第22回 ベラル・アフマドさん

“夢を実現するための闘い”

名前: ベラル・アフマド
国籍: シリア
専門: 電気工学
所属: 工学研究科(研究生)
趣味: バスケットボール、読書

(2013年3月7日にインタビュー)

『留学生インタビュー』バックナンバー

今日はインタビューを受けて下さりありがとうございます。まずお伺いしたいのですが、なぜ留学先に日本を選ばれたのですか?

日本に留学することは長年の夢でした。以前から日本の人々の生活や人間関係のあり方や勤勉さなどが非常に素晴らしいと感じていましたし、私の志す電気工学やロボットの分野でも日本の技術は世界トップクラスです。それで、大学卒業後は日本で学ぶことを決めたのです。

ベラルさんはシリア出身ですね。シリアの人々には、日本はどう捉えられているのでしょうか?

シリアでの日本の評価はとても高いです。日本は第二次世界大戦の敗戦後にゼロから再出発して、今や世界を代表する先進国の一つに成長しました。それを成し遂げた人々の勤勉さや、互いを尊重しあう生き方は賞賛に値します。ただ、お刺身を食べる習慣に関しては、ちょっと微妙ですけど(笑)。

なるほど、シリアでは生魚を食べる習慣がないのですね。ところで、日本語はシリアの大学で学んだのですか?

いいえ。私の故郷ホムスにはJSFA(Japan Syria Friendship Association;日本シリア友好協会)のオフィスがあり、そこで日本語を学びました。JICA(国際協力機構)の人々ともそこで出会いました。日本について学べば学ぶほど留学したいという気持ちも高まりました。私が日本に来られたのも、彼らのサポートのおかげです。

シリアの大学では何を学ばれましたか?

電気工学です。専門は自動制御でした。

シリアでは電気工学の分野が発達しているのですか?

いいえ、シリアでは電気工学やITの分野は未だ発展途上です。しかし熱心な学生たちは欧米の大学から本を取り寄せて勉強していますし、私も海外の本を読んで自分で勉強していました。優れた高等教育機関が近くになくても、やる気があればそうやって自分を向上できます。私の場合、ロボットに興味があったので、それに関する本を多く読んで、それでロボット技術の進んだ日本でより深く学びたいと思ったのです。

日本人はロボットが大好きですからね。

はい。日本の企業は、人間そっくりに動くロボットを開発していますね。科学技術をあのように、人類にとって有益な方向に、しかもユーモアをもって利用することは、非常に有意義なことです。また、ロボットが出てくる日本のアニメはシリアでも人気で、私も幼い頃によく見たものです。アニメの中で描写されていた日本人の暮らしぶりや、日本の住居や電車などの様子から私たちは日本人の生活様式を知り、とても感銘を受けました。

初めて広島や西条に来られたとき、どのような印象を持ちましたか?

とても気に入りました。来日前に西条を地図で確認していたので、ここが小さな町であることは知っていました。東京や大阪などの大都市とは違った、古き良き日本の暮らしがここにはあります。農家の人々の暮らしを見ることができたのも良かったです。都会と比べると、地方では人間同士の絆がとても強いですね。

例えば、私のホストファミリーもそうでしたが、子供たちが親の家に帰って来て農作業を手伝ったりしています。大変素晴らしいことです。シリアでも、末っ子が結婚後も両親の家に同居して助け合って暮らすことが多いです。私も末っ子なので、将来はそうするかもしれませんね。

ベラルさんは、ここでは研究生なのですね。広島大学で何を学ばれましたか?

主に数学などの科目の勉強に集中していましたが、私の指導教員の先生が高速ビジョンの研究をされているので、それについて、実験を通して研究室で学ぶこともできました。

広島での日常生活からは、何を学ばれましたか?

日常生活で学んだことというと、一人で行動できるようになったことです。というのも、以前はいつも家族と一緒でしたから、一人で旅行や買い物をした経験がありませんでした。しかも私の国では電車に乗る習慣があまりありませんから、どの乗り場からどの電車に乗れば良いのか全くわからず、周りの人に聞かなくてはなりませんでした。来たばかりの頃は日本語もできなくて大変でしたが、日本の人たちはとても親切で助かりました。荷物を運ぶのを手伝ってくれ、全て丁寧に説明してくれたのです。そうするうちに、何でも自分でやることが身につきました。

それは素晴らしいことですね。寮での暮らしはどうですか?

友好的な雰囲気で、とても楽しいです。寮の二階には皆が集まるスペースがあり、そこで様々な国の学生と交流できます。ゲームをしたり、色々な話題についてディスカッションすることで理解を深め合うのです。あそこに住めば誰も退屈せずにすみますね。コミュニケーションは主に英語ですが、日本語を使わなくてはならない相手もいて、その場合は大変ですが、皆がとても親切なので何も困ることはありません。寮では皆、お互いをよく理解し、お互いにとって快適な環境を作ろうと努めます。そういった意味で、温かく家族的な環境といえます。

工学研究科ではどうですか。友達はたくさんできましたか?

クラスや研究室の友人ができました。学部4年生や修士課程の学生はみんな勉強や研究に忙しく、自由な時間があまりとれないのですが、お正月には一緒に出かけたりして楽しかったです。あと、学内でバスケットボールやバドミントンをして知り合った友達もいます。日本ではバスケよりも野球が人気ですけど、シリアでは野球よりもサッカーやバスケの方が人気です。

シリアはサッカーが盛んなことで有名ですね。広大では中東出身の学生に会いましたか?

はい、シリア出身の学生二人と出会いました。その他の中東の国出身というと、専攻は違うのですが、サウジアラビアやエジプトの学生とも会いました。でも他の地域と比べると、中東の学生はあまり多くありません。というのも、シリアから日本は遠いので、より近い欧州に留学する学生が多いのです。ドイツやフランスだと二、三時間で行けますけど、日本までだと十二時間もかかりますから。

料理などは自分でするのですか?

はい、シリアの料理を。といっても、ケバブなどは専用のグリラーが必要なので無理ですけど。ブロッコリーに似た野菜と、じゃがいも、タマネギ、トマト、肉、それから米などで作る料理です。ええと、英語では何というのかな、ちょっと名前が浮かびません(笑)。あと、シリアでは米ではなく、「ホブス」というパンが主食です。日本の分厚いパンと違って、シリアのパンは薄いんですよ。とにかく、シリアでは何でも母が作ってくれたので、自分では料理をしたことがありませんでした。ですから最初ここにきて自分で料理を始めた頃には、悲惨な失敗作をたくさん作りましたけど、最近やっと自分の口に合うものを作れるようになりました。他の人の口に合うかどうかは、わかりませんけど(笑)。

それと、料理だけでなく、今では買い物も洗濯も自分でしています。買い物は自転車で近くのスーパーマーケットに出かけます。洗濯については・・・実は最初の頃、もちろんシリアでは洗濯の経験もありませんでしたから、洗濯用の洗剤を入れずに洗濯したりして大失敗しました。慌てて母に電話して「どうしたらいいの?」って。それで母が一から教えてくれたのです。そうやって一つずつ学習していきました。

広島の気候は、シリアと比べてどうですか?

冬は西条のほうが少し寒くなりますが、夏はシリアのほうがやや暑いです。しかし、そこまで変わらないので、気候の違いで困るようなことはありません。ちなみに、シリアの私の町は海から遠いので、夏でも湿度はそれほど高くならないのですが、海のそばに行くほど湿度が高くて過ごしにくくなります。

シリアには砂漠もあるのですね?

はい、広大な砂漠があります。シリアの五、六十パーセントくらいは砂漠だと思います。シリア砂漠の中央にあるパルミラは、ユネスコの世界遺産にも登録されていて有名ですね。とても歴史ある美しい都市です。三世紀に存在したパルミラ王国の女王ゼノビアも有名です。皆さんがもしシリアを訪れる機会があれば、ぜひお勧めしたい場所です。その他にもシリアには歴史的遺産が多くあります。とても素晴らしい国ですよ。

ラクダにも乗るのですか?

もちろん。人間が乗るのは野生でなく、ちゃんと訓練を受けたラクダです。調教師が合図を出すとラクダが体を低くしてくれるので、それで乗ることができます。ラクダに乗って街中を見物することもできます。乗り心地は快適とは言えませんが、とても楽しいですよ。ラクダは水や食料がなくても長時間辛抱できますから、砂漠の移動には向いているのです。私も二度ほど乗ったことがありますが、乗り心地はともかく、とても楽しい経験でした。

中東には甘党の方が多いと聞きました。シリアにもお菓子の店が多いのですか?

はい、お菓子屋さんはたくさんあります。シリアのスイーツはバラエティに富んでいますが、日本のものとは違ってとても甘いです。一つか二つで満腹になってしまいます。しかし現在は残念ながら、人気店のほとんどが閉店しています。ご存じのように、内戦状態が拡大したためです。シリアの多くの地域が戦闘区域となり、安全地帯といえるのはごく限られた地域だけです。とても通常営業が行える状態ではないのです。

シリアの深刻な情勢は、テレビなどのメディアで世界中に報じられています。ベラルさんは、現在のシリアについてどのようなお考えをお持ちですか。

今やシリア全体が非常に厳しい状況にあります。アレッポ、ホムス、ダマスカスの多くの地域が戦火の脅威にさらされています。私がシリアにいた頃も、砲撃や銃撃の音を耳にしない日は一日もありませんでした。私は悲しい気持ちでいっぱいです。というのも、シリアは以前はとても平和な国だったのです。時間帯を気にせず自分の好きな所に自由に行けましたし、強盗もほとんどいませんでした。私も昔は友達の家に遊びに行って、午前三時や四時に平気で帰宅していました。市民が夜中に出歩くことなど、いたって普通のことでした。ところが現在は午後六時以降は外出もできず、家にこもっていなくてはなりません。こんな状況は非常に残念でなりません。

この危機的状況の発端は二年前に起きたデモンストレーションでした。当時は武器はなく、常に治安部隊が居て、時折デモ参加者に向けて発砲するようなことはありました。しかし情勢はひどく悪化していきました。悪化するにつれて、人々は自分を守るために武器を手に取り始めました。私には、これが良い選択だったとは思えません。軍隊は長距離ミサイルや飛行機などの兵器を所有していますが、それに対して一般市民が手にしているのはせいぜいライフル銃程度です。

今、シリアに望むことは何ですか。

私はこの内戦状態が早く終結することを願っています。一年前、シリアで私は親友を失いました。彼はフランス語と英語が堪能で、報道の仕事に携わっていたフォトグラファーでした。私は、お互いを理解するために人々は話し合うべきだと思います。それが流血を終わらせる最良の方法だからです。ここでいう流血とは、私たちがいつ最愛の友人や家族を失うかわからないということです。今すぐにでも争いが終わってほしいです。

日本についてはどうですか。日本は平和な国だと思いますか?

はい、とても平和な国だと思います。特に日本人が戦後に取った態度は非常に平和的なものであったと思います。日本は戦時中に広島・長崎に原爆を投下されて、その後は暴力に訴えることなくアメリカとも平和的な関係を築き、友好と理解を深めようと努めました。

アメリカの人々の中には、攻撃されたのは戦闘地域であって、一般市民ではないと信じている人が未だに多くいると聞いたことがあります。そのような人々に、原爆の犠牲者の多くが一般市民であったことを話すと驚くそうです。このように、自分の国で実際に起きたことを他方の国に正しく伝え合うことは、相互理解を深める上で非常に良いことだと思います。私たち人間同士が歩み寄れば理解しあえるはずです。

そうですね。ところで、日本でロボットの研究を終えたら、将来は何をしたいですか?

難しいことですけど、教授になりたいです。日本で准教授を三、四年勤めてから国に帰り、大学で教育制度を改革したいと思っています。現在のシリアの教育制度はあまり良いとはいえません。それを改良したいのです。同様の仕事を希望している友人も何人かいます。彼らと一緒にぜひやり遂げたいです。

シリアの教育制度について教えていただけますか?

はい。小学校の六年間は義務教育です。そこまででやめることもできますが、中学や高校に進むこともできます。シリアでは小学校から大学まで無料で教育が受けられます。あまり良質な教育とは言えませんが、自分で支払う必要がないのです。というのも、シリアではミドルクラスの月収が約四万シリア・ポンドで、米ドルで千ドル程度(インタビュー当時、日本円で約九万五千円)に過ぎません。日本などに比べると多くはありませんが、でも何とかこれでやっていけてます。

電気工学が平和の実現に役立つと思いますか?

もちろん。そもそも私は、科学技術とは平和利用されるべきものだと思います。多くの国や政府が科学技術を武器の開発に利用しています。しかし、私たちには武器は必要ありません。問題が起きれば、すべて話し合いで解決すべきなのです。話し合いに武器は必要ないはずです。私たちは持てる技術を、人々の暮らしをより便利にするためにこそ使うべきです。例えば、今はコンピュータや携帯電話などで誰とでも通信ができますね。私もシリアの家族とスカイプで無料で話ができます。このように、科学技術というものは、よい方向に使いさえすればとても素晴らしいものです。日本ではそれを実践していると思います。

なるほど。そういえば、留学のため来日する際には、とても苦労されたと伺ったのですが。

はい。ホムスには空港がないので、まずダマスカスに行く必要があるのですが、ホムスからダマスカスへの道のりは安全ではありませんでした。それで、より安全なルートをたどってイスタンブールへ行き、そこから日本を目指したのです。大変でしたが、諦める気はまったくありませんでした。留学は私の夢でしたし、これは夢を実現するための闘いでしたから。

それでたった一人で日本に来られたのですね。その勇気に敬服します。ベラルさん、日本に留学を希望している他の外国人学生に一言メッセージをお願いできますか?

留学するなら、ぜひ日本を選ぶことをお勧めします。ただ専門の勉強をするためではなく、素晴らしい日本の文化を学んでほしいのです。日本人は親切ですし、人種や宗教的な観点から人を偏見の目で見たりもしません。とても素晴らしい国です。だからぜひ日本に来て学んでほしいと思います。

次に、日本の学生たちにメッセージをお願いできますか?

日本の大学はレベルが高いので、海外に行きたいと思わない学生もいるかもしれません。しかし海外に出るということは、自分の視野を広げ、他の国の人々を知ることであり、同時に、日本のことを知ってもらう機会でもあります。日本の学生が海外へ飛び出していくことで日本の文化が世界中に広まるのです。私の場合も、JICAの日本人と出会えたおかげで日本が好きになり、こうして日本に来ている訳ですから。

ありがとうございます。最後にもう一つだけ。ベラルさんが将来作りたいロボットとは、どんなものですか?

医療目的に使えるロボットを作りたいです。外科手術用のものだけでなく、身体の不自由な方がより快適に暮らせるようにするためのロボットを作りたいと思っています。たとえば腕が不自由な方も、義手を使えばより快適な生活を送ることができます。今までにできなかったことができるようになることで、人々を幸せにできるのです。これは素晴らしいことです。私がやりたいのはそういう仕事です。

それは素晴らしいですね!

ありがとうございます。いつか日本の皆さんにもシリアを訪れてほしいです。私の故郷のホムスとか、他にも色々ありますが、シリアがどんなに素晴らしい国か、世界中のみんなに見てもらいたいです。そんな日が早く来ることを望んでいます。

それはみんなの願いでもありますね。ベラルさん、今日は貴重なお話をどうもありがとうございました。

ありがとうございました。

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インタビューを終えて

深見准教授と、日本語研修コース修了式にて


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