第29回 古本 強 准教授(大学院理学研究科)

世界初、植物成長のカギとなる遺伝子の発見!

大学院理学研究科植物生物学講座 古本 強(ふるもと つよし)准教授

に聞きました。 (2011.9.16 社会連携・広報・情報室 広報グループ)

 

はじめに

大学院理学研究科生物科学専攻の古本強准教授が同専攻の嶋村正樹助教らと行った、葉緑体に関する研究成果が、平成23年8月25日付けの英国科学学術誌『Nature』に掲載されました。その成果とは、葉緑体内で行われている光合成代謝の中心を担うピルビン酸を葉緑体内へ輸送する働きを持つ遺伝子を世界で初めて特定したというもの。これにより、光合成におけるピルビン酸輸送機構が明らかとなり、バイオテクノロジーへの応用が期待されています。

英国科学学術誌『Nature』オンライン版掲載ページ

小学校の理科でも登場するほどおなじみの「葉緑体」。その最先端を行く研究成果について、古本准教授にインタビューしました。

 

光合成をしない葉緑体?

古本准教授の専門は植物生理学。なかでも、植物の葉緑体内で行われている光合成について、長年研究を行っています。

そもそも葉緑体の働きとは、光と二酸化炭素を使って光合成を行い、植物の成長に必要な栄養素を作り出す、というのが多くの人が持っている認識ではないでしょうか。

ところが、「それだけではないのです」と古本准教授は言います。

植物は、C3型の光合成をする「C3植物」と、C4型光合成をする「C4植物」の2種類に分類することができます。Cとは炭素原子、その後の数字は光合成に使用するCの数を表します。つまり、C4植物はC3植物よりも多くの炭素原子が含まれ、より効率よく光合成代謝を行えるよう進化を遂げたものなのです。おなじみの植物を例に挙げると、イネやコムギはC3植物に属し、サトウキビやトウモロコシはC4植物に属します。

では、この2種類の植物の光合成回路には、一体どのような違いがあるのでしょうか?

それは、C3植物では、すべての葉緑体内で光合成が行われているのに対し、C4植物では光合成を行う葉緑体【1】と、それ自身では光合成を行わず【1】に二酸化炭素を送り込む役割のみを担う葉緑体【2】が存在していることなのです。この葉緑体【2】はかなり活発に働き、ひたすら二酸化炭素を【1】に送り続けるため、C4植物ではC3 植物と比較して70倍もの二酸化炭素濃度を保つことができます。そのため、C4植物はC3植物よりも優れた光合成能力を持っており、C3植物に比べ格段に早く成長を遂げることができるのです。

C3植物とC4植物の光合成回路 C4植物の青い円にそって二酸化炭素が輸送される

皆さん何か作物を植える前、綺麗に抜き取ったはずの雑草がいつの間にか生えてきて、後から植えた作物よりも伸びてしまったということ、ありませんか?それは、多くの雑草がC4植物の光合成回路を持っているからなのです。古本准教授によれば、全ての植物は二酸化炭素が足りなくて困っているほどなのだとか。二酸化炭素の削減が叫ばれている中、なんだか意外ですね。

 

世界初!ピルビン酸輸送体の解明

では、C4植物がC3植物の70倍もの二酸化炭素濃度を保つほど活発に光合成を行うことができるカギとなるものは一体?

C4植物の葉緑体【1】と【2】の間の二酸化炭素輸送を担っているのは、ピルビン酸という物質です。そして、このピルビン酸が二酸化炭素輸送を行うために葉緑体の膜を通過させる「なにか」が存在しているということはこれまでの研究で明らかになっていました。しかし、「なにか」が一体何なのかということは長年解明されず、研究者の間で大きな壁となっていました。

古本准教授らの研究グループは、ある植物を実験に用いることによってこの「なにか」が何であるのかを、世界で初めて解明することに成功しました。

実験に使用したのは、フラベリア属という植物。フラベリア属には、C3植物、C3植物からC4植物への移行期であるC3-C4植物、C4植物の3つがそれぞれ存在しています。そのため、各段階における光合成回路の比較検討を行うには最適の素材なのです。現在、このフラベリア属のように植物独自の進化を遂げる前後両方の存在が確認できているものは世界中を探しても僅か数種類のみ。かなりの稀少価値を持つ植物なのです。

フラベリア属の植物

古本准教授は遺伝子配列の比較などの予備検討の結果、このフラベリア属を用いて研究を進めることを決めました。

「この植物にたどり着けたことは、この研究にとって大きなポイントであり、成果につながりました」と古本准教授は言います。

このフラベリア属の植物を用いた遺伝子発現解析を行った結果、すでにC4光合成の主要遺伝子として特定されているもののほか、「BASS2」と名付けられた遺伝子が多く検出されました。その後、ほかのC4植物についても検証を行った結果、この遺伝子こそが、ピルビン酸輸送を担うことが解明されたのです!

 

研究の方向性を決定づけた論文との出会い

学生時代は京都大学で植物学を専攻していた古本准教授。在学中、これからの研究人生を大きく左右する1本の論文に出会いました。

その論文とは、当時埼玉大学に在籍し植物の光合成研究を行っていた金井龍二教授(1999年退官)の書いたもの。トウモロコシの葉細胞を、葉肉細胞と維管束鞘細胞の2種類に分離する技術の確立に成功したという、光合成研究にとってはかなり画期的な内容でした。

古本准教授はこの技術と、自らが得意とする分子生物学的手法を結びつけることを思いつき、その結果、現在の進路を選択することに決めたそうです。

ただし、古本准教授が目指した葉緑体ピルビン酸輸送体の特定については、これ以上解明は不可能であるとして研究者たちが避けて通っていた、先行研究が僅かな分野。もちろん、当時所属していた研究室での研究内容とも全く異なるもの。

それでも古本准教授は自分の興味に正直に、研究を進めていくことを選びました。

 

広島大学だからこそ、為し得た研究

実験に際し、特殊な装置が必要になることはよくあること。

研究を進めていく上で交流のあった埼玉大学の研究設備を自分の研究室でも再現しようと、装置の一部をお借りし、「これと同じものを!」と業者へ見積りを依頼したところ、40万円という額にびっくりしたそう。当時の予算ではとても無理・・・と諦めかけていましたが、最後の望みをかけて広島大学の金属加工場に製作を打診したところ、なんと数千円で製作可能との回答が!設計図もないのに、正確に作り上げてくれました。

「必要な装置を自分たちで供給できるというのは、研究者にとってはとても頼もしいことです」と古本准教授。

広大金属加工場で作成した金属装置。これがなければ研究は不可能でした。

また、遺伝子解析実験を行うために欠かせないのが、RI(放射性同位元素)実験施設。放射性物質を用いることによって、遺伝子の発現解析を行う施設です。この施設は、その特性から、全国どこにでもあるわけではなく、国立大学を例に挙げても限られた大学にしか設置されていません。広島大学自然科学研究支援開発センターアイソトープ総合部門には様々な実験に必要なRI実験施設が完備されており、学内者であれば自由に利用することができます。

「金属加工場とRI実験施設、この2つの施設のサポートを受けられることは、今回の研究にとって大きなメリットであったと同時に、広島大学ならではの強みですね」と古本准教授は語ります。

 

植物の進化過程の解明を目指して

長年の研究成果を世の中に向けて発表した今、今後の研究として古本准教授が思い描いているのは、C3植物からC4植物への進化の過程を探ること。これが解明できれば、C3植物の光合成回路をC4植物のような光合成回路に進化させ、植物の成長を早めるなど、バイオテクノロジーへの応用が期待できます。

例えば、世界の主食の1/3を占めているイネは、C3植物です。このイネの成長を早めることができれば、収穫量の増加が見込め、世界中が直面するであろう食糧難にも多大な貢献ができるのです。

古本准教授は「今回の研究成果の発表を受け、世界中で様々な研究が進められるでしょう。その中でも私は、より実践的でオリジナリティのある、他にはできない研究を進めていきたいですね」と今後の研究に向けての熱意を語りました。

これからの展望を語る古本准教授

あとがき

理科の授業でおなじみの光合成、まだまだ解明されていないことがたくさんあるのですね。
お話を聞きながら首を傾げる筆者に、たとえ話を交えながら丁寧に説明していただきました。
今回発表となった研究成果は、お話を聞けば聞くほどミクロの世界の出来事のように感じます。しかし、この成果をきっかけに世界の食糧難に対応できるかも…という、グローバルな視点からの展望を聞き、いつでも広い視野で物事を捕らえている先生に驚かされました。
バイオテクノロジーへの応用は、植物の成長促進だけでなく、逆に成長を阻害するという面からも考えられているそうです。近いうち、草むしりをしなくてもきれいな庭や畑が維持できるような時代が来るかもしれないですね。(S)


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