単純な金属を磁気センサーに応用できる新メカニズムの発見

平成25年7月29日

公立大学法人首都大学東京
国立大学法人京都大学
公立大学法人大阪市立大学
国立大学法人広島大学
国立大学法人大阪大学

~ 首都大学東京、京都大学、大阪市立大学、大阪大学、広島大学による共同研究成果 ~
単純な金属を磁気センサーに応用できる新メカニズムの発見350倍もの磁気抵抗効果を実現し、新たなデバイス作成への道筋を明らかに

 

首都大学東京(以下、「首都大」)、京都大学(以下、「京大」)、大阪市立大学(以下、「大阪市大」)、大阪大学(以下、「阪大」)、広島大学(以下、「広大」)の研究チームは、非磁性の単純金属※1であるパラジウム※2-コバルト※3酸化物の磁場による電気抵抗の変化(磁気抵抗効果※4)を測定し、巨大な磁気抵抗効果が現れることを発見しました。磁場がゼロのときと比べ、磁場中では電気抵抗が最大で350倍にまで増加しました。大きな磁気抵抗効果を示す例として、コンピューターのハードディスクなどからの情報の読み出しに使われている磁性体多層膜が知られており、その原理の発見は2007年のノーベル物理学賞にも選ばれました。本成果で発見された新しい磁気抵抗効果は、この磁性体多層膜での抵抗変化にも匹敵する大きさです。パラジウム-コバルト酸化物は、伝導電子を豊富に持ち磁気的な性質は持たないなど、多くの意味で「普通」の導電体ですが、このような単純な金属で数百倍もの巨大な磁気抵抗効果が現れるのは驚くべきことです。また、この磁気抵抗効果の起源をコンピューターシミュレーションにより明らかにすることにも成功しました。その結果、単純な金属でも幾つかの条件を満たせば巨大な磁気抵抗効果を示しうるという、これまで見落とされてきた事実が明らかになりました。

この発見は電気伝導現象の基礎学術研究の上で大変興味深い成果です。それだけでなく、この発見は、単純金属でも磁気センサーに応用できる可能性を初めて示したものであると言えます。

この成果は、アメリカ物理学会が発行する英文誌Physical Review Lettersの111巻5号(2013年8月2日発行)に掲載予定です。また、編集者の推薦論文(Editors’Suggestion)に選ばれ、アメリカ物理学会が注目論文を紹介するPhysics誌に解説記事が掲載されます。
論文掲載誌 Physical Review Letters 111巻5号  (現地時間2013年8月2日発行)
電子版     http://prl.aps.org/toc/PRL/v111/i5   (現地時間2013年8月1日公開予定)
※こちらは111巻5号の目次のURLです。現時点では論文のURL/DOIは未定です。
最新の情報につきましては、恐れ入りますが下記連絡先までお問い合わせください。

1.背景

磁場によって物質の電気抵抗が変化する「磁気抵抗効果※4」は、現代社会に無くてはならないものとなっています。特に、ハードディスク等の磁気記録媒体からの情報の読み出しには磁気抵抗素子が使われていて、その性能の向上が現代の情報化社会の発展に大きく貢献してきました。現在、読み出し素子としては、「巨大磁気抵抗効果(Giant Magnetoresistance; GMR)※5」と呼ばれる大きな磁気抵抗効果を示す磁性体多層膜を用いたものが主に使われています。この磁性体多層膜の巨大磁気抵抗効果の発見は2007年のノーベル物理学賞にも選ばれており、このことも磁気抵抗効果の重要性を物語っています。最近では、さらに大きな磁気抵抗効果を示す「超巨大磁気抵抗効果(Colossal Magnetoresistance; CMR)」も盛んに研究されています。
従来知られているこれらの巨大な磁気抵抗効果は、物質の磁気的な性質を起源としています。つまり、物質中の元素が微小な磁石(磁気モーメント)としての働きを持つ状況で、その磁石と伝導電子の相互作用を利用することによって、巨大な磁気抵抗効果を生み出しています。一方、磁気的な性質を持たない金属も磁気抵抗効果を示しますが、その大きさは非常に小さいものしか知られていませんでした。この場合の磁気抵抗の起源は、運動する伝導電子が磁場から受ける力(ローレンツ力※6)であると考えられています。
首都大理工学研究科の高津浩助教、京大理学部の石川洵(学部学生;当時)、京大大学院理学研究科の米澤進吾助教、前野悦輝教授らの研究グループはパラジウム※2-コバルト※3酸化物PdCoO2に注目してこれまで研究を進めてきました。この酸化物は、伝導電子を豊富に持つ、磁気的な性質は持たない、電子状態が単純であるなど、多くの意味で単純金属※1であると言えます。大きな特徴は、パラジウム原子の層とコバルト-酸素の層が交互に並んだ積層構造(図1)を持っているという点です。この物質の伝導電子はパラジウム原子の層に閉じ込められて2次元的に振舞います。この2次元電子の伝導性は極めてよく、PdCoO2の層方向の電気伝導率は酸化物の中でも最高レベルの値を持っています。一方で、層の間の電気伝導率は層に平行な方向の電気伝導率の数百倍程度低く、実際に2次元に近い電子状態が実現されていることが、実験的にも明らかになっています。このようにPdCoO2は、非常に導電性の高い2次元的な電子状態が自然に形成されているという興味深い物質です。

2.研究手法・成果

高津助教・米澤助教らは、PdCoO2の単結晶(図2)を作製し、その層間方向の電気抵抗率について、磁気抵抗効果の温度依存性・磁場強度依存性・磁場角度依存性を調べました。その結果、非常に大きな磁気抵抗効果が起こることを発見しました。磁気抵抗効果による電気抵抗の変化量は、図3に示すように、最大でゼロ磁場での電気抵抗の値の350倍(35000%)にも達しました。(温度-271℃(絶対温度2ケルビン※7)・磁場14テスラ※8における値)。また、比較的高い温度でも大きな磁気抵抗効果は観測され、例えば温度-73℃(絶対温度200ケルビン)・磁場14テスラでも1.5倍(150%)、室温においても9テスラで約6%の磁気抵抗効果が観測できました。
これまでに知られている単純金属の磁気抵抗効果は、極低温という磁気抵抗効果が出やすい条件下でも、10テスラ程度の磁場でせいぜい数倍でした。従って、本研究で発見されたPdCoO2での通常単純金属の百倍もの巨大な磁気抵抗効果は、驚くべき結果であるといえます。
この現象の原理を明らかにするため、大阪市大大学院理学研究科の吉野治一准教授と村田惠三教授は、広大大学院先端物質科学研究科の獅子堂達也助教と阪大産業科学研究所の小口多美夫教授の第一原理計算を基にした、ローレンツ力に起因する磁気抵抗効果のモデル計算プログラムを開発しました。このプログラムによる計算結果が実験結果をよく再現したことから、PdCoO2の磁気抵抗効果はローレンツ力に起因するものであると考えられます。簡単にいうと、図4のように、ローレンツ力によって伝導電子のパラジウム原子層内への閉じ込めが極端に強まることで、電気抵抗が大きく増大したと説明できます。興味深いのは、これまで大きな磁気抵抗効果の起源になりうるとは考えられてこなかったローレンツ力が、なぜPdCoO2の場合には巨大な磁気抵抗効果を生み出せるのかという点です。その理由としては、伝導電子がパラジウム層内に閉じ込められていること、六角柱状のフェルミ面※9を持っていること、結晶が純良で非常に高い電気伝導性を持つこと、の3点が重要であることが明らかになりました。

3.波及効果

本成果では、非磁性の単純金属でも巨大な磁気抵抗効果を示すことがあることを初めて明らかにしました。このことは、磁気抵抗効果を利用するデバイスを開発する上で、重要な指針を与えます。例えば、本成果で発見されたメカニズムを利用すれば、人工的に単純金属の2次元構造を作ることで、磁性元素を使わずに大きな磁気抵抗効果を示すデバイスを作ることができる可能性を示しています。また、電気伝導現象の基礎学術研究の上でも大変興味深い成果といえます。加えて、同じメカニズムでの巨大な磁気抵抗効果を示す物質の開発など、物質科学的な側面での波及効果も期待できます。

4.今後の予定

PdCoO2は電気伝導を担うパラジウムの電気伝導層と絶縁的なコバルト-酸素のブロック層で構成されているため、パラジウムを他の元素に置き換えることで電気伝導性を制御したり、コバルトを他の元素に置き換えることで絶縁性や磁性を制御したりできると期待できます。従って、PdCoO2に対して元素置換を行うことで、電気伝導の大きさや次元性の変化が巨大磁気抵抗に与える影響を実験的に明らかにしていきたいと考えています。また、同様なメカニズムによる巨大な磁気抵抗効果を示す物質系の探索も行っていきたいと考えています。

5.その他

本研究は、文部科学省および日本学術振興会による科学研究費補助金事業(KAKENHI 21340100, 22840036, 24740240)およびグローバルCOE「普遍性と創発性が紡ぐ次世代物理学」の支援を受けました。また、京都大学における実験では、京都大学低温物質科学センターによる安定的な寒剤供給を通じたサポートを受けました。
<書誌情報>
“Extremely Large Magnetoresistance in the Nonmagnetic Metal PdCoO2”
(非磁性金属PdCoO2における非常に大きな磁気抵抗効果)
Hiroshi Takatsu 1,2, Jun J. Ishikawa 2,3, Shingo Yonezawa 2, Harukazu Yoshino 4,
Tatsuya Shishidou 5, Tamio Oguchi 6, Keizo Murata 4, and Yoshiteru Maeno 2
1:首都大大学院理工学研究科 2:京大大学院理学研究科 3:東大物性研究所
4:大阪市大大学院理学研究科 5:広大大学院先端物質科学研究科  6:阪大産業科学研究所
Physical Review Letters誌 第111巻5号(2013年8月2日発行)
電子版公開日: 現地時間2013年8月1日予定
論文番号・DOI・URL: 現時点では未定; 詳細は下記までお問い合わせください。

<注意事項>
この資料に使用している図や写真等について、著作権等の問題はありません。

お問合せ先

高津 浩 (首都大学東京大学院理工学研究科助教)
勤務場所の住所: 東京都八王子市南大沢1-1 首都大学東京理工学研究科8号館
  TEL: 042-677-1111(内線3322) FAX: 042-677-2483
  携帯番号: 090-9358-3997 e-mail: takatsuz*tmu.ac.jp

米澤 進吾 (京都大学大学院理学研究科助教)
勤務場所の住所: 京都府京都市左京区北白川追分町 京都大学理学研究科 5号館139号室
  TEL: 075-753-3744       FAX: 075-753-3783
 携帯番号: 090-8234-3117  e-mail: yonezawa*scphys.kyoto-u.ac.jp
e-mailの*は半角@に置き換えてください。

<用語解説>

※1. 単純金属
ここでは、物質の化学組成ではなく電気的性質に着目して、電流をよく流す物質を「金属」と呼んでいます。特に、伝導電子の状態が簡単なものを単純金属と呼びます。例えば、金・銀・銅やナトリウムなどは典型的な単純金属です。PdCoO2もシンプルで2次元的な電子状態を持つ単純金属に分類できます。

※2. パラジウム(Pd)
原子番号46の元素。元素周期表でプラチナ(白金)の上に位置しており、プラチナと似た性質を持っています。宝飾品や触媒に利用されているほか、多量の水素を吸収することでも知られています。PdCoO2では、パラジウムの電子が電気伝導性を担っています。

※3. コバルト(Co)
原子番号27の元素。元素周期表では鉄とニッケルに挟まれた位置にあり、これらの元素と同様、磁気的な性質をもちやすい傾向にある元素です。実際、単体では、鉄やニッケルと同様、コバルトも磁石につく性質(強磁性)をもちます。しかし、PdCoO2内ではコバルト原子はプラス3価のイオンになって酸素の八面体に囲まれており、磁気的な性質は消えてしまっています。

※4. 磁気抵抗効果(Magnetoresistance)
磁場によって物質の電気抵抗が変化すること。主に、物質の磁気的な性質と伝導電子の相互作用によって生じます。また、伝導電子が磁場から受ける力(ローレンツ力)によっても磁気抵抗効果は生じますが、ローレンツ力による磁気抵抗効果は弱いものしか知られていませんでした。

※5. 巨大磁気抵抗効果(Giant Magnetoresistance; GMR)
磁性体の人工多層膜において実現する巨大な磁気抵抗効果。室温において数10%以上の大きな磁気抵抗の変化率が実現するため、コンピューターのハードディスクの磁気ヘッドなどに広く利用されています。その基礎科学・応用両面での重要性から、GMRの発見は2007年のノーベル物理学賞にも選ばれました。

※6. ローレンツ力
磁場中で運動する荷電粒子が受ける力。ローレンツ力 Fは、電荷qを持つ粒子の速度 vと磁束密度B (真空中では磁場Hに比例)のベクトル積F = q (v × B)で表すことができます。つまり、荷電粒子は、速度と磁束密度の両方に垂直な方向に力を受けることになります。この関係は「フレミングの左手の法則」として良く知られています。

※7. ケルビン(K)
絶対温度の単位。-273.15 ℃がゼロケルビンに対応し、1ケルビンの温度差が1℃の温度差と等しくなるように定義されています。

※8. テスラ(T)
磁束密度の単位ですが、磁場の大きさを表すのにもよく使われます。例えば、地磁気の大きさは約0.00005テスラ(50マイクロテスラ)、文房具にも使われるネオジム磁石の磁束密度は大体0.1から0.5テスラ程度です。これらと比べると、14テスラという磁場はだいぶ大きく感じられるかもしれませんが、超伝導コイルを利用した電磁石を用いることで、大学の実験室等でも比較的容易に到達可能な磁場です。

※9. フェルミ面
伝導電子の状態や振る舞いを記述する面。より正確には、導電体の波数空間内で電子によって占められた部分の表面をフェルミ面と呼びます。多くの物質ではフェルミ面は複雑な形状をしていますが、単純金属では球に近い形などの簡単な形をしています。PdCoO2の場合は、シンプルな六角柱状の形をしています(図3挿入図)。このように単純な形のフェルミ面を持っているという意味でも、PdCoO2は単純金属であるといえます。

図1. PdCoO2の結晶構造

図1. PdCoO2の結晶構造。パラジウム(Pd)の電気伝導層とコバルト-酸素から成る絶縁性のブロック層(CoO2)が交互に積層することで二次元的な電子状態が実現しています。

図2. PdCoO2の単結晶の写真

図2. PdCoO2の単結晶の写真。図の矢印の方向に磁場をかけると、紙面に垂直な方向の電気抵抗に巨大な磁気抵抗効果が表れます。

図3. PdCoO2の単結晶の磁場中電気抵抗の温度依存性

図3. PdCoO2の単結晶の磁場中電気抵抗の温度依存性。磁場をある方向に印加すると最低温度ではゼロ磁場抵抗率の350倍(35000%)にも達することがわかりました。挿入図は第一原理計算によって得られたPdCoO2のフェルミ面と結晶軸方向、印加磁場Hの関係。

図4. 本成果で発見された巨大な磁気抵抗効果のメカニズムの模式図

図4. 本成果で発見された巨大な磁気抵抗効果のメカニズムの模式図。ゼロ磁場(左図)では伝導電子はパラジウム原子の層に弱く閉じ込められていますが、伝導電子は層と層の間にも広がっています。従って、層と層の間を電子が飛び移ることができ、層間方向にも電気が比較的流れやすい状態になっています。一方磁場中(右図)では、伝導電子はローレンツ力による蛇行運動のためにパラジウム層内に強く閉じ込められるようになります。その結果、層と層の間を電子が飛び移りにくくなって電気抵抗が大きくなります。PdCoO2では、層内で電子が非常に動きやすいため、この閉じ込め効果が強くなります。また、六角柱状というフェルミ面の形にも閉じ込め効果を強くする働きがあります。


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