次世代光源用光陰極直流電子銃から500keV大電流ビーム生成に成功

平成25年 3月14日

独立行政法人日本原子力研究開発機構
大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構
国立大学法人広島大学
国立大学法人名古屋大学

次世代光源用光陰極直流電子銃から500keV大電流ビーム生成に成功

発表のポイント

  • 世界に先駆けて次世代光源用光陰極直流電子銃からの500keV大電流ビーム生成に成功
  • 次世代光源実現により、放射性核種の非破壊分析技術、生体細胞の高分解能イメージング技術、持続可能な社会実現のための光合成や触媒研究の進展が期待

独立行政法人日本原子力研究開発機構【理事長 鈴木篤之、以下「原子力機構」】量子ビーム応用研究部門の西森信行研究副主幹、大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構【機構長 鈴木厚人】加速器研究施設の山本将博助教、国立大学法人広島大学【学長 浅原利正 】先端物質科学研究科の栗木雅夫教授及び国立大学法人名古屋大学【総長 濵口道成 】工学研究科の桑原真人助教らの共同研究グループは、世界に先駆けて500keVの大電流ビームを生成できる光陰極直流電子銃1)を開発しました。これにより、放射性核種の非破壊分析を可能にする大強度γ線2)源や、生体細胞の高分解能イメージング、持続可能な社会実現のための光合成や触媒の研究における新たなツールとしての高輝度・短パルスX線源など、次世代光源へ道を開きました。

次世代X線放射光源や自由電子レーザー開発を目的としたエネルギー回収型リニアック(ERL)3)の研究が、共同研究グループや、米国、ドイツ、中国で進められています。この光源を実現するには、500keV以上のエネルギーを持つ高品質ビームを大電流で生成する光陰極直流電子銃の開発が必須とされ、20年以上世界で開発が進められてきましたが成功に至っていませんでした。

共同研究グループは、2009年に独自の多段セラミック管を用いて500kV4)の電圧印加に世界で初めて成功しました。その後、ビーム生成用加速電極の設置に伴い発生した暗電流5)問題により進展を阻まれてきましたが、独自技術で解決し、今回、500keV電子ビームを2mAという大電流で生成することに成功しました。これによりERL型次世代放射光源の実現が可能となりました。

本研究の成果は第30回PFシンポジウム、第68回日本物理学会年次大会で発表されると共に、Physical Review Special Topics – Accelerator and Beams 誌へ論文投稿される予定です。本研究の一部は文部科学省の「量子ビーム基盤技術開発プログラム」によるものです。

本件に関する問合わせ先

独立行政法人日本原子力研究開発機構
(研究内容) 量子ビーム応用研究部門 ガンマ線核種分析研究グループ 研究副主幹 西森 信行 TEL:029-282-6315
(報道対応) 広報部報道課長 中野 裕範 TEL:03-3592-2346

大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構
(研究内容) 加速器研究施設 加速器第7系 助教 山本 将博 TEL: 029-864-5200 (# 4912)
(報道対応) 広報室 岡田 小枝子 TEL: 029-879-6047

国立大学法人広島大学
(研究内容) 先端物質科学研究科 教授 栗木 雅夫  TEL: 082-424-7035
(報道対応) 学術・社会産学連携室 広報グループ 多賀 信政  TEL: 082-424-6017

国立大学法人名古屋大学
(研究内容) 工学研究科 助教 桑原 真人 TEL: 052-789-3597
(報道対応) 広報室 丹下 稔浩  TEL: 052-789-2016

研究開発の背景

蓄積リング型X線光源やX線自由電子レーザー(XFEL6))が、現在放射光源として広く利用されています。一方で、実験の精密化、迅速化や新たな利用分野の開拓を目的として、既存光源を超える輝度や強度を持つ次世代放射光源の研究開発も進められており、原子力機構(JAEA)、高エネルギー加速器研究機構(KEK)を中心にした共同研究グループでは、エネルギー回収型リニアック(ERL)3)に注目し、これを用いた次世代放射光源の開発に取り組んでいます。ERLは、超伝導加速器においてエネルギー回収を行いながら、大電流かつ高品質の電子ビームを連続的に加速できる装置です。
超伝導加速器を用いた次世代放射光源としてERLだけでなく高繰り返しXFELも提案されています。これら次世代放射光源の実現には、高品質の電子ビームを連続的に大電流で供給できる理想的な電子銃の開発が課題です。電子ビームの品質を表す「エミッタンス」(ビームサイズと発散角の積)の空間電荷効果7)による劣化を抑制し、次世代光源の高輝度性能を満たすためには、電子銃の性能として、出口エネルギー500keV以上、平均電流1mA以上が必要です。

図1:500kV光陰極直流電子銃

図1:500kV光陰極直流電子銃。レーザーの照射により陰極先端部の光陰極から電子を発生する。500kV端子とサポート電極を介して接続された陰極と接地された陽極間の電圧で電子ビームを加速する。真空ポンプは加速ギャップを囲うように配置されている。

研究成果の内容

共同研究グループは、高品質(低エミッタンス)電子ビームを大電流で発生するため、図1に示す半導体光陰極を備えた直流電子銃1)を開発しました。レーザーを半導体光陰極に照射して電子ビームを生成し、陰極と陽極間の電圧で電子ビームを加速します。この加速エネルギーを500keV以上にすることで電子銃出射後の空間電荷効果によるビーム品質(エミッタンス)劣化を抑制します。陰極‐陽極間隔を狭めて素早く加速することも、出射前の品質劣化抑制のために重要です。これら高品質ビーム生成条件を満たすには、図1に示すようにセラミック管の500kV端子に接続されたサポート電極が陰極を支える構造となります。この高品質ビーム生成に必要不可欠な構造こそが、電子銃の高加速電圧化を阻んできた大きな要因です。その理由は、加速電圧の上昇と共にサポート電極と陰極から電界放出電子8)が発生し、周囲の容器面との間で放電を引き起こすからです。従って、高品質ビーム生成に必要不可欠な基本構造は変えずに放電問題を解決することが課題となっていました。
最初の課題は、サポート電極からの電界放出電子問題の解決でした。従来型の単セラミック管では、サポート電極から発生した電界放出電子が直接セラミックに衝撃するため、チャージアップによる放電や、極端な場合にはセラミック管の破損に至ることがありました。共同研究グループは独自の多段セラミック管(図1)を提案し、各段の電極から延びる金属性ガードリングでセラミックを電界放出電子から防御しました。これにより2009年に世界で初めてサポート電極をつけた状態で500kVの安定な印加に成功しました。
次に、電子ビーム生成を目的として陰極をサポート電極と接続したところ、陰極からの電界放出電子に起因する新たな問題が発生しました。それは、電子銃容器面上の微細粉塵が放電により帯電し、陰極に固着して暗電流5)を発生する問題です。放射線発生を伴う有害な暗電流を除去するため、電子銃装置を1ヶ月程度かけてリセットしましたが、その後の電圧印加試験中にも再び暗電流が発生し、この問題の解決なくして500kV印加を達成できないことがわかりました。微細粉塵の完全除去による解決が理想的ですが、電子銃容器の体積が大きいことから断念せざるを得ませんでした。

図2:陰極からの電界放出電子の影響と対策

図2:陰極からの電界放出電子の影響と対策。電界放出電子は電子銃容器面からのガス放出とそのイオン化を引き起こし、放電の連鎖を経て大放電を発生させる(左)。大放電により電子銃容器内面の微細粉塵が正に帯電すると、陰極に固着し暗電流発生の原因となる。対策として、(右)に示すように1) 陰極、陽極間距離dを広げて電子銃容器内面の電界を下げ、放出ガスのイオン化を抑制した。さらに、2) 陰極、陽極間をポンプで囲み放出ガスを強力排気した。
 
この先例のない暗電流問題を解決するには、微細粉塵の帯電メカニズムを理解する必要がありました。微細粉塵を直接帯電させるには電界放出電流だけでは小さすぎるので、共同研究グループは次のような仮説を立てました。図2左に示すように、陰極からの電界放出電子が電子銃容器に衝突するとガスを発生します。このガスが正イオン化して陰極に衝撃し、2次電子を発生させることにより放電の連鎖が起きます。この結果、小さな電界放出電流が微細粉塵を正に帯電させることのできる大きな放電に成長するという説です。この仮説に基づき、ガス発生の抑制とその正イオン化を防ぐ工夫を行いました。ガス発生の抑制のためには、図2右に示すように陰極と陽極の周囲を非蒸発型ゲッターポンプで覆う独自のポンプ配置を採用しました。ガスのイオン化は、電子銃容器表面でのマイクロプラズマの発生などによると考えられます。そこで容器表面の電界を半分に下げるため、陽極-陰極間距離を最適化しました(図2右)。陰極の曲率半径も最適化して光陰極表面の電界の減少を1割程度にとどめ、ビーム品質が悪化しないように注意しました。これらの独自工夫により、共同研究グループは暗電流問題を解決し、ビーム生成可能な条件下で安定な500kVの高電圧印加を達成することができました。
電子ビーム生成試験の結果を図3に示します。青線が電子銃加速電圧、赤線がビーム電流を表します。ビームエネルギーは加速電圧(kV)に素電荷(e)を掛けた単位(keV)で表され、レーザー照射により500keVビームが生成された時間を黒矢印で示します。光陰極電子銃ではビーム電流は入射レーザーパワーに比例するので、パワー減衰器の調整と共に階段状に電流が変化します。エネルギー500keVの電子ビームを最大2mAまで生成することに成功しました。電子銃高電圧電源の容量不足により、2mA以上のビーム生成には至りませんでしたが、エネルギー180keVでは10mAビームの生成に成功しています。今後、共同研究グループでは、電源改造後に500keV-10mAの同時達成に挑戦する予定です。

図3:光陰極直流電子銃から生成したビーム電流(赤)と電子銃の加速電圧(青)を時間の関数としてプロット

図3:光陰極直流電子銃から生成したビーム電流(赤)と電子銃の加速電圧(青)を時間の関数としてプロット。ビームエネルギーは加速電圧(kV)と素電荷(e)の積(keV)で表され、黒矢印で示すレーザー照射時のみ500keVビームが生成される。500keV電子ビームの電流は最大2mAであった。2mA以上では高電圧電源の容量不足のため、点線のように加速電圧が減少して494keVビームとなっている。

成果の波及効果

光陰極型の直流電子銃は米国ジェファーソン研究所において1992年に初めて提案され、以来20年以上世界で開発が進められています。しかし、高電圧の放電問題という大きな壁に阻まれ、エネルギーは350keV以下に留まっていました。共同研究グループは多段セラミック管技術を提案し、2009年に世界で初めて500kVの安定な電圧印加に成功しました。この技術成功の波及効果は大きく、今では全世界の光陰極直流電子銃で多段セラミック管が採用されるに至っています。今回、加速電極の設置に伴う暗電流の発生とその問題解決を通じて共同研究グループが新たに習得した技術と知見は、世界の光陰極直流電子銃開発において再び利用されて行くと考えられます。
今回の500keV以上のエネルギーを持つ高品質ビームを大電流で発生可能な光陰極直流電子銃の開発により、次世代放射光源の実現に一歩近づきました。将来的には、放射性廃棄物や使用済原子炉燃料に含まれる放射性核種の非破壊分析を目指して大強度γ線2)光源の研究開発や、次世代X線放射光源の実現により生体細胞の高分解能イメージング技術、光合成や触媒などに代表される不均一な非平衡解放系のダイナミックス9)という新しい研究分野の開拓などを通じて、持続可能な社会実現への貢献が期待されます。
共同研究グループでは、本電子銃を高エネルギー加速器研究機構で開発中の次世代放射光源試験加速器cERLに組み込み、超伝導加速器と接続しました(図4参照)。2013年4月からは総合運転による次世代放射光源の実証試験を行う予定です。

図4:高エネルギー加速器研究機構で建設中の次世代光源試験加速器cERL

図4:高エネルギー加速器研究機構で建設中の次世代光源試験加速器cERL。500kV光陰極直流電子銃、超伝導加速器など次世代光源に必要な開発要素装置群で構成されている。レーザー蓄積装置と相対論的電子ビームとのコンプトン散乱による高輝度X線、γ線源としての利用も計画されている。

用語説明

1)光陰極直流電子銃
半導体や金属の表面にレーザー光を照射した時に表面から飛び出す電子を直流電界で引き出す装置。光陰極電子銃は、電子パルスの時間構造をレーザーパルスで制御でき、また、運動量とエネルギーのそろった電子を生成できることから、熱陰極電子銃(フィラメントを熱して電子を引き出すために電子ビームが大きな熱運動量をもってしまう)に比べてエミッタンスの小さな電子ビームを生成できる利点がある。ERLの光陰極直流電子銃では、半導体であるGaAs(ヒ化ガリウム)を用いる。
2)γ線
ガンマ線。可視光線や紫外線などと同様に電磁波の一種。波の波長がピコメートル(1ピコは10の12乗分の一)、エネルギーが100万電子ボルト以上の電磁波を指す。エネルギーが高いことから、物質を透過する能力が強く、イメージング、ガン治療、放射性滅菌等に利用されている。ちなみに可視光は、波長は380~750ナノメートル(1ナノは10の9乗分の一)、エネルギーは1.7~3.3電子ボルト程度。
3)エネルギー回収型リニアック(ERL)
超伝導加速器を用いて電子を高周波加速し、高エネルギー電子ビームを放射光発生に利用した後、同一の加速器を「減速器」として動作させ、電子ビームエネルギーを高周波エネルギーとして回収し、後続電子の加速に再利用する技術である。高周波で動作する超伝導加速器では、電子を入射するタイミングを選ぶことで加速、減速のどちらも可能であることを利用している。
4)kVとkeV
kV(キロボルト)とkeV(キロ電子ボルト)。電子ビームのエネルギーは加速電圧(kV)と素電荷(e)の積であり、単位は(keV)となる。
5)暗電流
ビーム電流が何らかの外部制御によるコントロール下で生成されるのに対し、暗電流は高電圧印加をするだけで陰極から発生する不必要な微弱電流。電界放出電子8)に起因する電流であり、電圧と共に指数関数的に増大する。ビームラインと異なる方向に発生すると、真空容器に衝撃し放射線を発生したり、真空度劣化の原因となる。
6)XFEL
電子ビームを用いて生成するX線領域のレーザーである。10GeV程度に加速した電子ビームの発生するアンジュレーター放射光を、自由電子レーザー相互作用によるコヒーレント増幅により数桁以上に増倍し、高輝度のX線パルスを生成する装置である。日本では理研播磨のSACLAで2011年から運転が開始され利用実験に供されている。
7)空間電荷効果
電子ビームは多数の電子の塊である。マイナスの電荷を持つ電子には互いに反発する空間電荷力が働く。この空間電荷効果が強く働くと、ビームの飛行に従って徐々に発散が大きくなり、ビームのエミッタンスが大きくなる現象が起こる。電子を高いエネルギーに加速することで、空間電荷効果を弱め、エミッタンスの増大を抑止することができる。
8)電界放出電子
物体の表面に強い電界がかかった時に、表面から引き出される電子。表面に微小な凹凸があったり、付着物があったりすると、局所的に多数の電界放出電子が生じる。
9)不均一な非平衡解放系のダイナミックス
気相や溶液中などの均一系に対し、固液界面や固気界面などを不均一系という。また、絶えずエネルギーや物質の流入、流出がある系を非平衡開放系と呼び、生命などが例である。生命現象である光合成では水と二酸化炭素が反応して酸素と糖を作り出すが、そこでは触媒が重要な働きを果たす。光合成の初期過程である触媒と水の酸化還元反応はその界面で起こるが、反応ダイナミックスの詳細は未だ解明されていない。高輝度フェムト秒X線パルスを生成できる次世代光源を用いてその反応機構を詳細に理解することは、近年注目されている人工光合成の研究開発にとっても極めて重要である。


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