トポロジカル絶縁体の電子の詳細な振る舞いを初めて解明

平成22年8月18日

国立大学法人 広島大学
国立 呉工業高等専門学校

トポロジカル絶縁体の電子の詳細な振る舞いを初めて解明
- 超低消費電力デバイスへの応用に期待 -

概要

広島大学大学院理学研究科大学院生の黒田健太と同研究科の木村昭夫准教授、呉工業高等専門学校の植田義文教授、広島大学放射光科学研究センターの島田賢也教授を中心とする研究グループは、同センターが有する世界最高水準の高分解能・角度分解光電子分光実験装置を用いて、トポロジカル絶縁体であるビスマス・セレナイドの電気伝導を担う電子の速度分布に異方性があることを初めて観測しました。さらに軽元素であるマグネシウムを用いてその速度分布や電子密度を制御できることを初めて明らかにしました。この成果により、電子スピンを用いた新しい高性能デバイスの開発へ大きな指針を与える事が期待されます。

背景

通常の絶縁体は電圧をかけても電流が生じませんが、ごく最近発見されたトポロジカル絶縁体では、結晶の表面に電流が生じます。またトポロジカル絶縁体表面の電子は質量を持たず、スピン(電子の自転)をそろえて動き回るという特殊な性質を持ちます。通常の物質とは異なり、トポロジカル絶縁体の表面を動き回る電子は、不純物によって邪魔されることがないため、スピンを利用した次世代・超低消費電力デバイスへの応用に向けて大きな期待が寄せられています。
最近、ビスマス・セレナイド(Bi2Se3)という結晶が、トポロジカル絶縁体としての性質を示すことが米国のプリンストン大学の研究グループにより実験的に示されて以来、世界中で大きな注目を集め、盛んに研究がされるようになりました。しかしながら、その表面電子状態の詳細な電子の振る舞いについてはまだ不明瞭なままでした。

研究手法と成果

研究グループは、広島大学放射光科学研究センターにおいて、表面電子状態を世界最高レベルの精度で直接観測できる高分解能・角度分解光電子分光装置を用いて、ビスマス・セレナイド結晶の表面上を運動する電子の速度分布を詳細に調べました。
その結果、これまで等方的であると考えられていた電子の速度分布に異方性があることをはじめて明らかにしました。さらにその速度分布は、電子の持つエネルギーによって等方的なものから異方的な分布に変化をすることを初めて明らかにしました。さらに、微量のマグネシウム原子をビスマス原子と置き換えることにより、その速度分布を自由に制御できることを明らかにしました。

研究成果の意義

1. これまで不明確であったトポロジカル絶縁体ビスマス・セレナイドの表面電子の詳細な速度分布とそのエネルギー依存性がはじめて明らかにされました。
2. 結晶中のビスマス原子を微量のマグネシウム原子に置き換えることにより、その速度分布と電子密度を自由自在に制御できることを世界に先駆けて示しました。
3. 本研究成果により、スピンを利用した次世代の超低消費電力デバイスへの開発に大きな指針を与えるものと期待されます。

本研究課題は、放射光科学研究センターの共同研究委員会により採択された研究課題のもと実験が行われました。また本研究は科学研究費補助金の助成を受けて実施されました。また、本研究成果は米国の科学雑誌フィジカル・レビュー・レターズ『Physical Review Letters』(8月13日号)に掲載されました。さらに本論文が同紙のハイライト論文として取り上げられました。

原著論文

K. Kuroda, M. Arita, K. Miyamoto, M. Ye, J. Jiang, A. Kimura, E. E. Krasovskii, E. V. Chulkov, H. Iwasawa, T. Okuda, K. Shimada, Y. Ueda, H. Namatame, and M. Taniguchi, “Hexagonally Deformed Fermi Surface of the 3D Topological Insulator Bi2Se3,” Physical Review Letters 105, 076802 (2010).
(URL) http://prl.aps.org/abstract/PRL/v105/i7/e076802

ハイライト記事

"A flattened cone" (Physics Synopsis)
(URL) http://physics.aps.org/synopsis-for/10.1103/PhysRevLett.105.076802

 

本研究に関するお問い合わせ先

広島大学 大学院理学研究科 物理科学専攻
  准教授 木村昭夫(きむら あきお)    TEL 082-424-7471 FAX 082-424-0719
  〒739-8526 東広島市鏡山1-3-1     E-mail:  akiok@hiroshima-u.ac.jp

呉工業高等専門学校 電気情報工学科
  教授 植田義文(うえだ よしふみ)   TEL 0823-73-8470  FAX 0823-73-8474
  〒737-8506 呉市阿賀南2-2-11     E-mail:  ueda@mail.kure-nct.ac.jp

報道に関するお問い合わせ先

 広島大学 社会連携・情報政策室広報グループ
  和木 光江   TEL 082-424-6017 FAX 082-424-6040
  〒739-8526 東広島市鏡山1-3-1 E-mail:  koho@office.hiroshima-u.ac.jp

呉工業高等専門学校 広報室
  三谷 英子 TEL 0823-73-8964
  〒737-8506 呉市阿賀南2-2-11 E-mail:  kouhou@kure.nct.ac.jp

 (※@は半角に置き換え送信してください。)

参考資料

1. トポロジカル絶縁体における表面電子
電子は自転をすることにより、ひとつひとつが磁石としての性質をもっている。右図 (a)に示すように、右まわりの自転をアップスピン、左まわりの自転をダウンスピンと呼ぶことができる。右図(b)に示すように、トポロジカル絶縁体の表 面には、質量ゼロのアップスピンとダウンスピンの電子が動き回っている。またこれらのアップスピンとダウンスピンの電子は互いに逆向きに運動する。この様 子を横軸を電子の運動量、縦軸を電子のエネルギーとして表すと、右図(c)の様に、電子エネルギーと運動量が比例関係にある。さらにこれを表面電子の二次 元平面の運動量として表すと、円錐となることから、一般にディラック・コーンと呼ばれる。また、ディラック・コーンの中心にあたる直線が交わる部分はディ ラック点と呼ばれる。

1. トポロジカル絶縁体における表面電子

2. 通常の絶縁体とトポロジカル絶縁体
通常の絶縁体は価電子帯と伝導帯の間にエネルギーギャップが開いているために、電流は流れない。一方、トポロジカル絶縁体ではエネルギーギャップの領域にスピン偏極した表面電子状態が価電子帯と伝導帯の間をつないでおり、表面電流に寄与する。   

2. 通常の絶縁体とトポロジカル絶縁体

3. 放射光を用いた角度分解光電子分光の実験配置図(広島大学放射光科学研究センター)
広島大学放射光科学研究センターの放射光蓄積リングHiSORから発生する高輝度放射光を光源として、世界最高レベルの精度で直接観測できる高分解能・角度分解光電子分光装置を用いて、ビスマス・セレナイド単結晶の表面電子の速度分布を詳細に調べた。  

3. 放射光を用いた角度分解光電子分光の実験配置図(広島大学放射光科学研究センター)

4.ビスマス・セレナイドの表面電子の速度分布の詳細観測(研究成果)
ビスマス・セレナイドの表面電子の速度はディラック点の付近では等方的(円形)であるが、そこからエネルギー的にはなれたところでは、異方的(六角形)なっていることを初めて捉えることができた。

4.ビスマス・セレナイドの表面電子の速度分布の詳細観測(研究成果)

5.マグネシウム置換によるビスマス・セレナイドのエネルギーの変化(研究成果)
ビスマス・セレナイド結晶中のビスマス原子の一部をマグネシウム原子に置換することにより、電子エネルギーの位置を変化させることができた。この研究成果は、マグネシウム原子の置換によって、電子の速度分布と電子密度を制御することが可能であることを示す。電子の速度分布や電子密度は、電気伝導に深く関わっており、これらを制御することができれば、スピンを利用した次世代・超低消費電力デバイスへの開発に大きな指針を与えることになる。

5.マグネシウム置換によるビスマス・セレナイドのエネルギーの変化(研究成果)


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