放射光を用いた新技術でアミロイド線維の微細溶液構造を初めて解明

平成26年3月10日

放射光を用いた新技術でアミロイド線維の微細溶液構造を初めて解明
-アルツハイマー病などの疾患原因蛋白質の構造・機能研究への応用に期待-

ポイント

  1. アルツハイマー病などの疾患原因物質であるアミロイド線維*1の放射光*2円二色性*3観測とその理論解析に世界で初めて成功
  2. アミロイド線維の形態・毒性に重要な分子間微細構造を生理的条件下で初めて解明
  3. これまで未解明であった疾患原因蛋白質の溶液構造とその機能研究に強力な新手法を構築

概要

国立大学法人広島大学放射光科学研究センター(以下「HiSOR」という)松尾光一助教、同大学月向邦彦名誉教授、東北大学大学院薬学研究科平松弘嗣助教、アメリカコロラド州立大学生化学・分子生物学部Robert W. Woody教授のグループを中心とする国際共同研究チームは、HiSORの放射光円二色性装置を用いて、アルツハイマー病*4や透析アミロイド症*5等の原因物質であるアミロイド線維の微細構造を、結晶化させることなく、生理的条件下で解明することに世界で初めて成功しました。

アミロイド線維は蛋白質*6あるいはペプチド*7が積み重なった会合体*8で、結晶・固体状態での三次元構造はX線結晶学等により原子レベルで研究されています。しかし、生理的環境に近い溶液中の構造については、人体に対する線維の毒性を議論する上で重要にも関わらず不明な点が多く残されています。蛋白質やペプチドの溶液構造を知る有力な方法として、円二色性分光がありますが、これまではデータベースに依存した経験的な解析法しか確立されておらず、得られる蛋白質の溶液構造に関する情報は二次構造*9までに限定されていました。本研究では、透析アミロイド症に関わるヒト由来の蛋白質コアペプチドのアミロイド線維の円二色性を測定し、原子レベルの三次元構造情報と分子動力学法*10を用いて理論的に解析することで、水中でのアミロイド線維の形態・毒性を決定するアミノ酸側鎖*11の微細溶液構造を世界で初めて明らかにすることに成功しました。

今回の成果は、20種以上あるアミロイドーシス*12のアミロイド線維の形成機構を解明するための重要な成果であるだけでなく、アミロイド線維が引き起こす疾患の新規治療法や診断法の開発に貢献すると期待されます。また本手法は、スーパーコンピューター*13による網羅的計算法を活用することで、酵素改変*14によって生じる毒性と構造との関連性についての迅速な解析や、生命機能に極めて重要な蛋白質と蛋白質、および蛋白質とホルモン・細胞膜・糖鎖・DNA等との結合体(蛋白質複合体)の分子間微細構造の基盤解析技術となるため、疾患原因蛋白質を中心とした蛋白質の構造・機能研究の新手法として広い応用が期待されます。この新技術は、蛋白質だけでなく、ほとんどの生体分子に適用できる画期的な手法であり、構造生物学にブレークスルーを与えるものです。

なお、本研究成果は、平成26年3月20日(木)発行のアメリカ化学会誌「Journal Physical Chemistry B」に掲載される予定で、オンライン版では平成26年2月25日(火)より公開されております。

論文タイトル:‘Characterization of intermolecular structure of β2-microglobulin core
fragments in amyloid fibrils by vacuum-ultraviolet circular dichroism spectroscopy and circular dichroism theory’
著者:Koichi Matsuo, Hirotsugu Hiramatsu, Kunihiko Gekko, Hirofumi Namatame,
Masaki Taniguchi, Robert W. Woody
URL:http://pubs.acs.org/doi/full/10.1021/jp409630u

本研究成果につきまして、下記のとおり、記者説明会を開催しご説明いたします。ご多忙とは存じますが、是非ご参加いただきたく、ご案内申し上げます。

日時: 平成26年3月14日(金)14:00~15:00
場所: キャンパス・イノベーションセンター4階 408号室
(広島大学東京オフィス 同センター4階 TEL:03-5440-9065)
出席者: 松尾 光一(国立大学法人 広島大学 放射光科学研究センター 助教)
月向 邦彦(国立大学法人 広島大学 名誉教授)

会場へのアクセスマップ
研究内容に関するお問い合わせ先

国立大学法人 広島大学 放射光科学研究センター
助教 松尾 光一(まつお こういち)
TEL:082-424-6293 (事務) 082-424-6297 ext.312(直通)
FAX:082-424-6294
E-mail:pika*hiroshima-u.ac.jp

記者会見に関するお問い合わせ先

国立大学法人 広島大学 学術・社会産学連携室 広報グループ
新藤季奈(しんどう きな)
TEL:082-424-4518 FAX:082-424-6040
E-mail:koho*office.hiroshima-u.ac.jp

(*は半角@に置き換えてください)

用語解説

*1 アミロイド線維
クロス・シートという特定の構造を持つ線維状の蛋白質である。蛋白質のβシート構造が積み重なることで形成される。幅は約10 nmで、枝分かれのない線維構造をつくっている。

*2 放射光
光速で直進する電子の進行方向が磁石などによって変えられた際に発生する電磁波。真空紫外領域からX線にわたる強力な光源であり、固体物理や生体分子構造解析等の物理・生物・化学・電子工業分野で広く利用されている。

*3円二色性
円二色性は、分子に左円偏光と右円偏光の光が通過した時、各偏光で吸収の差が生じる現象をいう(図)。ほぼすべての生体分子が円二色性を示すため、円二色性法は、生体分子の構造解析に広く利用されている。

円二色性

*4アルツハイマー病
認知症の一種であり、脳内にアミロイドβと呼ばれる蛋白質が蓄積することが原因で発症する。

*5 透析アミロイド症
人工透析により体内で増加したβ2ミクログロブリンがアミロイド線維を作り、神経や関節などに沈着して関節炎や麻痺などを起こす疾患。

*6蛋白質
生体の主要構成成分で、20種類のL型アミノ酸がペプチド結合によって連結した一本鎖ポリペプチド。アミノ酸の並び方やその長さに依存して、形成される立体構造が異なる。図は、例として蛋白質であるミオグロビンのリボンモデルと三次元構造を描いている。     

蛋白質であるミオグロビンのリボンモデルと三次元構造

*7ペプチド
蛋白質を消化酵素等で加水分解した時に生成される断片。

*8 会合体
同種の分子2個以上が比較的弱い分子間力によって集合し,一つの形態を形成している状態。

*9 二次構造
蛋白質のペプチド結合間の水素結合によって形成される比較的狭い範囲にみられる規則的構造。主に、バネに似た右巻らせん構造を示すへリックス構造と全体として平面構造をとるシート構造がある。従来の円二色性法は、蛋白質内の二次構造の含量しか分からなかったが、真空紫外領域まで測定波長を広げることにより、その位置や長さまで見積もることが可能となった。

へリックス構造 シート構造

*10分子動力学法
コンピューター上で、物質が持つ物性値を分子に与え数値化し、計算により分子の動きを解析することである。生体分子の立体構造の予測、生体分子間相互作用の予測、進化のモデリングなどに利用されている。

*11 アミノ酸側鎖
アミノ酸は、アミノ基とカルボキシル基の両方の官能基を持つ有機化合物であり図のような骨格を持つ。アミノ酸は20種類あり、”R”の官能基だけが異なっている。この”R”を側鎖と言い、疎水性・親水性・塩基性・酸性の種類がある。

アミノ酸の構造式

*12 アミロイドーシス
アミロイド線維が全身の臓器の細胞外に沈着する疾患。アルツハイマー病、透析アミロイド症、甲状腺髄様癌、ALアミロイドーシス、パーキンソン病、狂牛病、クロイツフェルトヤコブ病などがある。

*13 スーパーコンピューター
計算処理能力が極めて高いコンピューターのことを言う。最近ではスーパーコンピューター「京」に代表されるように、その計算能力が日進月歩で進化しており、蛋白質の分子動力学といった膨大な原子を扱う計算科学に、非常に有効な手段となる。

*14 酵素改変
蛋白質(酵素)あるいはペプチドを構成する特定のアミノ酸を遺伝子工学的に他のアミノ酸に改変したもの。この改変により、蛋白質の構造や機能に大きな影響を持つアミノ酸部位を知ることができ、新機能蛋白質やペプチドの創製が可能となる。


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