レアアースに磁性が生じる新たな仕組みを解明

自然科学研究機構 分子科学研究所
国立大学法人広島大学

2011年2月2日資料配布

報道解禁日時  2011年2月2日
資料配布先 岡崎市政記者会、文部科学省記者会、科学記者会、広島大学関係報道機関
 
レアアースに磁性が生じる新たな仕組みを解明

概要

自然科学研究機構分子科学研究所の木村真一准教授及び広島大学の高畠敏郎教授らの研究グループは、分子科学研究所の極端紫外光研究施設(UVSOR-II)のシンクロトロン光を用いて、希土類元素(いわゆるレアアース)に磁性が出現することに関する新たな仕組みを解明しました。研究グループは、UVSOR-IIにおいて、1億分の1から1万分の1メートルの波長領域について、セリウム化合物CeOs2Al10の電子状態に着目して分光学的に温度変化を詳細に調べ、反強磁性(常磁性体の磁化率が絶対温度に逆比例するのに対して、ある温度以下になると逆に磁化率が減って行く性質)が出現する際の電子状態変化を明らかにしました。その結果、セリウム化合物CeOs2Al10の電子状態が結晶方向によって大きく異なることが磁性の発現に関係していることを発見しました。この成果は、希土類化合物が従来の理論では説明できない高い温度で磁性を示す仕組みを解明したものであり、ハイブリッド自動車の強力なモーターなどに利用される永久磁石や磁気スイッチのはたらきをする新たな磁性材料の開発に貢献するものと期待されます。本成果は、米国物理学会誌『Physical Review Letters』のオンライン版(2月8日付(米国東部時間))に掲載される予定です。

研究の背景

レアアースとも呼ばれる希土類元素(注1)を含む化合物は、特殊な性質のために、ディスプレイや照明などの蛍光材料をはじめ、ハイブリッド自動車の強力モーターなどに広く使われています。このような性質は、希土類元素の原子の周りの電子のうち“4f電子(注2)”の特徴によりもたらされるものです。電子は、それ自体が自転しており、この自転を“スピン”といいます(スピンの方向は通常、上または下向きの矢印で書き表します)。4f電子は原子核近くを周回しているために、隣同士の希土類原子に属する4f電子のスピンの向きを揃える直接的な相互作用は大変弱いものです。このため、スピンの向きを揃えるには、結晶全体にわたって自由に動き回れる伝導電子の助けが必要となります。伝導電子のスピンの向きを同一方向にそろえることによって、 4f電子のスピンが平行(同一の向き)あるいは反平行(反対の向き)に整列し、これによって強磁性(注3)や反強磁性(注4)が現れます(図1)。この効果はRKKY相互作用(注5)と呼ばれ、1950年代にはすでに理論が構築されていました。この理論によると、4f電子を1個しか持たないセリウム(Ce)化合物の磁性が出現する温度は、絶対温度(注6)で数ケルビン(-270 ℃程度)の極低温と予想されていました。一方で、4f電子同士を仲介する伝導電子に着目すると、局在する4f電子と混じり合うこと(混成)によって動きを妨げられるので、動きがのろくなったり、止まったりしまうこともあります。このことは一般に近藤効果(注7)と呼ばれており、伝導電子が止まってしまう状態は近藤半導体(注7)と呼ばれています。

図1 RKKY相互作用による磁性の出現メカニズム

そのような中で、セリウム化合物のCeOs2Al10は、29ケルビン(-244 ℃)で反強磁性となることが最近発見されました。RKKY相互作用から予想されるこの物質の磁気的性質が変化する磁気転移温度(注8)は1ケルビン以下ですので、理論予想に反して極めて高い温度で磁性が出現しています。そのため、その起源は既存の概念では説明できないことから、世界的に研究が進められてきました。

研究の成果

電子状態を知ることは、物質の磁性、伝導性、光の発光や吸収、分子の中での電荷の偏りなど物質の性質について有益な情報を与えてくれます。木村らの研究グループは、セリウム化合物CeOs2Al10の磁性が出現する仕組みを明らかにするために、この物質の電子状態に着目しました。

図2. 	分子科学研究所極端紫外光研究施設のシンクロトロン光源 UVSOR-II(ユーブイソールツー)

図2. 分子科学研究所極端紫外光研究施設のシンクロトロン光源
UVSOR-II(ユーブイソールツー)。
一周約50mの円形の加速器の周囲に合計16本の光取り出し部と実験装置が装着されている。

具体的には、広島大学の高畠研究室で育成されたセリウム化合物CeOs2Al10の単結晶を用い、電子状態の温度変化を、分子科学研究所の極端紫外光研究施設(UVSOR-II)のシンクロトロン光(注9、図2)を使って、テラヘルツ(注10)・赤外から真空紫外(注11)領域について偏光反射分光法(注12)により詳細に調べ、反強磁性が出現する際の電子状態変化を明らかにしました。その結果、セリウム化合物CeOs2Al10の電子状態が方向によって大きく異なることが磁性の発現に関係していることを発見しました。

図3. セリウム化合物CeOs2Al10の結晶構造

図3. セリウム化合物CeOs2Al10の結晶構造

図3に示すように、セリウム化合物CeOs2Al10の結晶構造はCeとOsを含むジグザグな2次元面(ac面)が面に垂直方向(b軸方向)に積み重なった構造をしています。このac面内の伝導電子は4f電子と強く混成を起こして近藤半導体になりますが、b軸方向では伝導電子の密度が周期的に変化すること(電荷密度波)によって伝導電子の空間分布が不均一性になることがわかりました。この伝導電子分布の不均一性は磁気転移温度の29ケルビンよりも高い39ケルビン付近からゆらぎとして現れ始め、磁気転移温度で完全な電荷密度波ができあがります。つまり、セリウム化合物CeOs2Al10ではこの電荷密度波の生成がもとになって高い温度での磁気転移を引き起こしていることを突き止めました(図4)。これは、希土類化合物が従来のRKKY相互作用の枠を超えた磁気転移現象を示す原因を世界で初めて実験的に示したものです。

図4 電化均一性による磁性の出現メカニズム

今後の展開及びこの研究の社会的意義

RKKY相互作用の理論によると、希土類化合物は極低温でのみ磁性を示すと考えられてきましたが、今回の結果は、結晶構造が方向によって異なることが生み出した電荷の不均一性が、高い転移温度で磁気転移を引き起こす可能性があることを示しています。希土類元素は鉄やコバルトと化合物を作ると強い磁石になることが知られており、この性質がハイブリッド自動車の強力なモーターなどに実際に利用されています。今回見出した新しいメカニズムを用いることで、貴重なレアアースの割合を少なくしても永久磁石や磁気スイッチのはたらきをする新たな磁性材料が開発されるものと期待されます。

用語解説

注1)希土類元素: 周期表3族に属する原子番号21のスカンジウム(Sc)、39のイットリウム(Y)及び原子番号57のランタン La から71のルテチウム Lu までの15元素(ランタノイド)からなるグループ。
注2)4f電子: 原子核に束縛されている電子は、エネルギーの低い順に1s、 2s、 2p、 3s、 3p、 3d、...という軌道に電子が配置され、ランタノイドに属する希土類元素では4f軌道に電子が入る。4f軌道には最大14個の電子が収容される。
注3)強磁性:外から加えた磁場の向きにきわめて強く磁化し、磁場を取り去っても残留磁化を残す性質。
注4)反強磁性:常磁性体(磁場の中に置くと磁場と同じ方向に磁化される性質を示す物質)の磁化率が絶対温度に逆比例するのに対して、ある温度以下になると逆に磁化率が減って行く性質。
注5)RKKY相互作用: 金属中の伝導電子のスピンを介して行われる局在スピン同士の相互作用。この相互作用を導出した4人の物理学者[M. A. Ruderman、 C. Kittel、 糟谷忠雄(東北大名誉教授)、 芳田奎(東大名誉教授)]の頭文字から、RKKY相互作用と命名された。
注6)絶対温度: 物質の熱振動が停止する温度を絶対零度(0ケルビン)として測定した温度で、-273.15℃。
注7)近藤効果: 磁性を持った極微量な不純物(普通磁性のある鉄原子など)がある金属では、温度を下げていくとある温度以下で電気抵抗が上昇に転じる現象。その物理的機構は1964年に電気試験所(当時。現在の産業技術総合研究所)の近藤淳博士が初めて理論的に解明したため、この名前が付いている。近藤効果によって生じた半導体を近藤半導体という。
注8)磁気転移:温度の変化に応じて、固体の磁性が常磁性から強磁性もしくは反強磁性へ、または逆に強磁性もしくは反強磁性から常磁性へと相転移すること。
注9)シンクロトロン光: 光の速度近くまで加速された電子が磁場の中で曲げられるときに放射される光。UVSOR-IIと同様のシンクロトロン光施設は、兵庫県のSPring-8をはじめとして国内に数ヶ所ある。
注10)テラヘルツ:周波数が10の12乗(1兆=テラ)ヘルツのこと。THzと書く。1テラヘルツは300マイクロメートル(10000分の3メートル)の波長に相当し、もっと波長の短い光と波長の長い電波の中間に位置している。
注11)真空紫外:紫外線の中でも波長の短い10–200 ナノメートル(1ナノメートルは10億分の1メートル) 付近の領域をいう。
注12)偏光反射分光法:物質に電場が特定の方向にのみ振動する光(偏光)を当ててその反射率のスペクトル(波長依存性)を測定する方法。偏光は,一部のサングラスやカメラの偏光フィルターにも使われている。

論文情報

掲載誌 : Physical Review Letters(米国物理学会誌)
論文タイトル: Electronic-Structure-Driven Magnetic Ordering in a Kondo Semiconductor CeOs2Al10
(近藤半導体CeOs2Al10の電子状態変化によって引き起こされる
著者(全員) : Shin-ichi Kimura, Takuya Iizuka, Hidetoshi Miyazaki,
Akinori Irizawa, Yuji Muro, Toshiro Takabatake
 掲載予定日 : 2011年2月8日(米国東部時間)オンライン版掲載予定

研究グループ

本研究は、自然科学研究機構分子科学研究所・木村グループ(木村真一准教授)と広島大学大学院先端物質科学研究科・高畠研究室(高畠敏郎教授)の共同研究により行われました。

研究サポート

科学研究費補助金・基盤研究B(課題番号22340107)「室温強磁性半導体を目指した酸化ユーロピウムの基礎研究」、科学研究費補助金・新学術領域(課題番号20102004)「重い電子系の形成と秩序化」の一環として行われました。

研究に関するお問い合わせ先

木村 真一(きむら しんいち)
自然科学研究機構・分子科学研究所・光物性測定器開発研究部門 准教授
Tel: 0564-55-7202
E-mail: kimura@ims.ac.jp

高畠 敏郎(たかばたけ としろう)
広島大学 大学院先端物質科学研究科 教授
Tel: 082-424-7025
E-mail: takaba@hiroshima-u.ac.jp
(@は半角@に置き換えた上、送信してください。)

報道に関するお問い合わせ先

自然科学研究機構分子科学研究所・広報室(寺内かえで)
TEL/FAX 0564-55-7262

国立大学法人広島大学 社会連携・情報政策室・広報グループ(和木光江)
TEL:082-424-6017 FAX:082-424-6010


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