第39回 長谷川 博 准教授(大学院総合科学研究科)

最新研究を基に、効果的な暑さ対策を提唱!研究と現場の懸け橋を目指す

大学院総合科学研究科 総合科学専攻 行動科学講座 長谷川 博(はせがわ ひろし)准教授

に聞きました(取材:広報グループ 2014.11.12)

はじめに

「運動生理学」と「環境生理学」が専門の長谷川先生。今年7月に行われた学会では「運動時の体温調節機構における脳内神経伝達物質(ドーパミン)の機能的役割に関する研究成果」で最優秀口頭発表賞を受賞しました。

また指導する鬼塚純玲(おにつか・すみれ)さん(総合科学研究科博士課程後期1年)と中国からの留学生・鄭鑫焱さん(てい・しんえん)さん(総合科学研究科博士課程後期3年)が国内および国際学会で賞を相次いで受賞。こうした研究と教育活動の両面での功績が評価され、平成26年度広島大学学長表彰を授与されました。

その他にも、応用研究では海外のメーカーと共同してクーリングジャケット(冷却ベスト)を開発してスポーツ活動時の熱中症予防に貢献したり、部長兼監督を務める広島大学女子サッカー部を13年ぶりに全国大会へ導いたりと、多方面で活躍されています。

基礎から応用に至るまでさまざまな研究を行いながら、教育や社会貢献においても顕著な成果を出している長谷川先生に、最新の研究や学生たちへの思いを聞きました。
「第13回(平成26年度)広島大学長表彰の授与式」の様子はこちら

 

ドーパミンが体温調節に関係していることを解明!

ドーパミンとは興奮性の神経伝達物質の一種であり、運動により脳内での放出量が増大することがわかっています。長谷川先生は、脳内のドーパミンが体温調節機構や運動能力に関わっていることを明らかにしました。

先生がドーパミンに着目したのは、あるアスリートの不幸な事故がきっかけでした。

「昔、競技前に中枢興奮作用を持つ物質を摂取した外国人アスリートが、競技中に亡くなりました。死因は熱中症と推測されましたが、どのようなメカニズムで死に至ったのかは詳しく解明されていませんでした。そこで私は、ラットを用いた動物実験により暑熱環境下で激しい運動をしたときに起こる体温調節反応と脳の変化を調べました。実験の結果、運動中は脳内の視床下部のドーパミンの放出量が増大しており、ドーパミンが運動時の体温調節に関係していることがわかりました」と先生。
その後、薬理刺激により脳内のドーパミン量が増加すると、運動能力が向上することも明らかになりました。これらの実験結果は、以前、日本学術振興会の海外特別研究員として留学したベルギーでのヒトを用いた運動実験においても検証しました。しかし、ドーパミンが増大しても身体そのものには限界があり、そこに暑さなどの環境要因が加わると、最悪の場合、前述のアスリートと同じように死亡事故につながると先生は指摘します。

「このような話をすると、ドーパミンが悪い物質のように聞こえますが、逆にドーパミンが不足すると、手や足にふるえが現れるパーキンソン病などを発症すると考えられています。つまり、体温調節にも運動機能にも脳内のドーパミンがバランスよく放出されることが重要なのです」と先生は力説します。

最新の研究成果について話す先生

勝利の鍵は、暑さ対策にあり

基礎研究に加え、「暑さ対策」を軸とした応用研究にも先生は力を入れています。

「基礎研究で『熱中症に至る生理的なメカニズム』は明らかになりつつあるので、応用研究にも積極的に取り組んでいます。『熱中症にならず、最高の運動パフォーマンスを発揮するにはどうしたらよいか?』ということを考え、対策を立てます」と先生。

サッカーワールドカップやオリンピックなどの国際大会は、暑い環境下で行われているのが現状です。2020年の東京オリンピックも、日本で熱中症が最も起こる7月下旬~8月上旬に開催が予定されています。

「そうした過酷な環境下でも、多くのアスリートがメダルを獲得できるように効果的な暑さ対策を考えていきたい」と先生は意気込みます。

 

暑さ対策グッズの開発

先生は、対策の「提言」だけでなく、メーカーと共同で暑さ対策グッズを開発する「実践」にも挑戦しています。暑熱環境下で、アスリートが運動パフォーマンスを維持するため、国内のスポーツ用品メーカーやスポーツドリンクを扱う飲料メーカー、エアコンなどの空調メーカーと共同して、暑さ対策に関する研究をしているそうです。

特に、飲料メーカーとは「スポーツドリンクをどのようなタイミング、飲み方、量で飲めば、熱中症を予防し、汗の効率がよくなるか、さらに運動パフォーマンスを維持できるか」という研究を進めていると先生は話します。

「注目したのは、飲み物の温度です。私の研究室の中には、アイススラリーという(氷点下1度)冷たいスポーツ飲料と普通のスポーツ飲料を飲み比べた場合、スポーツ活動時の運動パフォーマンスや体温、さらには脳内の情報処理機構に及ぼす影響について研究している大学院生もいます」と先生。

また「暑さ対策は、なにもアスリートに限った話ではない」と先生は指摘します。特に、2020年の東京オリンピックでは、オリンピック史上最も過酷な大会となることが予想されているため、ボランティアスタッフを含めた大会関係者、観戦者などすべての人々に対する暑さ対策も重要な課題となるそうです。

 

日本サッカー協会を動かした過去

現在、基礎研究と応用研究の両方に力を注ぐ長谷川先生。しかし、「最初は研究の道に進むつもりはなかった」と先生は言います。「大学3年生のとき、運動生理学を研究していたサッカー部の先輩から運動実験の被験者を依頼され、実験に協力し、その内容に興味を持ったのが研究を始めたきっかけです。体温や心拍数などの生理反応を測定するため、約40度の暑熱環境下で自転車をこいだり、約20度の水温のプールで泳いだりしました。そのうち自分自身が実験する側になり、気がつけばいろいろな実験をする面白さにすっかりハマっていました」と先生。さらに研究にのめり込んだきっかけは、日本サッカー協会での仕事だったと先生は振り返ります。

日本では夏に全国大会が集中するサッカー。大会に出場した多くの青少年サッカー選手が、運動パフォーマンスを悪くしたり、バテたりしているのは明らかでした。そこで、当時大学院生だった先生は、夏季の小学校、中学校、高校の全国大会において環境条件と選手の飲水量や発汗量、体温といった生体負担度を調査したいと協会に提案しました。

「サッカー協会の許可を得て、私に実験の面白さを教えてくれた先輩と一緒に数年をかけて調査・研究したところ、育成年代におけるサッカー選手が試合中に3~4%程度の脱水を起こしていることがわかりました。これは『選手たちが暑熱環境下における試合中にほとんど水分を摂取していない』ということを意味しました」と先生。

そこで、先生らは選手たちの現状をまとめた報告書を協会に提出するだけでなく、学会や報道機関での発表を通じて、選手たちの生体負担の大きさやルールなどの問題点を指摘しました。その結果、サッカー協会は1997年にルールを改正し、「暑さなど環境条件が厳しい場合、高校生年代以下と女子の試合では、前半と後半の間に一回ずつ水分補給を行えるよう、休憩をとる」、いわゆる『ウォーターブレイク』を設けることになりました。現在ではこのウォーターブレイクはユース年代だけでなく、ワールドカップなどでも取り入れられるようになってきました。

「『研究成果で現状が変わる』ということを実感した瞬間でした。指導している学生たちにも同じような体験をしてもらいたいと思います」と先生は語ります。

研究にのめり込んだという大学院生時代を振り返る先生

「三カン」のススメ

先生が学生を指導する際、「三カン」を大切にしています。三カンとは、『関心』『感動』『感謝』の頭文字。なぜこの3つの言葉なのでしょうか?

「学生は『関心』を持ったから、私の研究分野や研究室を選んだわけです。関心を持ったテーマに関して、とことん考え、責任を持って最後までやり遂げてほしいと思います。また『よくぞここまで!』と自分のやってきた行動に『感動』するくらい実験と検証を繰り返してほしいです。さらにプロフェショナルを目指すのであれば、学会などで発表する際、聞いている他の研究者たちを『見事な研究だ』と『感動』させないといけません。そして、研究をやり遂げたとき、また成果を発表し、ある程度評価されたとき、『これはすべて自分一人の成果』と考えるのではなく、『研究を手伝ってくれた後輩や、データを見ていろいろとアドバイスしてくれた先輩や仲間たちのおかげで、評価された』という『感謝』の気持ちを忘れないでもらいたいです。さらに『チームだからこそ結果を出せたし、国内外に共同研究者がいる』という『喜び』を持ち続けてほしいと思います」と先生。

先生は、この『三カン』を学生に実感してもらうため、先生自身からあまり口うるさく指導しないように気をつけていると言います。個人の意見や行動を尊重し研究を任せてみると、学生からはさまざまなアイデアが出てくるそうです。

トライアスロン部の選手を用いた実験。
冷たい飲料の摂取が脳血流調節、体温、運動能力にどのような影響があるのかを検証します。

エアロバイクをこいで、運動時のデータを収集する学生たち

研究室はチームワークが命!楽しい雰囲気作りにも注力

先生は学生が自由に研究できるよう、研究室の雰囲気づくりも心掛けています。

「最近では、ゼミのメンバーで尾道やしまなみ海道へサイクリングに行ったり、10月にゼミ新入生の歓迎会を行ったりしました。私のゼミでは楽しいイベントが多いですね。とはいえ、『実りの秋になりました。実験を本格的に行うシーズンです』と研究室のホームページに書き込み、ときには学生の奮起を促したりもします。研究室はサッカーチームと同じで、個人、全体が成果を出すためにはチームワークが必要。それをよくするためにも、雰囲気づくりがとても重要なのです」と先生。

先生が雰囲気づくりを重視する理由は、もう一つあります。

「『失敗を成功につなげる』、研究ではこれが大切です。若いときは、大人や周りの人たちが失敗を許し、チャレンジできる環境を提供してくれます。だからこそ失敗を恐れずに、どんどんチャレンジしてほしい。そして、次にその失敗した経験を生かすことが重要なのです。そうした環境づくりのためにも、研究室の雰囲気はよくないといけません。仲間からのサポートがあれば、失敗を成功につなげやすくなります。またいろいろなことにチャレンジしやすくなりますし、チャレンジして失敗しても『次こそは成功する』と考えることができます。これは私にも当てはまります。基礎研究、応用研究、どちらも他の研究者や学生、研究機関、競技団体、メーカーなどのサポートがなければ、結果や成果は出せません」と先生は力を込めます。

実験室を案内する先生

ラットを使い、脳内神経伝達物質や体温調節反応に関するデータを多数集めます

日本に合った地球温暖化への適応策を考える

近年日本では、毎年夏、幅広い年齢層で多くの人が熱中症になっています。その原因として、「地球温暖化による平均気温」の上昇が有力視されています。このまま平均気温の上昇が続けば、熱中症の患者数はそれに比例して増加します。

「そうしたことが起きないよう、応用研究では効果的な暑さグッズの開発に取り組み、教育活動においては講演や公開講座で暑さに適応できる身体づくりの方法などを呼び掛けています。今後も研究・教育の両面から、2020年東京オリンピックへの対策を含め、日本に合った地球温暖化への適応策を考えていきたいと思います」と今後の活動への意気込みを語る先生。

最後に、これから広島大学や大学院の受験を考えている方に対し、「運動生理学や環境生理学の研究内容に関心を持った皆さん、広島大学で最新のスポーツ科学を学び、共に実践的な暑さ対策を考えましょう」と熱いメッセージを送ってくれました。

今後の研究の展望について語る先生

あとがき

長谷川先生が責任者となり、実施している一般向けの公開講座は、受講生の約7割がリピーター。講座は先生方が一方的に話すだけでなく、実技の時間もあり、参加者みんなが身体を動かします。この実技が人気の秘訣。実際に汗をかいて気持ちよくなるだけでなく、講義内容の理解も進むそうです。また研究・教育活動では、暑い環境下を再現して実験を行う際、自身も観測者の一人として被験者ともども汗まみれになり、データを集めます。「よい実験データが得られたときは『いい汗をかいたな』と思います」と先生。こうした教育や研究に対する真摯(しんし)な姿勢が公開講座の人気を呼んだり、指導した学生が成果を出すことにつながったりしていると感じました。(N)

長谷川先生の研究室ホームページはこちら


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