第24回 角屋 豊 教授(大学院先端物質科学研究科)

ナノサイズの光アンテナを開発!-受信電波が増大する不思議な金属棒はどこまで小さくなるのか?-

角屋 豊

大学院先端物質科学研究科 量子物質科学専攻 量子物質科学講座 角屋 豊(かどや ゆたか)教授

に聞きました。 (2010.4.27 社会連携・情報政策室 広報グループ )

研究の概要

角屋教授らの研究チームは、80年前に日本で発明された「八木・宇田アンテナ(注1)」を応用したナノスケールバージョンの光アンテナを開発しました。これは光の持つ波動性(反射、屈折などの現象を引き起こす性質)を利用したものです。

(注1) 数本の金属棒を平行に並べた魚の骨のような、電波を受発信するテレビなどのアンテナで、発 明者の名前から命名されています。

世界中の屋根には現在も、テレビ電波の受信のための八木・宇田アンテナを見ることができます。今回、ナノレベルに縮小し、若干の修正を加えた極小アンテナは、指向性(電波の、ある方向に強く発信される性質)が高くて強い電波を受発信できる八木・宇田アンテナを100万分の1のサイズで実現したもので、光の高度な指向性制御が可能となります。

この研究成果は、3月15日付け科学誌「Nature Photonics(電子版)」で発表され、冊子版5月号に掲載されました。なお、冊子版5月号では表紙を飾っています。(http://www.nature.com/nphoton/index.html)
また、国内ではネイチャーダイジェスト4・5月合併号(日本語版4/25発行)に、紹介記事が掲載されました。

 

コーヒーブレイクで、ブレイクスルー

角屋教授は量子情報生命科学国際プロジェクト研究センター(広島大学プロジェクト研究センターのひとつで、量子物理学と生命科学の融合を目的に設置)のセンター長を務めています。センターでの研究の一つに、生物発光の研究があります。生物が発する光は、光自体が弱い。教授は、弱い光を集めて一定方向に出す方法はないかと模索していました。

教授のもともとの専門は光デバイスの研究です。以前から進めていたナノメートルサイズ(ナノメートル=1メートルの10億分の1)の金属を配列させることで、この問題を解決できそうだと漠然と考えていた教授は、同僚であるホフマン・ホルガ准教授(先端物質科学研究科・電磁波研究)とコーヒーを飲みながら雑談していた時に、「光を特定の方向に出すのならアンテナ型にすればいい」というアドバイスを受けます。光も電波も同じ電磁波の一種。八木・宇田アンテナを応用した光アンテナ開発が本格的にスタートします。

 

理論では可能なナノサイズのアンテナ

ホフマン准教授の理論を基に、アンテナの設計はすぐにできました。
ところが、その設計にあわせて実際にアンテナを作製するまでが大変でした。

八木・宇田アンテナは、受信する電波の波長や特性に合わせて作られているため、それぞれ形状や大きさが違います。
アンテナの金属棒の大きさは、電波の波長によって決まるのです。

広島大学法人本部棟屋上のテレビアンテナ

左の長い棒のアンテナがVHF用、右の短い棒のアンテナがUHF用

 

アナログのUHFの波長(300MHzから3GHz)は、VHFの波長(30MHzから300MHz)より短いため、アンテナも小さくなっています。光の波長は電波の波長と比べて極めて短いだけでなく、光の領域ではアンテナを構成する金属が電波の領域とは異なる性質を持つため、アンテナはそれ以上に小さなものを作らなければなりません。今回開発したアンテナも、性能のいい光学顕微鏡で最大限拡大しても、形がわからないほど小さなものです。

光学顕微鏡で見た光アンテナ(赤い波線の丸の中に見える中央の点が、アンテナ)

そのため、光アンテナの作成には電子線リソグラフィーという装置を使用しました。
ICなどの集積回路を作るのに利用するのが光リソグラフィーという、光を使う装置です。電子線リソグラフィーは、それよりもっと細かい細工をするため、光より小さくできる電子ビームを利用して作業する装置です。

電子線リソグラフィー

なぜそんなに細かい作業が必要なのでしょうか?
どんなに小さいアンテナであっても、縦・横・高さの割合や形を正確に作らないと、正常に動作しないからです。
この難題に挑戦したのが、当時博士課程後期の学生だった小迫照和さん(現在は篠田プラズマ株式会社勤務)です。小迫さんは、角屋教授のアドバイスを受けながら、1年以上の時間をかけて、ついにこれを成し遂げました。特にアンテナの高さ(厚み)を合わせるのに苦労したといいます。

 

完成した光アンテナ

これは電子顕微鏡を使って撮影した光アンテナの写真です。
顕微鏡で利用するスライドガラスの上に作られています。

スライドガラス上に作製した光アンテナ(電子顕微鏡で撮影)

完成した光アンテナの大きさは、通常の八木・宇田アンテナの100万分の1のサイズで、500ナノメートルの範囲に、長さ75~125ナノメートルの金の棒5つで構成されています。あまりに小さいため、電子顕微鏡で見てもはっきりとはわかりません。
ただ、左から2番目の部分が斜めになっているのはよく分かります。
この斜めになっていることが一番重要なところで、ここに外部からの小さな刺激(波長662ナノメートルの赤色光)を当て反射させると大きな振幅を引き起こし、一定の方向に強い光が放たれるのです。

このナノアンテナを使用すれば、ナノスケール光源(個々の分子や半導体量子ドットなど)からの光の放出と検出の両方の増強が可能になり、小さな弱い光でも、センサーを利用して計測・判別することや、光を用いた分子などの分析をより効率的にさせることが可能となります。また将来的には、分子と分子の間を光で通信させることや、未来の情報通信技術として期待されている、量子コンピューターや量子通信などで用いる単一光子源(光の粒である光子を1個づつ発生させる装置)の性能向上にもつながることが期待されます。

光アンテナの可能性について語る角屋教授

計測への遠くて長い道のり

試行錯誤の末作製したアンテナでしたが、そのアンテナが実際に光を一定方向だけに出しているのかどうかを計測する作業は、困難を極めました。
アンテナ自体が非常に小さく、また、ごく限られた一定方向だけに光を出しているため、計測する場所を正確に特定するだけでも大変な作業です。
小迫さんは、本学技術センター技術職員の谷口弘さんの強力な支援のもと、写真のような特殊な測定器を開発します。何度も失敗を繰り返しながら計測を行い、実際に測定に成功したのは、アンテナが完成してから更に1年後でした。

小迫さんの開発した測定器

広大から世界へ羽ばたけ!

角屋教授の指導方針のひとつに「国際学会を含めて、出来るだけレベルの高い学会で発表してもらう」というものがあります。実際に、毎年研究室から2~3人の学生が国際学会で発表しているそうです。
小迫さんは、この分野で最もレベルの高い国際学会で今回の研究成果を発表しました。
そして、日本における応用物理学会の講演奨励賞も受賞しました。
「今回の成果は、広大生がこのような国際間研究競争に参加して、世界のトップレベルの研究者たちと互角以上に渡り合えることを示しており、皆さんも、大いに自信を持って頑張って欲しい」と角屋教授。
また、このWebサイトを見ているかも知れない高校生にもメッセージを贈ります。「ぜひ広島大学に来て、世界を相手に、一緒に研究や開発の団体戦を戦いま しょう」と。

ネイチャーフォトニクスが開催した記者会見(東京)で(写真提供Chris Gilloch氏)。
左からホフマン准教授、角屋教授、小迫さん

あとがき

何の知識もない私に角屋先生は、まず「光」の説明から始めてくださいました。非常にわかりやすく、丁寧な説明に、「へ~」「うそ~」の連続で、みるみる先生のペースに嵌っていきました。目で見ることの出来ない世界の話ですが、先生の説明を聞いて、スライドガラスの上に作られた金色のアンテナが想像できるようになりました。
「学生といえども一人の研究者。研究室では対等の関係です。勿論指導はしますが、自由な発想で研究できる今の環境を大切にしていますし、気に入っています」と。また、基本に立ち返って新しい光デバイスを開拓してゆく、前任の山西正道教授(元副学長、名誉教授)からの伝統が、このようにして受け継がれていくんだと、ふと「広大ブランド」という言葉が頭を過ぎりました。緊張した初めての取材でしたが、さわやかにハッピーに終わりました。(T2)


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