磁場で駆動する形状記憶効果のメカニズムを初めて解明

磁場で駆動する形状記憶効果のメカニズムを初めて解明
- 大出力アクチュエーターの実用化に向けた新展開! -

 

概要

広島大学大学院理学研究科の木村昭夫准教授と同研究科大学院生の叶 茂、東北大学電気通信研究所の白井正文教授および三浦良雄助教、物質・材料研究機構(NIMS)の小林啓介特別研究員および上田茂典研究員、東北大学多元物質科学研究所の貝沼亮介教授、東北学院大学工学研究科の鹿又武教授を中心とする研究グループは、大型放射光施設SPring-8の硬X線光電子分光と第一原理計算という理論的手法を用いて、強磁性形状記憶合金が示す構造相転移のメカニズムを初めて解明しました。この成果により、強磁性形状記憶合金をベースとした次世代アクチュエーターの物質設計への大きな方針が示されることが期待されます。

背景

強磁性形状記憶合金は、磁石の性質を持つ強磁性体に形状記憶効果※1が現れる新しい物質のことを指します。温度、磁場、電場など外場を与えて、変位や力などの機械的アウトプットに変換する材料は、アクチュエーター材料と呼ばれています。代表的なアクチュエーターとして、圧電材料、磁歪材料、形状記憶合金が挙げられますが、中でも形状記憶合金は発生可能なひずみや力が大きく、発生エネルギー密度は圧電材料・磁歪材料の約1000倍と非常に強力です。しかしながら、動作が材料の熱伝導で律速されるため、動作速度が低いという欠点がありました。

1996年に米国マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究グループにより、ニッケル(Ni)、マンガン(Mn)、ガリウム(Ga)からなるNi2MnGaという物質が、0.15%にも及ぶ磁場誘起歪を生じることが発見され、それがきっかけとなって強磁性形状記憶合金の研究が飛躍的に加速しました。この強磁性形状記憶合金は、磁場により変位を制御できることから、高速応答が可能な磁場駆動アクチュエーターへの応用展開が期待されます。さらに同MIT研究グループによりNi2MnGaの歪の大きさが約10%にも及ぶことが報告されましたが、双晶界面の移動を原理とすることから数メガパスカル※2の力しか発生し得ない事が実用への大きな障害となっていました。

ところが2004年以降に新しい強磁性形状記憶合金が発見され、磁場によりより大きな応力を出力することから実用化への大きな進展が見られ始めました。この新しい物質群は、ニッケル(Ni)、マンガン(Mn)、と第3番目の元素としてインジウム(In)、スズ(Sn)やアンチモン(Sb)で構成されるNi2MnZ(Z=In, Sn, Sb)という3元合金をベースとする強磁性形状記憶合金です。Ni2MnZそのものは強磁性体ですが、Ni2MnGaのような形状記憶効果は現れません。合金のマンガン原子を過剰にしたNi2Mn1+xZ1-xとなって初めて大きな形状記憶効果が現れます。特に2006年にはNi-Mn-Inの合金において、磁場を誘起することにより形状が完全に回復し、原理的には磁場によって100メガパスカルもの力を発生することができることが報告され、大きな注目を集めたばかりです。

このような強磁性形状記憶効果は、合金の結晶の基本構造が、高温では立方体(専門用語では立方晶と呼ばれる)であるのに対し、冷却しある温度に達すると、立方体からずれた複雑な構造に構造転移を起こします。この構造相転移はマルテンサイト変態※3と呼ばれますが、この構造相転移の発現機構をミクロな立場から理解することは、より高い機能性を持った、実用的な強磁性形状記憶合金を開発する上で大変重要と考えられますが、これまでそのような研究は、世界中を見渡してもほとんど行われていませんでした。

研究手法と成果

研究グループは、この新しいタイプの強磁性形状記憶合金のひとつであるNi2Mn1+xSn1-xにおけるマルテンサイト変態の発現メカニズムをミクロな立場から解明するために、最先端の大型放射光施設SPring-8※4のNIMS専用ビ?ムラインBL15XUを利用した硬X線光電子分光※5および第一原理計算※6による理論的手法を駆使して詳細にその電子構造※7を調べました。

その結果、ニッケル(Ni)の電子状態が大きくスピンの向きによってエネルギー的に分裂しており、そのうちの少数スピン状態がマルテンサイト変態に大きく関わっていることを見いだしました。また、母相であるNi2MnSnではその状態が完全に電子で埋められており、マルテンサイト変態に関わる事はありませんが、Mnを過剰にしていくことにより、ニッケルの少数スピン状態に空きが生じ構造を変えてエネルギー分裂を起こした方が有利であることを初めて見いだしました。

研究成果の意義

1. これまで未解明であった強磁性形状記憶合金の構造相転移のメカニズムを電子構造の立場から初めて解明されました。
2. より高性能の強磁性形状記憶合金をベースとした次世代アクチュエーター材料の物質設計に大きな方針を示すことが期待されます。

 

本研究は、科学研究費補助金と東北大学電気通信研究所共同プロジェクトの助成を受けて実施されました。
また、本研究成果は米国の科学雑誌フィジカル・レビュー・レターズ『Physical Review Letters』(4月30日号)に掲載されるに先立ち、オンライン版(4月26日付け)に掲載され、同誌のハイライト論文として取り上げられました。(米国時間)

原著論文

M. Ye, A. Kimura, Y. Miura, M. Shirai, Y. T. Cui, K. Shimada, H. Namatame, M.Taniguchi, S. Ueda, K. Kobayashi, R. Kainuma, T. Shishido, K. Fukushima, and T. Kanomata,
“Role of Electronic Structure in the Martensitic Phase Transition of Ni2Mn1+xSn1-x Studied by Hard-X-Ray Photoelectron Spectroscopy and Ab Initio Calculation”,
 Physical Review Letters 104, 176401 (2010).
http://prl.aps.org/abstract/PRL/v104/i17/e176401

解説文

A. Planes, "Controlling the martensitic transition in Heusler shape-memory materials", Viewpoint in Physics, Physics 3, 36 (2010).
http://physics.aps.org/articles/v3/36

本研究に関するお問い合わせ先

広島大学 大学院理学研究科 物理科学専攻
准教授 木村昭夫(きむら あきお)
TEL 082-424-7471 FAX 082-424-0719
〒739-8526 東広島市鏡山1-3-1
E-mail:  akiok@hiroshima-u.ac.jp (@を半角に変換してください。)

東北大学 電気通信研究所 情報デバイス研究部門
教授 白井正文(しらい まさふみ)
TEL 022-217-5074  FAX 022-217-5074
〒980-8577 仙台市青葉区片平2-1-1
E-mail:  shirai@riec.tohoku.ac.jp (@を半角に変換してください。)

独立行政法人 物質・材料研究機構 共用ビームステーション
共用ビームステーション長 小林啓介(こばやし けいすけ)
TEL 0791-58-0223  FAX 0298-58-0223
〒679-5148 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1 大型放射光施設SPring-8内
E-mail:  kobayashi.keisuke@nims.go.jp (@を半角に変換してください。)

東北学院大学 工学研究科
教授 鹿又 武(かのまた たけし)
TEL 022-795-6417 FAX 022-795-3104
〒980-8578 宮城県多賀城市中央一丁目13-1
E-mail:  kanomata@tjcc.tohoku-gakuin.ac.jp (@を半角に変換してください。)

参考資料

図1 形状時奥合金におけるバリアント変換

図1 形状時奥合金におけるバリアント変換

 

説明)形状記憶合金は温度を変えることにより高温相と低温相の間を行き来する。多くの場合、高温相は立方晶系の構造をとり、低温相では対称性の低い構造をとる。そのため、低温相はいくつかの結晶学的方位の異なる領域(バリアント)から構成されている。合金を冷却し相転移をさせると、すべてのバリアントは、ほぼ同じ量だけ生成し、転移に伴う外形変化ができるだけ小さくなるように配置する。この場合、バリアントどうしの境界は比較的容易に移動することが可能な双晶面になっているため、低温相の状態で外部から応力を加えると、この界面が移動しバリアントの変換が起き、大きな歪が現れる。この大きな歪は、高温相に戻す際に消失し、最初の形に戻る。これが通常の形状記憶効果である。

図2 Ni2Mn1-xSn1-xの高温側(立方晶)および低温側(マルテンサイト層)の結晶の構造。

図2 Ni2Mn1-xSn1-xの高温側(立方晶)および低温側(マルテンサイト層)の結晶の構造。

 

説明)Ni2Mn1-xSn1-xの結晶構造は、高温側では基本構造が対称性の高い立方体(立方晶)となっているが、マルテンサイト変態後の低温側では対称性が低下した構造(斜方晶)をとる。

図3 Ni2Mn1-xSn1-xの硬X線光電子スペクトル。

図3 Ni2Mn1-xSn1-xの硬X線光電子スペクトル。

 

説明)Ni2Mn1+xSn1-xの硬X線光電子スペクトルを室温(300ケルビン)から低温(20ケルビン)まで変化させながら測定したところ、マルテンサイト変態が起こる温度にてフェルミエネルギー近くの電子構造が大きく変化している様子が観測された[ 図2(a)参照 ]。また、高温相にて観測されるピーク構造がMn濃度の増加に対して、低エネルギー側に動いて行く様子が観測された[ 図2(b)参照 ]。

図4 (a) 第一原理計算により得られたNi2Mn1-xSn1-xの電子状態密度および(b) 全エネルギーの格子定数比(c/a)依存性。

図4 (a) 第一原理計算により得られたNi2Mn1-xSn1-xの電子状態密度および(b) 全エネルギーの格子定数比(c/a)依存性。

 

説明)第一原理計算で得られた状態密度から、Ni 3d少数スピン電子状態がMn濃度の増加に対して低エネルギー側にシフトする様子が再現された[ 図4(a)参照 ]。また、Mn濃度が増加することにことで、立方晶がエネルギー的に不安定化している様子が第一原理計算から見事に説明されている[ 図4(b)参照 ]。

用語解説

※1 形状記憶効果
ある温度以上で変形を受けても形状が回復すること。

※2 メガパスカル
「パスカル」は応力や圧力の単位。メガパスカル=100万パスカル。1気圧はおおよそ10分の1メガパスカル(10万パスカル)に相当する。

※3 マルテンサイト変態
合金の結晶の基本構造が、高温では立方体(専門用語では立方晶と呼ばれる)であるのに対し、冷却しある温度に達すると、立方体からずれたより複雑な構造に転移を起こすこと。強磁性形状記憶合金では、高温では単純な強磁性になっているが、このマルテンサイト変態にともなって、低温側では複雑な磁気構造をとり、一般的に全体的な磁化が小さくなるのが特徴。

※4 大型放射光施設スプリング・エイト
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高のエックス線放射光を生み出す施設。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、指向性が高く強力な電磁波のこと。赤外線からX線にわたる広い領域の光が得られる。

※5 硬X線光電子分光
可視光は波長が400から800ナノメートル(ナノメートル=10億分の1メートル)の電磁波であるのに対し、硬X線は波長が0.01から0.3ナノメートルの波長を持つ。硬X線光電子分光は、物質に硬X線を入射し、そこから放出される電子の個数とエネルギーの関係を調べることにより、物質内の電子構造(※参考)を調べる実験的手法。従来の真空紫外光(波長が約10ナノメートル)を用いた光電子分光は表面近傍の情報しか得られなかったが、硬X線で励起することにより、物質内部の電子構造を調べることが可能になった。

※6 第一原理計算
実験データや経験的パラメーターを使わないで、原子核と電子間に働く基本的な相互作用のみを拠り所として物質の性質を探る理論計算手法の総称。

※7 電子構造
物質中の電子の状態のこと。電気伝導現象、磁気的現象(磁性)、構造相転移などに代表される物質の性質(物性)は主に、物質中の電子構造によって決まっていると考えられる。


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