第49回 ムティア クスマワティさん(インドネシア)

「再び、教育の現場へ」

名前: ムティア クスマワティ
出身: インドネシア
所属: 大学院教育学研究科博士課程後期(2020年4月より、大学院人間社会科学研究科に改組)
趣味: 映画を見る、料理をする
(取材日:2022年4月18日)

留学生インタビューバックナンバー

ご出身はどちらですか。

インドネシアのジャワ島から来ました。ジャワ島は首都ジャカルタのある島で、国の人口の半数以上がその島に集中しています。
わが国は多文化・多民族・多宗教の、まさに多様性の国です。教育においても同様で、もちろんキリスト教やイスラム教の学校などもありますが、多くの子どもたちは誰でも入れる公立学校で学びます。私自身はイスラム教徒ですが、小学校から高校まで一緒だった親友の中にはキリスト教徒や仏教徒の子たちもいました。お互いの家に遊びに行った時など、礼拝の時間になるたびに「時間だから、お祈りするね」といってはお祈りをしていました。そういうのが当たり前の日常でした。

インドネシアでは、どんな言語を話しますか。

わが国の公用語はインドネシア語ですが、ジャワ語やスンダ語やマドゥラ語など、公用語以外の言語を母語とする人も数多くいます。国内で話されている言語の数はとても多く、おそらく300以上はあると思います。たとえばパプア島などでは、村と村の間でも全く違う言語が話されているくらいです。

広島大学(以下、広大)に入学する前は、何をされていましたか。

インドネシア国内の大学では日本語教育を専攻しました。卒業後は、国内の日本語学校で約1年間、インドネシア人に日本語を教えました。
日本語を学び始めたのは高校の時です。1学年と2学年の2年間、必須科目の日本語の授業を受けてみて、日本語への興味が膨らみました。それで日本語の先生に相談したところ、日本語を使ってできる仕事がいろいろあると聞き、大学の専攻は日本語がいいなと思うようになりました。当時の先生はまだ大学を卒業したばかりの若い先生で、とても親身に相談に乗ってくださいました。その先生の専攻も日本語教育だったので、先生の出身大学に私も行こうと決めたのです。

留学を決めた時、数ある選択肢の中から広大を選んだのはなぜですか。

インドネシアでの大学時代、私の専攻の教員には広大の卒業生が何名かいらっしゃったので、広大についていろんなお話を聞く機会があったんです。広大は日本語教育の分野において、日本国内でもトップクラスだということも聞いていました。私も日本で大学院に進むからには、日本語教育についてより深く学びたいと思っていましたから、「行くなら、広大」というイメージが既に私の中にはありました。

他大学に留学したインドネシア人の友だちと情報交換することはありますか。

あります。他大学で学ぶ友だちの話を聞いて思うのは、やはり広大の日本語教育専攻の専門性は幅広いな、ということです。「日本語教育」というからには「教育」に関することはもちろん、他にも、言語そのものや文化、社会といった様々なことが同時に学べて、とても充実していると思います。一方、他大学の場合、日本語教育だったら教育だけというふうに、広大に比べると専門性が限られているな、という印象を持ちました。私たちの専攻には様々な分野の先生がいますから、その分、いろんなことに興味が広がりますし、すごく視野が広がるのを感じます。

具体的には、どんな点が興味深いですか。

私たちの専攻には、様々な分野の先生や学生が参加する「合同ゼミ」があります。そこではいろんな専門分野の研究のお話を聞くことができて、とても興味深く、有意義だと思います。

ムティアさんも発表したことがあるのですか。

はい、あの時は本当に緊張しました! 同じ研究発表でも、やはり自分のゼミの人だけが相手だと、基礎概念とかがわかってもらえているので、最初にそういった説明をする必要がないんですね。ところが、合同ゼミでは他分野からの参加者が多く、基礎概念がわからない人もいるので、まずそこから説明しないといけない。そういった難しさもありますね。

発表といえば、昨年は「未来博士3分間コンペティション2021」(※)というスピーチ大会に出場されたのですね。

はい。これは博士課程後期の学生が、持ち時間3分で自身の研究のビジョンと魅力をわかりやすく伝えるというエキサイティングな催しで、私は「ほめ言葉を通した異文化理解」というテーマで発表し、「オーディエンス賞」を受賞しました。
 

※詳細は、「未来を拓く地方協奏プラットフォーム(HIRAKU)」ウェブサイトの以下のページをご参照ください:
未来博士3分間コンペティションについて
未来博士3分間コンペティション2021開催報告

どんな工夫をして臨んだのですか。

やはり、専門外の人々に向けて説明するので、わかりやすさを心がけました。指導教員の先生にも相談し、何度も原稿を書き直しました。あまり詰め込みすぎると3分間には収まらないし、といって短かすぎても研究意義が伝わらない。やはり重要なのは研究意義ですから、どのように話せば聞いた人にこれが伝わるのかを真剣に考えました。このテーマを初めて聞く人は、「えっ、ほめ言葉なんて研究して何になるの?」と疑問に思うかもしれない。そこをちゃんと、「大事ですよ」ということを伝えたいと思ったんです。それで、自分のスピーチを録画して何度も見直して練習を重ねました。スライドや身振り、手振りを効果的に使う工夫もしました。

日本人のほめ言葉をどう思われますか。

概して日本人は、インドネシア人に比べると「ほめ」を多用する傾向にあると思います。私が思いもつかないようなところで「ほめ」を使います。「なぜ、この場面で『ほめ』を行うのか?」「この『ほめ』にはどんな意味、あるいは機能があるのか?」現在はそのようなことに注目し、インドネシア語の「ほめ」との比較をしています。

日本人からよく言われるほめ言葉とは、どんなものですか。

やはり「日本語が上手ですね」かな。来日したばかりで、まだ拙い私の日本語を、日本の人はよくそう言ってほめてくれました。もちろん、ほめられて嬉しくないわけじゃないけど、「こんなに下手なのに、なぜ?」と不思議に思いました。
他によくほめられることといえば、服装や持ち物など外見のことですね。インドネシア人の間でもまったくそういうのがないわけじゃないけど、日本人の方がそういう種類の「ほめ」の頻度が高いと思います。
日本では「ほめ」が会話のきっかけの役目を果たしますし、日本の人は話題を盛り上げるためにも「ほめ」を使いますね。あと、第三者についてほめあうことで、会話が盛り上がるだけでなく、同じ価値観や興味を共有していることを認識しあうなどというのも、日本語の会話においてはよくみられることですね。

詳しいご説明、ありがとうございました。ところで、入学は2016年でしたね。あれから新型コロナウイルスの流行などもあり、留学生活も大きく変化したのではありませんか。

そうですね。大きな変化と言えば、やはりウェビナーなど、リモート形式のイベントに参加する機会が増えたことですね。従来の対面形式とは違い、リモートにはいろいろと不便なことがあります。たとえば会議中の通信トラブルとか、何人もの参加者が同時に話し始めたりして声がかぶる、とか。しかし、リモートにも良い面はあります。出かけるための着替えや交通機関での移動など、対面の時には必要だった手間が大幅に省かれますから。
とはいえ、人との交流という意味では、リモートだと多少不満を感じることもあります。対面だと、これが終わったらご飯に行こうよ、なんていう楽しみもありますが、リモートの場合、そういう流れにはなりませんから。

学内の施設について、どう思われますか。

図書館をよく利用します。博士課程後期ともなると論文に取り組む時間が多いのですが、たいてい図書館でやります。だって自分の部屋だと、ベッドとか冷蔵庫が目に入るでしょう、あれで集中が妨げられるんですよ。ちょっと横になりたいな、とか、ああ、今冷蔵庫にあれが冷えてるんだなあ、とか(笑)。だから図書館がいいんです。それに、学内の食堂ではハラルフード(※)も提供されますし、売店でもハラルのレトルトカレーなどを販売しています。どれも本格的で、とてもおいしいです。
 

※イスラム法において、食べることが許されている食品や料理のこと。

ハラルといえば、ムティアさんが入学した2016年には、「留学生との異文化交流会~ハラル対応のお好み焼きを食べる会」が学内で催されましたね。

おぼえています。懐かしいですね! その会には私も参加しました。来日して間もなくの頃でしたね。日本人学生や留学生、たくさんの人と交流ができて楽しかったです。
お好み焼きというと、やはり豚肉入りが主流ですよね。しかし、あの会では、鶏肉入りのハラルのお好み焼きがふるまわれました。実は、私はお好み焼きはその時が初めてではなく、以前にも食べたことがあったのですが、お店のお好み焼きに入っている肉といえば豚肉ばかりなので、肉を抜いたものを注文して食べていました。たまに海鮮のトッピングを追加したものも食べましたが、やはり肉がないため、私には味気なく感じました。ですからあの時、鶏肉入りのお好み焼きを初めて食べて、とてもおいしかったです。

他には、どんな課外活動を経験しましたか。

入学して間もない頃、茶道部に入部しましたが、勉強が忙しくなったため、すぐにやめてしまいました。その後は広島インドネシア留学生会の委員として、いろんなイベントの仕事をしました。アルバイトとしては、ジムの清掃、インドネシア語の講師、通訳、翻訳の他に、2016年5月からは広大の国際室のPA(※)としても働いていて、もう6年になります。PAの仕事は、主に翻訳やウェブサイトでの広報などです。この仕事は日本文化、特に日本人の仕事のやり方やインドネシアとの違いなどについて知ることができ、非常に勉強になります。私の留学生活の中でも、欠かせない大切な一部となっています。
 

※フェニックス・アシスタント。広大の業務にアルバイトとして従事する学生。

昨今のAIの進化は目覚ましく、機械翻訳の精度も飛躍的に向上し、外国語を学ぶ意義についても様々な声が聞かれます。このことについて、ムティアさんのご意見はいかがですか。

言語の世界というのは、単に音や文法のみでなく、それこそ私の専門ですが、語用論とか、社会言語学だとか、そういった様々な知識をも含めて成り立つものだと私は思います。たとえば、人は相手によって言葉遣いを変えるでしょう。あとは微妙なニュアンスの使い分けや、その場にふさわしい単語を的確なタイミングで出せるかなど、そういったことを、さて、機械がどれくらいできるのでしょうね。
たとえば観光旅行とか、そういった場面ではあまり込み入った話をしませんから、機械翻訳を適宜利用するのもよいと思います。しかし、専門的なことに関するコミュニケーションや複雑なビジネスの話などにおいては、言語そのもの、というよりはむしろ、人と人とのつながり、そして人だけが持つ感覚や温かみなどが必要になってくると思います。そこのところが、まだまだ機械には難しいんじゃないかな、というのが私の意見です。「空気の読み方」とか、そういうのも大事ですよね。

インドネシアでも「空気を読む」という概念があるのですか。

いや、インドネシアではそんな風に言いませんけど(笑)。でも、そういうのが必要というのは、全世界共通だと思います。
さきほども言った通り、時には機械も便利ですが、機械というのはあくまで人間を助けるために存在するものです。だから機械を過信するのは危険だし、かといって機械の存在を否定するのも、なんだか違うんじゃないかなと思います。私自身、わからない単語があった時は翻訳機械を使いますし、機械を利用することで人の仕事が楽になる、ということは確かにあります。ただし、機械の出した答えに対し、「本当にそれが適切か否か」を判断するのは、常に人間です。それだけは、人間社会のある限り、おそらくはずっと変わらないことだと思います。

将来の目標について教えてください。

広大を卒業後は再び日本語教育の現場に戻り、インドネシア人やその他の日本語を母語としない人たちに日本語を教える教師となることが目標です。そのためにも、今はここで可能な限り多くのことを学び、吸収したいです。

最後に、日本語の勉強と教育の両方を経験したひとりとして、これから日本語を学ぶ人たちにアドバイスをお願いできますか。

自分は何のために日本語を学ぶのか、まずはそれを明確にすることが大切だと思います。日本語を使う目的を念頭に置き、それに照準を合わせて勉強することで、モチベーションをキープできるからです。
ただ日本のポップカルチャーが好きだとか、そういった動機から日本語を学ぶことも、もちろん楽しいことですが、じゃあその先、勉強した先には何があるのか? それが不明確なままでは、いずれどこかで行き詰まってしまうのではないでしょうか。
日本語を使って何がしたいのか、それがはっきりしていれば、辛くてもその目標に向かって学び続けることができます。みなさんにも、ぜひそうすることをお勧めします。

Photo Gallery

サイクリングで行ったしまなみ海道

一番好きな勉強スポット:中央図書館からの景色

広島風お好み焼き:おいしかったです

通っていた茶道教室

大学内の桜

※インタビュー時は、写真撮影のため感染防止に注意した上でマスクを外している時があります。


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