第48回 チョムノルウィラ タファラさん(ジンバブエ)

「私はやれる」と自信を持って!

名前: チョムノルウィラ タファラ
出身: ジンバブエ
所属: 大学院人間社会科学研究科(数学教育学専攻)博士課程後期1年
趣味: チェス、ギター演奏
(取材日:2022年1月6日)

留学生インタビューバックナンバー

ふるさとは、どんなところですか。

ジンバブエから来ました。日本が幾つもの県で構成されるように、わが国も10の州から成ります。その中のひとつ、中央マショナランド州の州都、ビンドゥラが私の出身地です。ビンドゥラの主な産業は採鉱と農業です。ゴールド、クロム、ニッケルといった鉱物資源に恵まれた鉱業の中心地であると同時に、農業においてはトマトや葉物野菜の栽培が盛んなこの都市は、わが国の経済活動の中枢と言って過言ではありません。

日本、それも広島大学に留学することを決めたのはなぜですか。

日本を選んだ理由は主に2つです。まずひとつは、博士課程で学ぶための資金が必要で、アメリカと日本の両方の奨学金に申し込んだのですが、結局、選ばれたのが日本の方だったというわけです。2つ目の理由は、私が修士論文に取り組んでいた時の指導教官が、何かにつけて日本のことを引き合いに出すんです。この先生は私を「課題解決型学習」という領域に導いてくださった方なのですが、会うたび、いつも「日本ではこうで」「日本ではああで」と。おかげで、「日本をこの目で直接見てみたい」という好奇心が膨らみ、抑えられなくなりました。それに、もし日本に留学できたら大きな収穫を得られるに違いないとも思いました。以上の2つが、私が日本を選んだ理由です。
なぜ広大だったかについてですが、わが国で日本のことが話題にのぼる時は決まって首都である東京、そして歴史的な被爆地である広島・長崎、これら3つの地域のことでした。日本の大学の一覧を手にした時、私は「広島」の名に引き寄せられました。「広島に行って、あの原爆の日に何があったのかをこの目で見たい」と思ったのです。これが、広大を選択した主な理由です。

広大の第一印象はどうでしたか。

なんと素晴らしい大学だろうと思いました。というのも、私たちが広島空港に降り立った時、広大の先生方には大変温かい歓迎をいただき、それはもう言葉にできないほど感激したんです。教授が学生をあんなふうに手厚くもてなすなんて、ジンバブエではまずあり得ないことです。広大の先生方は、空港に着いた私たちを温かく出迎え、宿舎に送り届ける前には、他のいくつかの場所も案内してくださいました。まさに至れり尽くせりで、本当にありがたかったですね。

来日前は、何をされていたのですか。

ジンバブエの首都、ハラレにある学校で、中学・高校レベルの数学を教えていました。教職についたのは2010年のことです。また、試験官として、国家試験の採点もしていました。すなわち、生徒を教え、評価することが私の職務だったというわけです。

留学のために教職を離れることは、とても難しい決断ではありませんでしたか。

とても難しい、とまでは言わないけれど、簡単なことではありませんでしたね。職場からは研究休暇をもらえたので、学校を離れることはさほど問題ではありませんでした。やはり最大の問題は、家族を置いて行くことでした。私は結婚していて、2人の息子の父親ですから。今でも、時折家族のことを思うと泣きたくなります。しかし、人生とはそういうもの。何かを成し遂げるためには、時に何かを犠牲にしなくてはなりません。

広大に来られたのが1年前、そして大学院に入学する前に「日本語研修コース」を受講したのですね。授業はいかがでしたか。

日本語を学ぶのは楽しかったです。実は、日本語の響きは私の母語のそれとよく似ているんです。日本語の「トイレ」の発音なんて、我々の言語でいう時の発音とそっくりなんですよ。自分の母語の響きと出会うことが多い日本語の学習は、とても興味深かったです。
あと、日本語で「ハイ」といえば、それは英語でいうところの「Yes」、「イイエ」といえば「No」の意味ですよね。ところが、私の国ではそれがまったくあべこべなんです。「ハイ」は「No」を意味します。ですから、先生に何か質問されるたびに、「Yesと言いたい時は、何と答えればいいんだっけ」と、しばらく考えてから答えていました。
このように楽しく学べてはいたのですが、実は困ったことに、私のクラスには私以外の学生がひとりもいなかったのです。どの先生も授業のたびに課題を出されるのですが、私には相談相手も、比較対象すらもなく、それはもう大変なプレッシャーでした。しかし、おかげで、今ではひとりでどこへでも出かけられ、現地の方とも意思疎通ができるくらいの日本語力を身に付けることができました。

そして、現在は数学教育学(博士課程後期)を専攻されているのですね。現在、最も興味のある研究は何ですか。

私が現在興味を持っているのは、探求型研究。そして、科学的発見に関連した人道、倫理、道徳の教育について研究することです。

少し専門的ですね! 詳しくご説明いただけますか。

では、まず探求型研究について。私は常々、数学の授業をより身近な、実生活に密着したものにするよう努めています。それには、たとえば実生活のシナリオに基づいて課題を設定し、生徒が数学的知識を応用してそれらを解決する「課題解決型学習」というアプローチが用いられます。この時生徒に与えるのは現実の課題でも、そのために設定された仮の課題でもかまいません。私が意図しているのは、数学の抽象性を実生活の中に取り入れることです。何かを学ぶ時に最良の方法は、自ら実践することです。課題解決型学習とは、そのためのアプローチなのです。実践的に学べば、何でもよく吸収できますからね。
次に、人道教育や道徳教育について。被爆地を訪れ、被爆して亡くなった方々の名簿や、当時の姿のまま立ち続ける建物を目の当たりにした時、私は自分に問うたのです。「人類をここまで導いたのが科学だと言うなら、それはもはや私たちの味方とは言えないのではないか。ならば、私たちがするべきことは何だろうか」と。
むろん、兵器の研究をしにここに来ている人はいないでしょう。しかし、問題は兵器そのものだけではありません。生物学などの科学分野の研究者が、もし道徳心に欠け、人命を尊重する心に欠けていたならば、彼らは人類にとっての脅威となりえます。科学的発見とは人類を助けるために使われるべきもので、人類に害を及ぼすものであってはなりません。ですから、このような取り組みは、日本だけでなく全世界のために必要なことなのです。

詳しいご説明、ありがとうございました。ところで、ジンバブエと日本、大学生活に大きな違いはありますか。

それはもう、大違いです。たとえば、日本の大学院生にはそれぞれ「ラボ」と呼ばれる自分専用のスペースがあります。関係者以外立ち入り禁止の場所ですね。ジンバブエにはそんなものはありません。誰でも使える講義室とか、教職員のためのオフィスがあるだけです。ここに来て私が驚いたのは、ほとんどすべての大学院生が自分専用の机やラボを与えられていることです。
それに、この大学はとても静かですね。昼食中も、談笑したり騒いだりしている人をほとんど見かけません。ジンバブエの食事風景は、笑い声などが響いてとても騒がしいものです。日本とジンバブエの大学の大きな違いはそこですね。

研究の一環として、日本の学校を訪れたことはありますか。

はい。昨年の11月、広島大学の附属高校を見てきました。いくつかのテーマについて、教師が生徒にどんな授業をするのか見学するためです。その時は見学のみでしたが、私の研究の参考になることがたくさんありました。実は、同じ学校をこの2月にまた訪問することになっていて、今度は私がジンバブエの数学教育について生徒たちに講義するよう頼まれているんです。

授業の時は、いつもどんな教材を使うのですか。

私たちが使うのは、プロジェクターなどの電子機器の他に、コンパスや分度器といった数学用の道具です。それらは私たちの間では「メディア」と呼ばれています。メディアは、教師が必ず授業に持参するべき必需品です。メディアを用いて教えなければ生徒に理解させることはできない、というのがわが国の哲学なのです。「ここから10メートル測ったら」などと口頭で説明するだけでは不十分です。生徒には、ちゃんと10メートル測るところを見せなくてはね。ですから、私たち教師はいつもその日のテーマに関連した、それを見れば生徒が理解できるような物を、何かしら携えて授業に臨みます。

ジンバブエの教育制度とはどんなものですか。

私が生徒だった頃の教育制度は7-4-2制、すなわち、7年を小学校、4年を中学校、2年を高等学校で学んだ後に大学へ進む、というものでした。しかし、現在では小学校は9年制となりましたので、「9-4-2」制ですね。
入学試験に関して言えば、小学校の全生徒は中学校に上がる前に試験を受けるのですが、たとえこの試験に失敗しても、中学校には上がれます。しかし、中学から高校に上がる時の試験に失敗すれば、その生徒は高校には上がれません。つまり、これが最も大切な試験というわけですね。高校を卒業して大学に進学する際にも、やはり試験を受けてパスする必要があります。

試験は厳しいのですか。

はい、とても。特に、Aレベル(日本で言う高等学校)に上がるための試験、そして、大学進学のための試験はとても厳しいものです。ほとんどすべての子どもが小学校に行きますが、おそらくそのうち95~98%が中学に進みます。ところが高校進学となると、その割合が50%くらいにまで落ちます。それほど多くの生徒が高校へ行けないというわけです。高校から大学となると、進学率はさらに20%くらいにまで下がります。この数字の下がり具合を見れば、試験を突破するのがいかに困難なことかおわかりになると思います。

教育の専門家として、ギフテッド・チャイルド(並外れた能力、才能を持つ子ども)だけの特別クラスをどう思われますか。

コインに裏と表があるように、良い面とそうでない面があります。まずは良い面から。その国のきわめて優秀な頭脳を持つ子どもたちを守り、自らの夢を実現できる方向へと導くことは、私たちの責務です。しかし、生徒たちは学問だけでなく、人間関係についても学ぶ必要があります。私たちが「理解が遅い」と感じる生徒たちは、「鋭い」とされる生徒にはない何かを秘めています。彼らが共に学び、友人となり、互いに意見をかわせば、「鋭い」とされる生徒にも良い影響が期待できます。ですから、混合能力クラスで学ぶことも大切だと思います。これが私の意見です。

勉強が苦手な生徒たちのための特別授業については、どう思われますか。

これは良いことだと思います。教師の教えるペースが自分には合わない生徒もいるからです。焦ることなく、自分のペースで学べば、これまで理解できなかったことがいつかは理解できるし、理解をさらに深めることもできます。時間割にある授業とは別に行われる、このような授業は「補習授業」と呼ばれ、大変意義深いものです。生徒たちが一度習ったことを復習し、そのテーマについてより深く学習する機会を得られる場だからです。このような特別授業について、悪い面はまったく見当たりません。私は大賛成です。

数学が苦手な生徒のために、何かアドバイスをいただけますか。

日本であれジンバブエであれ、どこの生徒にも言えることですが、もし数学が得意になりたければ、まずは自分を信じること。「私はやれる」と自分に言い聞かせることです。たとえ優れた指導者に恵まれても、自分を信じることができなければ、いつまでもできるようにはなりません。もうひとつは、その教科に興味を持つことです。何度失敗しても諦めてはいけません。多くの生徒にとって最大の問題は、その教科に興味が持てないことです。数学への興味を失い、努力を放棄してしまえば、そこでジ・エンドです。
文学や人文科学系科目の好きな生徒の多くは、数学を苦手としています。そして理系科目が好きな子は、たいてい数学も好きです。わが国でも、数学が非常によくできる生徒が、英語のような言語科目を苦手とする傾向にあります。こういうのは、あくまでも自分の認識の問題なのです。「自分は文系タイプで、理系向きではないから」などと自身で決めつけているのです。何かをやろうとする前に、まずはそのような考えから脱却すること。そして「数学って楽しい!」と自分に信じさせること。着手するのはそれからです。以上が私からの助言です。

将来、留学したいと考えている学生たちにアドバイスをいただけますか。

では、日本に留学を考えている学生諸君へ。日本への留学は大いにお勧めします。諸君にとって、大いに得るものがあると思います。ただし、来日前には必ず日本の生活についてリサーチしていくことが重要です。
私の経験をお話ししましょう。ジンバブエでは千円もあれば5日間は食べていけますから、来日当時の私は日本の物価がこんなに高いなんて知りませんでした。ですから、ここでは千円が1日で消えてなくなることを知り、呆然としたものです。というわけで、私からのアドバイスは、とにかく来日前には日本での生活についてよく調査しておくことです。しかし、総合的に見て、日本の大学生活は最高だと思いますよ。

最後の質問です。将来の夢は何ですか。

学業面での目標は、国際的に通用する数学教育モデルを考案することです。たとえ自分ではそれがかなわないまでも、そのことに貢献したいと思っています。そのために、私は指導法、すなわちティーチング・メソドロジーについて研究しているのです。現在は、数学教育の21世紀モデルと呼べるような新しいメソッドについて考えているところです。もし十分な支援が得られれば、国際的に通用するようなモデルを考案したいです。
キャリア面での目標は、数学のカリキュラム・デザイナー、または、数学や数学教育に関連した分野で教える大学教授になりたいと思っています。それが、私の卒業後の目標です。

Photo Gallery

博士課程後期の入試を終えて、ケニア出身の友人Enocと

ジンバブエの仲間たち(SheilaとNyasha)と

教会にて、カナデとタカシと

鏡山公園にて、ジンバブエの仲間たち(SheilaとNyasha)と

教会にて、NyashaとSheilaと

マラウィ出身の友人・Lloydと

※インタビュー時は、写真撮影のため感染防止に注意した上でマスクを外している時があります。


up