吸収して、それらの栄養素が微生物から植物の根に吸収され、その成長を促すといいます。水槽の中に竹炭を入れ、きれいな水にしか住めないメダカを3年間飼いつづけ、その間、一度も水の入れ替えや水槽の掃除をしなくても、水槽の水は透き通ったままで、水質検査をしたところ、水道水とほぼ同じといえるほどきれいな水だったそうです。余分な餌やメダカのフンを、竹炭に付着する微生物が分解してくれたと考えられます。このように、竹炭には、貯水・保水、植物の生長促進、水質浄化という効果が同時に備わっているのです。

竹炭を使った水質浄化の実証実験

竹炭を使った水質浄化の実証実験

“ひらめき”をかたちに

2001年夏、ある会社の社長さんが中根教授のもとを訪れます。「タイで竹炭を大量に作る事業を進めているが、利用先に悩んでいます」と相談する社長の話を聞きながら、教授の目と耳は「屋上緑化でクーラーなしでも過ごせます。しかし、その設備、特に水やりの設備に困っています」と報道するテレビに釘付けに。「屋上緑化の土壌に竹炭を入れれば、ひょっとして、水やりが楽になる、いやいらなくなるのでは」とひらめいた教授は、本学生物圏科学研究科の屋上で、屋上緑化の土壌に竹炭を入れた場合の効果を測定する実験を開始しました。

屋上実験風景(広島大学大学院生物圏科学研究科)

屋上実験風景(広島大学大学院生物圏科学研究科)

タイの山岳民族の人びと

タイやミャンマーなどの山岳民族の人びとは、貧しさ故、お金になる麻薬の一種であるケシを栽培していました。タイ王室と政府は、犯罪防止のためケシ栽培を厳しく禁止する一方、貧困対策として竹の植林と、竹を焼いた竹炭製造などに注目します。タイ国境の山岳地域を管理するタイ国軍が中心となって、財団を設立し、竹の伐採(跡地には植林)、竹炭の製造方法などの指導・普及を行ってきました(注1)。
現在では、この竹炭は首都バンコクなどの大都市の屋上緑化に利用されたり、タイ王室の許可のもと、日本へ輸出されたりしています。

(注1)タイには国境付近に500万ヘクタールにおよぶ竹林があるといわれています。しかも、日本の竹と比べると竹筒の「肉」が厚く、そのため、保水力の良い良質の竹炭ができるといわれています。ラオス、ミャンマーの軍隊が、一緒に竹の植林、竹炭製造を行うことを申し入れて、2004年には、3カ国間でこれらの事業を共同で行う協定が締結されました。これ以降国境紛争がなくなり、竹炭が国際平和に大きな貢献を果たしているそうです。

タイ山岳地域の竹林と竹の苗床と植林作業

タイにおける成果をもとに

2003年には、この財団の要望で、中根教授らの研究チームがタイを訪問し、タイ国第三軍の司令部の屋上で、竹炭が屋上緑化の土壌の保水材としてどれほど効果があるのかという実験を行いました。
実験が行われたタイは乾期(2月〜3月にかけて滞在)で、雨がほとんど降りませんでした(滞在中の1カ月の降水量は8ミリ)。しかも、日中の屋上の気温は40℃です。最初に水やりした後は一切散水しませんでしたが、植物は枯れず、土壌の温度も30℃以下に抑えられていました。

土壌湿度の変化の比較
土壌温度の推移

教授らは、タイでの研究成果を元に、土の下に竹炭を敷いたボックスと、土だけのボックスを用意し、ラズベリー、ローズマリー、ブルークローバー、オリーブやキンカンなどいろいろな植物を本学総合科学部の屋上に植え、成長の様子を追跡します。その結果、殆どの植物で、竹炭を敷いた方が生長量が大きく、また寿命も長いということがわかりました。

大学屋上での植物生育実験

大学屋上での植物生育実験

土の下に敷く竹炭の厚さを徐々に増やし、一切水をまかず、雨水だけで芝を育ててみると、竹炭が厚くなるほど生育が良くなることも解りました。真夏には太陽光で焦げていまいそうな屋上という環境でも、竹炭が植物の生長に欠かせない水や栄養を与えてくれることを証明するデータが得られました。

竹炭を敷く厚さを変えて、竹炭を敷かなかった場合と芝の生育状況を比較

竹炭を敷く厚さを変えて、竹炭を敷かなかった場合と芝の生育状況を比較

実用化に向けて

竹炭が大量に水をため込むことから、土の量を減らすことができ、竹炭自体も軽い資材であるため、一層の軽量化が可能となります。しかも、竹という自然素材から作った竹炭は土の中で腐ることがなく、変質もしないそうです。だから、何度でも再利用が可能で、ゴミの減量化に寄与する資材でもあると力説する教授です。
竹炭の下に敷く発砲スチロールも、偶然の出会いから誕生(注2)した多機能ボード「TECOフォーム」に変更。廃プラスチックを再利用したこのボードは、何度でも使用できる循環型資材で、非常に軽くて、丈夫で長持ち、プラスチック製ボードとしては初めてのエコマーク第一号に認定されています。広島県のリサイクル製品第一号にも登録され、広島市の工業技術試験研究所の検査で、少なくとも20年以上の耐久性があると認められました。教授は、コンクリートの寿命に負けない寿命(建物立て替えまでそのまま使用できる)が期待できるだけでなく、屋上にボードを敷くことで、屋上の表面が劣化することを防いでくれる利点もあるといいます。
竹炭とこの多機能ボードを組み合わせた実験で、つぎつぎと驚きの結果が得られ、「地球温暖化に関する環境問題」などに共通の問題意識を持ったさまざまな業種6社が結集。広島県中小企業団体中央会の運営・支援、広島県立総合技術研究所西部工業技術センターの技術支援を受け、2005年、産学官連携による新規植物育成システムを行うガイア協同組合が誕生します。

(注2)広島大学産学連携センターが開催した産学官のマッチング(お見合い)の席上、たまたま席が隣になったのが縁で始まった協同組合テコフォーム広島との共同研究が、廃プラスチックを利用した高強度・軽量化・低価格・作業性に優れた多機能ボードを使用した屋上緑化の新しいシステム“バンブーテコガーデン”の開発に繋がります。

 

今後の課題と期待

国や地方公共団体の推進などで新聞紙面を飾ることが多くなった屋上緑化。国土交通省は、屋上緑化施工面積(平成12年〜16年分)調査により、5年間で2.5倍以上の増加になったと調査結果を発表しています。

各年別全国屋上緑化施工面積

国土交通省全国屋上緑化施工面積調査(平成17年6月30日)
    
      

中根教授は、人為的CO2排出を、これまで、森林や海が光合成をよりアクティブに行うことで凌いできましたが、これからも同じようにCO2を吸収してくれるでしょうかと問いかけます。これまでの100年で0.6℃上昇した気温は、これからの100年で平均4℃上昇すると予測され、そうすると光合成が追いつかなくなるのです。
教授は「こう考えてくると、期待されるほど屋上緑化が進んでいるとは思えません。コストとメンテナンスがネックとなっていると考えられますが、竹炭を使うことで両方の問題が解決されるので、竹炭による新たな屋上緑化の普及に力を入れたい」と意気込みを語ります。使われなくなった竹林をもう一度利用し、里山の人びとの生活の糧として復活させることが、里山の活気を取り戻し、災害を未然に防ぐ手立てにもなると期待します。
「コンビニが屋上緑化したら、節約される電気代ですぐに初期の設備投資は還元されます。全国のコンビニで屋上緑化が実現したら、どれだけのエネルギーが節約できるかと考えただけでワクワクします」と、あくまでも熱い教授です。

「普及に力を入れたい!」と語る中根教授

「普及に力を入れたい!」と語る中根教授

「ゴルフ場の導入実験で、散水が従前の1/3、肥料や農薬が半減という結果がでているそうです。1年中緑のじゅうたんが楽しめて、しかもメンテナンスが楽になるうえに、経費も節約できる。乾燥地域の中国や韓国のゴルフ場でも需要が見込める。特に中国ではこれからゴルフ場建設が多く計画されているようなので、ぜひこの緑化システムを使用して欲しい」とも。
砂漠化の防止にも一役買ってくれそうな竹炭への期待がふくらみ、学校のグラウンド、都会のビルの屋上もと教授の夢は広がります。帰国して自国の環境問題解決の先導役を果たしてくれる留学生たちの指導に力をいれる教授ですが、2008年4月には、このような竹炭の魅力を小学生にも知って欲しいと、『竹炭のふしぎな力—温暖化対策の可能性をさぐる』(小峰書店)を発行しています。

『竹炭のふしぎな力—温暖化対策の可能性をさぐる』(小峰書店)

『竹炭のふしぎな力—温暖化対策の可能性をさぐる』(小峰書店)

>小峰書店シリーズ【自然とともに】の頁

 

あとがき

「新しい緑化システムで都会のビルの屋上を熱帯雨林に!」と熱く語る教授に、取材する筆者も元気が湧いてきました。エネルギーを創り出す「太陽光発電」や「小型風力タービン」、片やエネルギー消費を抑制する「屋上緑化」。屋上に設置する太陽光パネルと屋上緑化ガーデンはスペースを取り合う関係だけど…どっちにしよう?と悩んでしまった取材でした。(O)

竹炭を敷いた屋上の水田
昨年総合科学部屋上で収穫したコシヒカリ

昨年総合科学部屋上で収穫したコシヒカリ。今年の田植えに使う予定です。


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