カゴ構造のレアアース化合物で超伝導と反強四極子秩序の共存をはじめて発見!

平成23年5月6日

国立大学法人広島大学
国立大学法人東京大学

カゴ構造のレアアース化合物で超伝導と反強四極子秩序の共存をはじめて発見!

 

昨年、広島大学大学院先端物質科学研究科の鬼丸孝博助教の研究グループは、4f電子を2個持つレアアースのプラセオジム(Pr)イオンがカゴに内包されたPrIr2Zn20がTc=0.05 Kで超伝導を示すことを見出し、今回、同グループは東京大学物性研究所の榊原俊郎教授らと共同で、比熱と磁化を極低温領域で測定することによって、Tcよりも高いTQ=0.11 Kで4f電子の電気四極子(電荷分布)が交替的に空間配列(反強四極子秩序)することを発見しました。反強四極子秩序が起こるよりも低温で超伝導が発現しているので、電気四極子のゆらぎが超伝導状態を安定化させる新しい超伝導機構が実現している可能性があります。これらのことから、希土類を内包するカゴ状化合物RT2X20 (R: 希土類, T: 遷移金属, X: Zn, Al)物質群は,f電子を含む異種電子系とカゴ状構造とが織りなす強相関現象の宝庫であることが示唆されます。

この成果は、アメリカ物理学会が発行する英文誌Physical Review Letters (Phys. Rev. Lett.)の オンライン版(4月29日付)に掲載されました。

概要

最近、カゴ状構造の物質が示す特異な物性に注目が集まっています。“ゆとりのある”カゴ内でゲスト原子が大振幅の振動をしている系で、強結合超伝導や重い電子的挙動、さらには熱伝導のガラス的挙動など、多彩な物性が見出されてきました。具体例は、カゴ同士が頂点を共有する構造の充填スクッテルダイトやベータパイロクロア酸化物、カゴ同士が面を共有する構造のクラスレートなどです。これらの構造は、対称性の高いカゴが3次元的に結合しているという共通性をもちます。しかし、このような構造がなぜ特異な物性を発現させるのかについては、まだ多くの謎が残されています。

カゴ状レアアース化合物RT2Zn20 (R: 希土類,T: 遷移金属)では、16個のZnからなるカゴに4f電子を持つ希土類イオンが内包されています。(図1参照)Rイオンの隣接原子数が多いために、4f電子とカゴの伝導電子との混成強度は全体として強くなり、近藤効果(1)や重い電子状態(2)が現れる可能性があります。一方で、球対称に近いカゴの中心に希土類イオンが位置するため,その結晶場効果(3)は弱くなり、低温までエネルギーの縮退した電子状態が残ります。そのため、4f電子の電気四極子(4)を秩序変数とした多彩な相転移現象の発現も期待されます。われわれのグループでは、これまでRT2Zn20 (R=La, Pr, T=Ru, Ir)の物性について調べ、超伝導をはじめ構造相転移(5)や重い電子状態など、f電子を含む異種電子系とカゴ状構造とが織りなす多彩な強相関現象を見出してきました。

今回われわれは、4f電子を2個持つPrイオンを含む超伝導体PrIr2Zn20に注目しました。Prサイトの結晶場効果により、4f2電子の基底状態は対称性の高い立方晶系で実現しうる非磁性の二重項となります。この非磁性二重項は、磁気モーメントを持たず、電気四極子の自由度を有するという特徴を持ちます。熱力学の法則により、この二重縮退はT→0で必ず解かれなければならないので、その過程にどのような機構が介在するかが問題となります。比熱Cの温度依存性を図2に示します。TQ =0.11 Kでの明瞭なピークは相転移が起こっていることを示しています。これは、非磁性二重項の縮退がこの温度以下で解かれ、それらのエネルギー準位が分裂することを意味します。図3の温度-磁場相図から分かるように、磁場をかけるとTQは高温側にシフトしますが、その振る舞いは磁場方向によって大きく異なります。これは、4f電子の電気四極子が交替的に空間配列した反強四極子秩序状態の磁場に対する応答の特徴です。比熱から求めたエントロピーは、T=TQにおいて二重項から期待されるR ln2 (Rは1モルの気体定数)の20%に過ぎないので、TQ以下で電気四極子のゆらぎが残っていると考えられます。さらに図3のように、Tc=0.05 K以下で超伝導状態と反強四極子秩序が共存しており、電気四極子の揺らぎが超伝導の形成に重要な役割を果たしていることが示唆されます。この共存がなぜ4f2電子配置をもつPr金属間化合物で実現しているのかという疑問に答えるには、Pr充填スクッテルダイトについて集中的に行われた核磁気共鳴や中性子散乱などの微視的手法による実験が今後必要です。

このように、PrIr2Zn20を含むRT2X20 (R: 希土類, T: 遷移金属, X: Zn, Al)はカゴ物質の典型となる新たな物質群であり、本研究の成果は多くの研究者の注目を集めています。この系は、ここ10年来世界中で精力的に研究されてきた充填スクッテルダイトやパイロクロア酸化物、クラスレートなどのカゴ物質に関する知見を体系化するのに重要な系であることは言を待ちません。RT2X20系独自の新物性の探索を含めて、カゴ状化合物の特異な物性の全貌解明に向けた今後の研究が大いに期待されます。

添付資料

図1.RT2Zn20 (R:希土類, T :遷移金属)のカゴ状構造。

図1.RT2Zn20 (R:希土類, T :遷移金属)のカゴ状構造。16個のZnに囲まれたRサイトの点群は立方晶系Tdである。

図2.比熱CとエントロピーSの温度依存性

図2.比熱CとエントロピーSの温度依存性。反強四極子秩序に伴い、CはTQ=0.11 Kでシャープなピークを示す。エントロピーはTQで、基底二重項から期待されるR ln2の20%に過ぎず、TQ以下で4f電子の電気四極子の揺らぎが残っていると考えられる。

図3.温度(T)-磁場(B)相図

図3.温度(T)-磁場(B)相図。磁場は結晶の[100]と[110]方向にかけた。SCは超伝導相(転移温度はTc)、AFQは反強四極子秩序相(転移温度はTQ, TQ1, TQ2)、Para は常磁性相を示している。Tc以下ではAFQとSCが共存している。

用語説明

(1) 近藤効果
磁性原子を希薄に含む合金で、磁性原子の局在スピンと伝導電子のスピンとの交換相互作用によって、温度の減少に伴い電気抵抗が増大する現象の原因となるもの。一方、Ce化合物のようにf電子による局在スピンが周期的に並んだ場合にも、希薄合金の近藤効果と同様の現象が現れることがあり、これを区別して近藤格子と呼ぶ。

(2) 重い電子状態
結晶中の電子が、相互作用のために大きな有効質量を持つ準粒子として振る舞う状態のこと。CeやU化合物では、f軌道の電子が伝導バンドと結合して近藤効果を示し、重い電子状態になることがある。その場合、電子比熱係数は1 J/(K2 mol)になることもあり、そこから求めた有効質量は銅などの通常金属の数100倍にも達する。

(3) 結晶場効果
結晶中のある1個のイオン(または原子)に局在している電子において、自由な場合には縮退していたエネルギー準位が、その隣接イオンの幾何学的配置からくる対称性を反映した静電ポテンシャルにより分裂すること。結晶場は配位子場とも呼ばれる。

(4) 電気四極子
大きさの等しい2つの電気双極子が反対向きにおかれたものを対として見なすとき、極が4つあることからこれを電気四極子という。ここでは、有限の広がりをもった電荷分布がこれと同等の場をつくる場合に拡張して用いており、4f電子の電荷分布が球対称からずれているときに電気四極子が現れる。

(5) 構造相転移
相転移が起こる際に、結晶構造がわずかに変化する相転移のこと。高対称相から転移点に近付くと格子の不安定化が起こり、転移点で自発変位とともに結晶の対称性が変化する。

発表論文

T. Onimaru, K. T. Matsumoto, Y. F. Inoue, K. Umeo, T. Sakakibara, Y. Karaki, M. Kubota, and T. Takabatake: Antiferroquadrupolar Ordering in a Pr-Based Superconductor PrIr2Zn20; Physical Review Letters 106 (2011) 177001.

問い合わせ先

広島大学大学院先端物質科学研究科 助教 鬼丸 孝博
TEL:082-424-7027  FAX:082-424-7029
E-mail:onimaru@hiroshima-u.ac.jp
http://home.hiroshima-u.ac.jp/adsmmag/

東京大学物性研究所 教授 榊原俊郎
TEL:04-7136-3245  FAX:04-7136-3245
E-mail:sakaki@issp.u-tokyo.ac.jp
http://sakaki.issp.u-tokyo.ac.jp/

(@は半角@に置き換えた上、送信してください。)


up