第32回 ダマソ フェレイロ ポッセさん(スペイン)

 「悩み、苦しむことで、人生はより深いものになる」

名前: ダマソ フェレイロ ポッセ
出身: スペイン
所属: 文学研究科比較日本文化学講座(D2)
趣味: 読書、ランニング、旅行、外食、お菓子作り

(2016年1月25日にインタビュー)

『留学生インタビュー』バックナンバー 

 

故郷はどんなところですか。

スペイン北西部のガリシア自治州の州都サンティアゴ・デ・コンポステーラ(Santiago de Compostela)です。欧州で最も人気のあるカトリック巡礼路の終着地であることから、教会や大聖堂といった建物も多く、世界各地からの観光客も多いです。まさにスペインを象徴する都市のひとつと言えます。

日本の方はスペインというと、巡礼よりもフラメンコや闘牛を想像するかもしれませんね。でも僕の町は全く趣が違います。スペインでは地方ごとの違いがとても大きく、北、中心、南の地方では、それぞれ元の文化がまったく違います。僕の故郷の北部はケルト文化の影響が大きく、イギリスと似ています。足首までの長いスカートを着用して踊るイギリス風の踊りもありますし、伝統的な楽器といえばバグパイプです。なので、闘牛もフラメンコも僕にとっては何だか遠い外国のもののように感じられます。食べ物に関していえば、日本の北海道と同様、おいしい牛乳やシーフードが有名です。サンティアゴ・デ・コンポステーラ大学と いう15世紀に創立された伝統ある大学の所在地であることも、僕たちが誇りとすることのひとつですね。

そういえば、昨年の「広島大学ホームカミングデー」でも、「文学部で味わうティータイム」というイベントでスペインの紹介をされたのですね。

はい。スペインの代表的なお茶とお菓子「マジパンと蜂蜜入りのカモミールティー」を紹介しました。どちらも日本の方には少々甘すぎるかもしれませんね。スペインでは、体調を崩しているときには蜂蜜入りのカモミールティーをよく飲みます。他にスペインの代表的なお菓子というとポルボロン(Polvoron)があります。これはクリスマスの時に食べるアーモンドのお菓子で、お店で買う人もいますが、我が家では母が手作りしてくれます。ところが昨年は母の手作りが食べられなかったので、初めて自分でポルボロンを作りました。何とかうまくできたけど、やはり母の味にはかないませんね。

お菓子作りが趣味なんですね。

最近は色々なお菓子に挑戦していますが、失敗作が多いです(笑)。お菓子の他に、パエリアなどのスペイン料理も作ります。でも日本で入手できる食材では、 なかなかスペインの味が再現できないんです。たとえば、パエリアはホットプレートを使って作るのですが、日本のお米だと出来上がりがパサパサになってし まって、味はまあいいとしても、食感が今ひとつなんですよ。あと、日本のチーズも残念ながら僕の好みに合いません。スペインではチーズの種類がすごく多くて、味の濃いもの、マイルドなもの、牛や羊だけでなく山羊の乳でつくられたものなど、その日の気分によって選んで食べます。スペインのチーズが恋しいです。

ところで、スペインの大学ではどんな勉強をしていましたか。

古代ギリシャ文学と日本語です。「オイディプス王」などのギリシャ悲劇は世界的に有名で、僕も子供の頃からギリシャ文学に憧れていました。それで高校時代から勉強を始め、大学でも続けました。

スペインでの学生生活とはどんなものですか。

なかなか大変ですよ。日本の大学と違って、入学するのは比較的簡単かもしれませんが、一生懸命勉強しないと卒業できません。勉強が足りなくて退学する学生も多いです。日本からの留学生も見かけましたが、たいていは半年から1年間の短期留学の学生で、母国での勉学から解放されて束の間の自由を謳歌している人が多かったですね。中には「遊びまくってた」人も(笑)。でも気持ちはわかりますよ。僕も広大に来る前に日本の他大学に短期留学した経験があって、その頃には、やはり勉強よりも遊びを優先させてしまいましたから(笑)。

留学先として日本を選んだのはなぜですか。

スペインで学部生だった頃から、大学院はスペイン以外の国に行きたいなと思っていました。それで色々な国を検討してみたのですが、日本文学や日本語に興味がありましたので、やはり日本がいいなと思ったのです。

それで、まずは研究生として広島大学に来られたのですね。

そうです。研究生からのスタートでした。研究生の頃は、周囲は日本人ばかりという環境で日本近現代文学を学びました。何だか僕だけが場違いに思えて、僕は このままここにいて大丈夫なのかな? と不安でした。外国人の僕よりも日本人学生の方ができるんじゃないかと自信を喪失しかけてもいました。実際、僕たち外国人は日本人とは違う視点から読むことができますから、外国人だから日本文学の研究において不利ということはありません。今の僕にはそれがわかりますが、当時の僕はそうではなかった。そんなふうに研究生として学びながら、大学院入試の準備に励みました。指導教員の先生と相談の上、入試の傾向を図書館で調べ、自分の研究したいテーマについての勉強をしっかりとやってから試験に臨みました。試験はなかなか難しかったと思います。

晴れて入試に合格し、大学院生として広大で学び始めた後も、わからないことが多くて大変でした。先ほども触れたとおり、日本への留学は初めてではなかったのですが、いわゆる日本での本格的な大学生活を送るのはこれが初めてでした。なので当初は、真面目に勉強している日本の学生がどのように課題をこなしているのか、日本の大学での研究がどのように行われるかも知りませんでした。日本では学部生から大学院生になると何が違ってくるのかもわからず、そもそも、そんなことを意識すらしていませんでした。

具体的には、どんなことに困ったのですか。

たとえばレポートですが、書き方というか、構成が日本とスペインではまったく違います。それに、学部生の頃は「一応、こんな感じでいいかな」というものを 提出すれば先生からOKがもらえますが、大学院に上がると「こんな感じ」が通用しなくなります。ちゃんとしっかり、すべての要件を満たしたレポートを書かなくては合格点をもらえません。あと、日本独特の専門用語に慣れるのにも時間がかかりました。

その他に日本とスペインで違うことといえば、先生と学生の関係ですね。スペインでは、むろんすべての大学がそうというわけではないけど、学生が先生に個別に話しかけたり質問したりする機会はそう多くありません。ですから、広大に来たばかりの頃は、先生とどのように「接触」すればいいのかわからず、おそるおそる話しかけていました。しかし、徐々に慣れてきて先生とも良い関係を築くことができるようになりました。そんなふうに困難を乗り越えていくことで、少しずつ学生生活を軌道に乗せていったんです。

広大では、日本の近代文学を学んでいるのですね。この専攻の魅力は何ですか。

魅力ですか! そんなことを聞かれたのは初めてです(笑)。日本の近代文学には、現代文学にはない深みがあると僕は思います。日本の近代文学というのは、 西洋に興味のある書き手が、日本文学に加えて西洋文学もしっかりと勉強した上で、その知識を生かしながら書いたものです。芥川龍之介や夏目漱石、森鴎外がそうであったようにね。だから作品の随所に西洋の影響がみられます。それに西洋だけでなく中国の漢詩などの影響も少なからず受けていますので、一つの作品 の中に様々な異なる文化を感じとることができます。そこが日本近代文学ならではの魅力といえます。

なるほど。広大の日本人学生についてはどう思いますか。

広大には真面目な学生が多いですね。それは僕にとってありがたいことです。というのも、前回の留学先では、僕の周囲にはなぜか遊び好きな友達が多かったので、僕もつい一緒に遊んでしまって(笑)。その点、広大は真剣に勉強している人が多く、僕にやる気を起こさせてくれる環境なのでとても理想的です。広大の日本の友だちは僕を最初から歓迎してくれ、丁寧に対応してくれました。彼らにはとても感謝しています。

日本の大学生はよくアルバイトをしますが、ダマソさんは?

アルバイトなら僕もしていますよ。今は近所のスクールで子どもたちに英語を教えています。もちろん自分の勉強も大事だけど、大学の研究室にこもって勉強するだけでは本物の世界に触れることはできないし、人間として成長するためにも、できるだけ外の世界と接触する機会を持ちたいんです。そのためには、ある程度外で仕事をしながら勉強するのが一番だと思って始めました。スクールでは日本語が禁止で、生徒とは英語のみで話します。大変な仕事ですが、すごく楽しいですよ。僕はいずれは大学の教員になりたいと思っているので、将来に備えて人に教える経験を積むという意味でも今のバイトは役に立つと思います。そうやってどんどん色んな経験を積みたいと思います。

広大の講義についてはどう思いますか。

学生の自由がとても尊重されているなと思います。各自が選んだテーマについて調べて発表するという形式で、学生たちは自由に学ぶことができます。スペインの頃と違って、広大は先生と学生の距離も近いから相談もしやすいですし、そこがとてもありがたいですね。先生に相談というと、以前こんなことがありました。僕は外国人なので当然ですが、外国人の立場でしか作品を読むことができない。それについて先生に相談したら、逆にそういう(外国人の)立場から読む人は希少なので、ぜひそんな風に読んでいてください、と言われたんです。

意欲と自信の湧く助言ですね。ところで、フリータイムは何をして過ごしますか。

やはり友だちと遊びますね! 僕にとっては、友だちとの時間がとても大切ですから。日本人の友だちとは鍋パーティーをよくやります。その他の友だちとは広島市内に行くことが多いかな。旅行にもよく行きます。出雲大社とか、玉造温泉とか。温泉に初めて行ったときは戸惑ったけど、今では平気です。温泉に行くとおもしろいんですよ。僕が入っていくと他の人がちらちらと僕を見て、たいていおじいちゃんが近づいてきて英語で話しかけるんです。えっ、日本語が話せるんですか? スペインから来てるんですか! へえー! 素晴らしい、じゃあスペインの話きかせてください、って(笑)。すごく楽しいですよ。

この留学期間中に達成したい目標は何ですか。

僕が日本に来た目的は、日本でしかできないことを経験し、人間として大きく成長することです。ご存じのとおり、僕たち欧州人には「何事もヨーロッパが最 高」という考え方がありますが、そういうのは間違っていると思います。欧州にも改善すべき点が多くあります。しかしいったん自分の国から出ないと、それが見えてきません。僕も日本に来てはじめて気づいたことが多くあります。せっかく日本に来たからには、スペイン人としての特性や経験を生かしながら、違う文化の中で成長していきたいなと思います。そうすればその先に、今後のスペインはどうあるべきか、その方向性が見えてくると思うんです。スペインにはご存じのとおり、経済的に困っている人が多くいて、政府もそれに十分に対応できているとはいえません。この現状を変えていくのは、僕たち若い世代の役目です。この留学で大きく成長し、スペインの役に立てるようになりたいです。

それは素晴らしいですね。ところで、日本に来てはじめて気づいたこととは、たとえばどんなことですか。

「人と笑顔で接すれば、相手が気持ちよくなる」。日本では常識かもしれませんが、僕がこれに本当に気づいたのは日本に来てからです。スペインではたとえば お店の店員さんも、日本のような笑顔と丁寧語の接客ではなく、お客さんに対してタメ語の人も多いんですよ。お客さんがすみませーんと言って入ってきても、 あー、はいはい、って感じで。実は僕はスペインにいる時からずっと不満に思っていたんです。お客さんにはもっと親切に接するべきじゃないかと。それで日本に来て、お店の人が笑顔で接客しているのを見て、ああ、やはり僕は正しかったんだ、と気づいたんです。

スペインなどの欧州に留学を考えている日本人学生にアドバイスをお願いできますか。

日本人の皆さんには、むしろ何も考えずに来てほしいですね。語学力に自信がないとか、細かい心配はいっさい無用です。心の準備以外は何の準備も必要ありま せん。日本人はこう言われた、ああ言われたと気にする人が多いですが、西洋人はあまり気にしていません。だから気楽に、深く悩まずに過ごしてほしいです。 海外に来ただけでも成長できますし、何とかなるさ、と思って気楽に構えることです。そして悲しいお知らせですが、スペインの日本料理はあまりおいしくありません。醤油以外の日本の調味料を入手するのも容易ではありません。ですから自分の好みの食材などを持参されると良いでしょう。

そして、日本への留学を考えている欧州人の諸君。既に来ている人にもですけど、彼らには真逆のことを言いたいですね。日本では何事もきちんとやらないと通用しませんよ、と。「きちんと」って日本人には当たり前のことでも、これが結構、僕たち欧州人にとっては大変なことなんですよ。

本日はありがとうございました。最後に何かコメントはありますか。

では最後に、僕の好きな芥川(龍之介)について。芥川は読者をとても大事にしてくれるんです。私の物語を読者はただ読めばいい、なんて彼は思っていない。私の物語はここまでだけど、これを読んで君たちはどんな意見を持つのかと常に問いかけているんです。彼の作品は短いけど、読んだ後に考えさせられる時間がとても長いんです。ただ読んで終わりじゃない。とても深い。たとえば「MENSURA ZOILI」(メンスラ ゾイリ)。ローマ古典をベースに書かれたこの不思議な物語は、当時の読者を大いに悩ませたことでしょう。「羅生門」もそう。物語のその先で主人公がどうなったのか、読者は気になって仕方がないでしょう。

芥川が短い生涯のうちに残した多くの謎は、今も僕たちを悩ませ、魅了しつづけます。彼の作品の深みは、彼が人生の中で経験した悩み、苦しみの深さによってもたらされたものです。僕たちも同じです。人生とは悩み、苦しむことで、より深みを増し、すばらしいものになる。僕はそう思います。

Photo Gallery

錦帯橋にて(山口県)

妹とテーマパークのアトラクションに乗る(大阪府)

岡山駅前の桃太郎像にて,広大の学友と(岡山県)

とっとり花回廊にて,日本人の友達と(鳥取県)


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