がん抑制遺伝子「BUBR1」の新機能を発見

平成23年3月10日

がん抑制遺伝子「BUBR1」の新機能を発見
-BUBR1は繊毛の形成に必須である-

本研究成果のポイント

  • がん抑制遺伝子『BUBR1』の役割をヒト遺伝病細胞を用いて解析
  • BUBR1が繊毛の形成に必須であることを明らかにした

 

広島大学原爆放射線医科学研究所の松浦伸也教授と宮本達雄助教、英国バース大学の古谷-清木誠博士らとの国際共同研究グループは、放射線発がんで観察される染色体異常の原因を解明する目的で、がん抑制遺伝子『BUBR1(バブアール・ワン)』の役割を解析しました。

私たちの鼻や喉の粘膜には、繊毛と呼ばれる非常に細い毛が一面に生えており、その働きによって気道の異物が体外に排出されます。最近の研究により、これらの粘膜以外にも私たちの体のほとんどの細胞は繊毛を一本ずつ有しており、繊毛が細胞の方向性を決める働きを持つことがわかってきました。繊毛がないと細胞の方向性が失われて脳や腎臓などの臓器が正常に形成できなくなります(図1)。

研究チームは、このがん抑制遺伝子BUBR1が欠損した遺伝病の患児の皮膚から細胞を採取して、繊毛を顕微鏡で観察しました。その結果、通常は細胞表面に1本ずつ生えている繊毛が患者では見られないことを発見しました。この遺伝病の患児は脳や腎臓の異常を伴っていますが、これは繊毛形成不全が原因であることが示されました。本研究により、BUBR1はこれまでに知られていた細胞増殖の調節とは別に、繊毛の形成に必須であることが明らかになりました。

本研究成果は、英国の科学雑誌『Human Molecular Genetics』オンライン版に平成23年3月9日(英国時間)に掲載されました。

1.背景

私たちの体を構成する細胞が分裂するとき、染色体は細胞から細胞へ正確に46本ずつ受け渡されます。染色体の正確な受け渡しは、細胞の監視システムが 司っています。この監視システムが破綻すると、細胞が分裂するたびに染色体の数が変化して、細胞は『がん化』に至ります。がん抑制遺伝子BUBR1はこの システムの主要な役割を担っており、生まれながらにBUBR1が欠損すると、染色体数が不安定になってがんを多発する遺伝病『染色分体早期解離症候群』を 発症します。これまでに世界で約20例の患児が報告され、そのほとんどが小児がんを合併していました。患児はさらに、脳の形の異常と腎臓の多発性嚢胞(袋 状の異常)を伴っていましたが、なぜこのような多彩な症状を呈するのか、その理由は明らかではありませんでした。

2.研究手法及び研究成果

がん抑制遺伝子BUBR1が欠損した遺伝病患児の皮膚から細胞を採取して、繊毛を顕微鏡で観察しました。その結果、通常は細胞表面に1本ずつ生えている繊毛が患者では見られないことがわかりました(図2)。繊毛は、脳や腎臓などの臓器の形成で重要な機能を担っています。患児で見られる脳や腎臓の異常は繊毛病の症状であることが考えられました。
これまでBUBR1は、細胞が分裂するときに『後期促進複合体』と呼ばれるタンパク質の働きを調節して、監視システムを制御することがわかっていました。本研究で、BUBR1は細胞が分裂していないときにも後期促進複合体の働きを調節して、繊毛形成に必須な機能を持つことがわかりました。
さらに、ヒトのモデル動物であるメダカでBUBR1を人工的に欠損させたところ、内臓が左右逆に配置する『内臓逆位』が観察されました(図3)。脊椎動 物では、発生初期に繊毛をもつ組織が一時的に現れて、繊毛の回転によって水流が起こり、体の左右性が作り出されます。BUBR1が欠損したメダカでは、こ の組織に繊毛が生えないために水流が形成されず、内臓逆位になることがわかりました。本研究により、BUBR1の繊毛形成機能が、幅広い生物種に共通して 存在する可能性が示されました。

3.今後の展望

がんの一部に、繊毛病に似た嚢胞(袋状の構造異常)を伴うものが知られています。本研究で解明した繊毛形成の仕組みは、がんと繊毛病を繋ぐ病理機構として、被ばく者や一般の人のがんの診断や治療法の開発に結びつく可能性があります。

補足説明

1.繊毛
細胞表面の毛様の小器官。細胞外環境のセンサーとして細胞内シグナル伝達経路で中心的な役割を担っています。一部の繊毛は運動性を持ち、細胞外に水流を形成して、体の左右性の決定に必須の役割を担っています。
 
2.繊毛病
繊毛の異常を原因とする疾患群。脳の発生異常や腎臓の多発性嚢胞、まれに内臓逆位、肥満などの症状を示します。
 
3.後期促進複合体
APCまたはサイクロソームと呼ばれる巨大なタンパク質複合体。2つの異なったコファクターとそれぞれ結合して細胞周期の進行を制御します。

図1.繊毛は細胞の方向性を決定することによって、正常な臓器形成や臓器の左右性を生み出す

図1.繊毛は細胞の方向性を決定することによって、正常な臓器形成や臓器の左右性を生み出す。繊毛が欠損する繊毛病では、細胞の方向性が不均一になり腎嚢胞や内臓逆位が高頻度に現れる。

図2.繊毛を赤色、中心体を緑色、核を青色で染色

図2.繊毛を赤色、中心体を緑色、核を青色で染色。コントロール細胞では細胞表面に一本ずつ中心体から繊毛が生えている。一方、患者細胞では繊毛が見られない。

図3.メダカのBUBR1を人工的に欠損させると、内臓が左右逆に配置する『内臓逆位』が生じる

図3.メダカのBUBR1を人工的に欠損させると、内臓が左右逆に配置する『内臓逆位』が生じる。通常、メダカの肝臓(白枠)、胆のう(緑枠)、脾臓(赤枠)は左側に位置するが、BUBR1を欠損したメダカではこれらの臓器が右側に配置していた。

発表雑誌

Insufficiency of BUBR1, a mitotic spindle checkpoint regulator, causes impaired ciliogenesis in vertebrates. Tatsuo Miyamoto, Sean Porazinski, Huijia Wang, Antonia Borovina, Brian Ciruna, Atsushi Shimizu, Tadashi Kajii, Akira Kikuchi, Makoto Furutani-Seiki & Shinya Matsuura*
Human Molecular Genetics (in press)
*corresponding author(責任著者)

共同研究者(敬称略)

広島大学原爆放射線医科学研究所放射線ゲノム疾患研究分野
 宮本 達雄、松浦 伸也
英国バース大学理学部生物学生化学教室
 Sean Porazinski、Huijia Wang、古谷-清木 誠
トロント大学医学部分子遺伝学教室
 Antonia Borovina、Brian Ciruna
慶應義塾大学医学部分子生物学教室
 清水 厚志
八王子
 梶井 正
大阪大学大学院医学系研究科分子病態生化学教室
 菊池 章

お問合せ先

松浦 伸也(マツウラシンヤ)
広島大学原爆放射線医科学研究所 教授
〒734-8553 広島市南区霞1-2-3
Tel: 082-257-5809、Fax: 082-256-7101
E-mail: shinya@hiroshima-u.ac.jp
(@は半角@に置き換えた上、送信してください。)


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