「この惑星のためにできること」
名前: シモーナ ゾレット
出身: イタリア
所属: たおやかで平和な共生社会創生プログラム(5年一貫制)
趣味: 有機野菜栽培、料理、パンを焼くこと、ワインとチーズのテイスティング、手工芸
(取材日:2016年11月30日)
ふるさとは、どんなところですか。
イタリアの北東部、ヴェネト州ベッルーノ県にあるフェルトレ(Feltre)というコムーネ(基礎自治体)から来ました。小さいけれど、歴史ある都市として名高い町です。特に現在も数多く残されているルネサンス期からの家屋や絵画、フレスコ画などは、芸術好きな観光客を惹きつけてやみません。
そして、夏にはパーリオ(Palio)というビッグイベントがあります。中世の競技を再現した催しで、町中の人々が4つのチームに分かれて競馬やアーチェリーといった競技で賞を競います。中世風のコスチュームに身を包んでのパレードや、その時代に因んで催される様々な余興も行事に花を添えてくれます。故郷の行事としてはこれが最もメジャーですが、近隣の山岳地も冬の旅行先として有名です。トレッキングや、スキーなどのウインタースポーツで冬を満喫していただけます。大自然の懐と山々に抱かれた、それは美しい地域なんですよ。
地元で有名な飲食物には、どんなものがありますか。
出身地周辺の名物といえば、ピアーヴェ(Piave)と呼ばれるチーズですね。国際的な賞を幾つか受賞したことで、世界的にその名を知られるようになりました。それから、ご存じのとおりイタリアはワインの名産地ですが、私の町は気温が低く、ワインの生産には適していませんでした。ところが近年は温暖化の影響で、フェルトレでもブドウの栽培が始まっています。たとえば、その地方の名物として名高いプロセッコ(Prosecco)というワインがあるのですが、このワインのためのブドウ品種も最近になって、私の町でも栽培がおこなわれるようになりました。
なるほど。ところで、広島大学への留学はこれが二度目とうかがいました。そもそも、日本を留学先に選んだ理由は何ですか。
もうずっと長いこと、日本の文化には魅かれていました。日本について学び始めたのは子どもの頃です。日本のアニメや音楽が大好きで、日本の伝統文化についてもいろいろと勉強しました。とても興味深かったです。
最初は、大学に入学したら日本語を勉強しようと思っていました。ところが諸々の事情により、実際に選んだのはまったく分野の異なる環境科学。もちろんその後も、私の日本への興味が薄れることはありませんでした。それで、修士課程で学んでいた頃、私のヴェネツィア大学と広島大学との間に交換プログラムがあると知ったのです。さっそく応募して、みごと合格。この交換プログラムも環境持続可能性と持続可能な開発について学ぶためのもので、日本語を学ぶためではありませんでした。広大ではIDEC(大学院国際協力研究科)で一セメスター、つまり半年間にわたる留学期間を過ごした後、再びヴェネツィア大学で学ぶために帰国したのです。
その後、再び広大に留学し、たおやかプログラム(※)で学んでいるのですね。シモーナさんの現在の専門は何ですか。
農村社会研究と持続可能な農業が私の専門です。特に現在、最も力を入れているのはイタリアと日本の比較研究です。日本にはIターンやUターンといって、都会から農村へ移住・帰郷する人たちがいるでしょう? 中でも特に私が研究したいのは、農村地域に戻って小規模な農業関連ビジネス、それも持続可能な農業や有機栽培農業に取り組もうとしている人たちについてです。
なぜかというと、そのような活動こそが、農村地域にとって意義のあることだと私は信じるからです。農村地域というと、過疎化がすすみ、住民といえば高齢者ばかりという不運なところで、都会生活のほうがずっと良いものだと誰もが思いがちです。しかし、農村に帰ってくる若者たちは、もはや都会暮らしにも、そこで享受できる便利さにも、以前のようには魅力を感じていません。そんな彼らが今必要としているのは、再び自分を迎え入れてくれる自然の中で、より有意義に、ストレスなく暮らしていける充実した生活なんです。
具体的にいうと、そのような若者たちが現在の生き方を選んだ動機や、彼らが農村に戻って持続可能な農業に従事することでどのようなプラスの効果がもたらされたかなどについて研究をしてみたいのです。イタリアをはじめとする欧州でも、人々が農村に戻ってくるという同様の現象がみられます。なので、イタリアと日本では文化的側面からみてどのような点が類似していてどこが違うのか、彼らの選択が人々にどのような影響を及ぼしているのかについて、比較研究を行いたいのです。
(※)「たおやかで平和な共生社会創生プログラム」。プログラムの詳細については、こちらを参照してください:http://taoyaka.hiroshima-u.ac.jp/
「持続可能性」、この単語を耳にしない日はありませんね。
そうですね。世界中のメディアがこぞって報道しているとおり、環境汚染や天然資源の減少などの環境問題はますます深刻化しています。私たち人類は近年まで、自分たちの行いを地球的規模の問題としてとらえてはいませんでした。しかし、私たちの一挙手一投足が地球の未来にもたらす影響を、もはや看過しつづけることはできません。一人ひとりの行動が地球全体に影響を及ぼし、同時に、地球で起こる現象のすべてが一人ひとりに影響を与えるのであれば、持続可能性は、全人類にとって重要な問題といえるでしょう。
私が農村地域に戻ってくる人たちに注目する理由の一つは、自然との調和や持続性をより重視しながら、今まさに私たちがしているような資源を大量浪費する生活を改めようとする人々のモデルとして、そういう人たちをとらえているからです。彼らは過度な消費を抑えた自給自足の生活を実践しようとしているのですから。私もこのような生活を取り入れ、西条町内で小さな畑を借りて、フィアンセと一緒に自家用の有機野菜を栽培しています。
現在、私たちはたくさんの物を消費しながら生活していますが、地球の資源には限りがあります。ですから、これからは消費を抑制し、少ない量をより有効に使いながら暮らしていく必要があります。しかし、これは自分の生活レベルを低下させるという意味ではありません。必要のないものを購入するための時間やエネルギーを節約すれば、その分、友だちや家族と一緒に過ごしたり、社会のために有意義なことをしたり、自然を楽しんだりと、自分の生活をより充実させることができます。
まさにその通りですね。先ほどIターンやUターンの現象について言及されましたが、どのようにして若者を農業に呼び込むのですか。
私の研究対象は主に遠隔農村地域です。つまり、ここ西条のような町ではなく、私たちがたおやかプログラムの現地調査で訪れた島根県の地域のような、耕作放棄地が深刻な問題となっているような山深い地域です。もちろん、多くの若者たちを農村に呼び戻し、農業に従事してもらおうというのは容易なことではありません。しかし近年、日本や欧米などの先進諸国の経済状態があまり芳しくないせいで、都会では職に就けない人や、9時・5時のサラリーマン生活を手に入れたとしても、そこから喜びも自我実現も見いだせない人もいます。そのような人たちがこれまでとは違う生活スタイルを求めようとしても、何をすればよいのか途方にくれてしまうかもしれませんね。
実際、故郷に戻りたいのだけれど、何をどう始めればよいのかわからない。そんな若者たちを支援するためのプログラムが日本にはすでに幾つか存在していて、彼らが耕作地を見つけるのを手助けし、農業や小規模事業の始め方も伝授してくれています。成果がすぐには期待できない気の長い計画ですが、それでも彼らは一歩を踏み出しています。そして、私たちが今後もそのような若者たちに注目し続ければ、農村部は再び活気を取り戻し、同時に地方と都市部との結びつきもより強固なものとなり、ひいては国全体の持続性を高めることにも貢献していけると思うのです。
それはすばらしい考えですね。 ところで、シモーナさんは食べ物へのこだわりも人一倍なのですね。
ええ、食のクオリティにはこだわりが強いです。食べ物を味わいつくす楽しみにもね。私は母国では、チーズやワイン、ビールなど、様々な飲食物のテイスティングを催す文化団体の一員として活動していました。そこでは、地場産品を宣伝したり、食品をおいしく食べる方法を指導したりもしていました。だって、せっかくおいしい物を口にしても、それを十分に楽しめなかったり、どう味わえばよいのかわからなかったりしたら、つまらないでしょう。たとえば、ここ西条は酒造工場が多く建ち並ぶ酒どころですが、もし日本酒の製法や種類の違いについて何の知識もなければ、どれを飲んでもみな同じようにしか感じられないでしょう。しかしそのたぐいの知識があれば、どの飲食物もよりおいしく、楽しくいただけるでしょう。それに、私は料理も得意なんですよ。
そして手工芸も趣味なのですよね。何をつくるのですか。
二度目の留学で来日した時、フィアンセが自分の通っている西条の陶芸教室へ案内してくれて、その教室が大好きになりました。特に台所用品をつくるのが好きなんです。自分でつくった食事を自分で焼いたお皿やカップで食べるなんて、最高でしょう? お料理も食器も、どれもこれも私の手づくり。そういうのって、なんだか幸せだなあって。
いわゆる、「スローフード」な生活ですか?
そう、そんな感じ。実際には、スローフードというのは数十年前にイタリアで提唱された運動で、ファストフード文化とは対極にあるといわれていますね。
ハンバーガーのようなファストフードは世界共通の食べ物ですから、地球上のどこへ行っても同じものが食べられます。ならば、その地を訪れなければ味わえないものを楽しまない手はないでしょう? たとえば日本にも、各地にたくさんの名物があります。ファストフード店で食事するより、もっと地元のおいしい物を食べて、理解を深めてみませんか? 同時に、その食品が持続的な環境で育てられたものであるか否かに注意を払うことも大切です。スローフードの概念でいうと、食事は急いでかきこむのではなく、ゆっくりと時間をかけて味わい、楽しむもの。食べなければ死ぬ、だから食べるというのではなく、食品の真価を理解し、生産者に感謝することで、食事という行為をより意義のあるものにできるのですよ。
なるほど。 ところで、留学を考えている後輩たちに何か助言をお願いできますか。
まずは、英語を習得すること(笑)。英語が少しでも話せれば、世界中どこへでも行けます。今では誰もが英語を、習熟度はどうであれ、話せますからね。特に大学においてはそうです。だからまず英語、これが第一ですね。
第二に、情報は自分から積極的に取りにいくこと。誰もあなたに「こんなプログラムがあるけど、どう?」なんて教えてくれたりはしませんよ。私だって、日本に行けるチャンスをいつも狙っていました。何としても行くんだと決めていましたからね。
そして三番目には、「勇気を出して」。留学なんて大変そう、向こうで友だちができなくて淋しいかも、新しい環境にとけこめなかったらどうしよう? などなど、不安に感じる人も多いでしょう。でもね、留学生が困っていればいつだって、地元の学生は親切にしてくれますよ。どうしたの? 手を貸しましょうか、ってね。だから怖がらずに勇気を持って留学してください。その留学経験は、きっとあなたにとってすばらしい財産になることでしょう。
ありがとうございました。 最後に、シモーナさんの夢は何ですか。
まずはこのたおやかプログラムの5年間で、何か意義のあることをやり遂げること。つまり、私の研究の成果として、私が日本を去った後でも活きつづけるような有益な何かをここへ残してゆきたいのです。たとえば、この惑星のためにプラスになることをしたいと望むなら、自らのライフスタイルをどのように変えるべきなのか。こういったことへの認識・関心を高めることに貢献できたらと思います。
そして私のもう一つの将来の夢は、自分の有機栽培農場を持ち、野菜を育てて暮らすことです。安全かつ持続性ある食材を地域の台所に届けるとともに、有機栽培に興味はあるが知識がない若者のために教育活動も展開していきたい。これらの目標に取り組みながら、飾らないシンプルな日常を暮らす。これが私の夢のライフスタイルなのです。
Photo Gallery
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