テラヘルツ光で見たラットリング振動の異常性

平成22年12月27日

国立大学法人 東北大学・大学院理学研究科
国立大学法人 広島大学

テラヘルツ光で見たラットリング振動の異常性
グリーンエネルギーを生む熱電変換物質の開発への重要なヒント

概要

熱電変換とは熱を電気に直接変換することである。この変換効率が高ければ、製鉄所やごみ焼却炉などで発生する廃熱を用いた発電が可能となるので、熱電変換物質の開発はエネルギーの再生利用に重要な鍵を握っている。熱電変換物質は、電気はよく流れるが熱を伝えにくいという性質をもつことが必要である。熱の伝導を抑える機構として、カゴ状物質中の原子のラットリング振動が最近注目されている。ラットリングとは赤ちゃん用玩具の「ガラガラ」という音に倣って名付けられたものである。
今回、東北大学・大学院理学研究科物理学専攻の豊田直樹教授のグループ(低次元量子物理研究室)は、クラスレ-ト化合物Ba8Ga16Sn30のカゴに内包されているバリウム(Ba)原子のラットリング運動をテラヘルツ光で撮影することに成功した。この成果は、ガラス状物質にみられる低い熱伝導と金属のような高い電気伝導がこの物質で共存するため熱電変換効率が高いことを発見した、広島大学・大学院先端物質科学研究科の高畠敏郎教授のグループ(磁性物理学研究室)との共同研究で得られた。論文は、年明けの1月7日発行のフィジカル・レビュー・レター誌(米国物理学会)にて発表される。
なぜ、クラスレートのような周期的な原子配列をしている物質が、構造が乱れたガラスと同じような熱伝導現象を示すのであろうか? これまでの研究で、ガリウム(Ga)とスズ(Sn)がつくる14面体カゴの4つの非中心サイト間を1個のバリウム原子がラットリング振動していることが知られている。(図2参照)つまり、バリウム原子は時間的にも空間的にも大きく揺らいでいるために、その位置を確定することはできない。この「構造のゆらぎ・乱れ」と熱伝導の問題は物理としても大変興味深い。
ところで、ゲストのバリウムは2個の電子をカゴに供与するので、電気的には中性ではなくなり2価の陽イオンとなる。従って、そのラットリングと同程度の振動数をもったテラヘルツ光を照射すると、バリウムイオンはその電場成分と直接的に相互作用して局所的な電流を運ぶことができる。今回の実験は、試料(図1参照)を透過したテラヘルツ光の電場ベクトル(振幅と位相の両方)の時間波形をフェムト(10-15)秒オーダーで超高速度撮影したものである。試料を室温から絶対ゼロ度近くまで冷やして得られたスペクトルには、ピークが分裂し、スペクトル幅が広がる様子がはっきりと映っている(図3参照)。ピークの分裂自体は複数の非中心安定点を持つことにより説明されるが、低温でのピーク幅の増大はきわめて異常なことである。一般的に、スペクトルの幅が広いことは、その振動モードが周りの「環境」と相互作用することで減衰しやすいことを意味する。したがって、熱エネルギーが小さい低温では、エネルギー励起が抑制され相互作用は弱くなりスペクトル幅はより狭くなるのが通常の振る舞いである。今回のバリウムイオンの周りには、3次元的にネットワークを形成するカゴ上を伝播する音響型振動の波と比較的自由に動ける電子群が存在している。それぞれが熱や電気を運ぶ主役であり、熱電変換効率を決定している。非中心サイト間を大きく揺れ動いているゲストのラットリング運動は、これらの主役のどちらか(あるいは双方)と強く相互作用しているはずである。本研究が新たに提起した重要な問題は「ラットリング運動は、なぜ低温でより頻繁に散乱され強く減衰するのだろうか?」であり、これに答えることが今後の課題である。
今回の成果は、ラットリング振動現象の異常性を明らかにしたことに意義がある。今後は、より効率の高い熱電変換物質の開発への一助となるためにも、その物理学的理由を究明する必要がある。

本研究は、森龍也博士(現、分子科学研究所)、岩本慧修士(東北大学・大学院博士課程在学)、櫛引俊介学士(同修士課程)、本多裕典学士(同修士課程)、末國晃一郎博士(現、北陸先端科学技術大学院大)、マルコス・アヴィラ博士(現、ブラジルABC国立大学准教授)など多くの学生と若手研究者を中心に行われた.文部科学省からグローバルCOEプログラム(「材料インテグレーション」国際教育研究拠点、東北大学)および諸科学研究費(基盤研究A「連続したナノ空間に閉じ込められた物質の伝導ダイナミックス」、特定領域研究「配列ナノ空間を利用した新物質科学」、新学術領域研究「重い電子系の形成と秩序化」)の研究支援を受けた。

発表論文

T. Mori, K. Iwamoto, S. Kushibiki, H. Honda, H. Matsumoto, N. Toyota, M. A. Avila, K. Suekuni, T. Takabatake, (in press) Phys. Rev. Lett.
Optical conductivity spectral anomalies in the off-center rattling system β- Ba8Ga16Sn30.
(和訳: β型Ba8Ga16Sn30におけるオフセンター・ラットリングの異常な光学伝導スペクトル)

 

報道関係者へのお願い
報道は本年12月28日(火)午前0時解禁、テレビ、ラジオ、インターネットなどでの発表はこの時刻以降、新聞に関しては同日付の紙上でお願いします。

問い合わせ先

東北大学・大学院理学研究科・物理学専攻
教授:豊田直樹
電話番号:022-795-6467(6604)
toyota-n@ldp.phys.tohoku.ac.jp

広島大学・大学院先端科学研究科・量子物質科学専攻
教授、サステナブル・ディベロップメント実践研究センター長
高畠敏郎
電話番号:082-424-7025 Fax: 082-424-7029
takaba@hiroshima-u.ac.jp
(@は半角@に置き換えた上、送信してください。)

補足資料

1.I型クラスレート化合物(化学式Ba8Ga16Sn30)の結晶と研磨による薄体化
フラックス法で育成された単結晶写真(左図)とダイアモンド研磨シートによる研磨した薄体試料(右図)。一センチ四方のサファイア基板に貼り付けてあり、この面に垂直にテラヘルツ光を照射する。

1.I型クラスレート化合物(化学式Ba8Ga16Sn30)の結晶と研磨による薄体化(写真)

2.カゴ状構造とラットリング振動
小さい青色の球はガリウム(Ga)あるいはスズ(Sn)原子を表し、2種類のカゴを構成している。これらは面を共有して繋がり、このユニットが3次元的周期的配列して結晶をつくる。右側のカゴは12面体(すべて5角形面)、左のカゴは14面体(上下2個の6角形面とサイドに12個の5角形面)構造をしている。内包されたバリウムイオン(赤色)を、それぞれBa(1)、Ba(2)という。Ba(1)はカゴの中心近くで速く振動している。いっぽう、Ba(2)は中心から少し離れた4つの安定点の周りを大きな振幅で揺れている。この振動をオフセンター・ラットリングという。

2.カゴ状構造とラットリング振動(図)

3.テラヘルツ分光による振動スペクトル
Ba8Ga16Sn30(BGS)の3テラヘルツまでの周波数帯域で観測された振動スペクトルを、光の電場に遅れなく追随する電気伝導度(σ1)でプロットしてある。白丸が実験データ、下側の曲線はローレンツ共鳴曲線による解析を示し、左図が室温296K、右図が低温7Kでのデータである。振動数の低い順に、Ba(2)のオフセンター・ラットリング振動のxy面内成分 (赤)、それに垂直方向成分(緑)、Ba(1)の振動(青)、そしてカゴ自体の3種類の振動、総計6種類の振動モードが映っている。左右のデータを比較すると、振動数が最も低いオフセンター・ラットリングのxy面内振動のスペクトル幅だけが低温で約2倍に劇的に広がっている。

3.テラヘルツ分光による振動スペクトル


up