広島大学 大学院 生物圏科学研究科 担当:太田伸二
TEL:082-424-6537
平成25年3月12日
国立大学法人 広島大学
学校法人 長浜バイオ大学
昆虫のアンチエイジング物質を特定
~マメゾウムシ幼虫から新規抗酸化脂質を発見~
概要
広島大学大学院生物圏科学研究科の太田伸二教授らの研究グループは、長浜バイオ大学(滋賀県長浜市)との共同研究により、昆虫の一種が強い抗酸化作用を示す新規脂質を体内に作り出していることを明らかにしました。デヒドロアミノ酸(*1)を結合させた脂質は世界で初めて見出された物質であり、アンチエイジング(老化予防)機能を有する化粧品などへの応用が期待されます。
背景
生体にとって、過剰な活性酸素の発生は、酸化ストレスによる細胞膜損傷、老化促進やがんの発生などを引き起こすことが知られており、それに対する生体防御にはビタミンCやE、カロテノイド類あるいはポリフェノール類などの抗酸化物質の摂取が有効とされています。
日本最大級のマメゾウムシ(*2)であるサイカチマメゾウムシ(Bruchidius dorsalis)(図1)は、“薬の木”といわれるマメ科の高木サイカチ(Gleditsia japonica)の豆果に産卵します。卵から孵化した幼虫は、硬いサイカチ種皮に穿孔して種子中に侵入し、種子成分を栄養源として成長し繁殖することが知られています(図2)。
研究成果
昆虫の強い生命力と繁殖力に着目して、それらが生産している有用物質を探索する研究過程で、長浜バイオ大学(滋賀県長浜市)と共同でサイカチマメゾウムシ幼虫から得られるエキスの抗酸化能力を調べた結果、非常に強い抗酸化能を有する脂質成分が含まれていることがわかりました。幼虫エキスから抗酸化脂質成分を取り出し、分析機器によりその化学構造を解析した結果、これまでに知られていない新規な脂質であることが明らかになり、この脂質をドルサミンAと命名しました。通常の脂質であるトリアシルグリセロールでは3個の脂肪酸を結合させていますが、ドルサミンAではそのうちの1個がデヒドロアミノ酸に置き換わっていることがわかりました(図3)。デヒドロアミノ酸を構成成分にもつ脂質は世界で初めて発見されたものであり、この研究成果は米国科学誌「Journal of Natural Products」のオンライン版(http://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/np300713c)に先行掲載されています。
デヒドロアミノ酸を構成成分とする化学物質自体が自然界では珍しく、一部のペプチド性抗生物質に含まれていることが知られている程度です。新規脂質ドルサミンAは、ビタミンE類よりも強い抗酸化活性を示すことから、サイカチマメゾウムシ幼虫を酸化ストレスから保護する役割を担っているものと考えられます。
今後の展望
今後、新規脂質が示す抗酸化メカニズムを解明することによって、皮膚等の老化防止に有効な化粧品原料の開発を目指す予定です。
用語説明
*1)デヒドロアミノ酸:α-アミノ酸のα位とβ位から水素が1個ずつ脱離した構造をもつアミノ酸です。一部のペプチドに含まれるデヒドロアミノ酸は、ペプチドの構造を安定化するとともに抗菌作用などの特異な生理活性発現に重要な役割を果たしていることが知られています。
*2)マメゾウムシ:ハムシ科マメゾウムシ亜科の甲虫。世界中に1000種以上生息しているとされ、その幼虫は寄主特異的にマメ科植物の種子を栄養源として成長・羽化し、繁殖を繰り返します。貯蔵豆を寄主とするアズキゾウムシなどは世界中に分布しており、一度大発生すると貯蔵豆に多大な被害を及ぼす生活害虫として知られています。
図1:サイカチマメゾウムシ(Bruchidius dorsalis)の成虫(体長約6 mm)と幼虫(体長約6 mm)
図2:サイカチ種子(長さ約8 mm)を摂食中のサイカチマメゾウムシ幼虫
図3:新規抗酸化脂質ドルサミンAの化学構造