「芸術と政治のある人生」
名前: プナル テモシン
出身: トルコ
所属: たおやかで平和な共生社会創生プログラム(5年一貫制)
趣味: 詩、映画、語学、自然と親しむこと
(取材日:2017年3月8日)
まず、出身地についてお聞かせください。
トルコ南部の都市アダナから来ました。その地を取り囲む歴史的な町並みや、ケバブに代表される料理の他に、トルコで一番といわれる暑さでも有名なところです。中東地域に近く地中海に面しているこの町は、シリア難民を大勢受け入れており、巷ではアラビア語とトルコ語が飛び交います。その他にも、綿農場や様々な産業での仕事を求めて、東洋から多くの人々がやってきます。
その歴史的背景ゆえに多くの人々の感性を刺激してきたこの町は、アーティストの宝庫でもあります。たとえば、地元の象徴的存在にして、ノーベル文学賞候補にもなった高名な作家ヤシャル・ケマル。それから、カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞した映画の巨匠ユルマズ・ギュネイもアダナの出身です。
芸術的雰囲気とロマンあふれる歴史に魅せられて、多くの人がプナルさんの故郷を訪れてきたのですね。
そのとおりです。ところがメディアでも報じられているように、とくに昨年以降、私の国の政治情勢は混沌とした様相を見せています。悲しいことです。国を離れて暮らしていると、どうしても故郷のことが気にかかります。報道記事を読むたびに、国の現状と将来が案じられてなりません。しかしそれでも、トルコは素敵な国だと私は思います。その独自性、歴史、芸術・・・そこにはすべてがあるんです。
来日前は、世界のいろんな国で様々な経験を積まれたのですね。
はい。エーゲ海に面したトルコの都市イズミルで哲学を学んでいた頃、哲学の本場であるドイツへの留学を決意しました。それで一年間ドイツで学び、プラハなどの国外の都市で国際関係に関わるインターンシップをいくつか経験しました。サンクトペテルブルクでは子どもたちのために働き、フランスでは歴史関係のプロジェクトに携わりました。政治学でマスターを取ろうと決めてからはフランス南部のモンペリエに行きました。とても素晴らしいところでした。フランスでは政治学、比較政治学、公共政策学を学びました。そして現在は、ここ広大で関連の分野について学んでいるというわけです。
旅から旅へ、ずいぶんと目まぐるしい日々を送ってきたのですね。
そうなんです。旅は大好き。旅こそわが人生というくらいにね。いつか小説を書きたいと思っているので、旅はそのためでもあるんです。しかし、ここでいう旅とは、ただ景色を見て歩くことではありません。行先で様々な人と出会い、その国の文化、背景や政治について知るための旅です。ですから、いつどこへ行くときでも、私は必ずボランティア活動をします。例えばモロッコに行った時には、博士課程の研究計画書の執筆と並行してボランティアの仕事もやりました。大変でしたが、モロッコの情勢についていろいろと知ることができました。こんなふうに、旅に出る際はいつだって、社会奉仕活動をしながら、その活動を通してその国の政治課題などについて学ぶというように、いくつもの目的を融合させて日程を組むようにしています。とても良い経験になりますし、これからも続けていくつもりです。
目まぐるしい日々ですか? 確かに。自分は若くてエネルギーに満ちあふれていて、何だってできると信じていますからね! とにかく何かをしていたいんです。毎朝起きると、「さて、今日は何をしようか?」と計画を立てます。今日、来週、来月、そして来年と、すべては計画どおりにすすめていきます。
アドベンチャーに溢れる人生ですね。
まあ、簡単な人生ではありませんね。でも、私にとってはとても有意義で充実した日々です。たくさんのことを学ぶことができます。家にこもって読書するよりも、外界に出て何ごとも自分の肌で感じるのが好きなんです。そうすることで、様々な人に出会って話を聞くことができます。とても楽しいし、私の性に合っています。そのために、まず第一にすることは、パスポートとビザの用意。それから、目的地の政治的側面について学ぶための、自分にできるボランティア活動や最適のオプションを検討します。それと、私の旅に連れはいません。欧州にいた頃は友だちと旅行をしたこともありますが、他の大陸に行く時はひとりで行きます。その方が現地の人々と直接触れ合い、一対一のコミュニケーションを楽しむことができますからね。
広島大学に来られたのは、約半年前なのですね。
そうです。たおやかプログラム(※)の開講式では、思いがけない光栄に浴することとなりました。なぜなら、私がただひとりの新入生だったからです(笑)。このプログラムでは毎回多くの新入生がいるようですが、私が入学した時はひとりだったのです。開講式の内容もよくわからなくて、周りには日本人の先生ばかりで、とても緊張したのをおぼえています。今思えば、とても素晴らしい経験でした! 楽しかったです(笑)。
(※)「たおやかで平和な共生社会創生プログラム」。プログラムの詳細については、こちらを参照してください:http://taoyaka.hiroshima-u.ac.jp/
広島大学を選んだ理由は何だったのですか。
この大学を選んだのは核関連課題、反核主義者の活動について研究しているからです。それで、行くなら広島か長崎だよと教えられましたが、長崎では自分の研究内容に合った大学を見つけることができず、必然的に広島ということになりました。フランスやアメリカで勉強するという選択肢もあったのですが、私が選んだのは広島でした。どうしても行かなくちゃ!という思いに駆り立てられたからです。
それで広島に来たのですが、もう一目で気に入りました。広大のキャンパスライフも楽しくて、休みの期間中もキャンパスで過ごすほどです。とてもクールな大学ですね。とくに先生方が素晴らしいです。いつも励ましてくださるし、研究も素晴らしいし、そんな先生方からは学ぶことがたくさんあります。しかしそれ以前に、私は日本語をもっと勉強しなければいけませんね。そして、アニメや漫画、演劇、映画研究サークルのような部活動にも参加して、もっと日本文化を学ぶ必要があると感じています。
それで、日本語の勉強は順調ですか。
現在、たおやかプログラムが提供する日本語の授業で勉強しています。先生も素晴らしい方です。私はいくつかの言語を話せますが、日本語はやっぱり難しいです。日本語の文字になかなか慣れなくて、苦労しています。それで今はローマ字を使って勉強しているのですが、いずれはカタカナも勉強します。必ずします!(笑)
プナルさんの現在の専攻について教えていただけますか。
IDEC(大学院国際協力研究科)で平和共生を専攻しています。私の指導教員は平和学、原爆、原子力エネルギー研究のエキスパートです。私はフランスでは反核主義者の活動について研究していましたが、ここ日本では、核兵器における市民の要求に応える国家の脆弱性について研究をまとめたいと思います。核問題について研究するために広島に来たのですからね。
子どもの頃、学校で平和教育を受けたことはありますか。
いいえ。現在の教育制度がどうかは分かりませんが、私が子どもの頃には「平和教育」というようなものはありませんでした。(平和に対する認識において)世界の中でも日本は特別だと思います。その歴史背景から、広島や長崎、あるいは日本全体にとって、平和は特別な意味を持っていると思います。
しかし、私の国では「平和」には別の意味合いがあります。例えば、平和とは「戦争のないこと」とも言えますね。広島で平和というと、多くの場合「核兵器を持たないこと」を意味しますが、近年のわが国の大多数の人々にとっては「テロ攻撃のない安心して暮らせる生活」を指すでしょう。ちなみに私の考える平和とは「発展」だったり、「国が豊かになること」だったり、あるいは、反核主義者の立場からいえば「核兵器を持たないこと」であったりします。しかし、トルコでは平和とは「共に生きること」であって、核問題が話題に上ることはありません。平和についてのとらえ方が違うので、私の国での平和教育の有無については知りませんが、たとえあったとしても、日本やその他の国々とはまったく違うものになるはずです。平和の定義は実に様々ですからね。
なるほど。ところで、被爆者の方々にお会いする機会があったそうですね。
はい、二人の被爆者にお会いすることができました。その体験談は実に悲しいものでした。その方々は政治的な意思決定にかかわりのない一市民だったのに、政治的な理由によって苦しみを余儀なくされたのですから。その体験談を聞いて、本当に悲しくなりました。研究のために被爆者証言も読みましたが、思い出すと悲しくて未だに鳥肌が立つほどです。しかし、みなさんがこうして私たちにご自身の体験を語り継いでくださるのはとても有難いことだと思います。私はトルコにいた頃から被爆者体験のことは色々と聞いて知っていましたし、日本に来たのもこのことについて研究するためです。貴重な体験談をお話ししてくださったみなさんには、心から感謝しています。
たおやかプログラムにはオンサイト見学(現地研修)も含まれていますね。そのような研修に参加されたことはありますか。
これまで二つの現地研修を経験しました。いずれも日本国内での研修でした。次回予定しているのはネパールでの研修です。私にとって初めての海外現地研修なので、わくわくしています。ただ、ネパールでの課題は私の専門外のものなので、専門用語が理解できるかどうか、ちょっぴり不安です。それでも、現地研修は課題の理論的側面からの学びにとどまらず、その土地の空気を肌で感じ、自分の目で確かめながら学ぶことができるところが良いですね。とても貴重な学びの機会だと思います。専門用語もあるので完全に理解するのは難しいかもしれませんが、今からネパールについて本で勉強して、この研修の機会を最大限に生かしたいと考えています。
ネパールでの研修がうまくいくように、私も祈っています。ところで、暇な時は何をして過ごしますか。
そうですね、たとえば私は映画が好きで、学士論文は実存主義映画を題材に選んだほどです。実は、今東京にいる友だちと映画のプロジェクトをやっていて、今度上京してその短編映画に私も出演する予定なんです。私が好きなのは黒澤(明)監督作品です。彼は本当にすごい! 日本文化や、人間と自然との関係の表現がとても素晴らしいと思います。アニメ監督の宮崎駿も好きです。彼も日本文化の表現が素晴らしいです。私はアニメに詳しくはないけど、彼は天才だと思います。たくさんの刺激を受けました!
そして、私はとてもいい友だちに恵まれました。日本人のクラスメイトたちですが、様々な角度から日本を見ることを教えてくれます。いつも私を誘ってくれ、楽しい時間を一緒に過ごすホストファミリーのようなご家族もいます。正しくは友だちのホストファミリーなんですけどね。西条にいられる間はあらゆるチャンスをものにして、ここでの生活を目いっぱい楽しもうと思っています。
日本文化体験はいかがですか。例えば、西条のお酒はもう試されましたか。
私は基本的にビール党ですが、日本酒もいいですね。初めて日本の酒を口にしたのは私が日本に来て最初の週末、西条で開催された「酒まつり」でのことでした。梅酒も好きです。以前、ホストファミリーから自家製の梅酒を瓶ごと頂いたことがあるんですが、それはもう絶品でした!
それはよかったですね! 他に何かありますか。
実は今、碁を習いたいと思ってクラブを探しています。常に忙しく動き回っているので、頭を休めるために習おうと思っているんです。それに、浮世絵にも興味があります。描くのではなく、その技法や本質について学びたいです。たとえば自然や草花の仕上がりなど、とてもきめ細かくて精緻ですよね。実は北斎の絵がプリントされている折り紙を買って自室の壁に飾っているんですが、いつもそれを眺めて癒されています。色も絵も・・・とにかく素敵ですね。
自然に囲まれて過ごすのも好きです。森の中とかね。今度は四国に行く予定なんです。私は信心深い人ではないけれど、四国遍路(巡礼)に挑戦しようと考えています。それと、ある農家でボランティアとして有機農業のお手伝いもします。四国は自然を満喫するのに最適のところだし、せっかくだからいろいろと自然の情景を撮りたいと思って、もうカメラも買ったんですよ。でも、ただそこに行って写真を撮って、広島に帰ってきて、あとはフェイスブックに写真を載せて終わり、なんてことはしたくないです。私が求めているのは「知ること」なんですから。たとえば鞆の浦や直島といった小さな町の景色を楽しみながら、地方の文化をこの目で確かめたいんです。
プナルさん、後輩のために何かアドバイスはありますか?
いい質問ですね。とにかく私がお勧めしたいのは、もっと情熱的に勉学に取り組むこと。何ごとに対しても懐疑的な視点を持って、常に「なぜ、どうして」と問いかけ、考え、学びに対して常にオープンであること。そして大切なのが、趣味を持つこと。それも、一時の情熱で終わるようなものであってはいけません。自分が夢中になれる趣味でなくてはね。またできれば、ボランティア活動などの社会参加をすることもおすすめです。
また、異文化に対してもオープンでいることですね。日本では、考え方がオープンな人でも、他人に心を開くことを控えている人が多いように思います。それは社会の背景がそうさせているのでしょうね。でも、日本の人は、他人や新しいライフスタイル、自分たちとは違う視点や文化や生き方に対して、もっとオープンになるべきだと思います。
そして、英語を習得しようと奮闘中の日本のみなさんへ。海外に出ろとは言いません。語学学習のためだけに海外に行くのは容易なことではありませんからね。とにかく私がおすすめするのは、英語を聞くことと語彙リストを持つことです。私も語彙リストを常にバッグに入れて持ち歩き、知らない英単語に出会うとすぐに書きとめ、後で辞書を引くようにしています。私もみなさんと同じ英語学習者なんです。とても時間のかかるプロセスですが、私はこの学習法を楽しんでいますよ。あとは、照れずに質問をすること。私だって、今でもアメリカの友だちに英語の間違いを訂正してもらっています。そうやって上達していくんです。
プナルさん、将来の夢は何ですか。
夢というより、私の場合、将来の目標というべきですね。まずは、良い論文を書くこと。いくつかの論文を発表すること。いつか英語圏の学界で活躍し、同時に英語も上達させること(笑)。もちろん、本も書きますよ。そして何より、芸術と政治のある人生を送りたいですね。
では、いつかご自身が政界入りするということも?
とんでもない。政治家になろうなんて考えたこともありません。よく同じ質問をされますが、自分は政治家になるような器ではないと思っていますから。政治家を批判するのは得意ですけどね(笑)。
プナルさん、本日は、本当にありがとうございました。
こちらこそ、ありがとうございました。
Photo Gallery
Daphneと私(学内にて)
Mohammadと私(京都にて)
たおやかプログラムの仲間(Gajender & Quan)と、呉にて
Helenaと私(東広島市内の公園にて)
セルビアにて