自閉症モデルマウスで発達期のセロトニン異常を発見

平成22年12月14日

科学技術振興機構(JST)
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広 島 大 学
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自閉症モデルマウスで発達期のセロトニン異常を発見
(治療法開発への貢献に期待)

JST 課題解決型基礎研究の一環として、広島大学 大学院医歯薬学総合研究科の内匠(たくみ) 透 教授らは、自閉症ヒト型モデルマウスを使った研究で、発達期にセロトニン異常が生じていることを発見しました。

自閉症に見られる社会性の行動異常は、臨床のデータなどからセロトニンとの相関関係があると知られていましたが、原因はほとんど分かっておらず、診断や治療法の開発のために、その病態解明が望まれていました。内匠教授らはこれまでに、染色体工学の手法を用いて、ヒト15番目の染色体の一部に相当する領域 が重複した、ヒト染色体15q11-q13重複モデルマウス注1)の作製に成功しています。このマウスは、社会性の行動異常をはじめとする自閉症行動を示すだけでなく、自閉症の原因である染色体異常をヒトと同じように持つ世界初の自閉症ヒト型モデルマウスです。

本研究グループは今回、この自閉症ヒト型モデルマウスで脳内の異常を詳しく調べたところ、発達期において脳内のセロトニン濃度が減少していることを発見 しました。また、神経細胞におけるセロトニンシグナルの異常もあることから、発達期におけるセロトニンの異常が社会性行動異常の原因となる可能性を明らかにしました。

この研究成果は今後、自閉症に対するセロトニン系を中心とした治療法の開発につながるものと期待されます。

本研究成果は、2010年12月15日(米国東部時間)発行のオンライン科学雑誌「PLoS ONE」に掲載されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

研究領域:「精神・神経疾患の分子病態理解に基づく診断・治療へ向けた新技術の創出」
(研究総括:樋口 輝彦 国立精神・神経医療研究センター 理事長)
研究課題名:「精神の表出系としての行動異常の統合的研究」
研究代表者:内匠 透(広島大学 大学院医歯薬学総合研究科 教授)
研究期間:平成21年10月~平成27年3月

JSTはこの領域で、少子化・高齢化・ストレス社会を迎えた日本において社会的要請の強い認知・情動などをはじめとする高次脳機能の障害による精神・神経疾患に対して、脳科学の基礎的な知見を活用し、予防・診断・治療法などで新技術の創出を目標にしています。

上記研究課題では、研究代表者らが最新の染色体工学的手法を用いて開発した自閉症ヒト型モデルマウスをはじめとする発達障害モデルやリズム障害モデルを通して病態解明を行うとともに、数理モデル解析に基づく非侵襲診断法の開発、環境要因を含めた治療法の基盤開発など、精神行動異常疾患の統合研究を目指しま す。

 

研究の背景と経緯

自閉症は社会性行動異常を伴う精神疾患で、その病因はほとんど分かっていません。臨床のデータなどから自閉症とセロトニンとの相関関係があることは知られていましたが、これまでヒト自閉症の的確な動物モデルが存在しなかったため、病因の解明が難しい状況でした。

ヒト染色体15q11-q13重複は、自閉症患者に見られる染色体の異常として最も頻度の高いものですが、内匠教授らは昨年、最新の染色体工学の手法を用いてヒト染色体15q11-q13重複モデルマウスの作製に成功しました(図1)。このマウスは、社会性の行動異常をはじめとする自閉症行動を示すだけでなく、自閉症の原因である染色体異常をヒトと同じように持つ世界初の自閉症ヒト型モデルマウスです。

この自閉症ヒト型モデルマウスにより、自閉症の病態解明を行うことができる状況になりました。

研究の内容

本研究グループは今回、この自閉症ヒト型モデルマウスを用いて、その行動と神経化学的解析を行いました。

行動解析に関しては、すでに発表した社会性行動異常注2)の他に異常行動が見られないかを明らかにするために、さらに別の行動解析を行いました。例えばオープンフィールドテストでは、部屋の中央にいる時間が短いなど(図2)、新しい環境に対する不安の上昇、探索行動の低下などの新たな異常を見いだしました。未経験の状況に対応する困難さや興味を持つ対象の狭さは、ヒト自閉症でも見られる症状として知られています。今回の行動解析により、モデルマウスがヒト自閉症の症状を再現することが、より強く支持されます。

加えて、神経化学的解析として高速液体クロマトグラフィーによる成体脳各部位(小脳、中脳、嗅球、大脳皮質、橋(きょう)注3)・延髄)の神経伝達物質であるセロトニンやドーパミンなど(モノアミン注4))の測定を行ったところ、小脳、中脳でセロトニンの減少を見いだしました。また、1~3週齢といった発達期の脳各部位(小脳、大脳皮質、海馬、視床下部、中脳、橋)を用いた同様の測定により、全ての脳領域でセロトニンが減少し、橋でドーパミンが増加していることが分かりました(図3)。染色体の15q11-q13重複によりセロトニンが減少することを明らかにした今回の成果は、今後、自閉症とセロトニンとの因果関係を探る上で重要な結果です。

その他、行動や神経化学的解析結果では、現在抗うつ薬として臨床でよく用いられるSSRI注5)の作用部位であるセロトニントランスポーターを持たないマウスと自閉症ヒト型モデルマウスとが非常によく似た行動やセロトニン量・ドーパミン量の異常を示すことも分かりました。重複させている染色体の部分にはさまざまな遺伝子が存在するため、いずれの遺伝子が自閉症ヒト型モデルマウスの異常行動の原因であるかについては今後の課題ですが、セロトニンが減少したマウスと非常によく似た行動が見られたという結果は、自閉症ヒト型モデルマウスで見られる行動異常がセロトニンの異常に起因することを強く支持するものです。

今後の展開

自閉症ヒト型モデルマウスを用いた今回の成果によって、このモデルマウスがヒト自閉症によく似た行動を取るとともに、発達期のセロトニン異常が発生することを明らかにしました。これらの結果は、染色体異常と自閉症およびセロトニンとの因果関係を明らかにし、自閉症の病態解明に大きく貢献するものです。加えて、セロトニンに着目した自閉症の治療薬開発や、モデルマウスを利用した治療法開発につながるものと期待されます。

参考図

図1 ヒト染色体15q11-q13重複モデルマウス

図1 ヒト染色体15q11-q13重複モデルマウス

ヒト15番染色体(左)、マウス7番染色体(中央)、ヒト染色体15q11-q13重複モデルマウスが持つ染色体(右)の模式図。ヒト15番染色体に相当する部分は、マウスでは7番染色体上に存在することがゲノム解析で明らかになっている。染色体上の領域は、染色体番号と特定の染色試薬で染色した場合の縞状のパターンを表す番号で記述される。ヒト15番染色体のq11からq13までの部分に相当する部分をマウス7番染色体上で重複させることにより、モデルマウスを作製した。

図2 オープンフィールドテストの結果(画像)
図2 オープンフィールドテストの結果(グラフ)

図2 オープンフィールドテストの結果

図は、マウスの滞在時間を色で表している。中心にいた時間は、野生型マウスに比べてヒト染色体15q11-q13重複モデルマウス(7番染色体重複マウス)の方が少ない(**P<0.01)。

図3 高速液体クロマトグラフィーによる脳内各部位(1~3週齢)におけるセロトニン、ドーパミンの量(*p<0.05)

図3 高速液体クロマトグラフィーによる脳内各部位(1~3週齢)におけるセロトニン、ドーパミンの量(*p<0.05)

ヒト染色体15q11-q13重複モデルマウス(7番染色体重複マウス)では、大脳皮質、視床下部、中脳、小脳、海馬、橋、延髄のいずれでも1~3週齢で有意にセロトニン量が減少していた。これに対してドーパミン量は、橋と延髄を含む試料で有意に増加していた。

用語解説

注1)ヒト染色体15q11-q13重複モデルマウス
ヒト染色体15q11-q13領域に相当する、マウス7番染色体の一部を重複させたモデルマウス。
 
注2)すでに発表した社会性行動異常
自閉症ヒト型モデルマウスでは、近くにいる他のマウスに対する反応性が低下する、学習した反復行動を繰り返すなどの行動異常を報告している(Cell 137:1235-1246、2009)。
 
注3)橋
大脳、小脳、脳幹から構成される脳のうち、脳幹(大脳の下部・小脳の腹側に位置し、脊髄につながる部分)に含まれ、延髄に隣接している。顔面神経などの脳神経が出る部分であるほか、大脳から小脳に運動を制御する出力を伝える経路も存在する。
 
注4)モノアミン
1個のアミノ基を持つ、アミン化合物のこと。脳内で神経伝達物質として働くモノアミンとして、セロトニン、ドーパミン、ノルアドレナリンなどが知られている。
 
注5)SSRI
セロトニン再取り込み阻害剤で、抗うつ薬として臨床で頻繁に使われている。神経細胞の細胞膜上に存在するセロトニントランスポーターによるセロトニンの神経細胞への取り込みを阻害するため、結果としてシナプス間隙のセロトニン濃度を上昇させる。セロトニントランスポーターを欠失させたマウスの脳では、セロトニンが減少することが知られている。

論文名

“Decreased exploratory activity in the model mouse for 15q duplication syndrome; implication in disturbance of serotonin signaling.”
(15q重複症候群モデルマウスにおける探索行動の低下:セロトニンシグナルの障害が示唆される)

 

お問い合わせ先

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広島大学 大学院医歯薬学総合研究科 教授
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